09 悪役令嬢、西へ向かう
三つの王命を賜った私。その、一つ目の王命は『王都からの追放』よ。
だから、この王都からは出て行かなければならない。
二つ目の王命については……まぁ、いいわ。
どの道、三つ目の王命があるから、家にも領地にも行けないもの。
マリウス家で気になるのは、リンディスだけ。連絡も出来ずに向かう事になるのよね。
他の家族は……むしろ関わりにならない方が互いに良さそうよね。
どうせ私を心配してくれる人なんて、マリウス家にはリンディスしか居ないもの。
そして、アルフィナ領へ向かう私には、陛下から一頭の馬と質素な旅支度が与えられた。
『不敬罪』による処罰でもあるけど、同時に困難な地への災害派遣でもある。
また、婚約破棄こそされたものの、家名も身分も奪われたわけではない。
……まぁ、マリウス家からは、その内に除籍されてもおかしくないけれど。
「うん。上等な方よね」
私は、与えられた旅支度を受け取り、そして着替える。
流石にドレスで馬に乗って行け、ということはしないらしい。うん。
『怪力』の天与を戦いの実力として見た、一人の騎士の派遣みたいなものだし?
だから与えられる服は、女性用の騎士服だった。
あとは……それこそ市井の『冒険者』風の皮鎧と衣服の着替えね?
下着類も、きちんと用意されている。
貴族令嬢扱いされているかは怪しいけれど、女性としては扱われている気がするわ。
たぶん、これを準備してくれた人は女性の騎士なんだろうな、って思う。
一頭の馬、そして着替え一式と防具。
そして『嬉しい』のが、一振りの剣!
「鉄の剣……!」
私は目を輝かせて、その剣を握った。
訓練用に使われるような木剣ではない。金属の剣を一振り、支給されたの。
幼い頃から憧れだった剣術は、どれも中途半端な腕前。
はたして、剣一本で無数の魔獣の相手が出来るかと問われれば怪しいけれど。
それでも私、嬉しいわ。剣を振るう立場になるだなんて。
殴って良かった元・婚約者の王子様!
なんだか剣を持っただけでも気分が上がるわね! ふふふ!
「クリスティナ様。こちらを」
王宮で働く侍女の一人が、一つのペンダントと小袋を持って来た。
私は、素直に侍女から、その二つを受け取る。
「中をご確認ください」
促されるまま、私は小袋の中身を確認する。袋の中身は、お金ね。
ざっと確認するに銅貨が沢山と、大銅貨が、ちらほら。そして銀貨が少しだけ入れられていた。
リュミエール王国の通貨は、基本的に金属硬貨となっている。
いただいた小袋の中身は……贅沢は出来ないけど。
市井での暮らしなら当分は、どうにか出来そうなぐらい?
「このお金は、旅費って事で使っていいもの?」
「はい。どうか、お役立てください」
「そう。ありがとう。……こっちのも?」
「はい。そちらの【貴族の証明】も。それは、貴方が貴族籍に入っていることを証明するものです。たとえ、ご実家のマリウス家が貴方を除籍したとしても。それがあれば、貴方は『準男爵』の身分を有する、貴族の末席であると証明できます」
「まぁ、それは。ありがとう」
首から下げる鎖の付いたペンダント。黄金に装飾があしらわれた一品よ。
家名を記されていない、貴族共有のシンボルが象られている。
リュミエール王国の爵位持ちである事を、平民にも分かるように作られたものだ。
爵位は、リュミエール王国の現在で言うならば、最上位が公爵。
その次が侯爵と辺境伯で、その次が伯爵。その後に子爵、その次が男爵と続く。
世襲制ではない爵位で、王宮に仕える文官に『文官爵』、騎士に与えられる『騎士爵』がある。
『準男爵』とは、文官爵・騎士爵以上、男爵家未満の身分よ。
男爵家より下というか『一応は貴族身分』みたいなものね。
貴族令嬢・令息も、ある意味で実は、この準男爵だと言えるの。
実際、『侯爵令嬢』であっても『侯爵』なのは、お父様だから。
そう考えると無位無冠じゃない? でも貴族ではあるから令嬢・令息たちも準男爵。
まぁ、この扱いは、あくまでリュミエール王国では、って話だけど。
「それが僻地での、貴方の身分の証となるでしょう。アルフィナの領主は、その」
「何?」
「災害が迫ったと予言された時に、真っ先に領地から逃げたそうです。民を置いて」
「……そうなの」
「はい」
何やってるのよ、アルフィナ領主は。
「領主不在のまま、放置? 代官は派遣されている?」
「……いいえ。災害対策に追われて。民の救済は、近隣の領主が手掛けたそうですが」
「そうなのね」
もはや、王都からでは詳細は掴めそうにないわね、アルフィナ領。
予言された状況もあるし、どれだけの地獄絵図が広がっているやら。
実際に行って確かめてみるしかないわ。
「逃げた領主は、どうなったの?」
「捕まってはいないようです。場所が場所だけに、西の国に逃れたのではないか、と」
「国境を越えたのね。越えられるの? 陸の孤島で、山や森に囲まれていると聞いたのだけれど」
「分かりません。消息不明のままなのです」
「……そう。分かったわ」
つまり、私がこれから向かうアルフィナ領は。
ただでさえ災害で荒れている上に、統治者すら逃亡している。
民は近隣の領主が救ったと言うけれど、どうなったかさえ分からない。
「今、現在は……」
「それも分かりません」
……と、いう有様らしい。その上で魔獣の群れが発生する予言、ね。
「……ふふ。結局、体のいい流刑に他ならないわね」
なんて言いたくもなるわ。
そんな場所へ、私一人で向かえと言うのだもの。
とにかく、私が今から向かう場所は、最悪の土地なのよ。
聖女の予言を加味した上で、私の処罰としての妥協点が、この旅。
気になる事があるとすれば、アルフィナ領で発生する魔獣災害。
その隣領がフィオナの地元、エーヴェル辺境伯領であることね。
友人が危険に晒されているかもしれないのは普通に心配よ。
「まぁ、でも」
魔獣退治の旅、って言ったら、ちょっとワクワクするわよね!
「……やっぱり私、王妃なんて柄じゃなかったわね」
お淑やかに取り繕った姿を捨てて、ドレスではない騎士服に着替えて。
腰には一振りの剣を帯びる。
「色々と、ありがとう。じゃあ、私。もう行くわ」
腰まで伸ばした長い赤髪を翻して、私は馬に乗った。
ええ、私って馬に乗れるのよ? 馬術は私が楽しみにしている授業の一つだったわ。
「あっ……」
王宮の端まで一緒に付いて来て、私を見送ってくれるらしい、名前も知らない侍女。
微笑みかけると、彼女は頬を赤く染めた。
「あら。私に惚れた? 赤毛の猿姫、もとい、これからは『傾国の悪女』とまで呼ばれる女よ?」
「い、いえ。その。失礼致しました」
フフン! 私も罪な女よね!
これまで王妃になるために、見た目だけは気を付けていたんだから!
美しさぐらいは備えているはずよ! ……たぶん!
「ご武運を。クリスティナ様」
「ありがとう。さようなら。名前も知らないお嬢さん」
ちょっと男性っぽく流し目で挨拶をしたわ。それだけで侍女は、さらに頬を赤く染めた。
今の私、騎士服を着ているし、割と様になっているんじゃないかしら?
フフン! 私の悪評を知らない相手なら、これぐらいの反応をさせられるのね!
「さぁ、出発よ!」
そうして、私は王宮を旅立ったの。
目指すは、リュミエール王国の西の果て! いざ、アルフィナへ!
「解放かーん!」
王都を抜けて、監視や好奇の目も緩まる中、私は馬を走らせた。
貴族令嬢としての、あらゆる未来は、ほとんど失ったけど。
その代わりに、今の私には、この自由と解放感が与えられたわ。
いいじゃない。こういうのも。むしろ私の性に合っているのは、こっちよね!
駆ける馬、風を切る感覚。ふふふ。快適よ!
整えられていた石畳みの街道が途切れて。
人々が、時間を掛けて踏み鳴らして出来た土の道を行く。
実質は流刑なのに、意外と自由よね、私。
まぁ、王命での派遣任務だから……こんなもの?
特に監視をする追手もなし! ……普通に逃げられちゃいそうだけど?
これが、ただの罪人だったなら、そもそも自力で移動はしないでしょう。
街で晒し者にされた後で、騎士たちに引っ立てられての移動よね。
とりあえず、別に私が逃げ出す理由はない。魔獣退治だって、むしろ興味があるぐらいよ。
まぁ、戦って勝てるかは、別の問題としてね!
「あら?」
のんびりと馬で土の街道を進んでいたら、なんだか前方に人だかりが見えた。
市井の者たちが多く居て、どうやら立ち往生しているみたいよ。
「ねぇ、そこの貴方。この人だかりは何?」
私は馬上から、その場に立ち往生している男に話し掛ける。
「あん? お、おお……?」
すると、その男は、私に見惚れたように声を上げた。
フフン! そんなに美しいかしら? なにせ元・王妃候補様だからね!
『元』って付いちゃうけど! あと、普通に騎士服だから女騎士だと思われたのかもね!
「あ、その。見れば分かると思いますが……」
私の姿に見惚れた男は、視線を街道の先へ向けて指を差す。
「あら」
すると、そこには街道を塞ぐようにして、大木が横たわっていたわ。
「折れたの? あんな大木が?」
「ええ。一昨日までは、あんなの無かったんですが……。何やら昨日。稲妻が、この辺りに降り注いだらしくて。それで、あんな大木まで、ご覧の有様で」
昨日ねぇ。アマネに言わせたら、この事も私のせいにされてしまいそう。
『クリスティナが【天与】に目覚めたから、大木に雷が落ちたのよ!』とかね。
「……フン!」
じゃあ、これは私が問題を解決しておいた方が良さそうね。
後から何かしら言い掛かりでも付けられたら堪らないもの。
「私が何とかします。……ううん」
違うわね。私はもう未来の王妃じゃないのよ。外面を取り繕う必要はなし!
「あんな大木、私が何とかしてあげるわ!」
もう『外行き』の顔はしなくて良いわよね! なにせ私は王妃になんて、ならないんだから!
私は馬を降りて、道を塞ぐように倒れた大木のそばまで近付いた。
「お、おお……?」
「な、なんだ?」
「綺麗……」
その場に立ち往生していたらしい商人たちが私に注目する。
「貴方たちは、危ないから下がっていなさい!」
注目された私は、そのまま大木に向き合う。そして、意識を集中する。
そうすると、私の身体を【天与】の光が包んでいった。
「こ、この光は……!」
【天与】の光。そして、私が振るう【天与】は……『怪力』よ!
「──フン!」
ドゴォオオンッ!!
……と。街道を塞いでいた大木を殴り付け、粉砕して見せる。
「「「えっ……ぇえええ!?」」」
荘厳な雰囲気から繰り出された右拳に、皆も驚いたようね!
たぶん、もっと綺麗に神々しく道が開ける光景を期待されていた気がするわ。
実際は、粉微塵になった木片が、前方に吹っ飛んでいったんだけどね!
「これで通れるわよ! 良かったわね! フフン!」
私は、立ち往生していた者たちにニコヤカに笑って、再び馬に乗り、そのまま街道を進んだ。
木片の後片付け? 流石にそれは私の仕事じゃないわね!
さぁ、西へ! 向かうわよ!