戻らぬ過去に触れて.8
食堂はざっと五十人近くが入る間取りをしており、中庭に面したいわゆる憩いの場所であった。そのため、昼間はオリエント兵がよく利用していて満員なのだが、今はそうではなかった。
人がいないわけではない。食堂を使おうとした兵士たちは入室するや否や、部屋の中央に陣取った私、ワダツミ、ルピナス、マルグリット、そしてストレリチアの姿を見て気を遣った様子で去っていくのだ。
こんなふうに食堂がガラガラになることは酷く珍しい。ルピナスは自分たちのせいで他の者が食堂を使えないことを察しており、気に病んだ表情を浮かべていたが、それ以外の人間はその限りではなかった。
「この“おにぎり”とかいう食べ物、美味しいですよね。素手で食べるっていうのは慣れないですけど、白米と海苔と、色々な具が調和していて…うぅん、美味しい」
口の端に米粒をつけて、昆布おにぎりをリスみたいに頬張るストレリチアは、先ほどの印象とは打って変わって少女然としていてあどけない。
まるで、互いの関係性からどんな会話を始めたらいいのか困っている私たちに対する皮肉のようでもあった。
ストレリチアは他が口を閉ざしていても、無関係ですとでも言わんばかりに一人でしゃべり続けている。
「昆布もいいですけど、梅も素敵だなぁ。おかかも捨てがたい…オリエントって、ご飯の美味しいところだったんですねぇ。――あ、アカーシャ様はどれがお好みですか?」
とうとう名指しで話を振られた私は、ため息交じりにストレリチアをじっとり睨むと質問には答えず、彼女の幼さを指摘した。
「口の端、米粒がついているわよ」
「え?あぁ…」と反対の口元を指の腹で探るストレリチア。
「違う、逆よ」
「逆…」
なかなかどうして、上手く伝わらない。私はいつまでも米粒を探す姿にもどかしくなって身を乗り出す。
「あぁもう、ここよ、ここ」
ぐっ、と多少乱暴に米粒を拭えば、今度は私の指にそれがついた。
(…あれ、私はこれをどうすればいいのかしら…)
考え無しの自分の行動に硬直しながらじっと米粒を見つめていると、ややあって、ストレリチアが悪戯っぽく笑った。
「ふふっ、それ、どうするおつもりですか?」
「ど、どうって…」
「もしかして」テーブルに両肘で頬杖を突いたストレリチアは、やや低い角度から覗き上げてくる。「食べちゃう、とかですか?」
挑発的とも取れる態度に、思わず息を飲む。
自分がからかわれていることなど考える必要もなく理解できたのに、私は不思議と受け流すことができず、弾かれたように立ち上がった。
「そ、そんなことしないわよ!」
「えー?本当です?」
私の狼狽ぶりに味を占めたらしいストレリチアが、にこにことした面持ちで問いを重ねる。
間違いなく舐められている。真っすぐからかわれることに慣れていない私を。
「いい加減になさい、どうして私が、貴方の無作法の尻ぬぐいを…」
それを受け、躍起になって否定しようとしていた私だったが、思わぬところから制止の声が入った。
「アカーシャ。食事の場ですわ、おかけになって下さい」
じっとりとした目で私を横目にしてくるルピナスからであった。
「ルピナス、叱る相手が違うわ!」
「いいえ、違いませんわ。貴方は“私と同じで”小さい頃からテーブルマナーを叩きこまれている人間のはずですもの。であれば、そうではないストレリチア様ではなく、貴方が行動を改めるべきです」
こちらを一切見もせずに淡々と説教してくるルピナスに、私は納得できないものを覚えていくつか反論した。
しかし、何を言っても正論で返された挙句、その良心を刺激しようと口にしたいつもの皮肉を氷のような冷ややかさで一蹴され、大人しく口をつぐむことを余儀なくされる。
(どうして私が悪者にされるのよ…!?)
納得できないこの状況に、私は忌まわしき過去を思い出す。そう、ストレリチアの言うこと為すことが正しく扱われ、正論を口にしたはずの私がワガママを言っているような雰囲気にされるこの状況だ。
(なぜ、毎回こうなるのかしら…私の性格?いえ、この子の性格…?それとも見た目…――あぁ、そうだわ、見た目に違いないわ。えぇ、もう…)
私は自己完結すると、「ちっ」と無意識に舌を打った。
「アカーシャ」
重なる指摘。その鬱陶しさに逃れるべくストレリチアを睨めば、彼女は過去と同様、にこにこと底知れない笑みを浮かべるばかり。そして一転、銀の皿に映った私のしかめ面は、どう見ても善人のものではない。
(どう見ても、私は“悪役”顔だものね!えぇ、分かっているわ。加えて、口も悪ければ態度も悪い!)
乱暴に椅子を下げ、大きな動作で不満を表すように足を組む。ドレスの裾が上がりすぎたかもしれないが、この際、どうでもいい。今は不満を示したかった。
「はぁ」と見かねたマルグリットがため息を吐く。その小さな音さえ私を苛立たせ、じろりと彼女を睨んだ。
「何かしら、マルグリット」
「…お前、変わったようで変わっていないな」
「はぁ?」
「名前を変えようと、戦う陣営が変わろうと、お前はお前だ。…あぁ、嫌味だからな、勘違いするなよ」
「ちっ…貴方たちもお変わりないようで、何よりですわ」
嫌味ったらしく高い、澄んだ声でそう言えば、マルグリットやルピナスは反論の代わりにとても大きなため息をこぼした。
すると、そんな私たちのやり取りを静観していたワダツミが、「うぅむ」と悩まし気な声を発して腕を組み、手にしていた箸を上下に揺らしながら私を見つめた。
もの言いたげな視線に、「何かしら、王女様」と返せば、彼女は肩を竦めて呆れを露わにした。
「これでは孤立もするじゃろうな、と思っただけじゃ。なぁに、お主のねじ曲がった性格相手には老婆心も起きん。存分に悪役を全うするとよい」
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