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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
終部 三章 戻らぬ過去に触れて

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戻らぬ過去に触れて.6

「以上が、私がここに来るに至った経緯です」


 両手を太ももの上に乗せたストレリチアは、目を閉じたままそう言い切った。


 物語の終わりに残されたのは、彼女が経験してきたのであろう苦悶の時間に対する哀れみと、形容し難い違和感だった。


 ストレリチア語ったことは、おそらく、真実のみであろう。彼女の言葉には、そう思わせるだけの真剣さがあったからだ。


 しかし、私が得心して彼女を労えないのには訳があった。今、明らかにストレリチアが言及を避けていることがいくつかあったからだ。


 黙っていても、彼女は語らないだろう。嘘を吐きたくはない彼女は、そうしないことでうやむやにするつもりだ。


 ベッドに腰かける私と、石椅子に座るストレリチアは、奇しくも相対するようなポジションで互いに向き合っている。


「ストレリチア」


 滑らかな滑舌で彼女の名前を呼ぶ。


「はい。なんでしょう?ご質問ですか?」


 私はちゃんと見えるように、ストレリチアの眼前に魔喰らいの指輪を掲げる。


「貴方がここに来るまでの経緯は理解したわ。けれど、これの説明がまだ終わっていないわよ」


「…」


「大魔導士になるような人間から、どうして魔力を奪ったの?」


「…」


「そのまま味方にしたほうが絶対に良かったはずよ。ねぇ、そうでしょう?こんなものを着けさせられたから、私は…おかしくなった。復讐する以外に生きる術はないと思ったわ」


「…」


「答えなさい。ストレリチア。本当に、私を想っているというなら」


 ぱちり、とストレリチアの瞳が開かれる。透明なサファイアは、私の禍々しいルビーと違って神聖な印象を受ける。


「戦争を起こすため、ですよ。アカーシャ様」


「なんですって?」


「魔竜復活を不完全な形で果たすためには、十分な生贄が捧げられるより先に、無数の魂が必要になります。のうのうと十年後に起こる戦争を待っていたら、また同じことが繰り返される。そうならないために、アカーシャ様に私を深く恨んでもらって、戦端を開くきっかけを作ってもらう必要があったんです。アマツ女王は気が長い人で有名でしたからね」


 つらつらと並べられる御託に私は顔をしかめる。


 ふっ、と微笑むストレリチアの様子からは、嘘は感じられない。しかし、彼女はそうして私たち全員を上手に騙していたこともまた事実なのだ。


「…私が貴方の思うどおりに動く保証はないじゃない」


「ええ、そうですね。ですがそれなら、そうしたくなるまでアカーシャ様に負荷をかけるだけです。オリエントで賊を仕向けたり、砦でルピナス様と戦わなければならない状況に誘導したりしたように…」


 その言葉を受けて、私はオリエントに来たばかりの頃に賊と戦ったことを思い出した。


 人身売買に手を染めていたとはいえ、人質を取られて私にその恨みをぶつけさせられた賊の首領。彼を手にかけたとき、初めて私は“人を殺めてしまった”と思ったものだ。


 どろりとした血の感触が、革手袋越しに蘇るような錯覚を覚え、ぎゅっ、と拳を握る。


「…貴方は、私のために時間を遡ったと言ったわね」


「はい」


「それなのに、私を苦しめるの?それが貴方の言う、人を想うということなの?」


「…そうです。生きてくれさえすれば、私はそれでいい」


「本気?」


 今までの私なら、この時点で紅蓮の怒りに身を染めていたことだろう。しかし、今は違う。


 問いかけを受けたストレリチアの瞳が、一瞬だけ憂いを帯びたことに私は気がついた。やはり、彼女は何かを言えずにいるのだと直感する。


「…はい」


 ストレリチアは、未だに孤独の海を漂っている――そんな気がした。


 





 聞いても、ストレリチアは何も答えないだろう。もしかすると、それを美徳とすら考えているかもしれない。ならば、無理に尋ねるのはただの毒だ。少なくとも、今はまだ。


 私はある種の諦観と、慈しみのようなものが胸に宿るのを感じながら、とんとん、と私が座っているシーツを叩いた。


「ストレリチア」


 可能な限り、穏やかな声を出してみせる。


「はい?」


 不思議そうな顔でストレリチアが返事をするから、もう一度、シーツを叩いて言う。


「こちらに来なさい。暗い思い出話は終わりよ」


「え…」


 すっ、と視線がシーツの上に落ちる。すると、彼女はすぐに赤面して、「えぇ!?」と大きな声を出した。


「何よ、貴方が言い出したのでしょうに」


「え、あ、いえ、はい、そ、その…!」


 怪訝な顔をしながら、私は以前にも同じようなことがあったと過去の窓を覗く。そう、レイブンと私が初めてきちんと言葉を交わした夜だ。


(あの夜は…私の言葉をレイブンが曲解したのよね…ん…?いえ、まさか…ストレリチアは夫人とレイブンと違って、妙な関係を過去の私と築いていたわけじゃ…)


 ちらり、とストレリチアを一瞥する。彼女は依然として顔を真っ赤にしたまま硬直し、私の指先を見つめている。


(明らかに妙な反応だけれど…いえ、そんな…そんなこと、ないわよね…?だって、当時の私とストレリチアの歳の差は…うぅん…犯罪よ…絶対に違うわ)


 おそらく、二十近い差がある。さすがにそんな暴挙には出ていないはずだ。


 とはいえ、念には念を押して、私は彼女に伝えておくことにした。


「何か、変な想像をしていないでしょうね」


「えっ!?」


 これ以上ないくらいに顔が赤くなった彼女は、いじらしく両手を体の前で重ね合わせ、視線を右往左往させている。


「へ、変な想像?いえ、そんな、まさか」


 どうしてだろう…絶対にこれ以上、尋ねてはいけない気がする。さもなければ、私は開かなくてもよいパンドラの匣の蓋を開いてしまいそうだ。


 私は話題を切り替えるべく、なるだけ自然な態度で肩を竦めて言った。


「明るい思い出話をしなさい、と言っているだけよ。そういう話をするのに、敵対するみたいに向かい合うのも変な話でしょう?だから、隣においでと呼んだのよ」


「あ、あー…」


 徐々に赤みが抜けていく、ストレリチアのあどけない顔。すると、すぐに今度は不貞腐れた感じになって私を睨んだ。


「…だったら、最初からそう言って下さい。紛らわしいですよ」


「何?私が悪いと言うの?」


「そうです!」どん、と飛び込むように彼女が私の隣に腰かける。「アカーシャ様は昔からそういう感じだったんですね!」


「そういう…?」


「無意識に人をたらしこむ性格ってことですよ!」


「た、たらし――はぁ!?」


 思わぬ風評被害を受けた私は、ようやくストレリチアが腰を下ろしたというのに、慌てて飛び上がって反論する。


「わ、私がいつ人をたらしこんだのよ!」


「ふふん、いいでしょう。だったらその手の思い出話から始めてあげます!」


 ストレリチアは左手の人差し指を一本ぴんと立てると、いつもよりあどけなく、明るい表情で楽しそうに語り始める。


 始まったのは、未来の私に関わる恋愛話。彼女が語るに私は、恋多き人だったという。


 魔物の被害から助けた村人、城で毎日顔を合わせる新米兵士、オルトリンデ領の隣の土地に住んでいる深窓の令嬢、魔竜打倒のため集った名のある傭兵…。


 色んな人が私に声をかけ、その度に私はめくるめく恋を――。


「嘘おっしゃい」


 と、そんなことを受け入れるはずもなく、私はしかめ面でストレリチアを睨みつける。


「あのね、私は婚約者がいたのよ。しかも、王子。それなのに複数人と渡って恋仲になるほど飢えていないわ。信じるはずがないでしょう」


「ちぇ」とストレリチアは面白くなさそうにぼやく。その態度に、実はほんの少し安心した。


「全く…未来人だかなんだか知らないけれど、真っ赤な嘘を吐くのはやめなさい」


「えー、あながち嘘八百ってわけじゃないんですよ?」


「だから、そんなはず――」


「恋仲にはなっていませんけど、アカーシャ様自体が言い寄られたのは本当です」


「いや、王妃に言い寄るなんて…ジャンに殺されてしまうのではなくて?」


「それがですね、あの人、アカーシャ様とご結婚されてからすぐに浮気なされていて…」


「は…?」


「ちょっと若い令嬢と逢瀬を重ねておりまして。まあ、器用な人ではないので、ばれないはずもなく…アカーシャ様どころか民衆にまで話が広まってしまって、とんだ赤っ恥を晒したことがあったんですよ」


 さすがの私も、これには絶句する。


 確かに、器用な人ではなかったけれど。


 確かに、移り気な人ではあったけれども。


 確かに、後先考えない人ではあったけれど!


「何よそれ…嘘でしょう…」


 私は額に手を当てて天井を見上げる。石の質感の冷ややかさが、酷く皮肉に思えた。


「だからまぁ、ジャン様はアカーシャ様の身辺に文句を言える立場ではなかったんですよ。アカーシャ様もあの人のそういうところを知ってからは、鉄が冷えるみたいにスピーディーに恋心を失ったようで…あ、とはいえもちろん、アカーシャ様は不貞を働いたことはありませんでしたよ?」


「当たり前よ!」


 相手が不義理を働いたからといって自分もそれで応えてもいい、というのは子どもの論理だ。


 しかしながら、私も人の子。この手で斬り捨ててしまった心苦しさの残る相手とはいえ、かつて愛した者の情けない不貞を聞かされて平常心ではいられなかった。


「…でも、あぁ、そう。どうやっても私とジャンは上手くはいかなかったのね。ふん、斬り捨ててやって正解だったかしら」


「まあまあ、夫婦としては微妙だったでしょうけど、国を想うという点ではお互いとても頼りにされていましたから…」


 私は何の慰めにもならない言葉を受けて、もう一度鼻を鳴らすと、もっと明るい話題はないのかと彼女に問いかけるのだった。

続きは夕方頃に更新致します!

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― 新着の感想 ―
戻らぬ過去に触れて.5と6が同じ内容に思えます。同じだと思って流し読みしたのでもし違ったらすみません
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