戻らぬ過去に触れて.4
自室のベッドでひとしきり泣いた私は、涙の後特有の鈍痛に顔をしかめながら、寝返りを打った。
私とレイブンに与えられた部屋は、砦の中とだけあってたいして狭くない。多くの者が三、四人で部屋を共有していることを思えば、贅沢な話なのだ。
寝返りを打った私の視界に入ったのは、石椅子に座ってこちらを心配そうに見つめているストレリチアの姿だった。
情けない泣き顔を見られた恥ずかしさから、また寝返りを打とうと思ったのだが、なかなかどうして、倦怠感が酷くて体が動かない。それに、彼女がいなかったらどうなったかも分からないので、お礼ぐらいは言うべきだろう。
「…情けないところを見せたわね、ごめんなさい」
お礼を言うつもりだったのに謝罪が出た。自分で思っている以上に参っているようだ。
「いえ、そんな…アカーシャ様がご両親を大事にしているのは、私の時代でも同じでしたから…。当然のことだと思います」
「そう…」
“私の時代でも”か。
元々、彼女の思い出話に付き合うという約束だったのだ。気を紛らわすために、ストレリチアにストーリーテラーになってもらうのもいいかもしれない。
そう考えた私は、頬に涙の跡を残したまま、体は動かさず口だけで彼女に言った。
「思い出話、したいのでしょう」
「え、でも…アカーシャ様…」
「私のことはいいわ。こちらにだって聞きたいことはあるし…例えば、そうね、貴方の時代では私の両親はどうしていたの?仲良くしていた?」
誰と、という主語は省く。すると、ストレリチアは明らかに言いづらそうに視線を逸らした。
それだけですべてを察した私は、「…死んでいるのね。戦争のせい?」と尋ねた。
「はい。その、暗殺されました」
「…サザンカ?」
「…」
沈黙が答えだった。
「そう。彼女、優秀だものね」
「はい。アカーシャ様が深手を負わされたときもありましたから」
「ふふ…この時代でも気をつけておかないとね」
今朝のことを思い出し、苦笑する。
「あ、でも、仲良くされていましたよ。忙しくされていても、月に一回は顔を見に行かれるほどでしたから」
「へぇ、そちらの私は親孝行に抜かりがなかったようね」
「え?…もぅ、口を開けば皮肉ばかりですね」
「冗談よ」
さすがに笑えないか、と厳しい目つきになったストレリチアに肩を竦める。
「私も、イリア奥様とエヴァン様にとてもよくしてもらいました。奥様の作る鶏スープがもう絶品で…!あぁ、もう一度食べたいです」
「お母様の鶏スープ…ええ、懐かしいわ。濃厚なのに後味がスッキリとしていて、とても美味しいのよね」
「はい!」
満面の笑みで頷くストレリチアは、童女のようだった。
だからだろう、変に私も嬉しくなってこんなことを言ってしまった。
「お願いすればいいじゃない。貴方のお願いならお母様も喜んで作って下さるわ」
「え…?」
「この時代のお母様は生きているのだもの。あの魔竜とかいうのを倒して、落ち着いたら、お願いするといいわ」
私としては、至極自然な提案をしているつもりだった。別に私と両親の現状から嫌味を言ったわけでもないのだ。
それなのに、ストレリチアは妙に表情をぎこちなく固まらせて、数拍遅れてから明らかに作り笑いだと分かる面持ちで、「それもいいですね」などと誤魔化した。
妙な感じがして、私は身を起こした。
他者との会話というものはすごい。自然と気力を回復させ、心身に力を与えてくれる。
「ストレリチア」
ベッドの縁から両足を下ろし、真っすぐ腰かけた私は、どこか暗い顔をしているストレリチアを見つめた。
「改めて、私からもお願いするわ」
「え、はい?なんでしょう」
「貴方がこんなことをしている理由を、貴方の身に起こったことを、私に洗いざらい話して頂戴」
私は今までにないくらい真剣にお願いした。
それが分からないと進めない何かがあると、私の第六感が告げている。そしてそれを放ったままでいると決してよくないことが起こるという確信も。
「アカーシャ様…」
少し怯んだ様子のストレリチア。何か隠しごとがあるのだと直感する。
「私は知らないといけないわ。知る権利があるとも、知る義務があるとも言える」
革手袋を外し、すっ、と左手の薬指にはめた指輪を見せる。
私の命を助けたい。きっと、これは彼女の本心だ。しかし、そのために必要だったとは思えないものがいくつもある。
これらは合理性にうるさい私の頭が納得していない。
ストレリチアがしたかった思い出話とは違うかもしれないけれど…彼女は指輪をじっと見つめると、一つ、深い頷きを見せる。
「はい。分かりました。少しだけ長くなりますが…聞いてもらいたいと思えますか?私の、物語を」
次回の更新は木曜日となります!




