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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
終部 四章 復讐の終わり

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復讐の終わり.5

ご覧頂き、ありがとうございます。

ご覧頂くだけでなく、様々な反応を返して下さっている方々、

骨身にしみます。ありがとうございます!

 今だけは、私を赦してほしい。


 心の底に沈めたはずの彼女を想いながら、強く地面を蹴る。


 都合の良いときだけ仮面をつけかえて、とマルグリットに揶揄されてもなお、私は今、この時だけは、元の私に戻ることを選んだ。


 私が抱いた燃えるような、あるいは、凍り付くような恨みや憎しみは、本来リリー・ブラックのものではなく、アカーシャ・オルトリンデのものであったはずだから。


 この心を縛る鎖を断ち切るのは、“私”の手であるべきだ。


「ぬおおおっ!」


 獣のような雄叫びがドイル王の口から飛び出す。


 荒々しくも隙のない動き、構え。


 こちらもそれ相応のリスクが求められることは間違いない。だが、それで得られるものの価値は疑いようもなかった。


 振り降ろされる剣撃。こちらもあえて、正面からぶつかる。


 爆ぜる火花、痺れるような衝撃。


 いくら彼も若くはないとはいえ、かつては武芸の達者さでも名の売れたドイル王。男女の力の差も相まって、すぐに押し込まれる。


「ふっ!」


 素早くサイドステップ。大振りの袈裟斬りが目の前の空間を切り裂く。


「敵国を率いて戻ってきて、英雄気取りか、アカーシャ!」


「あら!随分と嫌われた英雄もいたものね!」


 再び肉薄するが、今度は鍔迫り合いになど持ち込まない。


 私は、私がいた場所を斜めに裂く剣閃を潜り、ドイル王の側面にまわる。


「ぬっ!」


 空振り後の隙を狙って横薙ぎ一閃振り払うも、即座に立ち位置を変えたドイル王には届かなかった。


「ちっ!」


 男性の中でも大柄な図体で、よくかわす。しかも、彼は間を置かずして反撃も始めていた。


「こんなことならばあのとき、ストレリチアの陳情などに耳を傾けず、お前を処刑しておけばよかった!」


 苛烈な袈裟、逆袈裟。


 上体をねじってコンパクトにかわす。大きくかわせば、それだけつけ込まれるリスクは増える。


「そうね。でも、貴方はそうしなかった――それが、すべてよ」


「黙れ!そうすれば、ジャンがお前のような人間に殺されることはなかったのだ!」


 大振りの横薙ぎ。


(遅い!)


 ドイル王は手練れの剣士だ。しかし、今の彼が見せる連携はとても単調で、呼吸もタイミングも容易に読むことができた。


 おそらく、私と彼の差はたいしてないだろう。私が優れているのは、反応速度やフットワークの軽さだけ。それならば、なぜこんなにも危なげなく刃を交えることができるのか――理由は明白。ドイル王もまたジャンと同じタイプの人間だからだ。


「ふっ…被害者気取りね…」


 私は、シロセキレイのときにやってみせた以上の軽やかさで地を蹴り、迫りくる薙ぎ払いを後方宙返りで回避する。


「なにっ!?」


 紫の光を浴びてもなお、はためく真紅のドレスは赤々としていて、確かにそこにあった。


「寝言は寝て言いなさい、ドイル王」


 着地の衝撃を感じさせない重心コントロールから、流れるように太刀を振りかぶる。


「“奪った”のよ。それなら、“奪われ”もするわ」


 その言葉は、自分自身への皮肉でもあった。


 地面すれすれの軌道で、這うように、あるいは、飛翔するように斬り上げを放つ。


「ぐっ!」


 それは、回避が遅れた王の右太ももから右肩までを斬りつけた。頑強な鎧に阻まれて致命傷には至らなかったが、継ぎ目を狙うことに成功した部分はパッ、と血で染まった。


 一歩、ドイル王が後退するのに伴い観衆がどよめくも、私は攻め手を緩めずに間合いを詰める。


「ジャンがストレリチアと共に私を生かした!それなのに、いざ私が生きていたら…!」


 体重を乗せた袈裟斬り。彼の体格を鑑みれば、私のでは軽い一撃かもしれないが、いかんせん、今は体勢が崩れている。


 案の定、ドイル王は後ろによろめきながら弾くので精一杯であった。


 生き死にの狭間が、艶やかに光る。


 私はその輝きと隙間に、両手による渾身の突きを叩きつける。


「他人のフリをしてみせたわ!しかも!」


 王はとっさにそれを剣の腹で受け止めた。しかし、その衝撃たるや…また後退を強いられている。


「顔を見せるなと言ってのけた!私は…!」


 また、命の光が瞬く。だから私は、渾身の突きを、餓狼が獲物に牙を突き立てるように繰り返した。


「私はッ!彼の!」


 何度も。


「婚約者で!」


 何度も、何度も。


「国を想い合った同志だったはずなのに!」


 何度も、何度も、何度も。


「一度は大切にしたものを、深く愛したものを…っ、容易く放り捨てられるのは、一体どういう了見なのよッ!?」


 何度も何度も何度も何度も何度も、私は切っ先を突き立てる。


 目の前で血飛沫を絶えず上げ始めた男に、そして、心の裏側で私の嘆きを聞いているはずの復讐の代行者に。


「なんとか…言いなさい!」


 抵抗する力を無くしたドイル王に目がけて、全力で斬り払いを放つ。そうすれば、ドイル王は意識も朦朧とした様子でぐらりと、膝をついた。


「…はぁ、はぁ…これで…!」


 糸の切れた人形のように崩れ行くだけの彼を、この引き絞った矢の如き一突きの直線上に据える。


 脳天、喉、心臓、鳩尾。


 人体の急所に意識が向く。


 そこさえ穿てば、復讐を終わりにできる。


 スローモーションに流れる時の中、私は一度にあらゆることを考えていた。


 恨みが私にもたらしたもののこと。


 怒りが私にもたらしたもののこと。


 復讐がひき殺してきた、数々のもののこと。


 そして、約束を残してきた者たちのこと…。


 思考の渦が一つの螺旋に集約したとき、私は改めてクリアーになった頭で剣先の狙いを定めた。


「――…終わりにするわ、ドイル王」


 抑え込んでいたものを、私は太刀の切っ先に込めて解き放った。


『ちゃんと、自分で決めたのね』


 頭の奥で、誰かの声が聞こえる。


 私はその優しく、寂しそうな響きに、心の中だけで、『そうよ』と短く返答するのだった。




「ぐっ、う、ぐぅ…!」


 私の放った剣先は、ドイル王の正中線、いずれでもなく、右腕に深々と突き刺さっていた。


 失血は酷いが、この傷ならすぐに手当すれば死にはしない。


 私は、ドイル・デューク・エルトランドを殺さない道を選んだ。生きる権利を、彼にも与えたのだ。


 かつて、ジャンやストレリチア、彼が私にそうしたように。


「私は、貴方を殺さないわ。ドイル王」


「な、にぃ…!?俺を侮辱するかぁ!?」


 憤激する彼に顔を寄せ、一つ、一つ、愛の言葉でも囁くみたいに丁寧なアクセントで私は彼に告げる。


「私は――貴方を、そしてジャンを赦す。私を見捨てたことも、ストレリチアとの関係のことも」


 目にも止まらない動作で太刀を引き抜く。すでに多量の血が私のドレスや顔にかかっていた。


「そして私も、向こうでジャンたちに赦してもらえるような人間になるために、生きていくわ…多分、それが…」


 私が復讐を終えられる…たった一つの方法。


 そうだ。私はドイル王のことを、ルピナスやマルグリットのことを、両親のことを悪く言えない。


 だって、結局は、私が名前を変えてやってきたことはまるで同じで、誰かの悲しみや憎しみを無限に増やし続けることに他ならないのだから…。


 人は、復讐を本能的に肯定する生き物だと耳にしたことがある。


 ならば、復讐とは何か。


 復讐とは思うに、他方を悪と決めつけ、一方的に裁くことだ。


 その者の事情や多面性を無視して、自分を純白の被害者と妄信すること。妄信し、自らのシミに気づかなくなることなのだ。


 無論、私も復讐自体を否定したいのではない…この世には、晴らさなければならない恨みというものも、生きていても仕方がない命というものがあることも確かだから。


 しかし…多くの場合…、その者たちにも、一人ぐらいは“善人”の顔で接している相手がいたはずなのである。


 だから、改めて私は宣言したい。


 エルトランドとオリエントの戦いを終わらせられる、この瞬間に。


「これで、私の復讐は…終わったわ…」


 風が、吹いていた。


 美しい、黒の旋風が舞う風だ。


「くそぉ…俺は…息子の、無念を…」


「ええ…分かっているわ…」


 そのまま、苦悶の声と共に完全に膝をついた彼に背を向けながら、足を揃え、太刀を振り払う。そして、血ぶるいを済ませた太刀を“レイピア”みたいに胸の前に掲げると、瞳をつむりながら額を刃にそっと当てる。


「さよなら、“お義父様”。アカーシャ・オルトリンデとは、もう二度と会うことはないでしょう」


 落ちていた鞘を拾い、それからゆっくりと、太刀をそこに戻す。同時に私の心に戻ってきた“彼女”が、そっとこちらに微笑みを向けてくる。


『強くなったわね、本当に』


 とても、綺麗な微笑だった。銀の髪が揺れて、真っ赤な瞳がオリエントで見た夕焼けのように燃えている。


『ありがとう、リリー。私のワガママ、聞いてくれて』


 あどけなさを残す顔立ちに、照れたような淡い輝きが宿る。


『お礼なんていらないわ。貴方のしたいことは、きっと私の望むことでもあるもの』


『そうね、リリー。きっとそうだわ』


 飛び立つ鳥の歌声のように、徐々に遠のいていく“アカーシャ”の声に…私は胸が苦しくなりながらも、きっ、と前を向く。


「…立派だったわ、アカーシャ…誰も認めてくれなくても、私だけは貴方の選択を尊重するわ…だから…安心してまた眠りなさい…」


 誰にも聞こえない呟きの後、かつ、かつとドイル王――いや、ドイルから離れる。


 彼は顔を覆いながら言葉にならない言葉を発しているようだったが、彼自身も、その部下にも、私の背中を襲わせるようなことはしなかった。


 気づけば、爆ぜるような大歓声が上がっていた。


 悪しきエルトランド王国の主を屈服させた私を讃え、自分たちの鎖が弾け飛んだのを歓喜する声。


 まともに言葉など聞き取れない音の渦の中、ワダツミがそっと私に呟くのが、唇の動きだけで分かった。


「よいのじゃな?」


 私は、口を開かずにただ頷いた。


 ワダツミはふっと寂しそうに笑うと、「お主がよいならそれでよい。お主がよいなら、儂は…」と少しだけ唇を震わせるのだった。

彼女の戦いが一つ、終わりました。

ですが、それはあくまで個人としての戦いですので、

最後まで見届けて頂けると嬉しいです!


続きは夕方に更新致します。

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