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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
三章 巫女の傀儡

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巫女の傀儡.3

明日もまた更新致しますので、よろしくお願いします!

 あれからレイブンは、暇さえあれば夢中になって魔導――じゃない、呪いの勉強に励むようになった。


『お主は魔力をどう捉える?』


 ワダツミが投げた問いに、レイブンは、『はぁ』といつもの曖昧な返事をしてみせた。あまり魔導には興味がないのかと思ったが、ワダツミが教えてやろうと目を光らせると、レイブンは平身低頭してその提案を受け入れた。


 無論、私は反対した。


 魔導も武芸も、一朝一夕では何の役にも立たない。むしろ、妙な自信を与えてしまうことで、危険を顧みない、蛮勇を引き出すきっかけになってしまう。


 …まあ、それを言うなら刀の扱いも一朝一夕では身につかないだろうが、刀剣の扱いの根っこは体得しているつもりだから、学びに意味はあるはずだ。


(…余計なことは考えず、早く眠らなくてはね…明日は大事な日なのだから)


 明日は、賊の征伐決行の日だった。


 ニライカナイでどれくらい信用されるか…明日の活躍にかかっている。


 忌々しい、この魔喰らいの指輪さえなければ、何の苦労もしなかっただろうが、そうはいかない。


 私にあるのは、不慣れな剣だけ。


(ストレリチア…貴方はどうせ、私がこの地でのたうち回って死ぬだけと考えているのでしょう。だけど、そうはいかない。私の諦めの悪さ…舐めてもらっては困るわ…!)


 私は窓の向こうに広がる闇を睨みつけた。そして、その黒にストレリチアの白い影が浮かび上がりそうになって、すぐに視線をさらに上へと向ける。


 星は、私の気など知らずにいつもと同じように瞬いている。


 月光が明るく一帯を照らしている。桜の花びらは、昼夜を問わずに散るのだと、なんとなくそのとき思い、物悲しい気持ちにさせられる。


 盛者必衰。咲いた花は、必ず散る運命にある。


 ストレリチアは、その円環の外に自分がいると思っているのだろうか?彼女には、自分の破滅の未来は一度たりとも見えていないのだろうか?


 私は星と月の光に目を細めると、寝台に入るべく窓を閉め、体の向きを変えた。そうすると、床に座り込んで目を閉じているレイブンに注意がいった。


 彼女は眠っているのではない。鍛錬をしている最中なのだ。


 体内を巡る魔力の流れ――それを感じ取るところから魔導の探求は始まる。とはいえ、これが自然とできるものもいるし、一生かかってもできないものもいる。前者は自ずと魔導を操れるようになるが、後者は魔導石の起動程度に留まるのだ。


 まあ、とにかく…一朝一夕でできる人間は一握り。しかも、彼女は魔導には疎いとされるオリエント人なのだ。今なにかをやっても無駄に等しい。


「レイブン」私はうんざりして冷淡な口調で言う。「いい加減、もう寝なさい。本気で明日、私たちについて来るつもりなら、なおのことよ」

「はい」


 短い返事と共に、レイブンが瞳を開く。


 知性の深いきらめきが宿る、黒の眼。


「お嬢様が眠られたら、私もそうします」

「あのねぇ…」


 一応、与えられた部屋は二人用。ベッドも二つある。


「貴方にそうして起きていられたら、私が眠りづらいでしょう。言うことを聞きなさい」

「…命令、ですか」


 じっと、こちらを見つめてくるレイブン。


「ええ、命令よ」


 私がそう淡白に告げると、レイブンは無感情な面持ちのまま沈黙し、「承知致しました」とすぐさまベッドに入った。


 蝋燭の炎をかき消し、自分もベッドに入る。本来ならばどの部屋にもランプが備え付けてあるものの、魔導石で稼働するタイプのものだったため、取り替えてもらっていた。


 静かな夜が私たちを包み込む。


 厳かな静寂に身を横たえていると、忌々しいことに、またストレリチアのことが頭をよぎった。


 そのとき思い出していたのは、最後に彼女に会ったときのこと、あの地下通路での出来事だ。


 生まれた国を追い出される私に、耳打ちされた言葉。


 ――また会いましょう、アカーシャ。


 あれは、どういう意味だったのか。


 どうせ死ぬだろうが、頑張れよ、と私を煽った?


 いや、違う。


 あの子は本気でそう言った気がする。根拠も何もないけれど、揺るぎない確信があった。


 そうして考え事をしながら暗黒の虚空を見つめていると、不意に、隣の闇から私を呼ぶ声が聞こえた。


「…お嬢様」

「…なにかしら」


 むくり、とレイブンが身を起こしたのが気配で分かった。


「あの…」


 言い淀むレイブンに怪訝な顔をしているうちに、彼女は、「やっぱり、何もございません。失礼しました」と言ってまた布団に入ったようだった。


 無感情に見えるレイブンでも、明日を思うと不安になるのだろうか。


 ふと、あの奴隷はどんなふうに元の主人のところで眠っていたのだろう、とどうでもいいことが気になった。




 次の日の朝方、私たちはニライカナイの一団と共に薄暗い湿地帯に足を踏み入れていた。


 ワダツミ曰く、連中はそこにあった廃村を根城にしているとのことだった。そうして、辺りの村や行商人に略奪を仕掛けているらしい。すでに何度も被害が出ているというので、ある程度の手練れが揃っていると考えるべきだろう。


 ひっそりと湿地の手前の森で廃村の様子を窺えば、なるほど、たしかに何人か人影が見える。見張りをしているようだが、ぴりついた感じはない。危機感が欠けているという印象を抱いた。


「さて、我らが同胞たち」


 小さくも、澄んだ声でワダツミが語りだす。それに伴って、私を含めた全員がワダツミのほうに注目を寄せた。


「目的は、賊の殲滅じゃ。捕らえられている者がおれば速やかに助け出す必要があるが、無理はするでないぞ。下手に檻から出しても人質にされる恐れもあるからのぅ」


 作戦前でも淡々とした物言いは崩れない。こういうとき、ワダツミは自分よりも年上なのだろうと勝手に思ってしまう。


「分かっておるじゃろうが、同胞相手とはいえ、遠慮は無用じゃ。さっさと片付けておかんと、エルトランドの野蛮人共が――おっと、失礼、黒百合。他意はない、許せ。とにかく、敵国が上陸作戦を仕掛けてきたとき、中と外の問題とで板挟みになるのは御免じゃ」


 ニヤニヤと私のほうを向いて言うところから、今の発言は皮肉であるのは間違いない。


 こんなときに人の神経を逆撫でするなと不満をぶつけたくもなかったが、直後、ワダツミが、「まあ、こんなときじゃ、使えるものはエルトランド人でも使わせてもらう。みなも、よいな」と付け足したことで、一つ、溜飲を下げることにした。


 ニライカナイのメンバーの中には、エルトランド人を極端に憎んでいるものもいると聞く。そういうメンバーへの戒めも含めての言葉だったのだろう。


 作戦は、湿地の静謐に紛れてスピーディーに開始された。


 廃村は湿地の上にできているから、橋以外は泳いで渡るほかない。こんな何がいるか分からない水を泳ぐなど誰も歓迎しないため、東西にある四本の橋から進軍する算段となった。


 ワダツミの指示で戦力が分散される。私は一番人のいない、ワダツミ班になった。


「お主は儂と来い」

「分かったわ」

「言っておくが、儂の式神が守るのはそこのレイブンだけじゃ。そやつは、まぁ、儂のせいでついて来たようなもんじゃし…」

「本当よ。余計なことをしてくれたものね」

「むっ」間髪入れずに皮肉を返せば、ワダツミは細い眉をきゅぅ、と曲げた。「…ふん、まあよい。黒百合、お主がニライカナイにとって価値ある人間かどうか、ここで儂が確かめさせてもらうぞ」


 役立たずに払う金はないからの、とワダツミの最高の嫌味を最後に、戦いは始まった。


 初めに、何本かの火矢が撃ち込まれた。当然、捕らえられた人がいるかもしれないので、明らかに関係のなさそうなところにしか撃ち込まれていない。


 火矢の恐ろしいところは、その威力だけではない。


 燻る煙や炎が、奇襲のときにはよく効く。寝床に火を放たれて、慌てない人間などいない。


 続いて、他の三隊が大声と共に突撃した。自警団とは思えない統率のされ方に舌を巻きつつ、私も自分の出番を待つ。


「レイブン」隣でしゃがむ付き人に対し、無感情に声をかける。「はい、お嬢様」

「貴方は戦闘員ではないことを忘れないで。危険には飛び込ないことよ」

「はい」

「常に敵とは距離を離して、味方の側にいるの。邪魔にならない程度にね。それで、誰か捕まっているのを見つけたりしたら、声をかけなさい」

「はい」


 良い返事だ。ついて来るなと言ったときにその返事ができれば良かったのにと心底思う。


「主人の命令を無視してでもついて来たその根性、見せてもらうわよ。レイブン」


 じろり、と威圧するように彼女を睨むと、さすがのレイブンも気圧された様子で顎を引き、短い沈黙と共に、「はい」と答えた。


「行くぞ、お前ら。準備はよいな」


 ワダツミが確認する。


 心臓を高鳴らせながら、私は深く頷いた。


 懐かしい風が吹いていた。


 戦いの火蓋を切って落とす寸前の、恐怖と不安、そして、得も言われぬ高揚感。


 別に、戦いは好きではない。


 ただ、やはり、人の性だろうか。


 研いだ刃物で、何かを切りたくなるように。

 獲得した知識を、誰かに教えたくなるように。

 魔導にせよ、剣術にせよ、使わずにはいられない。


 そしてその矛先は、動きもしない木偶の坊では駄目なのだ。


 手応えが欲しい。

 そうだ、手応えだ。


 自分が研ぎ澄まされていく確信が欲しい。だから、私たちは剣を抜き、魔導を振るう。


「行くぞ!」


 ワダツミが宣言した。


 同時に、私は刀を片手に駆け出した。


 草陰から飛び出せば、向かう橋の上に、二人の賊の姿が確認できた。


 一人は男、一人は女。


 男女はどうでもいい。どうせ彼らは賊――悪人だ。


 悪人は、倒してしまっても構わない。


「血気盛んじゃのう」と後ろでワダツミが笑った。私もそう思う、と心のなかだけで同調し、間合いを詰める。

「お主は右、儂は左をやる!」


 いつの間に出していたのか分からない式神が、私の横を飛ぶように追い越す。そして、宣言通り左の男に躍りかかる。


 あっちは任せていい。ワダツミの魔導――呪いはそんじゃそこらの人間では間違いなく止められない。おそらく、私も。


 相手の女も同じように刀を手にしていた。互いの間合いに入る前に、私は刀を正眼に構えると、素早く指南書の知識を引き出した。


 半歩、すり足で前に出る。構えも何もない女の刀の切っ先が、私の間合いに触れる。


(――不用意すぎる)


 瞬間、刀を右に弾く。


 不意を打たれた相手の剣先は大きく右に動いていた。


 一歩、深く踏み込む。


 太刀を右上に振りかぶり、体重を乗せて左下に一閃。


『手応え』がある。だが、命には届いていない。


 大きく、相手の体がのけぞる。


 それを追うようにして、私はさらに深く間合いを詰めると同時に、切っ先を鋭く前に突き出した。


 渾身の上段突き、抗うすべもない相手の喉元を食い破る。


(上出来ね)


 心のなかで自分を褒める。努力の結果が見えるのは、やはり最高だ。


 敵が崩れ落ちれば、後方に控えていたニライカナイのメンバーが一斉に橋を渡りきった。そのメンバーたちの中には、一番槍の役を無事に果たした私へ賛辞を送る者もいた。


 やるなぁ、と。驚いたぞ、と。


 当たり前だ。魔導の力はなくなっても、剣術の基礎基本は衰えていない。これでレイピアでもあればもっと驚かせられるのだが…惜しいことだ。


「油断するなよ、黒百合」


 式神を連れてメンバーたちの後を追うワダツミが、すれ違いざまに言う。


「ま、その調子じゃとは言っておくかのぉ!」


 ワダツミは、なんだかやけに嬉しそうだった。


「ふっ…偉そうに」


 ふと視線を感じて振り返れば、レイブンがじっとこちらを見ていた。私は、そこに確かな羨望があることを見抜いたため、できるだけ自然な動きで彼女から視線を逸らし、賊の根城の奥深くへと進軍する。


 それにしても、レイブンが余計なことを考えなければいいが…。




 数で大きく勝るうえに、練度としても決して劣らない自警団は、あっという間に賊を駆逐していった。


 こちらも被害は出ているようだったが、死人は出ていない様子だ。こうも一方的だと、どちらが悪者か分からないな、と私は転がる賊の遺体を眺めてそう思った。


 他のメンバーが四方に散った賊を討っている間、私はワダツミやレイブン、何人かのメンバーと共に廃村の最奥に位置する屋敷を訪れていた。


 メンバー各員が、賊を打ち払い、追い立てて道を作る。そこを通って、一番奥の屋敷へと到達し、ワダツミが式神を使って襖を吹き飛ばす。


「邪魔するぞ」


 襖の先には、体つきの良い男がいた。


「…無礼な奴らだ」


 男は追い詰められてなお、沈着な声を発していた。


 片膝を立て、酒瓶を隣に置いて窓の外を眺めているその姿は、なかなかどうして風格がある。とはいえ、自分たちのテリトリーを侵されてなお、こうして座していたことを考えると、諦めが早いたちなのかもしれなかった。


 やがて、彼は酒瓶の代わりに隅に置いた太刀を手にすると、ゆっくりと窓際に移動して呑気な声を出した。


「俺たちみたいなしがない賊を討つために、わざわざこんなところまで来たのか。ご苦労なことだ」

「本当よのぉ、感謝することじゃな」

「…ふっ、暇なんだろ」


 賊頭は鼻で笑うと、ぴたりと、私に視線を合わせてなにやら驚いた顔を浮かべた。


「お前…」


 男の目は、どんよりとしていて陰気だった。賊の頭、という言葉からは想像しない代物だ。


 無論、声をかけられても私は何も反応しない。それに意味があるとは思えなかった。


 もはや、勝敗は決した。後はワダツミがどう決着をつけたがるかが問題だ。


 男は意外にも大人しく自分から両手を高く挙げたが、ワダツミはそれに対し鼻で笑い一蹴する。


「降伏しても無駄じゃ。大人しく湿地の養分となるのじゃな」

「容赦がないな」


 男は笑った。その瞳の奥は、決して笑ってなどいなかった。


「年貢の納め時ってことか。大人しくお縄につくとするよ」


 ぎらついている。諦観の嵐は、まだそこに訪れていない。


 何か策があるのだ、と私は直感した。だからこそ、彼が何気ない動きで窓際の小さな鉱石に触れたとき、とっさに駆け出していた。


「おい、黒百合――」


 刹那、格子が畳の隙間から跳ね上がってきた。


「なんじゃっ!貴様、何をした!」


 格子はちょうど私と賊頭の二人と、ワダツミらとを隔てるように出現していた。そのせいで、私は彼と一対一で向き合う形になってしまった。


「…ちょうどいい」


 まだだ、まだなにか企んでいる。


 私は彼の企みを見抜けていない焦燥のために、刀を構えることなく彼に問う。


「なにがちょうどいいの」

「聞きたいことがある。エルトランド人」

「聞きたいことですって?」


 私は、どういう意味だ、と問いを重ねようとした。しかし、それよりも早く、あの子が珍しく緊迫した声を発したため、それはできずに終わる。


「――なにか、来る」


 レイブンの声だ。


 直後、地面が揺れた。


 建物の外から聞こえてくる波の音が、加速度的に大きくなってきて、それが家鳴りすら引き起こし始めたとき、唐突に、ニラカナイのメンバーが立っていた畳が下から跳ね上げられた。


「な、に…!?」


 絶句する私の前には、畳諸共家屋の半分を突き壊した、巨大な爬虫類のような魔物が現れていた。

読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


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