戻らぬ過去に触れて.7
問いかけを受けたストレリチアは、嬉々として絶え間なく私との思い出を語り始めた。
仲間に加わってすぐは、私に憧れを抱きつつも怖くてしょうがなかったこと。
他の三人のおかげで打ち解け始めたこと。
一緒に戦うようになって、初めて人を殺めてしまった日の夜、震える体を抱きしめてもらったこと。
オルトリンデ家に招待された夜は、私によくチェスの相手をしてもらっていたこと。
放っておけば、ストレリチアはどれだけでも話した。
春、鳥が唄い、花びらが舞い散る頃には共に郊外へ花見に行ったこと。
夏、水がとめどない流れを作る頃、五人で湖に泳ぎに行ったこと。
秋、葉が鮮やかに赤く染まる頃、一緒に木の実や果実を取りに行ったこと。
冬、雪が石畳を覆う頃、夜に宿る白を二人で眺めたこと。
ストレリチアがそうして奏でる声色には、きっと、幸せに音があるならこんな感じの音色なのだろうと思わせる響きがあった。
それだけで、彼女にとってそれらの思い出がどれだけ大事なものなのかを思い知らされる。同時に、それを失うことになった彼女の隠された慟哭のことも考えさせられた。
いくばくかの時間が経って、ようやくストレリチアが長い沈黙を作った。
話を傾聴していた私は、満足したのだろうか、とストレリチアの横顔を観察する。
だが、そこにあったのは幸福感や満足感ではなかった。
「…どれも…大切な思い出です…」
喪失。
冷たく虚しい、喪失の暗闇。
つうっ、と新雪の積もったような白い頬の上を、流星が滑る。
堕ちた星を目にし、私は胸がぎゅっ、と苦しくなった。
哀れな少女だ。時を遡ってまで、その“大事なもの”たちのために戦い続けているのに、それらは決して、二度と、彼女の手のひらの上に戻ることはない。
「そう…素敵な時間だったのね」
ほとんど無意識的にその涙を拭えば、ストレリチアは目を丸くして、儚く微笑む。
「はい」
痛々しい微笑みだった。それこそ、散る寸前の花が魅せる輝きに似ている。
「もう、戻らないものということは分かっています。――そして、貴方が、私の“アカーシャ様”ではないということも」
喉元に、自らの手で真実のナイフを突き立てたストレリチアは、顔を歪める私の手を優しく取った。
「どうか、そんな顔をなさらないで下さい」
「…ええ。でも、私にできることがあるなら、言いなさい」
そんな言葉を吐いた自分を、私は酷く下らなく偽善的で、自己満足的だと感じ、嫌悪感を覚えた。
しかし…ストレリチアは、それで何かが報われたみたいに嬉しそうな表情で小首を傾げる。
「いいんですか、そんなこと言って。私、ワガママ言っちゃいますよ?」
「構わないわ。貴方はきっと…それだけのことをしている。報われない努力は、虚しいわ。そんなもの、私は見たくない」
彼女に取られた指を、今度は私のほうから絡める。少しでも、虚無の穴が埋まるよう。
「…ふふっ、アカーシャ様は、最後の戦いの前も私にそう言いました」
「…そ、う…」
「だから、私は…」
青い瞳が、私の真紅を貫く。
とても自然な動きで、ストレリチアが私の薬指…指輪に口づけを落とした。
そのときに伝わってきたストレリチアの鮮烈な感情に、私は思わず息を飲んだ。
「…アカーシャ様、少し、考えさせて下さい。貴方に何かお願いするなら、とびきり綺麗で、澄んだ夜がいい」
言っていることは抽象的で、よく分からなかった。しかし、彼女にとって大事なことなのだと一人得心し、ストレリチアの血色の良い唇が触れた指輪を撫でる。
「ええ…好きになさい。あいにく、しばらくは太陽も昇らないでしょうから」
「ふふ、こんなときも皮肉ですね」
「これしか知らないのよ。情けないけれど私は、目の前で悲しそうにしている人を慰めてあげたいと思っていても、そのための術を知らない女だから」
「えへへ、そうですね。じゃあ、頭でも撫でてみます?」
冗談のつもりだったのかもしれないが、私はそれで彼女の気が少しでも晴れるならと思って、空いた右手でその美しい金糸を撫でた。
「わっ…」
驚きのあまり、ストレリチアが高い声を発する。
こんなとき、やはり私は気の利いた言葉をかけられない。
「…嬉しいです。アカーシャ様」
それでも、ストレリチアは幸せそうに目を細めた。
(私に、与えられるもの…)
勝手に救った気になってはいけないと、レイブンから教えてもらったのに…。
(レイブン、また私、与えようとしているわ。貴方にも、この子にも)
どうして私は、繰り返すのだろう。
あるいは、人がそうなのだろうか?
同じ失態を。
良心を苛まれるような罪を。
後悔するような愚行を。
自己満足の轍を。
何度もなぞる。
何度も、何度も。
繰り返す。
私が人を赦せていないように。
この復讐の終着点を、与えてあげられぬように。
明日、また続きを更新致します!




