表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
五章 鴉との約束

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/134

鴉との約束.5

こちらで五章は終了です。

では、よろしくお願いします。

 ジャンは瞬間、怪訝な顔を浮かべた。


 こいつは何を言っているんだと、二人を取り巻く衆人たちと同じような感情を抱いていた。


 だが、すぐにそれは色を変えた。


 驚愕、不安、後悔、そして…嫌悪。


 私の心はそれらの感情を鮮明に受け取ってしまい、押し潰されそうになっていた。


 そんな中、彼が言葉を口にする。


「お前が何を言っているのか、分からないが」


 カチャリ、と切っ先が私の喉元目がけて向けられた。


「そのふざけた仮面は、絶対に外すな。その下の顔など、見られたものではないのだろうからな」


 すぅ、と心が冷えていくのが分かった。


 ジャンは、私が誰だか分かっている。分かったうえで、『顔を見せるな』と警告している。


 とても寒かった。

 とても、寂しかった。


 ふと、どうしてレイブンがあれだけ温もりを求めているのかが、分かった気がした。


 刀を抜いてもいない私に向かって、ジャンが駆け出す。


 大きく振りかぶられる剣、夕焼けを反射して輝く刃。

 すでに、心はその一太刀を浴びて血を流していた。


 ずきん、ずきん、と痛みに喘ぐ心が願ったのは…。


「お嬢様っ!」


 レイブンの大きな声が遠く、人垣の向こうから聞こえる。


「せやあっ!」


 ジャンの気迫のこもった雄叫びと共に、刃が迫る。



 それは間違いなく、私の中の何かを断ち切った。



 右腕は、流れるように鞘から太刀を抜いていた。

 解き放たれた私の魂は、ジャンとすれ違うようにしながら相手の剣を受け流す。

 躊躇を知らない獣みたいに獰猛な刃先はジャンの右肩を狙うも、素早く切り返した剣に防がれる。


 でも、私は止まらない。


 アカーシャ・オルトリンデの憎しみの炎が消えるまでは。


 間髪入れず、すくい上げるように斬り上げを放つ。しっかりと防がれたが、関係ない。刃の盾の上から何度も袈裟斬り、逆袈裟斬りを繰り返す。


 押し込める、などとは思っていない。数秒相対しただけで、彼が十分な実力者であることは分かった。


 ただ、刻み込むことはできるはずだ。

 私の怒りを、憎悪を、失望を、痛みを。


 たまらず、ジャンが一歩後退する。彼の親衛隊が手助けに入ろうとするが、すぐに彼自身がそれを制した。


「手を出すなっ!」


 姿勢を立て直したジャンが、剣を両手に持ち替えてどっしり構える。私もそれを見て、ゆっくりと太刀を下段に――地の構えを取った。


 荒い呼吸を立て直しつつ、じっとジャンを観察する。


 彼は明らかに動揺していた。その事実に、私はついおかしくなって笑ってしまった。


「はは、あははは…」

「な、なんだ、何がおかしい!」


 青い顔で彼が叫ぶ。それがまたおかしくて、さらに高く私は笑う。


「あははははっ!ごめんなさいね、こんな大事なときに」

「だったら、笑うのをやめろ!」


 ジャンが飛び込んでくる。


 あまりに雑な間合いの詰め方に、私は反射的に彼の足元を斬りつけると、それで下がった顔をさらに思い切り逆袈裟に斬りつけた。


「ぐあ、あああっ!」


 顔を押さえ、ジャンが数歩後退する。


 血が。

 血が舞っていた。

 ジャンの血だ。

 かつて、愛した者の血。


 それが、どうしたというのか。


 付着したジャンの血が太刀の刃先を滑れば、この夕日に焼かれた海岸みたいに赤い線が浮かんだ。


 私は躊躇なく踏み込み、彼をさらに刻もうとした。だが、それを阻止するべく、親衛隊が何人も人垣から躍り出てくる。


 ぎろり、と素早く標的を変えれば、彼らは恐れたふうに足を止めたのだが、そのせいで、私の後方から放たれた黒い破片のような呪いに撃たれ、全員がよろめいていた。


 ――レイブン。


 私を裏切らない、美しき鴉。


「いい子ね、レイブン!」


 隙を見せた数人を、私は瞬く間に斬りつけた。


 一人目の首元を右薙ぎで切り裂き、二人目の右手首を逆袈裟で深く断ち、そして、三人目のうなじを袈裟斬りに斬りつける。


 城での豪勢な食事を思い出す、血の饗宴だった。


 一騎討ちが破られた今、再び双方が激突を始める。それにも関わらず、私とジャンの間にこれ以上の障害はなかった。


 背を向けて逃げる彼に追いつき、袈裟斬りを浴びせ、倒れたところで両足の健を一閃振るって断ち切った。


「ぎゃあっ!」と情けない悲鳴と共に、彼はころりとこちらを向く。

「どうしたのかしら、第一王子。隙だらけじゃない」

「ま、ま、待ってくれ!やめろ!」


 私はジャンの制止を無視して、右肩に深く刃を滑らせた。


 彼の虚しい悲鳴を聞いていると、確かに、何かが救われていった。


「いいわ、その調子で泣きわめきなさい。それでこそ…それでこそ、こうして生き恥を晒した意味があるわ…!」

「ひぃ」


 そうだ。

 こいつは、私を裏切った男で、しかも、腰抜けだ。

 強国の王子という立場を振りかざし、生きてきた人間。

 そう――彼は、悪人である。『殺してもいい』悪人なのだ。


 こんなやつを愛していた私は、とんだ道化だ。


「誰か、誰か来てくれ!」


 彼の呼び声には誰も応じない。みんな、自分の命を守ることで忙しいのだ。


「さて、ジャン・デューク・エルトランド!貴方の愛する人の名前を言ってごらんなさい」


 ジャンは涙を流しながら私を見上げた。どんな懇願をすればいいのか、必死で考えているようだったが、生憎、彼が一生懸命出した解答は何の変哲もないつまらない内容であった。


「わ、私の愛する人はただ一人、アカーシャ・オルトリンデだ」


 私はその解答に満足した様子を演じるため、仮面の下で艶やかに微笑んでみせた。


 一瞬、彼の顔に安堵が浮かんだ。それを踏みにじるため、私は続けて問いかける。


「その人は、どこにいるの?」

「アカーシャ…俺の目の前だ。アカーシャ」


 人々の争いはすぐ近くで起きているのに、誰も私たちに関わろうとしない。もしかすると、先程の親衛隊を見て、巻き添えを食うのはごめんだと思っているのかもしれない。


「会いたかった…アカーシャ。本当だ」


 どの口が、と冷たく彼を見下ろしていると、背後に見知った気配を感じた。


「お嬢様…」


 レイブンだ。ジャンは彼女を見て目を丸くしていたが、どうでもいいことだった。


「レイブン」私は振り向きもせずに尋ねる。「アカーシャ・オルトリンデがどうなったか、この恥晒しに教えてやりなさい」

「はい、お嬢様」


 言葉の意味を理解したらしいレイブンが、一拍遅れて宣告する。


「アカーシャ・オルトリンデ様は、死にました」


 教育の賜物だ。レイブンは、よく分かっている。


「よろしい。百点満点の答えよ」


 刹那、私は太刀の切っ先を突き立てる。


 間抜けな顔を浮かべたまま、私を見上げているジャン・デューク・エルトランド、その人の心臓に目がけて。


「あ、かー…しゃ」


 悲鳴を上げる力もなく、パクパクとジャンが口を動かす。その度に、血の泡が弾けて、とても汚らしかった。


「馬鹿ね…その女は貴方とストレリチアが殺したんじゃない」


 私は突き立てた太刀を引き抜くと、死に逝く彼の髪を掴んで、吐息のかかる距離で呪詛を放った。


「あぁそうだ。あの子、貴方の指輪なんて心底いらなかったらしいわよ」


 ジャンが丸々と瞳を見開く。そこからは滝のような涙がこぼれてきた。


「ふふ、いい顔ね、ジャン。――安心して頂戴。私が最期まで見ているわ。貴方の命が、後悔と絶望をたたえたまま終わる様を」


 そうだ。後悔させる。


 私を裏切った者たちに、助けてくれなかった者たちに、話を聞こうとすらしなかった者たちに。


「貴方の愛するストレリチアだって、私がこうして殺す、いえ、もっと酷い目に遭わせるわ。だって、あの子が私の全てを踏みにじったのよ。私が、私がどれだけ――」

「お嬢様」


 毒を吐く、赤い瞳の怪物の背へとレイブンが声をかける。


 緩慢な動きで彼女を振り返る。そこには、黒い目をしてこちらをまっすぐ見つめる死告鳥の姿があった。


「――もう、聞こえていません。その人、死んでいます」

一つの復讐が為されたところで、五章は終了です。


人は本能的に復讐を肯定する生き物だと聞いたことがありますが、

ジャンが倒れた今、物語を追うみなさま方の心の内にはどんな感情があるものでしょうか?


何はともあれ、お付き合い頂いている方々、本当にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ