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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
終部 三章 戻らぬ過去に触れて

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戻らぬ過去に触れて.9

 あの頃と同じ、孤立無援と悟った私は、不満を隠さぬまま無言で昼食にありつくことにした。


 私は、この苛立ちを飲み込む術を未だに持たない。そういう意味では確かに変わっていないのかもしれないが…それを言うなら、ルピナスもマルグリットも同じだ。


 ルピナスは何かと血筋だとかを理由にして、私の改善を先に求める。


 マルグリットは、戦いやポリシーに関わることについては激情家なくせに、こういうことに関しては淡白そのもの。『どうでもいいが、問題を大きくするお前が悪いだろうな』とでも言いたげだ。


 そうして、私が無言のままにおにぎりと漬物とを頬張っていると、残った四人が勝手に話し始めた。


「そういえば…こうしてちゃんと顔を突き合わせるのは、会議室以外では初めてかのう」


「え?あ、はい…そうですわね。ワダツミ様」


 一応、一国の王女ということもあってか、ルピナスはワダツミをそんなふうに呼んだ。


「おい、“様”は余計じゃぞ。ルピ…あー…ルピ…」


 まさか『ルピなんとか』などと呼ぶつもりではないだろうな、と横目にしていると、見かねたルピナスが、「ルピナス・フォンテーニュですわ。ワダツミ」と微笑む。


「おお、そうじゃった、そうじゃった。ルピナス。弧月の入り江ではたいそう世話になったから、顔はよぅ覚えておる。あのときは、久方ぶりに殺されるかと思ったぞ!」


「ええ、私も覚えていますわ。貴方の使う魔導、紙が意思を宿して動き出すなんてと驚きましたもの」


 仏頂面のまま話そうともしないマルグリットとは対照的に、ルピナスはよく相好を崩した。意図してのことではないだろうが、こんな顔を見せられては警戒も解けることだろう。


(…ふん、なかなかどうして、我が幼馴染ながら“善人”顔ですこと)


 内心、先ほどの帰結を根に持っていた私は、肩眉をひそめつつ会話の成り行きを見守ることにする。


「お二人が仲良くされていると、ちょっと不思議ですね」


 そう言って会話に飛び込んだのはストレリチアだ。


「不思議?」とマルグリットが反応する。「敵国同士だったからですか、ストレリチア様」


「いえ、お二人は…」


 口にしてから、何か不都合があると思ったのだろう。彼女は黙り、どう言い繕うべきか考えている様子だった。しかし、今さら誤魔化せないと察したらしく、その華奢な肩を上下させて続けた。


「お二人は、私のいた時代だと互いに致命傷を与え合った間柄なので」


「ち…」


 さすがにこの言葉には誰もが絶句する。それはそうだ、いくら身に覚えのない話であっても、元々の関係を考えれば、これは冗談にならない。


 気まずそうにしている面々に、思わず、私の口角が上がる。


「まぁ、素敵な話題。紅茶でも淹れて差し上げますから、このままお続けになられては?」


 完全なる皮肉。四人の視線が――とりわけ、ワダツミとマルグリットの視線が私へと突き刺さる。


「お主はなぜにそう嫌味ばかりなのじゃ」


「全くだ。性格がねじ曲がり過ぎている」


「それは失礼」と悲しい顔をしてみせれば、またマルグリットが壮大なため息を吐く。


「はぁ…もういい。こいつは放っておこう。――とはいえ私も、あり得た未来の私が気になります、ストレリチア様。私はどのような人間になっていたのでしょう?」


 珍しく話題に興味を示したマルグリット。彼女は聖女然としているストレリチアの大ファンだったから、こうして会話できるだけでも嬉しいのかもしれない。


「それはもう、並ぶ者のいない剣聖として数多の名声を手にされていました」


「剣聖…ですか」


 堅物のマルグリットもさすがに少し嬉しそうだ。


「はい。攻め入ってきたオリエント将兵からの一騎討ちの申し出を誰よりも受け、そして、無敗を誇った人でした。私の剣術もマルグリット様とアカーシャ様に教えを受けたんですよ」


「なんと…それは、ああ…喜ばしい話です」


 私とは喧嘩ばかりしているマルグリットが目を細め微笑む姿に、どうにも胸のムカつきを覚えた私は唇を尖らせていたのだが、続くやり取りに表情を曇らせることとなる。


「それで、私はどのような最期でしたか?騎士として、あるべき姿でしたでしょうか?」


「あ、えっと…」


「構いません。どのようなものでも、私は己を信じています。そのときの最善を尽くしたでしょう」


 ストレリチアがちらり、と私を一瞥する。その動きだけで、その場にいた全員が私に視線をやった。


「なんじゃ、またこやつがやらかすのか?」


「違うわ」


 からかい半分、心配半分といったワダツミの言葉を跳ね除ける。その先を私の口から説明するのは嫌気が差したため、無言でストレリチアに続きを促す。


「…ワダツミ――様との戦いで、アカーシャ様を庇いながら、敵幹部を討ち取って亡くなられました」


 これには誰もが目を丸くした。それに続けて、「ルピナス様も、アカーシャ様を庇いながら、ワダツミ様に深手を負わせて亡くなりました」などと説明するものだから、一同、形容し難い重苦しさに息を止めて俯いていた。


「…本当、なんて素敵な話題」


 今度の皮肉には誰も反応してくれない。


 未来の私を守って散った、私のかけがえのない仲間たち。


 私は率直に、未来の自分を羨ましいと思った。それほどまでに彼女らに愛されていた私を。


 わざわざ続ける必要のある話題かどうか、私には分からなかった。それでも…“彼女”の散り様についても二人は知る権利があると思って口を開く。


「サリアも、私を庇って死んだそうよ」


「サリアが…」とルピナスがぼやけば、胸の十字架を握りしめたマルグリットが、「馬鹿だ、あいつは…」と唸る。


 あり得た未来で、殺し合ったワダツミと私たち。


 私を想い、愛するがゆえに私を庇ったマルグリット、サリア、ルピナス。


 それは、大きく変わった運命。


 今、私はワダツミと共にここまで来た。多少の衝突はあったが…決して憎み合ってはいない。


 一方で、かつての仲間たちとは命を奪い合った。憎み合い、恨み合った…。


 どちらが良かったのか、なんて…ここにいる誰にも決められなかった。


「そう思えば…」とワダツミが独り言のように口を開く。「奇跡、なのじゃろうな。儂らがこうしてここで食卓を囲むのは」


「ええ…そうですわね」


「ならば、儂から一つ、老婆心で申し上げておこうかのぅ」


 その瞳に、いつもの輝きが宿る。


 純白の、善性の光だ。


「仲違いをしておるのならば、その絡まった糸、決戦の前にほぐしておいてはどうじゃ?」


「え…?」


 唖然とした顔でルピナスがワダツミから、二人へと視線を移す。


「余計なお世話よ、ワダツミ。これは私たちの問題なのだから」


 苛立ちを隠さずそう言うも、ワダツミは随分と大人びた顔で頷き、私の言葉を否定した。


「うむ、それはそうじゃ。だからこそ、老婆心と先に言った。――しかしのぅ、黒百合。死んでから考え直して、あぁしよう、こうしようと改めるのは存外難しいものじゃ。時を戻れるとしても、できんかったことじゃろう」


 ワダツミが冗談交じりにストレリチアを一瞥すれば、彼女も感心した様子で深く頷く。


「ならば、落としどころくらいは作っておけ。そこの巫女殿の言うことが真実ならば、この先の戦い、お主らの誰かが欠けてもおかしくはないのじゃからな」


「私は…」


「今すぐにとは言わん。じゃが、折角の腐れ縁。後悔は残すでない」


 この感じだ。


 この、他人を――とりわけ、私を慮る響きだ。


 これが私の胸を苛む。彼女という出来た人間にすがりたいと思わせるのだ。


 でも、それじゃあ、私が望んだ強さが離れていく気がするから…結局、素直になれない言葉しか口にできない。


「…どうしてそんなことを、ワダツミに言われなくてはいけないのよ…」


 だが、そこにいつもの強さは宿らなかった。とてもか細く、弱々しい声になってしまった。


 可愛くもない小言を受けてもなお、ワダツミは微笑む。


「お主が素直に頷かんことは分かっておる!じゃがなぁ」


 くるり、とワダツミの白く細い指先の上で二本の箸が踊り、やがて、その先端が私のほうを向いた。


「――儂にも、心配ぐらいはさせてもよかろぅ。一年そこらじゃが、儂とお主の間にあるものもまた“縁”じゃ」


 ぐっ、と胸にこみ上げてくるものを抑えるのに必死になっていた私は、たとえマルグリットが、「貴方を、サリアに会わせてみたかった」と悲しそうにぼやこうとも、嫌味の盾を掲げることはできなかった。

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