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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
幕間 アカーシャ・オルトリンデの追憶

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アカーシャ・オルトリンデの追憶

こちら幕間になっております。

リリーがまだアカーシャだった頃のお話なので、時系列的には一年ほど前になっています。

 キィン、と高い音と共に剣が宙を舞った。


 女だてらに彼女が振るう剣が、その刃に太陽光を反射させてクルクルと縦に回り、最終的に地面にぐさりと突き刺さった。


 私は長く息を吐き出すと、呼吸を整え、踏み込んだ足を引きながらレイピアの先端を手元に戻した。


「また私の勝ちね、マルグリット」

「くっ…!」


 マルグリットは私の瞳を挑戦的に睨みつけると、肩を揺らしながら剣の元に向かい、唸りながらそれを引き抜く。


「勘違いするな!また勝たせてやったんだぞ、アカーシャ」

「あぁ、そう」


 分かりやすい負け惜しみに、私は肩を竦めて答える。マルグリットはそれを聞いて、深く眉間に皺を寄せたが、ふと、自分の首筋から血が流れ出ていることに気づいて乱暴にそれを拭う。


「ふん、私にも立場がある。未来の王妃に傷をつけようものなら、家に迷惑がかかるからな。だから手を抜いてやってるんだ、分かっているな、アカーシャ!」

「はいはい…サリア」


 私は、私たちの戦いを青い顔で見守っていたシスター服の少女に声をかける。


「は、はい…」

「一応、マルグリットの傷を治してあげて。騎士の名家の看板に傷をつけたら、私も胸が痛いから」

「なにをっ!」


 マルグリットが少し離れた場所から怒鳴り声をあげて近づいてくるが、私は相手をすることなく依然、青い顔をしたままのサリアに問う。


「…ちょっと、サリア。貴方、顔色が悪すぎるわ。大丈夫かしら?」

「え、は、はい…」これじゃあ、どちらが怪我人か分からない…と言いたくなるくらい、血色が悪い。「す、す、少し、くらくらする、だけです…大丈夫です…」

「どうして貴方が…」


 まあ、聞くまでもない。これはサリアからしたらいつものことなのだ。


 治癒魔導を奉仕活動の中軸に据えるシスターのくせに、血や人間同士の争いを見ただけで彼女はこうなる。魔物の血では反応しないからいつもはたいした問題ではないが、こういうときは別だった。


「すみません、アカーシャ様…。私、やっぱり、こういうのは見ているだけでも…あぁ、特に、仲間同士なんて、そんな…あぁ、この人たちの気がしれない…」


 最後のほうは独り言のつもりなのだろうが、しっかりと聞こえている。


 マルグリットや幼馴染のルピナスが言うのなら小言の一つでも垂れてやるのだが、どうもこの、前髪の長さが気の弱さに直結しているような少女を前にすると、それができなくなった。


「ふんっ、お前みたいな臆病者には分からんだろうな。シスター」


 前髪の隙間から人を盗み見るようなサリアとは正反対で、自信の大きさが、その切り揃えられた前髪に出ているようなマルグリットが言う。


「あ、す、すみません…マルグリットさん、治療を…」とサリアがマルグリットの傷を治そうとする。

「結構だ!」


 初め、マルグリットはそれを厭うような仕草を見せたが、こういうときはサリアもひかない。結局、マルグリットは大人しくサリアから治療を受けていた。


 ポジション上、一番傷を負うことが多いのはマルグリットだ。口調は厳しいが、サリアの治癒魔導を信頼しているのは確かだろう。


「ふふっ、相変わらず仲が良いですわ」


 呑気な声で私は振り向く。そこには、美しい翠のドレスを着た女性が立っていた。


「ルピナス…何をどう見たらそんな感想が出るの」


 ルピナス・フォンテーニュ。


 私と同じ公爵家の娘であり、私より少し歳は上だが、幼少期を共に過ごした、いわゆる幼馴染であった。


 マイペースで呑気で、楽天家。何か問題が起きても、二言目には『何とかなりますわ』である。残りの三人が堅実だったり、心配性だったりするので、バランスが良いことには良いが…。


「だって、戦っているときの二人はやっぱり楽しそうですわ」

「そうかしら…?自分じゃ分からないけれど…」

「そうですわ。サリアだって、ああして傷を治しているときが一番安心しているように見えますもの」


 それはまあ、確かに言う通りだ。しかし、この個性派揃いのパーティーメンバーに『仲が良い』という装飾がつけられると、少し納得いかない気がした。


 傷の治療を終えたマルグリットがサリアに小言を言っている。サリアはサリアで、それを大人しく頷きながら聞いている。


「…ま、戦闘中は不思議と息が合うから、私はどちらでもいいけれどね」


 ルピナスはそれを聞いて、「そういうところが、仲が良いということですわ」と幸せそうに笑った。


 彼女のこの笑顔を見ると、昔から、不思議と私は安心した。こちらまで楽天的になれそうな笑顔だったのだ。


 だが、ふとルピナスは表情を暗く、真面目なものにした。彼女らしくもない変化に内心で注意を払っていると、やがて彼女は口を開いた。


「…アカーシャ」


 低く、深刻そうな声色。


 ルピナスは今、幼馴染としてではなく、将来、国を担う一人の人間としての顔をこちらに見せていると直感する。


「あの方のこと、また抗議されたと聞きました」


 すぐに何のことか分かり、私は顔を背けた。


「あぁ、無謀な預言者のことね」

「アカーシャ…」

「何かしら、その顔。私は国の行く先を堅実に見据えているだけよ。結果だけを見ている楽天家どもと違ってね」

「私は――」

「私が何か間違ったことを言っているとでも?」

「…そうは言いませんけれど」

「だったら、放っておいて頂戴。私も次期王妃として、正しいと思っていることをしているだけよ」


 ルピナスが言わんとすることは予測できる。彼女は、私のあの女に対する言動のせいで、こちらが陰で悪く言われていることを憂いているのだろう。


 だが、そんなことは知ったことではない。


 私は、私にとって正しいと思うことを――…。


「ストレリチア様!」


 唐突に、あの女の名前が青空に響き渡る。声はマルグリットのものだ。


 振り返れば、少し離れたところから神託の巫女、ストレリチアがこちらへと歩いてきていた。


「噂をすれば影…ですわね」

「ふん」


 ストレリチアは寄ってきたマルグリットに激励の言葉を告げると、屈み込んでいたサリアに手を振って挨拶してみせた。そして、そのまま私たちのところに来ると、青と白を基調として仕立て上げられた服の裾を上げて、恭しく挨拶する。


「おはようございます、アカーシャ様、ルピナス様」


 私は意識してそれを無視した。すると、それを見かねたルピナスが呆れた顔で私を一瞥した後、ストレリチアに嬉しそうに挨拶を返し、世間話を始めた。


(…ストレリチア、神託の巫女…ね)


 私はじっと、その正体不明の女を見つめた。


(権力にもお金にも興味がないと聞いたけれど…この子の本当の狙いは何?)


 ふと、ストレリチアが私のほうを見た。


「ふふっ」


 美しく、少女が笑った。


 どうしてだろう、私はその笑顔を見て、胸がざわついた。

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