復讐の終わり.4
終部ですが、そろそろ折り返しとなっております。
手短にまとめられず、長々とした作品になっておりますが、
最後までお付き合い頂けると恐縮です!
オブライエンを葬った後、ドイル王の私兵たちは徐々に攻めの勢いを失っていった。
無論、オブライエンがその中軸に存在していたからではない。ただ、彼を葬った時点を境にしてオリエント兵たちの士気が爆発的に上昇したことを考えると、全くの無関係というわけでもなさそうだった。
『リリーに続け』
『悪逆非道の愚王を討ち取れ』
『これがオリエントの黒百合姫だ』…などと、誰がもが好き勝手に叫んだ。いくら勢いを保つための方便とはいえ、二十を超えて“姫”呼ばわりされるのは辟易とする。
風に吹かれ、燃やすモノを失った炎が次第に弱まっていくように…とうとう、ドイル王側の兵士は前進することをやめた。
無数のオリエント兵、ニライカナイの人間たちに囲まれて、もはや絶体絶命のドイル王。それでも、彼の顔に恐怖が宿らず、怨嗟と怒りで満ち満ちている点はさすがの風格であった。
そこら中に積み上がった亡骸の数は、明らかにエルトランド人のものが多い。オリエント側とて無傷ではないが…これは紛れもない、圧勝、いや、一方的な暴力というべき戦いだったろう。
「終わりじゃのぅ、ドイル王。年貢も納めんでよい、命乞いもせんでよい、大人しく土に還れ」
二頭の白蛇を従えたワダツミが、開戦のときとは打って変わって無感情な口調で告げる。
ドイル王は死の宣告を受けてもなお、戦う意志を見せた。
「言われずとも、投降などせん!ただし、土に還るのは俺ではない、お前たちだ!」
「ふん…この状況で何ができるのじゃ。ハッタリなどを王が口にするのはしょうもないのぉ」
「なんだと…!」
そうしてワダツミが挑発と愚弄の言葉を向ければ、当然、彼は顔を真っ赤にして怒髪天となったが、ややあって、ぎゅっ、と感情を抑えるように拳を握りしめると、咳払いと共にこんなことを言った。
「ふん。確かに戦況は最初から圧倒的に俺たちのほうが不利。それくらい、百も承知でここに立っている。だが、それで、俺を討っていいのか?」
「…何が言いたい?はっきり言わんか。殺してしまうぞ」
どうでもよさそうに抑揚なくワダツミがそう言えば、ドイル王は少しばかり青ざめ、早口で言ってのけた。
「つまり、俺は初めから不利を承知でお前たちに挑んでいる。そんな俺を数の力で叩き潰しても、臆病者、卑怯者の誹りからは逃れられんということだ」
「あぁ?その理屈をお主が持ち出すこと自体、卑怯じゃろうが。自分たちが儂らにやってきたこと、忘れたとは言わせんぞ」
ばちん、ばちん、と白蛇が尾で地面を叩く。ワダツミのこらえきれない怒りが投影されていることは火を見るより明らかであった。だからこそ、ドイル王はその獰猛なしもべが自分たちを襲わぬうちに起死回生の提案をしようとしていた。
「しかし、禍根が残るのは必至!ならばここは、お前らオリエント人が好きな“一騎討ち”で決着をつけようではないか!」
ワダツミらはその提案を耳にすると、閉口した様子で乾いた笑いを発する。
「ははは、お主、あほうか?勝ちが決まった状況で、そのような提案に乗る意味がどこにあるのじゃ」
至極最もなワダツミの言い分。道徳や正義、公平性を重んじがちなオリエント兵たちですら、この馬鹿らしい提案を一笑に伏した。
まさか、本気でオリエント側がこれを受けると思っていたのか、ドイル王は一見して分かるほど青ざめてしまい、「本当によいのか、お前たち!情けがないとは思わんのか!?」と喚く有様。かつて、賢王として名を馳せたドイル・デューク・エルトランドはどこにも見当たらなかった。
もはやすでに、『エルトランド王国と東国オリエントの戦争』の趨勢は決していたのだ。
だからつまり、ワダツミの取った選択は正しい。
いくら公平でなくとも、今までのツケだってある。それに、戦争とは本来、そういうものであろう。情けがないだとか、卑怯だとかで自国の兵に命を賭けさせてよい代物ではない。
そう、それが“戦争”であったならば。
「何度も言わせるな、馬鹿垂れ。今さらお主と一対一で決着をつけることに、何の意味が――」
だが、もしも…これが“戦争”ではなく、失った何かを取り戻す、あるいは、過去の自分や思い出との決別のための“私闘”であったならばどうか。
「意味ならあるわ」
斬らなければ、前に進めないものがあるとすればどうか。
「お、おい、黒百合、お主…」
私が何者であるかを自分で決めるために、勝ち負けという明確な結果が必要なのであればどうか。
オリエント兵の囲いの中から、一歩、二歩と踏み出し、ワダツミさえも追い抜いてドイル王の前に歩み出た私は、真っすぐに彼を睨みつける。
「私は、“エルトランド王国の滅亡”を掲げて復讐を続けていたわ」
ストレリチアへの復讐という個人単位の闘争から、国家間の戦争へと目標を切り替えたのは私だ。
そうしなければ、彼女に対抗するための力も財も得られないと思ったから。
「それがどういう意味か分かるわね?ワダツミ」
そして、ストレリチアが私と共にある今、この復讐を終わらせるための手段は一つしか残されていない。
「…お主がその手で斬らねば、終わらせられぬものもある、か」
胸の奥でずっと燃え続けている、復讐の青い炎。
消してあげたい。
そうしないと、きっと私は、みんなと向き合えない。
「ワダツミ。許してくれるわね」
「はぁ」とワダツミは肩を竦めてため息を吐いた。「好きにせい、あほぅ。――おい、皆の衆、絶対に手出しするでないぞ!このあほぅに後で斬られとぅなければな!」
私はワダツミが言葉とは裏腹にこちらの意志を尊重してくれたことを理解し、心の底から感謝していた。
「アカーシャ…!感謝するぞ、お前のおかげで、俺にもまたチャンスが巡ってきたようだ!」
ぶん、と身の丈ほどの長剣をドイル王が構える。その血走った目を見て、私は静かに深呼吸をし、そっと胸に手を当てる。
(…確かめたいの…貴方が、どうしたいのか…私が誰なのか…)
私は、この怒りの根源に呼びかけた。復讐を終えるため、この瞬間だけは、『私』ではダメだと思ったからだ。
「名乗りなさい。それがオリエント人の流儀よ」
その声は、自分でも驚くほどに澄んでいた。
とてもではないが、怒りと恨みに支配された、『復讐の黒い百合』の放つものではなかった。
ドイル王は苦い顔をしたかと思うと、大きな声で自分の名を名乗る。
「俺はドイル・デューク・エルトランド!尋常に勝負だ!」
私は、もう一度だけ深呼吸した。
居合という手段を捨てることも厭わず鞘を腰のベルトから外し、ゆっくりと太刀を取り出した後、鞘をそっと地面に放った。
そして、口を開く。
「私は…私は…――アカーシャ・オルトリンデ…!過去との決別のため、貴方を倒すわ、ドイル王!」
『リリー』ではなく、『アカーシャ』としての最後の戦いが始まります。
のんびりとお付き合いください!




