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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
三章 巫女の傀儡

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巫女の傀儡.2

また夕方に続きを投稿しますので、そちらもご覧になって頂けると幸いです!

 ワダツミは、約束どおり指南書を用意してくれた。必要であれば教える人間も用意すると言ってくれたが、無理しなくともいい、とだけ私は返していた。


 私は文字から学習することには一家言ある人間だ。レイピアに関する扱いだって、指南書で学んだことを実戦の場に引き下ろしたにすぎない。だから、この『刀』だとかいう武器の扱いに関しても同様のやり方で十分だと思っていた。


 ワダツミが用意した指南書は、非常に分かりやすいものだった。つまり、頭にインプットするのは容易い、ということだ。


 私は刀と指南書を持ち、レイブンを置いて外に出ていた。レイブンが私の行方を尋ねたが彼女に対して気後れを覚えていた私は、「ちょっとね」とはぐらかしてしまっていた。


 外では、うららかな陽光が惜しみなく降り注いでいた。社の周囲をぐるりと囲むように植えられた桜の木から、白桃色の花びらが舞い落ちる。


 私は誰もいない場所まで移動すると、何もない空間に向かって刀を正眼に構えた。


 レイピアと違い、だいぶ重々しく感じる。だが、結局はこれも道具。使い続ければ簡単にこの身に慣れよう。


(相手の目に、剣先を向けるように構えるこれが――正眼、水の構え…。攻守共にバランスの取れた、基礎的な構えがこれよね…まずは、この形から慣らしていかないと…)


 私は、深く呼吸しながら、指南書の内容を頭に思い描いていた。


 まずは、イメージする。これは大事なことだ。考えずに体現できるほど、人間は賢くも本能的でもない。


(よし…)


 ひゅっ、と空気を吸い込む。舞い散る花びらの中に、敵の幻影を――ストレリチアの影を投影する。


 半歩、左足を前に出してから、右足を深く踏み出す。


 同時に両手を縮めて、刀を引き、前に踏み出す勢いに乗せてそれを右上から、左下へと振り下ろす。


(――これが、袈裟斬り)


 次に、踏み込みながら左上から右下へと振り下ろす。


(こっちが、逆袈裟)


 一歩、後退する。そして次に、右から左へと水平に刀を振り払う。返す刀で、左から右へと薙ぎ払い。


(右薙ぎ、左薙ぎ…!)


 また前に踏み出し、右下から左上に剣閃を閃かせ、続けて、左下から右上に剣を払う。


(右斬り上げ、左斬り上げ)


 そして――…。


 舞い落ちる花びらに、狙いを澄ませる。


 両腕を引き、捉えた目標の正中線を意識して、思い切り、突き出す。


 ひゅん、と刀が空気を貫いた。


 ひらひら、と捉え損なった花びらが風に乗って消えてはいくが、なかなかどうして、悪いものではなかった。


 刺突。


 やはり、これはよい。


 最も確実に、最もコンパクトに、敵の命に届く攻撃だ。


 じんわりと、汗をかいていた。


 私はそれを拭い、昂揚感から独り言を発する。


「…最近は、ストレリチアのことばかりで、鍛錬する時間もなかったものね…」


 努力はいい。結果が見えると最高だが、結果が出ずとも、それをしている時間は余計なことが削ぎ落されるからいい。


 今の感覚を忘れないように、時間が許す限り、繰り返しやってみよう。


 私は夢中になって、刀の使い方をこの身に叩き込もうとした。


 朝日が西日に変わり、汗がだらだらと流れても、鍛錬の手は止めない。


 時折、指南書を振り返りながら、イメージをより正確なものに近付ける。


 頭の中は、すでに新しい技術の会得に熱中していた。


 何かに打ち込める幸福を噛み締めていると、不意に、後ろから声をかけられた。


「お嬢様」振り返らずとも、それが誰かすぐに分かった。

「なにかしら、レイブン」

「お食事を用意してもらっております」


 お食事…おにぎり二つのことである。


「ええ、後で食べるわ」

「ですが…」

「いいから、先に食べていなさい」

「お嬢様より先に頂くなんて、できません」


 どうでもいいことにこだわるものだ、と内心、辟易としながら振り返る。すると、思っていたよりもレイブンの顔は深刻だった。


 困ります、と顔が言っている。表情の変化に乏しいレイブンにしては珍しい顔だ。


 私はしばらく考えてから、ため息と共に告げた。


「はぁ…食事を持って、ここまで来なさい。――一緒に食べるわよ」




 桜の木の根に腰を下ろし、笹の葉でくるまれたおにぎりを手に取る。


 ニライカナイの拠点で世話になるようになってから、この料理(?)には何度かお目にかかった。


 素手で食べる、という奇妙な食習慣に最初は嫌気すら覚えていたが、慣れてみるとなんということはない。手軽で効率的、まさに、私の好むところのものだった。


 ぱくり、とおにぎりを頬張れば、自然と唾液が分泌される。


「中は梅干しね」


 顔をしかめたくなる酸味も、味わい深いものがある。


 それらを咀嚼しながら、レイブンの姿を探す。彼女は私が食べ終わるのを待っているのか、立ったままで少し離れたところからこちらを見ていた。


(またあの子…)


 私は心のうちでそうぼやくと、小さくため息を吐いてからレイブンへと手招きした。


「隣にかけなさい。一緒に食べると言ったでしょう」

「…はぁ」


 ため息みたいな返事。思わず、ムッとしてレイブンを睨む。


「はい、でしょう」

「は、はい」


 私の苛立った声に、レイブンは慌ててこちらへとやって来て、隣に座った。


 どうせ黙って待っていても、この付き人は律儀に『順序』を守ろうとするだけだ。だから、こちらで彼女のぶんのおにぎりを取り出し、その小さな手に握らせてやった。


「お嬢様…」

「いいから、さっさと食べなさい」


 短く命じれば、レイブンは思いのほか素直に命令に従い、おにぎりを頬張った。


 命令となれば素直に聞くのは奴隷の性だろうが、それを鑑みると、名前を変えなければならないときに見せた抵抗は、彼女の中のルールに逸脱したものだったはずだ。


(それだけ、バックライト夫人のことを信頼していたのかしら…)


 体につけられた傷程度では、揺るがないほどに。


 静かな時間が流れる。私は、桜の花びらがひらひらとレイブンの頭の上に降り落ちるのを横目で盗み見ていた。


 少女趣味の夫人が可愛がるだけあって、レイブンの目鼻立ちは整っている。少し背丈は低く見える…160センチはないだろう。おそらく、155センチほどだ。


 レイブンはぺろりとおにぎりを平らげると、ちらり、と私のほうを見やった。


「あの、お嬢様」

「なにかしら」

「…お願いがあります」

「お願い?」


 これには私も驚いた。奴隷だなんだとうるさい彼女が、一応、主人である私にお願いをするとは思ってもいなかったからだ。


 レイブンは、「はい」と短く頷くと、足を揃えて地面に正座し、こちらを向いた。


「私に、戦い方を教えて下さい」

「はぁ!?」


 さっきよりもさらに驚愕し、私は反射的に立ち上がる。そうすれば、下から真っ直ぐ仰ぎ見てくるレイブンの視線がいっそう眩しく見えて、私は首を左右に振るほかなかった。


「なにを言っているの。戦い方なんて、そんなことを知ってどうするの」

「強くなりたいです、私」

「いや、強くなりたいって、貴方、なにを急に…」


 ぐっ、とレイブンが顎を引いた。彼女なりに大事な話をしようとしているのが伝わってくる。


「お嬢様が言いました。『守る』とは、強くないとできないことだと」

「え――あ、あぁ…」


 私は額に手を当ててうなだれた。私が意地を張って言ったことが、レイブンの奴隷魂に火を点けたのだと理解したからだ。


「レイブン、そんなことを馬鹿みたいに…あれは言葉の綾よ」

「言葉の綾?」きょとん、と目を丸くしたレイブンが小首を傾げる。「それでは、私はどうすれば…」


 レイブンが真剣に困り顔を浮かべるものだから、私は不覚にもちょっとだけ、ふふっ、と笑ってしまった。


 いつもは無感情で無愛想なレイブンだが、愛らしいところもあるものだ。


「何もしなくていいわ。貴方は、付き人らしく私の身の回りの世話だけをしていればいいわ」

「それでは、奥様の命令を守れません」


 レイブンの即答ぶりに、どうしてだろう、今度はちょっとムッとしてしまう。


「また奥様?レイブン、今の貴方の主人は誰なの」

「…」

「レイブン、こっちを見なさい。どっちの命令が大事なのかしら」

「…」


 ここでだんまり。自分の態度が十分な答えになっていることに、賢いレイブンは気づいているだろうに。


 私は納得できなくて、彼女の口から私の名前を呼ばせたいと思った。


 そんな無駄なことに力を割く必要もなかったのだが、年端もいかないレイブンが、自分を見捨てたに等しいバックライト夫人から離れられない様を見ていると、どうにかしてやりたい気持ちになっていた。


 同情してしまっているのだろうか?それとも、『見捨てられた』という立場にシンパシーを覚えているのか…。


 そうしてレイブンを説得するために語りかけていると、不意に、社のほうから声が聞こえた。


「なにをぎゃあぎゃあと騒いでおる、黒百合、レイブン」

「ワダツミ」


 彼女は、部下らしき男性と女性を縁側に置いていくと、靴を履き替え、私たちのほうへと歩み寄ってきた。


 ワダツミはどうしてか、私のことをリリーとは呼ばず、黒百合と呼ぶ。


「お主がそれはそれは楽しそうに太刀を振り回していると聞いたものじゃから、わざわざ見に来たが…」

「お生憎ね。休憩中よ」


 軽い皮肉を交える。向こうだって、皮肉で言ってきたに違いないからだ。


「それで?どうしたのじゃ」

「どうしたもなにも、レイブンが戦い方を教えろ、なんて言い出したのよ」

「ほぅ」


 きらり、とワダツミの瞳が愉快そうに輝いた。


「面白いのぅ、それ」


 どうしてだろう、それを見て私は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。




「そもそもオリエントの『呪い』とエルトランドの『魔導』は、根源的には同じものじゃ」


 ワダツミは右手に握った木の棒を振って言った。今のこの状況を楽しんでいるのだろう、とてもあどけなく、嬉しそうだった。


 彼女の正面には正座したレイブンがいて、その真ん中には黒板代わりの地面がある。そこには、『呪い』、『魔導』と書かれていた。


「我々人間の体には、量にこそ差があるが、共通して『魔力』というものが流れておる。そして、魔力を流し込むことで稼働するものを呪術具――あー、まじっくあいてむ?というわけじゃな」


 そう言うと、ワダツミは狭義の呪術具と広義の呪術具があるが…と前置きしたうえで、そのへんで点灯している街灯もその一つであることを説明した。


 この辺りは深く説明しても意味がない、と判断したのだろう。多くの場合、仕組みなど知らずとも、使えれば問題ないというのが世の中の感覚である。


「あの」と会話が切れたところで、レイブンが挙手をする。私はそれを、刀を振るふりをして眺めていた。


「お行儀がよいのぉ、なんじゃ」

「さっき、ワダツミ様は『呪い』と『魔導』は根源的には同じとおっしゃいましたよね」

「うむ」

「では、どういう違いがあるのですか?」


 なるほど、この子は『仕組みが分からないと嫌な人種』のようだ。


 ワダツミはそんな質問を面倒に思う様子はなく、むしろ、待っていました、とでも言いたげな顔で応じた。


「その根本的な違いは、『魔力』をどういうものと捉えているかにある」

「捉え方、ですか?」


 不思議そうにレイブンが聞き返せば、ワダツミは唐突に私に向かって言葉の行く先を変えた。


「黒百合、お主、魔力はどういう存在じゃと思う?」

「なにかしら、藪から棒に」聞いていたくせに、聞いていないふりをする。

「いいから答えい」


 私はしょうがないな、という感じでため息を吐くと、正眼の構えを崩さないままで答えた。


「魔力は魔力でしょう。体内で練り上げ、詠唱と共に解き放つ力。炎、雷撃、水流、氷結、突風、土塁、砂塵に閃光、果ては未来予知まで。その人の特性には左右されるけれど、魔導で成せないことはないわ」


 私は火焔系が得意だった。魔物の群れを灰燼に帰したときもあったし、災害が起きて鉄の扉が変形して開かなくなったときには、灼熱の炎で風穴を空けたものだ。


 私はそのときのことを思い出して、陰鬱な気持ちになった。


 昔は輝かしい記憶として抱いていたそれも、今や、二度とは帰らない。重荷、私を苦しめる呪縛だ。


(ストレリチア…)


 こうして定期的に、あの女の薄笑いを思い出す。これが彼女の狙いだったのだろうか。


 ワダツミは私の心が乱気流に煽られていることなど知りもせず、満足そうに頷いて続ける。


「そうじゃ、お主らエルトランド人は『放出する』ものと考える。自身の体内で練り上げて、体外に放つものだとのう」

「何が言いたいのかしら。分かるように言いなさい」


 ストレリチアのせいで苛立っていたためか、私は八つ当たりするみたいに強い口調で言った。


「苛ついとるのぅ。そういう日か?」

「っ…ばかっ!さっさと言いなさい」


 やれやれ、と肩を竦めたワダツミは、着物の隙間から何枚かの紙を取り出した。


「見ておれ」


 そう短く告げると、ワダツミはすうっと瞳の色を変えた。普段の飄々とした印象から一転、大人びた雰囲気へと変貌する。


 やがて、彼女は宙に白い紙を放り投げた。


 桜の花びらに混じった白の破片は、寸秒、風に漂ったかと思うと、一つ一つに意思があるかのように一塊に集まり始めた。


 集まった紙は、先日、私の前で賊を叩き潰した蛇へと形を変えた。


「これが私の呪い――式神じゃ」


 白蛇は私とレイブンが唖然としている間を悠々と這うと、からかうようにチロチロと舌を見せる。


「理屈は同じ、魔力を別の力に変換しているにすぎん…が、儂らオリエントの人間は、魔力を放つものとは考えず、『物体に吹き込む』ものと捉えるわけじゃ」


 白蛇はまるで命ある生き物みたいに、自由に、己の意志で動いているように私には見えた。ワダツミの命令などなく、気ままに桜の花びらを見つめているのだ。


 私の魔導は、こんなふうにはならなかった。当然だ、魔導とは、解き放ったらただの『現象』に変わるものだから。


「これは基本的にどのようなものでも…それこそ、こんな木の枝でも応用が効く。こうして魔力を注いでやれば、脆弱な木の枝が一転――」


 ワダツミは不意に近くの庭石を枝で思い切り叩いた。すると、枝は折れることなく、むしろ庭石に白い傷を刻みつけた。


「金属の剣のように強靭になる。…まぁ、土台無理をさせているから、魔力を注ぎ終わるとこうなるがのぉ」


 そう言うと、枝は突如として粉々に砕けた。


「へぇ…面白いやり方ね」


 東国オリエント――異国の文化は新鮮で面白いな、と内心で思ってしまってから、私は渋い顔をする。なぜなら、それを叩き潰そうとしていたのは自分たちの国だったからである。


 私の憂鬱など知らず、ワダツミは言う。


「それで、レイブン。お主は魔力をどう捉える?」

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