復讐の終わり.2
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両者の旗は高く掲げられていた。
土煙がもくもくと上がる中、ドイル王らの手勢が横一列に並んで足を止めている。まるで、開戦の狼煙を待つ統率された狩猟犬のようだった。こちらの手勢、とりわけニライカナイに所属していたものもまた飢えた狼のように殺気立っていて、いよいよ互いの激情も終わりを迎えるときが近づいていた。
誰しもがワダツミの指示を待っていた。ワダツミも、どのタイミングで突撃の合図を出すか、熟考しているふうだった。
しかし、戦いの火蓋を落としたのはワダツミではなかった。
「侵略者どもよ、聞けッ!」
獣の咆哮のようにして轟くのは、ドイル王の自らを棚に上げた言葉。
「投降を呼びかけながら、卑怯にも不意を討つような真似をする、戦士の誇りをひとかけらも持たぬ恥知らずどもよ!ここで、貴様ら軟弱者を一掃してくれよう!」
彼の傲岸不遜な挑発に、すべてのオリエント兵がさらに殺気立つ。特に、自らの人種に誇りを持つスズリのような若者は、ドイル王の言葉を聞いただけで口の端から血を垂らすほどであった。
許されるのであれば、今すぐ先頭に立ってドイル王の愚かな言葉を切り裂いてやりたかったのだが、私はぐっとそれをこらえ、彼岸花の装飾があしらわれた銀色の鞘を握りしめた。
それをするべきは、私ではない。それが分かっていたから。
「ドイル・デューク・エルトランド!」
いつになく真剣で、怒気を孕んだ叫び声は、私のすぐそばから響いた。
「儂は、東国オリエント第一王女、ワダツミ!このような形で貴殿と相まみえることになり、まことに遺憾であるぞ!」
ビリッ…と空気が震える。この一年で磨きのかかったワダツミの器が、そうした迫力のある声を生み出しているのだろう。
「本来であれば、女王アマツの申し上げた通り、お主らには降伏してもらい、両国の良好な関係をいち早く手にしたかったものじゃが…それももう、叶わんのじゃろう!」
「ふん」とふんぞり返ったドイル王が鼻を鳴らす。「だから軟弱者だと言うのだ、小娘。貴様らは、常に奪われる側であった。そうであるにも関わらず、“降伏”だと?笑わせる。奪われた同胞や家族の命、恨み、晴らさずにいられるというのが、低俗な民族であることの証明であろう!」
その言葉に、ますますオリエントの兵たちは燃え上がる。普段以上に口汚い言葉で敵を罵る姿には多少の恐れを抱いたが、無理もない、とも分かっていた。それほどまでに、オリエント人を侮蔑した発言だった。
だからこそ、ワダツミもそれなりの態度をすぐさま見せると予想していたのだが、それは容易く外れてしまった。
ワダツミはさっと片手で部下たちを黙らせると、しん、と静まり返った戦場に似つかわしくない声で呟く。
「…成り行きで、エルトランドの者と飯も食った。なかなかどうして、悪い奴らではないのぅ。やはり、問題は人種ではなく、個人にあるのじゃ」
ははっ、と笑いながら話すその姿は、さながら友に語りかけているようだった。
「のぅ、王よ。投降してくれはせぬか?両国の新しい、良き関係を共に築くつもりはないか?」
この土壇場に来ての説得!
さすがに誰もが困惑していた。私もそうだが、たぎる怒りの先を失いかけているオリエント兵らはなおのことだ。
だが、だからといってドイル王もそれで投降するような人間ではない。
「軟弱ッ!臆病者の小娘が…平伏すのは貴様たちのほうだッ!」
びりっとまた空気が震える。武者震いで鞘が小刻みに振動し、その中を巣穴としている銀の刃が訪れるべき時をよだれを垂らして待っていた。
「そうか」と短くぼやいたワダツミが、俯いた。
まさか、本気で悲しんでいるのではあるまいな、と私がワダツミの心を案じたそのとき、彼女は弾かれたように顔を上げた。
その年齢不詳で端正な面持ちにあったのは、満面の笑みだ。
「――と、まぁ、ここまでが東国オリエント第一王女としての言葉じゃ」
明朗な声と共に式神の札が宙を舞う。それはやがて、出会った当初よりも一回り体が大きくなった白蛇へと姿を変えた。
「そしてここからは、ただのオリエント人、ワダツミとしての言葉なんじゃがのぅ」
にこにこと笑みを絶やさぬワダツミのすぐそばで、バシンッ、と白蛇が地面をその尾で叩いた。
「投降など、決してするな。お主らを赦さねばならんなど、反吐が出る」
「なにぃ?」
紫の日光が照らす、鳥籠の真正面。
戦いの風が吹き荒ぶ、土の上。
ワダツミは、胸の内に飼っていた怒りを業火のようにたぎらせていた。
「お主らは、奴隷制を金儲けの手段としてばかり考えておったらしいのぅ。つまりそれはじゃ、人の尊厳を――決して金などには換算できない、人が人であるためにどうしても欠かせないものを、踏みにじる、この世で一番低俗な行いを好むと同義。そんなやつらを、これからの世界に残す必要などないのじゃ」
さらに、と私を一瞥してからワダツミは続ける。
「もう一つ、お主をここで叩き潰す理由がある。それはのぅ、お主が、卑劣にも儂の大切な仲間――あー…部下の両親を人質に取り、言葉の刃でその繊細な心を傷つけたことにある!」
華奢ながらも、彼女の真っすぐな意思を宿したような指が、ぴん、とドイル王を指し示す。それはさながら、罪の宣告であった。
「ワダツミ…」と私がぼやけば、彼女は一瞬だけ私を見て、ウィンクしてみせた。
(馬鹿ね…“仲間”じゃないとまで言い切った私を、また…)
その飄々とした行動とは裏腹の激情を言葉に変えて、怒りで震えるドイル王に向かってワダツミは解き放つ。
「さぁ、ツケを払うべき時じゃ。儂らにも、そして、こやつにも…!」
私の体は勝手に動いていた。
自然と、ワダツミの隣に並び立ち、そして、オリエントで磨いた流麗な動作で太刀を抜刀。その独特で美しい鞘滑りの音をまとい、太刀を真っすぐ、右手一本でドイル王へと向ける。
言葉はいらなかった。
私の決別の構えを見て轟く、オリエント兵たちの熱い叫びさえあれば。
次回の更新は明日になります。
よろしくお願いします。




