復讐の終わり.3
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私は、ワダツミと共に誰よりも先にドイル王の率いる軍勢、その最前列に躍りかかった。
ワダツミは白蛇を、私は太刀を、頭がおかしくなるくらいの怒号と狂乱の中、振り乱して最後の“戦争”の口火を切った。
袈裟斬りに振るった太刀が、ドイル王の親衛隊が持つ重厚な盾に防がれる。
返しの一薙ぎを屈んでかわす。
盾で私自身の姿も隠し、目にも止まらない勢いで背後へとまわり、死角から鎧の継ぎ目に刺突を放ち、命を屠る。
「ふっ…!」
同胞の返り血が顔を、ドレスを染める。
燃えるような赤に、どす黒い赤が落ちれば、それは華のように生地を濡らす。
ワダツミの白蛇が分厚い盾や鎧をものともせず、敵を薙ぎ倒しているのが視界の隅に映った。彼女自身は一歩離れて白蛇を操っており、サザンカが護衛としてそばについていた。
(あの調子なら、今回は心配いらないわね…!)
ゴルドウィンのときとは違う。今回は対等どころか、有利な状況で戦いが始まっている。
ワダツミ自身が台風の目のような存在となって、エルトランドの豪傑たちをねじ伏せていく。気がつけば白蛇の数はもう一体増えていて、敵側からすると本当に手の付けようがない状況になっていることは間違いなかった。
私自身も、と縦横無尽に最前線を駆ける。
時には一人で親衛隊を斬り伏せ、時にはスズリと協力して敵陣形を崩す。
繰り出される魔導は足でかわし、剣撃は太刀でいなす。
コンディションはいつになく最高潮だった。敵の動きはハッキリと目で追うことができていたし、集中が途切れる気配もなかった。
だからこそ、私はこのノイズ塗れの戦場でも、自分の名前を呼ぶ声を的確に拾い上げることができた。
「アカーシャ・オルトリンデ!」
聞き覚えがあるような、ないような…。そんな覚束ない声がする方向へと素早く反転すると、年季の入った鎧を身にまとい、戦斧を担いでこちらに突進してくる初老の男の姿があった。
自分の脳内メモリーにアクセスするよりも先に、その戦斧をひらりと飛んでかわす。
ぶぉんっ、というすさまじい空振り音と共に苛烈な一撃が空を断つ。
(当たれば、もれなく半分にしてもらえそうね!)
振り下ろしを狙うべく、加速したところ、降下した燕が急転回してくるような軌道で斧が戻ってきた。
「っ!」
素早く太刀を間に挟む。
まともに受けては怪我をすると直感した私は、軌道を逸らして受け流すことに専念しつつ、太刀を上へ払う動作に沿って自然な動きで横に回って距離を取った。
(手練れ!)
兜の緒を締めつつ、敵を見やる。すると、ぼんやりとだがその初老の男が誰なのかを思い出すことができた。
「貴方…たしか、ジャンの側近…」
名前。名前は何だっただろうか…。
そんなことを考えていると、男は戦斧の柄を地面に叩きつけながら、必要以上の大声で言った。
「そうだ!罪人、アカーシャ・オルトリンデ!私はオブライエン!ジャン様にお仕えしていた騎士である!」
「あぁ…そう、オブライエン。オブライエンだったわ」
彼と最後に会ったのは、王城から続く地下通路だ。
ストレリチアの企みで秘密裏に島流しされる私を案内した、ジャンの側近。レイブンと初めて出会ったあの場所で、私を罵った男。
ジャンを甘やかすことで一生懸命だったくせに、やたらと偉そうなことを言ってくれていたものだ。
「私の名前を気安く呼ばないでもらおう!尻軽め」
「…はぁ?」
「お前如きが生き永らえたのは、おおかた、オリエント人に股でも開いたからであろう。ふん!誇りのないお前には、相応しいかもしれんがな!」
あの日もそうだった。彼は、私を一方的に見下し、罵った。そして、今も…!
(こいつ…っ!)
ふつふつと湧いてきた怒りを私が飲み込み損ねているうちに、彼はまだ続けた。
「ジャン様を手にかけ、国まで売った意地汚い罪人め!今ここで、すべてのエルトランド人を代表して私が――」
「オブライエン」
私は由緒正しい絵画のように気高く、触れ難い微笑みを浮かべると、わざとらしく猫撫で声を発しながら太刀を鞘に納めた。
「貴方があの日、私に言ったこと…今でもちゃんと思い出せるわ。たしか、私を売国奴と罵った挙句、『お前の首を刎ねないのは、勅命があるから』と言ったわよね?」
ドレスの裾が風に吹かれ、燃え上がるように揺れる。
「そうだ、あのと――」
「オブライエェン…!」
まだ私が話しているというのに割り込んでくるから、さらにその上から被せるように言葉を放つ。そうすれば彼は明らかに不愉快そうに顔をしかめたが、私の冷たい怒りの青い炎を微笑みの向こうに見て、息を飲んだ。
「それじゃあ、ほら、やってご覧なさい…!?ここにはもう、勅命も、慈悲深い女も、見栄っ張りの男もいないわ。届くわよ、私の、首に…!」
挑発的に両手を広げながら、ゆったりとオブライエンに近づく。
「な、何の真似だ。武器をしまっても、私は容赦せんぞ!」
「あら?そう。うふふ」
少しずつ、少しずつ間合いを詰める。
「だったら、斬ればいいわ。高貴なる老騎士オブライエン」
少しずつ、言の葉に染み込んだ毒を注入する。
「惨めに逃げ惑い、命乞いするジャンに私がやってみせたように…っ!」
誰もが持っている、人間のブレーキの利きを悪くする感情、怒りを刺激するために。
「こ、この魔女がぁッ!」
ぐんっ、と戦斧が頭上に高く掲げられる。
全身全霊、渾身の唐竹割り。
私のつむじから股まで引き裂くために振り下ろされたそれは、ほんの半歩後退した私の眼前を通過すると、地面へとめり込んだ。
「なんとまぁ、お粗末ですこと…――お手本、見せてあげるわ」
そこから先は、つまらないものだった。
毎日、毎日、繰り返しているのと同じ動作で鞘から太刀を滑らせる。
目にもとまらぬ銀閃は、寸分の狂いもなくオブライエンの首筋を横一文字に払った。
ぼんっ、と破裂する音と共に、彼の首から上が宙を舞う。
それが地面に叩きつけられたときに聞こえた水音と被せるように、私は握った太刀を払って血ぶるいした。そして、嫌味なほどにゆっくりと体の前で太刀を鞘に納めた。
「“こう”するのよ。オブライエン」
血飛沫を雨のように浴びながら佇む私を見て、オリエント人も、エルトランド人も、ある種、魅了されたみたいに動けなくなっていた。
次回の更新も明日となります。
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