06 『怪力』の天与
「予言の聖女、アマネ・キミツカ様?」
私は、苛立ちを何とか抑え込みながら、彼女を睨み付ける。
自分でも随分と冷たい声が出たと思う。
アマネは、私が視線を向けただけでビクリと震え、ルーナ様を盾にしようとする。
その態度が余計に私を苛立たせた。
「私から、すべてを奪い、流刑に出来れば、貴方は、それで満足していただけるのかしら?」
己が語った予言が、私に一体、何をもたらすのか。
貴方は本当にそれを分かっていて言ったの?
「だ、だってクリスティナなんだもの」
「はぁ?」
「こ、ここでどうにかしておかないと。死んじゃう人が……、それが一番ハッピーエンド、で」
「こちらを向いて、私の目を見て話してくださる? 貴方が今から、すべてを奪って、殺そうとしている女ですよ? 聖女様」
「こ、殺すって。私は、ただ」
「──貴方には、その覚悟すらない、と?」
別に私も死ぬ気はないけど。
普通に考えて、家に帰るな、修道院にも行くな、流刑処分の国外追放だ。
……というのを、ただの貴族令嬢、ううん。ただの一人の小娘に言って。
それで、まともに生きていけると思うワケ?
そもそも、王子との婚約破棄だけでも、気の弱い女の子なら自殺ものでしょうが!
「……いいでしょう。仮に、私が未来で『傾国の悪女』とやらになるとします。ですが、アマネ様? 今の私は、国にも、王にも、殿下にも、何の恨みもありません。そんな私が、どうあっても『傾国』を為すと言われるほどの恨みを持つとすれば。……それは、この理不尽な仕打ちのせいでは、ないでしょうか? つまり、傾国の原因とは私ではなく、貴方では? 予言の聖女、アマネ様」
ていうか現時点で、それ以外に私の理由がまるでない。
「であるならば、予言とは、かくも残酷で取り扱いが難しい力なのでしょう。私が傾国を為すとすれば、その理由は、聖女の予言そのものなのです。……未来が視えていると言うのなら、私がそうはならぬよう、助言をしてくださるのが道理ではありませんか? このような場を設け、レヴァン殿下を誑かして、私を貶める理由は一体どこにあるのですか?」
「そ、それは。でも、だって」
だって、じゃないわ。彼女、正気なの? 私は少し恐ろしいと思ったわ。
その理由は彼女、アマネから『悪意』を感じなかったから。
ほら、よくあるじゃない。こういう状況なら。
ルーナ様やレヴァンの陰に隠れて、私にだけ分かるように悪辣な笑みを浮かべるとか。
そういう事をする様子がまるでない。
つまり彼女は、私を貶めて愉悦に浸るつもりなどなく。
……本気で未来を憂いている。私が傾国を為す悪女になると、そう信じているのよ。
それが何よりも恐ろしく、おぞましい。
「……それで? 貴方にとって、その『傾国の悪女』とやらは、このような理不尽を強いられておいて、『はい、左様でございますか』と、大人しく流刑に処される女だと?」
これって私、怒っていい場面よね? いいと思うわ? 教えてリンディス!
「アマネ様。【天与】にすら匹敵する力をお持ちのようですが。本人さえ持て余す力で、レヴァン殿下の采配に影響させるなど、言語道断だと言わざるをえません」
「それは、でも。私だって、悪いことをしているつもりじゃ」
では、一体どういうつもりなのよ。私は、怒りを吐き出すように深呼吸をする。
こちらの話は本当に通じているのかしら。異界の人間の彼女、こちらの感性が分からない?
私は、言葉遣いを崩して続けた。
「ねぇ、予言の聖女様。無い頭を絞って、よく考えてから喋ってくれない? アンタは今、第一王子の婚約者を貶めて、『自分に都合のいい人物』を次の婚約者にあてがおうとしているのよ?」
私は、そこでルーナ様にも視線を向ける。
ルーナ様も、特に私に対して悪意があるわけではなさそうだ。
もしかしたら彼女は、この場に無理矢理に引っ張り出されたのかもしれない。
「他の貴族にとって、それって面白い話なのかしら? 無欲? 平穏を求めている? 『次期王妃』に庇われるような、その場所に立って殿下に忠言を聞いて貰える立場に居る時点で、随分と『強欲』だと思うけど? 流刑に処される私の『次』がないとは言い切れないじゃない。だって『予言』だと言ってしまえば、貴方は気に入らない女を端から貶めていけるんだから」
息継ぎもせずに捲し立てていく私。流石に私もキレているわよ!
「そ、そんな事、私はしない……」
「今、しようとしていますが。何事も私だけは例外だと? それを誰が信じ、証明できると?」
私は、この場に集められていた貴族たちにも目を向けた。
誰もが私と目線を合わせないように顔を逸らす。
後ろめたさも、私の言葉に道理も感じているはずよ。だけど誰も私を庇わない。
……それだけ『予言の聖女』が信頼を築いてきたのか。
臭い物に蓋をするように。ひとまず私さえ排除してしまえば、それでいい、と?
「私も『予言』の天与で、ルーナ様とレヴァンが仲睦まじく手を取り合う光景を見たわ。だから二人が、ただ愛し合ってしまったと言うなら、それでも良いと思ったの。それなら身を引けるとも。だけど、この仕打ちだけは看過できない。納得できるはずがない!」
私は、この場の誰にともなく、そう訴えた。
そう。納得できるわけがないのよ。そんな運命、認められるはずがない!
「……え? さっきから、何? 『クリスティナ』に予言の力なんてあるワケないじゃない。だってクリスティナの【天与】は……」
アマネが、またそうやって言葉を漏らす。私を貶めるように。
私の【天与】は『怪力』だって言いたいのかしら?
「私は確かに授かった【天与】を使いこなせていないわ。『予言』も『怪力』も。……ああ、本当は、それを理由に私の立場を奪おうとしているの? じゃあ、アマネ様?」
私は一歩、彼女の方へと近付いた。そして『笑顔』を浮かべる。
ええ、悪女と呼ぶのならそれでもいいって感じの圧のある笑顔で。
「一発、試してみてもいいかしら? なんだか今なら使えそうな気がするの。『怪力』の天与を」
「か、怪力? なに、それ?」
アマネは、怯えてルーナ様の背中に隠れるが、言葉は止めるつもりはないらしい。
いい根性しているわよ、本当。それだけは認めてあげる。
「あら。予言の聖女様でも知らない事が、おありなのですね? 驚きました。てっきり、万物をお見通しなのかと。そうではなかったのね? まぁ、その体たらくで私が『傾国』である事だけは間違いないと? 私について、よく知りもしない癖に『悪女』だと決めつけ、運命を断言なさると」
私は、ツカツカと聖女アマネに歩み寄っていく。
ここまで来たなら、ビンタの一発ぐらいは許されると思うわ。ええ。
そのつもりで私は足を進めたの。
「だ、ダメ、です! クリスティナ様!」
だけど、私の前にはルーナ様が立ち塞がった。
彼女は、聖女アマネの前に立ち、両手を前に翳す。
そうしたら『光の幕』が彼女たちを守るように広がったの。
キラキラと輝いている半透明の光の幕がルーナ様たちの周りを覆う。
まさか、これが彼女の【天与】の力、光の結界? ……凄い。とっても綺麗だわ!
「こ、これが、私の『聖守護』の天与です、クリスティナ様。だ、誰も私と、私の大切な人たちを、傷付けられません……!」
幼かった、あの日。ただ、弱々しかったルーナ様は、雄々しくも私の前に立ち塞がった。
大切な人たちにはアマネも入っているらしい。私の知らないところで何かあったのかしら。
あの頃から、随分とルーナ様も成長したみたいね。でも、まぁ、とりあえず。
「──フン!」
とりあえず、私は思い切り『光の結界』を殴り付けてみた。
ゴッ、という鈍い音は私の拳から鳴ったと思う。全然、割れないわね、これ!
「痛ったい! すごく硬いわね、この光の結界!」
「く、クリスティナ?」
レヴァンが私の行動を見て驚く。いきなり結界を殴るとは思っていなかったみたい。
でも、ひとまず私はレヴァンを無視した。
それよりも興味が湧いたのよ。ルーナ様の【天与】に。
「凄いわ、ルーナ様!」
「え、え? あ、ありがとう、ございます?」
これが本当の【天与】の力なのね! なんだか私、興奮してきたわ!
彼女の放つ光に惹きつけられるように。そして感化される。
「あっ。今なら本当に私でも出来そうな気がするわ!」
「えっ」
もっと思いきり力を込めて。
腹の立つ相手を、殴り飛ばす事に全力を尽くすことを誓う。
ルーナ様の『聖守護』の光に導かれるように。或いは『共鳴』するように。
そうすると、これまで出来なかった事が嘘のように、私の身体も光に包まれ始めた。
「なっ、く、クリスティナ!?」
……ああ、こうするのね? ルーナ様が力を見せてくれたお陰で、なんとなく掴めた。
やっぱり参考になる相手が居たら勉強が捗るわね!
「ルーナ様。では、試してみますね? 私の『怪力』の天与を」
「えっ、えっ? く、クリスティナ、様?」
「え? な、なんで? クリスティナが今、覚醒!?」
聖女アマネは、尚もわけの分からない事を言っている。
待ってなさい。その顔、思いきり、引っ叩いてあげるからね!
……顔は、まずいかしら? じゃあ、お腹ね!
昨日食べた食事ぐらいは吐かせてあげるわよ!
「はぁああ!」
光の灯った右拳で、力いっぱい思いきり! ルーナ様の『光の結界』を殴りつける!
──フン!
バキバキ……。
「えっ」
バリィンッ! と。光の結界が、ガラスの割れるような音を鳴らして粉砕される。
あは! やったわよ!
「あっ、あっ……」
その結果を見て、ヘナヘナとその場にへたり込むルーナ様。
私を見上げて、そして砕けた光の結界を見て、絶句しているわ。
「な、なんで!? クリスティナにそんな力があるの!? ルーナの結界が破られるはずが……!」
「……予言の聖女、アマネ様」
「ひっ!」
私は、ルーナ様の横を通り過ぎて、聖女アマネに近付いていく。
それから、とても爽やかな笑顔で彼女に微笑みかけたの。
ツカツカと音を鳴らして、さらに彼女に歩み寄る、私。
「あっ!」
目と鼻の先まで彼女に近付くと、ようやく事態を理解したのか。
アマネは、間の抜けた声を上げた。
「まさか! 『オマケゲーム』のクリスティナ!? それも『強くてニューゲーム』版!?」
「……だから」
私は、アマネの服の胸倉を左手で掴んだ。
「さっきから、ワケわかんない事ばっかり言ってんじゃないわよッ!!」
私の『怪力』の天与! 全力で殴るけど、どうか、殺さない程度の力に抑えてね!
とりあえず三女神様にお祈りしておくわ!
そして! 聖女を! ぶん殴る!
ボゴォッ!
「ぐべぇッ!」
私は、アマネの鳩尾に、渾身の拳を叩き込んでやったわ!
そのまま体液を吐き出しながら吹っ飛んでいく彼女。ちょっとスッキリよ!
「……フン! 顔を殴るのだけは避けておいてあげたわよ!」
感謝しなさいよね! と、ばかりに腕を組んで吹っ飛んだアマネを見下ろした。
「く、クリスティナ……!」
周囲の誰もが、私の凶行に呆気に取られて絶句している中。血の気を引かせて私を見るレヴァン。
そして泡を吹いて気絶する聖女様。
「レヴァン。貴方も」
「えっ」
私は、次にレヴァンの下へ、ツカツカと歩み寄っていく。
それから優雅な『外行き』の表情を取り繕い、礼と微笑みをして見せた。
「く、クリスティナ」
「レヴァン」
ここで、そのまま引き寄せてキス、ってやったらロマンスかもしれないわね。
でも、ファーストキスを失う場は、きっとここじゃないわ。
なんて、どうでもいい事を頭に思い浮かべながら。
「一人の女に言われただけで貴族の娘を国外追放なんてしていたら、それこそ『傾国』でしょうが! 王子の信用を得た、その女の裏に『誰か』の手が回っていたら、どうするつもり!? 王子なら、その辺も、ちゃんとしなさいよ!」
私は、レヴァンに怒鳴りつけた。
「ご、ごもっとも……!」
レヴァンも私の指摘については理解してくれたらしい。
ここが分からないんなら、本当に私よりも愚かよ!
じゃあ、忠言はここでお終いね!
「あとは……結局、私より他の女を二重で選んでんじゃないわよッ!!」
「ぐばっ!」
私は、渾身の『アッパー』をレヴァンの顎に喰らわせてやったわ!
「──フン!」
スッキリした! 中々に気分がいいわね!
あと『怪力』の天与の使い方も、今回ので、ちょっと分かった気がするわ!
……で、なのだけど。
私は、ここで王子を殴った『不敬罪』に問われる事になったの。
そして貴族の入れられる牢獄、貴人牢へと収監される事になったわ。
……まぁ、不敬罪は、少なくとも『冤罪』じゃないわね!
実際に王子のレヴァンも殴ったし! その点だけは納得してあげるわ!