決戦前に.1
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五章スタートでございます!
一夜、明けた。
未だ太陽も月も顔を出さないから確証はないが、体にしみついた生活リズムから、おそらくそうだろうということをベッドから身を起こした私は感じていた。
すぐに支度をして、軍議に出る準備をしたほうがよさそうだ。そうしなければ、ワダツミあたりが小言を喚き散らしながらドアを叩くことになるだろう。
ネグリジェから、いつものドレスに着替える。戦いの度に洗濯する手間はあるものの、今の私にとってこのドレスはなくてはならないものになっていた。
戦いを共にする道具としても、私という人間の象徴としても。
身支度を整えた私は、くるり、とベッドを振り返った。
じっと見つめるのは、私の眠りこけていたスペースの隣。だいたいいつも、レイブンが眠っている場所。
そこは、がらんどうだった。
「…後悔なんて、しないわ」
ぼそり、と呟きが漏れる。強がりであることは重々承知だが、情けない真似をしたくないのもまた事実だ。
レイブンは、私と一緒には来なかった。自分で決めろと告げられた彼女は、しばらく硬直した後にゆっくりと立ち上がり、「ありがとうございます。お嬢様」と儚げに微笑んでみせ、黒い翼で光の柱のほうへと飛び去った。
雛鳥が成長し、飛び去る姿は…私の心を酷く狂おしく絞めつけた。だが、せめてもの矜持と信じ、決して涙を流さずにその背中を見送ることはできた。そんな私を、私は少しだけ誇らしく思えた。
感傷を振り切るように反転し、会議室へと向かう。途中で時計を確認したところ、予定時刻には少し早いようだったが、部屋にはすでに全員が揃っていた。
「遅いのぅ、黒百合。また寝坊か?」
ワダツミが肩を竦めるから私は、「貴方たちが早く集まり過ぎているのよ」と返す。
「ん?あー…まぁよい、とにかく、始めるとするか」
軍議に参加するのは、私、ワダツミ、サザンカ、ルピナスにマルグリット、ストレリチア、それからスズリなどの各軍の将兵ら数名だ。
開始早々、ワダツミはストレリチアに話の主導権を委ねた。これから始まる作戦――魔竜討伐作戦――を思えば、当然のことではある。
「みなさん、まず、魔竜ハデスを打ち倒すのは並大抵じゃないことを肝に銘じて下さい。実際、私の時代では生き残った将兵のほとんどをその戦いで失いました」
その言葉に一同は、顎を引いて気を引き締めるような素振りを見せる。私だけが、斜に構えたふうに窓枠に身をもたれかけている。
「完全に目覚めていないからといって、私と戦ったときとどう違うのかは分かりません。変わらない可能性だってあります。だから、万全を期しますので、よろしくお願いします」
「具体的には、どう万全を期すのかしら?」
私がそう尋ねれば、ストレリチアはゆっくりと頷き、作戦の詳細の説明を始める。
「まず、決戦は二つの班に分けて行います。一つは、聖殿の頂上で魔竜を討つ班。もう一つは、聖殿の内外で魔物たちを食い止める班です。おそらく後者には、あの少女たちも加わるものと思われます。これは、私の時代とは違っていますから、正直、予測が難しいです」
ストレリチアは、壁に貼られた聖殿周辺と内部の地図を指でなぞりながら説明を進めていた。
聖殿は四方遮るもののない、いわば、守りづらい拠点である。それなりに戦力を割かなければ、頂上での戦いにも影響をきたす恐れがある。
「ストレリチア様、二つの班の内訳はどうなさるのですか?」
「はい。今から説明します」
行儀よく挙手して尋ねたマルグリットに対し、ストレリチアは地図に書き込みを入れながら説明する。
「まず、肝心要の魔竜討伐班ですが、ここには、魔竜に致命傷を与えるために大火力の魔導士が二人、それから、魔導士に攻撃がいかないように前線で注意を引く者が二人、必要です。後、ブラスティア…対魔竜用兵器を操作する人間が一人――これは、魔力量が一番多い私が務めます」
大火力の魔導士が二人に、前衛が二人。そして、魔導兵器を扱うストレリチアが一人…?
私はその数の少なさに片眉をひそめて抗議の声を発する。
「あれだけ危険だと言っていた魔竜に、五人で挑むの?冗談でしょう?」
「いえ、本気です。聖殿の頂上は軍隊で戦えるほど広くはありません。それなのに大勢で押しかけたら、回避する場所もないままに一網打尽にされてしまいますよ」
「…でも…」
「安心して下さい、アカーシャ様。ブラスティアを上手く使えば、“絶対”に倒せます。私の時代でさえ五人がかりで倒せたんです。あのときのメンバーと、今のみなさん…うん、大丈夫、見劣りしません。やれます」
ストレリチアの言葉はいちいち人を安心させる何かがみなぎっていた。この力が、私の言葉を塗り潰してきたと思うと、複雑な気分にさせられる。
とはいえ、ストレリチアが自信をもって断言してくれたおかげで、みんな、安心したように見える。かくいう私もその一人だ。
「ふぅむ、それで?実際は誰に行かせるつもりじゃ?先に言っておくが、駄目と言われても、儂は行く気じゃぞ?」
「あはは、私も元よりそのつもりです。ワダツミ様は札による防御も頼りになりますから、頭数に入れています。後は…」
ストレリチアが指を柔らかく立てて、一人一人、指名していく。
「最大火力なら右に出る者のいない、ルピナス様」
「…はい」
茶色い瞳が一瞬だけ不安に揺れるも、すぐに毅然とした光を浴びる。覚悟を決める速さなら、彼女は折り紙つきだ。
「身軽さで私を凌駕する、サザンカさん」
「え、私?」
きょとん、とした顔で自分を指差すサザンカ。最も危険な役に配置されているというのに、飄々としているのはさすがとしか言いようがない。
そして、最後の一人となった。
「後は…」
ストレリチアの指がしなん、と倒れる。
青い瞳の先には、私と、マルグリット。
彼女の逡巡が手に取るように分かる。迷っているのだ、どちらを行かせるべきなのか。
「ストレリチア様、ここは私が――」
それを私と同じように察したらしいマルグリットが口を開いたので、こちらも間髪入れずに言葉を挟む。
「いいえ、ダメよ。私が行くわ」
「ダメだ、私が行く。お前は魔物を抑えておけ」
どちらからともなく、私とマルグリットは歩み寄った。周囲からは双方威圧的な態度に見えたかもしれないが、そうではない。私も彼女も、自らの果たすべき使命のことを考えてのことだ。
「冷静に考えなさい、マルグリット。もう片方の班は、兵を束ねる役割も課せられるわ。オリエント側はスズリたちに任せられたとして、エルトランド側はどうするの?」
「それは…」
「自分の命を、この間まで戦っていた相手に委ねるなんて、反発が生まれるに決まっているわ。それに、軍隊を相手に戦うのなら他の将兵に任せてもいいかもしれないけど、今回は魔物。貴方以上の適任はいない、そうでしょう?」
これにはマルグリットも押し黙ることを余儀なくされた。実際、オリエントとの戦争で多くの将兵を失ったエルトランドにおいて、彼女以上の適任はいなかった。
私はマルグリットが不服をどうにか飲み込みかけているのを確認すると、その肩に手を置き、「昔から、私は指揮官向きじゃなかったでしょう?強引に責めすぎるものね」と微笑んだ。
憑き物が取れたような私の顔を間近で見た彼女は、ややあって、「そうだな。お前には任せられん」と真面目な顔をして頷いた。
「決まり、ですね」
ストレリチアが短く、呟く。
その青い瞳が、憂いを帯びて私を見つめていた。何かに怯えているみたいな色をかき消すために、私は真紅の瞳で真っすぐ見返す。
「ええ、決まりよ。集団戦の指揮はマルグリットとスズリに任せて、魔竜は私と、ストレリチア、ワダツミ、サザンカ、ルピナス。この五人で討ち取る――異論はないわね、みんな」
ぐるりと全員を見渡し、意志の確認を行う。そうすれば、彼ら彼女らは意外そうに私の顔を見ていたのだが、そのうち、ハッキリとした返事と深い頷きを返した。
「後ろ倒しにしても、こちらが魔物に消耗させられるだけですから…作戦決行は、明日の真昼、ということでいかがでしょう」
ストレリチアの提案もみんなが素直に受け止める。
決戦まで、猶予はそう長くない。ともすれば、私も心残りがないようにやらなければならないことがあった。
続きは夕方に更新致します。




