セキレイの呪詛.4
こちらで二章は終了となります。
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鳥籠に戻って私たちがすぐにやったことは、オリエント軍を束ねるワダツミとその将兵たちへ状況を説明することだった。
誰もが信じられないと困惑した。しかし、数の減ったオリエント兵らの姿や、スズリ、サザンカが一緒になって説明したことですべての者が信じるしかない状況となった。
「…そうか…どれも現実、か…」
ため息と共に項垂れ、額に手を当てたワダツミは、まずは兵士たちを休ませるように素早く命じた。
幸い、彼女が行っていた近郊貴族メルトロスとの交渉は上手くいったらしく、魔竜の繭が現れたときはちょうど彼と調印を交わしているときだったと聞いた。
ワダツミは一部の有力な将兵だけを残して他を退室させると、「少し待っておれ」と全員へ言って私を別室へと呼んだ。
彼女の執務机がある会議室の隣にある小部屋――ワダツミが寝泊まりしている、王女には似つかわしくない狭い部屋に呼び出された私は、疲労感を隠すことなくため息を吐き、「何かしら」と呟いた。
「『何かしら』ではない!なぜ、お主はそんなに落ち着いておるのじゃ?」
小声で私を問い詰めるワダツミは、珍しく興奮した様子というか、パニックになっている様子だった。
「ちょっと、ワダツミ。落ち着きなさい」
さっきまではどっしり構えているように見えたのだが…どうやら、体裁を繕っていただけで内心では叫び出すのを抑え込むのでやっとだったらしい。
「たわけ、これが落ち着いてなどいられるか!つい先日、ゴルドウィンを打ち倒し、エルトランド政府との停戦交渉に向かわせたお主が、宿敵ストレリなんとかを仲間として連れて来たことにも驚いたがのぅ!なんじゃ、国王の乱心じゃとか、魔竜じゃとか未来人じゃとか!?儂は何がなんだかよぅ分からんくなっとるぞ!」
「…気持ちは分かるけれど、そうまくし立てないで頂戴。私だって頭が追いついていなくて、疲れているのよ…」
「ぐっ…」
私の顔から、明らかな疲労が見て取れたのだろう。部屋に置いてある小さな鏡に映った私の自慢の銀髪も輝きを失っていた。
「すまんかったの。うむ、そこにかけろ」
ワダツミは小さく謝罪しながら私をベッドにかけさせると、その隣にちょこんと座った。
「聞きたいことは色々あるのじゃが…そうじゃのぅ、今は大部分、我慢するとする」
「ええ、そうしてくれるとありがたいわ」
「じゃがのぅ、いくつかは聞かせてもらうぞ。よいな?」
私は無言で頷くと、ワダツミの黒い瞳を真っすぐ見つめ返して問いを待った。
「まず、レイブンの件じゃ」
来た、と私は目を閉じる。彼女がこれを聞かずして何を聞くのだろうと予測していからだ。
「テレサなんとかがあやつの元主人だというのも分かった。尋常ではないほど慕っておることものぅ。じゃが、それだけが理由で本当に儂らを――いや、お主を裏切ったのか?」
「…分からないわ。でも、当てるつもりはなかったとはいえ、攻撃してきたのも事実よ」
「うぅむ…信じられんことじゃが…」
それから私とワダツミは、重苦しい沈黙をしばしの間共有した。
何か打開策を考えていたとか、肯定的に状況を捉えなそうとしていたとか、そういう沈黙ではない。
私たちはただ、共有していたのだ。
巣から落ちてしまったのを拾い上げて以降、共に可愛がっていた雛鳥がよく分からないうちに去っていって、しかも、私たちの前に立ちはだかろうとしている。その事実からくる虚しさを、苦悶を。
これを私と共にできるのは、ワダツミ以外、この世には誰もいなかった。
「…どうするつもりじゃ、黒百合」
「…」
「まさか、戦うつもりか?レイブンと」
「分からないわ」
「おい」
ぐっ、とワダツミが私のドレスの肩口を掴み、自分のほうへと体を向けさせた。
「冗談ではないぞ、儂はそんなもの見とうない。お主とレイブンは、そのようなことをしていい関係ではないじゃろう」
「そんなこと、言われなくとも分かっているわ。でも…あの子のことが分からないと思ってしまったのも事実なのよ。どんなに呼びかけても、命令しても、レイブンは私の元には戻らなかった。自信がないわ、私。これ以上、どうすればいいか…」
思わず漏らした本音にワダツミが驚きの表情を浮かべる。弱音を吐いてくるとは想像していなかったのかもしれない。
「お主が儂に弱音を吐く…か。珍しいことじゃのう」
「…うるさいわよ。茶化すつもりなら、何も貴方には話さないわ」
「ふふっ、すまん。嬉しさと気恥ずかしさゆえの戯言じゃ。流してくれ」
ワダツミはどうしてこうも自分の感情を真っすぐに表出するのか…。到底、私には真似できない。
ワダツミはややあって私の肩口から手を離すと、長い沈黙を作った。そして、半身になって私のほうを向いて尋ねた。
「これから先の話はアマツ女王より他言無用と言われておるのじゃが…どうしても今、お主に話しておかなければならん気がする。…聞いてくれるか?」
急に何を、と不思議には思ったが、ワダツミの顔があまりに真剣で、それでいて、この石畳で出来た無骨な部屋には似合わない上品な感じがしていたので、とにかく頷いて彼女の意思を尊重することにした。
やがて、ワダツミが語り出したことは私の想像の斜め上を行く話であった。
「おそらくじゃがレイブンは、儂の父であり、先王でもあるヤマト王の――隠し子じゃ」
「レイブンが、貴方のお父様の隠し子?」
聞き間違えかと思われる説明を繰り返し口にしてみせれば、ワダツミは私が想像していたよりもずっと真面目な様子で深く頷くと、「驚くのも無理はないがのぅ」と相変わらず、見た目にそぐわない年寄り臭い口調で言った。
「ちょっと、冗談じゃないにしても、何か根拠はあるの?そうでないと、とても聞いていられない与太話としか思われないわよ」
「なんじゃぁ、ストレリなんとかの与太話はしっぽり信じとるくせに。儂はダメと申すのか?」
「そういう問題じゃないでしょう。根拠よ、根拠。出しなさい」
「はいはい…無論、根拠はあるぞ」
「どんな?」
「レイブンのあの呪いじゃ。正式には、禁呪“神降し”」
「“神降し”?名前があったの?」
「うむ。魔力の質という先天的な分野において、非常に高い素質を持つ者にしか扱えん呪いじゃ」
「でも、あれは魔力をどういったものと捉えるかという点において、レイブンが自分の体をモノと認識しているからで…」
「儂も最初はそう思った。じゃが、それだけであれほどの力、得られるはずもないじゃろうて」
確かに、レイブンのあの魔導は異常だ。たとえ肉体に大きな負担がかかるとはいえ、たかが一年程度の修練しか積んでいないのにあれほどの強化量…魔導の常識を根底から覆している。
「魔力の質…」
それに恵まれた者。つまり…。
「だから王族か、大貴族の血筋と言いたいわけね」
「そうじゃ」
何を隠そう、私だってその一人だ。
オルトリンデ家やフォンテーニュ家は代々優れた魔導の素質を持つ血筋だ。だからこそ、他の人よりも魔導の扱いに長け、努力に見合った分の向上が見られる。無論、私たちは幼い頃から実戦経験を人並以上に積んでいるからこそ、あれだけの魔導を操れる。私の父は政治に傾注した方だったから、私のような魔導士ではない。
とにかく、語弊を恐れずに言えば『魔力の質』は、『選ばれた人間の証』である。そして、エルトランド政府では、その証を頼りに大貴族が王族と共に世襲制で支配を続けていたわけだが…。
私は時代の風に煽られて変化を始めたエルトランドの政治から思考を切り離し、ワダツミの理屈に対して冷静に異論を唱える。
「ワダツミ、さすがに根拠としては弱いわ。王族や大貴族は、確かに魔力の質に長けているかもしれない。でも、そうではない出自の者にだって飛び抜けた才能を開花させる人もいるわ」
私がそう言ったところ、思わぬ勢いでワダツミが切り返してきた。
「分かっておる。もう一つ、これも決定的な証拠にはならんかもしれんが、根拠があるのじゃ」
あまりに真剣なワダツミの面持ち。どうやら彼女は、レイブンが自分の妹であることについて確信があるようだった。
「レイブンのやつから聞いたのじゃが…あやつ、奴隷になった経緯は、幼い頃に家族で水難事故に遭ったからと言うではないか」
「水難事故…あぁ…そういえば、そんなことを言っていた気がするわ。その後、奴隷になって、バックライト夫人に拾われたって…」
「儂の父は、船上で不貞を働いているときに嵐に巻き込まれて死んだ。父の腹心がそう言っていた」
ワダツミの言葉を聞いて、私は口をぽかんと開けたまま固まってしまった。
「その結果として母は精神的病に侵され早逝し、婆様が再び玉座に就くことになったのじゃが…まぁ、そんなことはどうでもいいのぅ。とにかく、レイブンが父の子ならば…辻褄は合う」
「…そう、なの…」
レイブンが、東国オリエント王家の娘…。
自らを消耗品と謳い、奴隷として生き続けてきた彼女が…。
何という皮肉だろう。出自を根拠とした支配を当然のものとして受け入れてきたエルトランド人が、自らの手でその根拠を否定していたようなものなのだ。
「…血なんて、関係ないのね、結局」
「…うむ」
「すべては、どんな環境に身を投じたかが決める。そういうことよね、ワダツミ」
「極論じゃが…やはり、そう思いたくなるものがあるのぅ」
いつも正義に輝き、一点の曇りもないワダツミの瞳に珍しく影が落ちる。彼女なりに真剣に憂いを感じているのを理解した私は、やはり、聞くならばこいつしかいないと確信し、身を乗り出す。
「だったら、私は…どうするべきなのかしら?」
「どう、じゃと?」
「ええ。ワダツミ、貴方も考えて頂戴。何が本当にレイブンの幸せになるのかを」
このまま夫人の元に留まらせ、私たちと対峙させることをよしとするのか。
それとも、何としてでもレイブンをこちらへと呼び戻し、彼女が愛したバックライト夫人と対峙させる運命を受け入れさせるのか。
何ができるのだろう、今の私に。レイブンにこんな業を背負わせた元凶とも言えるこの私に。
「うぅむ…」
ワダツミはたっぷりと時間をかけて頭を抱え、何か私たち二人にとって希望となる解答を絞り出そうとしてくれていた。
しかし、時は無常で、とうとう待ちきれなくなった将兵らが部屋の扉をノックしてしまう。
「…時間、ね」
「そのようじゃ」
短いやり取りの中に不安ともどかしさを残した私たちは、ベッドから立ち上がってすぐに互いの瞳を覗き込み合った。
「今は、何も答えられぬ。儂も、お主も」
「…ええ、情けのないことだわ」
「そう言うでない」とここにきて、初めてワダツミが微笑んだ。「あやつには、レイブンには、こうも真剣に自分のことを考えてくれる人間が少なくとも二人はおるということじゃ。それはおそらく…幸せなことではないかのぅ?」
私はワダツミの言葉を受けて、ゆっくりと頷く。
せめて、後悔だらけの答えをレイブンに渡したくはないと思った。
迷える私の選択を見つめ続けてくれたあの瞳に、この姿が曇って映ってしまわぬように。
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