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復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は、奴隷と共に国家転覆を企てる~  作者: null
終部 二章 セキレイの呪詛

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セキレイの呪詛.2

「魔物…」とルピナスが独り言のように呟いた刹那、セキレイと自分たちを呼び合う少女が口を揃えて吠え立てる。


「黙れッ!」


 その形相は、私たちへの、いいや、自分たち以外への憎悪で満ち満ちており、晴らさなければならない恨みを抱えた者特有の――かつての私のような濁りが見られた。


「お前たちが!お前たちのぉ!」


 何の前触れもなく、セキレイたちが突貫してくる。


 異形の腕と憎悪の宿る瞳に気を取られていた私たちは、どうしても一拍遅れて反応してしまった。


 根本からぐっと伸びて、鋼鉄の鞭のように振り下ろされた副腕の一撃。私とマルグリットはかろうじて、剣を使って身を守ったが、あまりの勢いによろめき、後退を余儀なくされる。


「ちっ、なんてパワーなの…!?」


 魔導ではない、純粋な力。人間業ではない。


「二人とも、離れて下さい!」


 少し離れた場所から、ルピナスが雷撃を放つ。


 セキレイたちは副腕を使って跳躍し、軽々と雷撃をかわすと、依然として怨嗟のひしめく眼差しで私たちを睨んだ。


「気持ち悪いよねぇ、こんなのさぁ」


 黒いセキレイはそう言って、副腕を――彼女は左だ――をゆらゆら揺らした。


「でもこれは、お前たちが私たちに押しつけていた“全部”。神様に選ばれなかった私たちが、お前たちに代わって引き受けてあげている罪!その化身だ!」

「な、何を…」


 まるで理解できない言い分に、私は呻くように声を出す。続く白いセキレイの声も、似たように苦しそうで、聞く者の胸をしめつける響きがあった。


「…だから私たちには、罪の贖いもしない奴らを裁く資格がある…!」


 すぅ、と彼女の視線が落ちている剣に向けられた。


 白いセキレイはおそらく兵士のものだろうそれを副腕で拾うと、じろり、と群れを成して逃げ続ける民衆たちを睥睨した。


「…忌々しい…我が身さえ良ければそれでいい、愚鈍な虫けらたち…!」


 その一瞬で、私は彼女が何をするつもりなのかを察する。


「や、やめなさい!」


 だが、制止の声は意味を成さなかった。


 ひゅん、と音を立ててすさまじい勢いで空を切った剣は、民の列に横に回転しながら近づくと、手前から順に幾人もの体を深く傷つけながら飛んだ。


「あはははっ!セキレイ、上手ぅ!」


 木霊する、人々の絶叫。恐怖、悲鳴。それに対して輪唱するみたいに響き渡る、セキレイたちの満足そうな笑い声。


「貴様…!戦う意志のない者をッ!」


 マルグリットが怒鳴り散らすと同時に間合いを詰める。無論、私もルピナスもその悪逆非道の行いに激昂し、彼女に続こうとした。しかしながら、セキレイたちは私たちのそうした行動をあざ笑うかのように民へ向かって走り出すと、阻む兵隊たちを羽虫みたいに薙ぎ払い、その武器を拾い上げて再び投擲を繰り返した。


「この…ッ、やめろと言っているでしょう!」

「はぁ?やめないし!」


 投げられた槍が空を穿ち、子を守ろうとした母を、その我が子ごと貫く。


「これはねぇ、“ゴミ掃除”なんだよっ!お前たちだってするだろ!?あぁ!?しないのかよ、貴族連中はさぁ!」


 盾が老婆の曲がった腰を打ちつけ、粉砕する。そして、老いた母の元へ戻った中年の男性が白い怪物に切り裂かれる。


 地獄絵図だった。世を恨む少女二人が織りなす、阿鼻叫喚の地獄。


 私もマルグリットも遮二無二なって加速した。ルピナスだけがその加速について来られていないようだったが、凶器として打ち出される武具を、雷を使って落とすことで民を守っていた。


「無駄なことが好きだねぇ、貴族ぅ!それなら、直接葬ってあげるまで!」


 そうして、セキレイたちは二手に分かれた。そのうえで、自らの副腕を使って民を殴り潰し、弾き飛ばしていく。


 いくら子どもでも、赦しを与えることはもうできない。それほどまでの所業であり、邪悪さであった。


「許さん…!」


 そう呟くや否や、マルグリットが黒いほうを追って人波に飛び込む。


「同感ね…!ルピナス!魔物は貴方に任せるわ!」


 どうせ私がいては、ルピナスが高位の雷魔導を使えなくなる。ストレリチアほどの大火力はないにしても、彼女の力は対集団戦では無類の力を発揮する。


「はい、お任せ下さいな!」


 ルピナスの快諾を得た私は逆、白いほうを追って混乱の極致に至った民の元へと駆け込んだ。



 悲鳴と怒号、ショックで動けない者の胸をかきむしるような虚無感を追い抜き、血の匂いが濃くなるほうへと足を動かせば、存外すぐに白いセキレイは見つかった。


「いた…!」


 副腕で若い男性の首をがしりと掴み、胴体を魔物になぶらせているその姿を確認した私は、はち切れそうになる怒りと共に太刀を握り込み、激しく踏み込んだ。


「もう、やめなさいッ!」


 白いセキレイは私の接近に気がつくと、素早く男性の亡骸を放り捨てて距離を取ったのだが、そのゴミでも扱うかのような動きにますます激昂の焔が心臓で渦を巻いた。


「貴方たちは!」


 空ぶった剣を跳ね上げ、下から翻すように斬り上げを放つ。


「一体、何なの!?」


 胸先三寸、かすめただけ。しかし、構わず私は太刀を振るう。


「何のためにこんな残酷なことをするの!?意味が分からないわっ!」


 横薙ぎ一閃、副腕で受け止められる。鋼鉄並みの硬度があるような手ごたえだった。


「意味…?」と鍔迫り合いの形になり、睨み合ったセキレイが呟く。

「そうよ、意味よ!それすら語れずにこんな悪行を尽くすなら、今、この場で惨たらしく殺してあげるわ!貴方のような畜生が、二度と現れない世の中にするためにもね!」


 怒りが火の粉となってセキレイに飛ぶ。すると彼女は、私の真紅の瞳に映った端正な顔を醜く歪ませてこう言った。


「同感だよ、私も」

「なに…!?」

「私もセキレイも、“私みたいなのが生まれない世の中”にするために、奥様の邪魔をする者を排除している」


 瞬間、白いセキレイが副腕を跳ね上げた。


 あまりに一瞬の出来事で反応ができなかった。


 手元から、太刀が消えていた。


 視界の隅、上空のほうでそれはくるくる回転している。


「お前も、その一人だよ。アカーシャ・オルトリンデ」



 虫でも殺そうとしているような凍える眼差しに、じわり、と汗が背筋をつたう。


 生と死の狭間が光って見える。


 何かを背負う者にはとても激しく瞬き、失う物がない者には優しく瞬く輝き。


 ――私は、当然ながら前者。


 私の首をへし折ろうと横に振られた一撃をしゃがんでかわす。


 頭の上を死の風がすぎる。


 びりびりする寸秒を越えて顔を上げれば、次は回避されないよう副腕は斜めに振り下ろされていた。


 かわせない。


 脳が弱音を吐くも、目の前の少女が三十分も経たないうちにしでかした数々の非道が思い起こされて、体が勝手に弱い心を蹴り飛ばす。


(私が誰であろうと、するべきことは一つ――これは理屈ではないのよ…!)


 重心を躊躇なく後ろへとスライドさせ倒れ込み、そして、太刀を離したことで空いた両手を使って天地逆さで倒立。最後に、腕の力で体を跳ね上げて姿勢を戻す――いわゆる、後方転回だ。


「なっ…」


 実践では使う意味のない、アクロバットな動き。でも、これのおかげでギリギリ間に合った。


 副腕の一撃をかわすことにも、そして、天から降る銀閃を受け止めるにも。


 カチンッ、と高い音を立て、落下してきた太刀が真っすぐ私の構えた鞘に滑り込む。


「貴方の理屈は、もう聞かなくてよさそうだわ」


 そのまま素早く、居合の姿勢に移る。


「どっちにしろ、“泣き言”の臭いがするもの」


 生贄だ、犠牲だと喚く彼女らが、何か忌々しい宿命を背負っていることは間違いないだろう。しかし、どんな事情があれど、その結果罪のない人間を殺めていることも事実。それに対し心が痛んでいないこともだ。


 被害者気取りは…確かに、見苦しい。どんな言い分も、モラルを失った行動の前には塵芥同然。


 本能的にか、セキレイが後退の意思を見せる。


 だが、間に合わない。間に合うはずがない。


 次の瞬間、一秒にも満たない時の中で、私の手元から太刀は振り抜かれていた。


 雷光一閃、煌めく刃は見事に鋼鉄並みの硬度を誇ったセキレイの副腕を切り落とす。


 苛烈な一閃だった。


「あ、あぁ…!」


 悲鳴とも分からない声の後、白セキレイは蹲って喚き始める。


「あぁ、ああぁ!痛い、痛いッ!痛い…ぃ…」


 心をついばむ痛々しい声だったが、そうしてしゃがみこんだ彼女の周りには、その切り落とされた副腕が生んだ悲劇が血の海を作っている。全くもって、情状酌量の余地はない。


「…聞かせたい御託がもうこれ以上ないのなら…――おままごとはお終いよ、お嬢さん」


 じろり、と冷たい眼差しで睨みつければ、最初は憎悪でいっぱいだった瞳が徐々に恐怖で染まっていった。


 私は血に濡れた太刀の切っ先をセキレイの喉元に突きつけ、あえて抑揚を殺した声で尋ねた。


「今からいくつかの質問をするわ。それにきちんと答えれば、殺したりしない」

「こ、この…薄汚いきぞ――」


 弱々しい罵声が上がる前に、私は素早く腕を動かし、彼女の露出した肩口を切りつける。


「うぅ!」


 短い悲鳴の後に、ぽたりぽたりと赤い雫が切っ先から垂れる。


「次に関係のない言葉を口にすれば、貴方が自分の命を放棄したとみなして、その首を切り落とすわ」

「あ、うっ…」


 ぞっとするほどに冷たい声音を前にして、とうとうセキレイも怖気づいたのだろう。苦々しい顔つきのまま、視線を右往左往させている。


「ねぇ。――私が、やらないと思う?」


 死の宣告というものは、受けてみた本人ではないとその重圧や凍りつくような震えは理解できない。私はそれを知っているから、今、セキレイがどれだけ不安でいっぱいなのか想像ができた。


 だから、問い質せば答えると思ったのだが、それは誤算であった。


「それじゃあ聞くわよ。テレサ・バックライトは今、どこにいるの」


 テレサの名前を出した途端、再びセキレイの瞳が強く輝き、さっきまでの怖気はあっという間に消え失せたのだ。


「言わない」

「そう。死ぬわよ、貴方」


 脅してみせるが効果はなく、「勝手にして」と瞳を閉じてしまう始末だった。


 仕方がない、と私は本題に切り替える。どうせテレサの居所は吐かないとは予想できていた。


「それなら、レイブンはどこ」

「…レイブン?」

「オリエント人の少女よ。貴方たちがテレサをダシにして引き込んだのでしょう」

「あぁ…あの子…」


 不意に、ふふっ、とセキレイが笑った。


「何がおかしいの」

「別に。…いいよ。それなら教えてあげる」


 気味が悪いくらいに素直にそう答えた白いセキレイは、面を上げるとすぅっと指を私の背後、斜め上を示した。


 だからといって、振り返ったりしない。そんなことをすれば私の背中は隙だらけになるからだ。


「不意を打つつもりかしら。その手には乗らないわよ」


 協力しないのであれば、もはや、かける情けは一ミリもない。


 私は天高く太刀を掲げ、膝を着いたセキレイにとどめを刺そうとした。


「こうなれば、是非もないわね…」


 本来であれば、私の身に振り落ちるはずだった処刑の刃を思い出しかけて嫌な気分になったが、すぐにそんな感傷は消え去ってしまう。


「祈りの時間は必要かしら?お嬢…」


 そこで私は言葉を止める。


 私の眼前に、ひらひらと振り落ちてきた“それ”にあまりに見覚えがありすぎて、硬直してしまったからだ。


 バチッ、バチッ…。

 黒い、羽?

 違う。弾けているのは、余剰魔力だ。


 私は無意識のうちにゆっくりと振り返っていた。


 どうか、何かの偶然であってくれと祈りながら。


 しかし…崩壊しかけている建物の屋根の上に立っていたのは、大きな黒い翼を広げ、無感情な瞳でこちらを見下ろす鴉であった。


 膝を着いていたセキレイが薄笑いを浮かべながらよたよたと去っていくのにも気づかず、私はその影と見つめ合い、呆然とその名前を呼んだ。


「レイブン…」

次回は金曜日に更新致します!

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