表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/19

06 『怪力』の天与

「予言の聖女、アマネ・キミツカ様?」


 私は、苛立ちを何とか抑え込みながら、彼女を睨み付ける。

 自分でも随分と冷たい声が出たと思う。

 アマネは、私が視線を向けただけでビクリと震え、ルーナ様を盾にしようとする。

 その態度が余計に私を苛立たせた。


「私から、すべてを奪い、流刑に出来れば、貴方は、それで満足していただけるのかしら?」


 己が語った予言が、私に一体、何をもたらすのか。

 貴方は本当にそれを分かっていて言ったの?


「だ、だってクリスティナなんだもの」

「はぁ?」

「こ、ここでどうにかしておかないと。死んじゃう人が……、それが一番ハッピーエンド、で」

「こちらを向いて、私の目を見て話してくださる? 貴方が今から、すべてを奪って、殺そうとしている女ですよ? 聖女様」

「こ、殺すって。私は、ただ」

「──貴方には、その覚悟すらない、と?」


 別に私も死ぬ気はないけど。

 普通に考えて、家に帰るな、修道院にも行くな、流刑処分の国外追放だ。

 ……というのを、ただの貴族令嬢、ううん。ただの一人の小娘に言って。

 それで、まともに生きていけると思うワケ?

 そもそも、王子との婚約破棄だけでも、気の弱い女の子なら自殺ものでしょうが!


「……いいでしょう。仮に、私が未来で『傾国の悪女』とやらになるとします。ですが、アマネ様? 今の私は、国にも、王にも、殿下にも、何の恨みもありません。そんな私が、どうあっても『傾国』を為すと言われるほどの恨みを持つとすれば。……それは、この理不尽な仕打ちのせいでは、ないでしょうか? つまり、傾国の原因とは私ではなく、貴方では? 予言の聖女、アマネ様」


 ていうか現時点で、それ以外に私の理由がまるでない。


「であるならば、予言とは、かくも残酷で取り扱いが難しい力なのでしょう。私が傾国を為すとすれば、その理由は、聖女の予言そのものなのです。……未来が視えていると言うのなら、私がそうはならぬよう、助言をしてくださるのが道理ではありませんか? このような場を設け、レヴァン殿下を(たぶら)かして、私を(おとし)める理由は一体どこにあるのですか?」

「そ、それは。でも、だって」


 だって、じゃないわ。彼女、正気なの? 私は少し恐ろしいと思ったわ。

 その理由は彼女、アマネから『悪意』を感じなかったから。

 ほら、よくあるじゃない。こういう状況なら。

 ルーナ様やレヴァンの陰に隠れて、私にだけ分かるように悪辣な笑みを浮かべるとか。

 そういう事をする様子がまるでない。


 つまり彼女は、私を貶めて愉悦に(ひた)るつもりなどなく。

 ……本気で未来を憂いている。私が傾国を為す悪女になると、そう信じているのよ。

 それが何よりも恐ろしく、おぞましい。


「……それで? 貴方にとって、その『傾国の悪女』とやらは、このような理不尽を強いられておいて、『はい、左様でございますか』と、大人しく流刑に処される女だと?」


 これって私、怒っていい場面よね? いいと思うわ? 教えてリンディス!


「アマネ様。【天与】にすら匹敵する力をお持ちのようですが。本人さえ持て余す力で、レヴァン殿下の采配に影響させるなど、言語道断だと言わざるをえません」

「それは、でも。私だって、悪いことをしているつもりじゃ」


 では、一体どういうつもりなのよ。私は、怒りを吐き出すように深呼吸をする。

 こちらの話は本当に通じているのかしら。異界の人間の彼女、こちらの感性が分からない?

 私は、言葉遣いを崩して続けた。


「ねぇ、予言の聖女様。無い頭を絞って、よく考えてから喋ってくれない? アンタは今、第一王子の婚約者を貶めて、『自分に都合のいい人物』を次の婚約者にあてがおうとしているのよ?」


 私は、そこでルーナ様にも視線を向ける。

 ルーナ様も、特に私に対して悪意があるわけではなさそうだ。

 もしかしたら彼女は、この場に無理矢理に引っ張り出されたのかもしれない。


「他の貴族にとって、それって面白い話なのかしら? 無欲? 平穏を求めている? 『次期王妃』に庇われるような、その場所に立って殿下に忠言を聞いて貰える立場に居る時点で、随分と『強欲』だと思うけど? 流刑に処される私の『次』がないとは言い切れないじゃない。だって『予言』だと言ってしまえば、貴方は気に入らない女を端から貶めていけるんだから」


 息継ぎもせずに捲し立てていく私。流石に私もキレているわよ!


「そ、そんな事、私はしない……」

「今、しようとしていますが。何事も私だけは例外だと? それを誰が信じ、証明できると?」


 私は、この場に集められていた貴族たちにも目を向けた。

 誰もが私と目線を合わせないように顔を逸らす。

 後ろめたさも、私の言葉に道理も感じているはずよ。だけど誰も私を庇わない。


 ……それだけ『予言の聖女』が信頼を築いてきたのか。

 臭い物に蓋をするように。ひとまず私さえ排除してしまえば、それでいい、と?


「私も『予言』の天与で、ルーナ様とレヴァンが仲睦まじく手を取り合う光景を見たわ。だから二人が、ただ愛し合ってしまったと言うなら、それでも良いと思ったの。それなら身を引けるとも。だけど、この仕打ちだけは看過できない。納得できるはずがない!」


 私は、この場の誰にともなく、そう訴えた。

 そう。納得できるわけがないのよ。そんな運命、認められるはずがない!


「……え? さっきから、何? 『クリスティナ』に予言の力なんてあるワケないじゃない。だってクリスティナの【天与】は……」


アマネが、またそうやって言葉を漏らす。私を貶めるように。

私の【天与】は『怪力』だって言いたいのかしら?


「私は確かに授かった【天与】を使いこなせていないわ。『予言』も『怪力』も。……ああ、本当は、それを理由に私の立場を奪おうとしているの? じゃあ、アマネ様?」


 私は一歩、彼女の方へと近付いた。そして『笑顔』を浮かべる。

 ええ、悪女と呼ぶのならそれでもいいって感じの圧のある笑顔で。


「一発、試してみてもいいかしら? なんだか今なら使えそうな気がするの。『怪力』の天与を」

「か、怪力? なに、それ?」


 アマネは、怯えてルーナ様の背中に隠れるが、言葉は止めるつもりはないらしい。

 いい根性しているわよ、本当。それだけは認めてあげる。


「あら。予言の聖女様でも知らない事が、おありなのですね? 驚きました。てっきり、万物をお見通しなのかと。そうではなかったのね? まぁ、その体たらくで私が『傾国』である事だけは間違いないと? 私について、よく知りもしない癖に『悪女』だと決めつけ、運命を断言なさると」


 私は、ツカツカと聖女アマネに歩み寄っていく。

 ここまで来たなら、ビンタの一発ぐらいは許されると思うわ。ええ。

 そのつもりで私は足を進めたの。


「だ、ダメ、です! クリスティナ様!」


 だけど、私の前にはルーナ様が立ち塞がった。

 彼女は、聖女アマネの前に立ち、両手を前に(かざ)す。

 そうしたら『光の幕』が彼女たちを守るように広がったの。

 キラキラと輝いている半透明の光の幕がルーナ様たちの周りを覆う。

 まさか、これが彼女の【天与】の力、光の結界? ……凄い。とっても綺麗だわ!


「こ、これが、私の『聖守護』の天与です、クリスティナ様。だ、誰も私と、私の大切な人たちを、傷付けられません……!」


 幼かった、あの日。ただ、弱々しかったルーナ様は、雄々しくも私の前に立ち塞がった。

 大切な人たちにはアマネも入っているらしい。私の知らないところで何かあったのかしら。

 あの頃から、随分とルーナ様も成長したみたいね。でも、まぁ、とりあえず。


「──フン!」


 とりあえず、私は思い切り『光の結界』を殴り付けてみた。

 ゴッ、という鈍い音は私の拳から鳴ったと思う。全然、割れないわね、これ!


()ったい! すごく硬いわね、この光の結界!」

「く、クリスティナ?」


 レヴァンが私の行動を見て驚く。いきなり結界を殴るとは思っていなかったみたい。

 でも、ひとまず私はレヴァンを無視した。

 それよりも興味が湧いたのよ。ルーナ様の【天与】に。


「凄いわ、ルーナ様!」

「え、え? あ、ありがとう、ございます?」


 これが本当の【天与】の力なのね! なんだか私、興奮してきたわ!

 彼女の放つ光に惹きつけられるように。そして感化される。


「あっ。今なら本当に私でも出来そうな気がするわ!」

「えっ」


 もっと思いきり力を込めて。

 腹の立つ相手を、殴り飛ばす事に全力を尽くすことを誓う。

 ルーナ様の『聖守護』の光に導かれるように。或いは『共鳴』するように。


 そうすると、これまで出来なかった事が嘘のように、私の身体も光に包まれ始めた。


「なっ、く、クリスティナ!?」


 ……ああ、こうするのね? ルーナ様が力を見せてくれたお陰で、なんとなく掴めた。

 やっぱり参考になる相手が居たら勉強が捗るわね!


「ルーナ様。では、試してみますね? 私の『怪力』の天与を」

「えっ、えっ? く、クリスティナ、様?」

「え? な、なんで? クリスティナが今、覚醒!?」


 聖女アマネは、尚もわけの分からない事を言っている。

 待ってなさい。その顔、思いきり、引っ叩いてあげるからね!

 ……顔は、まずいかしら? じゃあ、お腹ね!

 昨日食べた食事ぐらいは吐かせてあげるわよ!


「はぁああ!」


 光の灯った右拳で、力いっぱい思いきり! ルーナ様の『光の結界』を殴りつける!


 ──フン!


 バキバキ……。


「えっ」


 バリィンッ! と。光の結界が、ガラスの割れるような音を鳴らして粉砕される。

 あは! やったわよ!


「あっ、あっ……」


 その結果を見て、ヘナヘナとその場にへたり込むルーナ様。

 私を見上げて、そして砕けた光の結界を見て、絶句しているわ。


「な、なんで!? クリスティナにそんな力があるの!? ルーナの結界が破られるはずが……!」

「……予言の聖女、アマネ様」

「ひっ!」


 私は、ルーナ様の横を通り過ぎて、聖女アマネに近付いていく。

 それから、とても爽やかな笑顔で彼女に微笑みかけたの。

 ツカツカと音を鳴らして、さらに彼女に歩み寄る、私。


「あっ!」


 目と鼻の先まで彼女に近付くと、ようやく事態を理解したのか。

 アマネは、間の抜けた声を上げた。


「まさか! 『オマケゲーム』のクリスティナ!? それも『強くてニューゲーム』版!?」

「……だから」


 私は、アマネの服の胸倉を左手で掴んだ。


「さっきから、ワケわかんない事ばっかり言ってんじゃないわよッ!!」


 私の『怪力』の天与! 全力で殴るけど、どうか、殺さない程度の力に抑えてね!

 とりあえず三女神様にお祈りしておくわ!

 そして! 聖女を! ぶん殴る!


 ボゴォッ!


「ぐべぇッ!」


 私は、アマネの鳩尾(みぞおち)に、渾身の拳を叩き込んでやったわ!

 そのまま体液を吐き出しながら吹っ飛んでいく彼女。ちょっとスッキリよ!


「……フン! 顔を殴るのだけは避けておいてあげたわよ!」


 感謝しなさいよね! と、ばかりに腕を組んで吹っ飛んだアマネを見下ろした。


「く、クリスティナ……!」


 周囲の誰もが、私の凶行に呆気に取られて絶句している中。血の気を引かせて私を見るレヴァン。

 そして泡を吹いて気絶する聖女様。


「レヴァン。貴方も」

「えっ」


 私は、次にレヴァンの下へ、ツカツカと歩み寄っていく。

 それから優雅な『外行き』の表情を取り繕い、礼と微笑みをして見せた。


「く、クリスティナ」

「レヴァン」


 ここで、そのまま引き寄せてキス、ってやったらロマンスかもしれないわね。

 でも、ファーストキスを失う場は、きっとここじゃないわ。

 なんて、どうでもいい事を頭に思い浮かべながら。


「一人の女に言われただけで貴族の娘を国外追放なんてしていたら、それこそ『傾国』でしょうが! 王子の信用を得た、その女の裏に『誰か』の手が回っていたら、どうするつもり!? 王子なら、その辺も、ちゃんとしなさいよ!」


 私は、レヴァンに怒鳴りつけた。


「ご、ごもっとも……!」


 レヴァンも私の指摘については理解してくれたらしい。

 ここが分からないんなら、本当に私よりも愚かよ!

 じゃあ、忠言はここでお終いね!


「あとは……結局、私より他の女を二重で選んでんじゃないわよッ!!」

「ぐばっ!」


 私は、渾身の『アッパー』をレヴァンの顎に喰らわせてやったわ!


「──フン!」


 スッキリした! 中々に気分がいいわね!

 あと『怪力』の天与の使い方も、今回ので、ちょっと分かった気がするわ!


 ……で、なのだけど。

 私は、ここで王子を殴った『不敬罪』に問われる事になったの。

 そして貴族の入れられる牢獄、貴人牢へと収監される事になったわ。


 ……まぁ、不敬罪は、少なくとも『冤罪』じゃないわね!

 実際に王子のレヴァンも殴ったし! その点だけは納得してあげるわ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ