43 連れ去られたヨナ
「……嬢! お嬢!」
「クリスティナ!」
「ん……」
「お嬢!」
呼ばれる声に反応して、私はようやく目を覚ますことができた。
横になっている私の顔をリンディスたちが心配そうに覗き込んでいる。
「リン……?」
「お嬢! ああ、よかった! 気がついたのですね!」
いったい何があった? いいえ、いつもの『予言』ね。
急に私の意識を奪うから、むしろ迷惑なのよね。……いえ、違うわ。
「リン、私は……?」
「お嬢は急に血を吐いて倒れたのです……!」
「血を吐いて?」
それ、危なくない?
「病気?」
「……その可能性もなくはないんだけど。あまりにも突然だった。持病とかはないと聞くし、最近の君に起きた変化といえば」
「【天与】ね。まぁ、私もたぶん、それが原因と思うわ」
「力の代償ということですか……? そんなこと」
「いえ、代償じゃないわ」
これはそうじゃない。
「では、いったい?」
「『予言』の【天与】。私はこれを女神が教えてくれるヒントとか、お導きだと思っていたの。実際、役に立つことが多かったし。でも、これはそれだけじゃない。たぶん、罠」
「罠……?」
「何か、よくないものに干渉されていると思う。今回のでそれがハッキリした」
ただ未来に起きうる可能性を示して、私にそうならないように示すだけなら何度も何度も繰り返す必要なんてない。
この現象は、私が『予言』を視られることに便乗して、悪夢に引きずり込もうとしている。
「予言の夢を視ることと、血を吐いてまで悪夢に閉じ込められることは〝別〟なのよ」
あの無限に続く悪夢が女神の仕業なわけがない。
女神が私に視せる景色を歪ませることのできる何かの力が原因。
「〝前〟の時も似たような『予言』を視た。今回のは前より、ずっと強い。あの時も何か歪んでいたわ。リン、たぶんだけど近くに邪神がいる」
「あの不気味な怪物が、もう一匹……?」
「ええ、同じ奴かはわかんないけど。それから、やっぱりアマネも無関係じゃないと思う。本人にその自覚があるかわからないけど。私に起きた現象は邪神と異界からの干渉? そういう感じ?」
私が横になったまま、そんな分析をしているとリンディス、カイル、セシリアは顔を見合わせる。
「あら?」
こんな風に私が真面目なことを言っていると、最近はヨナが憎まれ口を叩いていたものだけど。
「ヨナはどこ?」
「え? あ……。川に水を汲みに行くと言って離れて……」
近くに川があるのかしら?
「それはいつ?」
私の問いに、リンディスたちは互いの顔を見合わせる。
「……すでに、それなりの時間が経過していると思います」
セシリアが立ち上がる。
「私が確認して参ります」
「頼むわね、セシリア」
「はい、お嬢様」
セシリアがジャッという音と一緒に姿を消した。
「ええ……?」
今、消えたわよね? 目の前から。え、どういうこと?
リンディスの透明化魔術とは違う?
「ちょっとした技術だよ、クリスティナ」
「技術で済むの、あれ?」
王家の影なら当然! とばかりにカイルが自信満々だけど。
私はリンディスの手を借りて体を起こす。
「それにしてもひどい夢だったわ。夢っていうのもアレだけど」
「いったい何を視たのですか、お嬢」
「私が処刑されるところよ。しかも何回も何回も。アマネが嬉々として繰り返すのに巻き込まれたわ。本当、最低な気分よ」
あれは間違いなくアマネの仕業だった。
本人はお遊びをしているつもりで。何をしているかなんて理解していない様子のアマネ。
私はアマネが操作している物語に取り込まれていたのよ。
地獄のような世界、救いのない世界。
首を切り落とされる生々しい感覚がまだ残っている。
逃げることができず、出口のない迷路に迷い込んだよう。
ただ唯一の救い、安らぎが、処刑前夜にエルトと話す時間だった。
いつまで続くかわからない絶望の中で、あの時間がなければ私は潰れていたかもしれない。
レヴァンは『私』を憎んで、怒っていた。
ルーナ様は『私』に寄り添おうとしながらもどこかズレた、遠い存在だった。
『私』は終わらせてほしかったのよ。けれど彼女はそうしなかった。
願いを叶えてくれたのはエルトだけだった。
『私』の心臓を貫いた彼は、けれど『私』を憎んでなどいなかった。
むしろ、最後の『私』に惚れたようなことを言って。
「ふふ」
思い出すとおかしくなる。
絶対に処刑前夜にするような会話じゃなかったもの。
「お嬢……?」
「いいえ、何でもないわ。それより、リン。あのね、私の両親、」
「お嬢様! ヨナがどこにもおりません! それに手紙が!」
セシリアが林の向こうから駆けてくる。
彼女の手にはナイフと、一枚の紙きれがあった。
私たちはその紙きれに書かれたメッセージを読む。
『ガキは預かった。赤髪の女が一人で来い。他の奴を見かけたらガキは殺す』
「……これは」
ヨナが誘拐されたみたい。
私が倒れていなければ、こんなことにはならなかったのに。
「筆跡を知っているわけじゃないけれど。これはきっと街で絡んできた男たちの仕業だろう」
「あの大男連中ね」
よくもやってくれたじゃない。ただで許すと思わないでほしいわ。
「お嬢が行く必要はありません。私が隠れてヨナを救出します」
「そうね……」
リンディスは透明になれる。こういう救出劇には最適の能力だと思う。
ただ、それでもできれば陽動、囮も必要よ。
「私が注意を引いているうちに、リンにヨナを助けてもらうのがベストだと思うんだけど」
「何か他に懸念があるのかい?」
「ええ。さっき言ったでしょう? この近くにたぶん邪神がいる。つまり、あの邪教徒たちもいると思うの。もしかしたら、そもそもヨナの誘拐の裏で連中が糸を引いているのかも? 今回みたいに私が倒れるほどの強力な、ヤバい奴がいる気がする」
「……お嬢の勘は当たりますからね。あの怪物が近くにいるとなると、お嬢抜きでの対処は難しいかもしれません」
「僕たちは邪神とやらを見たことがないけど、それを前提として動いた方がいいってことだね」
私も根拠がなくて悪いけど、警戒した方がいいってピリピリと感じるのよね。
「そもそも今いる場所ってどこかしら?」
「ちょっと待っていて」
カイルが懐から地図を取り出す。用意がいいわね。
ちょっとした台の上に地図を広げて、カイルが場所を教えてくれる。
「僕たちはリュクセン領に入ってから北上する道を進んでいた。アルフィナ領はここで、今いる場所は、だいたいこの辺りだ。ヨナくんが誘拐された場所は川近くのここ」
「私が気を失った場所は?」
「それは、この辺りかな。しばらく走ってからすぐに馬を止めて、街道から外れた場所で休ませた」
「どれくらいの時間、私は気を失っていたの?」
「そうだね。小一時間ってところだろうか」
「小一時間……」
あの無限にも思えた苦痛の時間が、現実ではたったそれだけ。
本当に抜け出せなくなったらかなり危険ね。
それこそが連中の目的なのかもしれない。どうも私を狙っていたみたいだし。
「邪神がいるとしたら」
私は地図を睨み、現在地を指差してからツーッと動かしていく。
今まで通ってきた道の方ではないはず。
今回、おそらく私の方から邪神の領域に近寄ってしまった、無防備に。そう考えると。
「ここ」
私は北部の、ある地点に指を止めた。
「……マリルクイーナ修道院?」
前に少し話をしていた場所。そして夢の中で示唆されていた場所。
「ここ、最悪の修道院よ。入ったら出られないどころじゃないわ。鞭打ち、ご飯抜き、懲罰室行き。あれは懲罰室というより独房よ。人の話も聞かないし、拷問まがいのことをしているし、真人間が耐えられるような環境じゃない。どこが修道院よ? って場所だったわ」
私がそう断言するとリンディスたち三人が、私のことをジッと見つめる。
「なぁに?」
「どうしてクリスティナがそんなことを知っているのかな、と」
「『予言』で視たからね! いいえ、視たなんてもんじゃないわ。体験したのよ。おかげで私の背中がボロボロよ!」
「……失敬」
「ひゃっ!」
セシリアが私の背中に回って服を引っ張ってくる!
「何をしているのよ、セシリア!」
「……ご心配なく。お嬢様の背中に傷跡などはございません」
「確認するなら許可取ってからにしなさい!」
セシリアって、けっこう強引よね!
「お嬢は『予言』の夢の中で邪神と相対したのですか?」
「いいえ、していない。でも全体的に纏わりついてくる感じだったの。そうね。感覚でいうと箱庭かしら? 邪神が空から見下ろしていて、私は作られた箱庭の中のお人形さんだった」
お人形さんの『私』は運命の流れに抗うことができない。
だから流されるまま、何度も処刑されるしかなかった。
「さっき、それが聖女と関係あるかのように言っていたけれど、そのことは?」
「アマネが視ていた予言書の中、物語の中に、私の意識が閉じ込められていたの」
「予言書の中……」
「そう。それと前に倒した邪神の感覚が似ていて。どう言ったらいいのかしら。アマネの世界の予言書を操作したら、こっちの世界にそれが影響する? そうね、そういう感じ。だから、そもそも」
感覚を言葉にしながら要点をどうにかまとめる。
「リュミエール王国に生じた嵐も魔獣災害も、私の身に起きた現象と同じなんじゃないかしら」
「嵐や魔獣災害が同じですか?」
「うん。アマネの世界にある予言書、オトメ? なんだかがリュミエール王国に影響しているのよ。順番が〝逆〟なの。こっちの世界で起きる嵐をアマネが予言したんじゃない。アマネがこっちの世界に来たから嵐が起きた。魔獣災害も同じ。アマネはこれから起きることを予言しているんじゃない。一連の騒ぎは、アマネがいるせいで起きている災害なんだと思う」
「…………」
「でも、アマネ本人にその力はないと思う。そうなっている自覚もなさそう。こう、あっちに干渉して、それこそ邪神が? 影響して、あっちの世界の予言書を書き換えて? そのせいで」
「待った、クリスティナ」
「ん」
カイルが手の平を前にして私を止める。
「クリスティナを疑うわけじゃないけど、今、話しているそれは本題じゃない」
「……そうね。今はヨナの救出と、邪教徒や邪神が近くにいるだろうってことがポイント」
「うん。その対策をどうするかだね。リンディス殿ほどじゃないかもしれないけど、僕もセシリアも隠密行動には長けている。誘拐犯たちがただのゴロツキなら充分、無事にヨナくんを救出できる戦力だと思うけど、問題はクリスティナの懸念。それによる君の気絶だ」
肝心な時に私が気を失ったら、すべて終わりよね。
リンディスも、カイルも、セシリアも、私が人質にされたら手が出せなくなりそう。
そうするとヨナも助けられなくなる。
「私が修道院に近づかなければ問題ないと思う?」
「……それは無理ではないでしょうか。ヨナ様を人質にした彼らが呼び出した場所は、地図ではこの辺りです」
「思いっきり修道院のそばね。やっぱり連中とグルかしら?」
「否定できませんね」
「……うーん。リンディスとセシリアで先行して、ヨナがどういう状況なのか調べることはできる? そのままヨナを救えそうならそれで任せるけど、無理なら二人とも一度帰ってきて。セシリア、見つからないように動ける?」
「お任せください、お嬢様。得意分野です」
「そ。じゃあ、任せる。それで状況を見てから決めましょう、カイル」
「うん」
「できる限り、短い時間で体調を整えるわ。護衛と私の回復に協力して」
「わかった」
「じゃあ、お願い、リン、セシリア」
リンディスとセシリアは深く頷いて、すぐに動いてくれた。
私はカイルと一緒に馬車のそばに残って呼吸を整える。
「クリスティナ、沸かしたお湯だ。適温にしてあるから飲んで」
「ありがとう、カイル」
本当なら今すぐにでも殴り込みに行きたかったけれど、流石にそれはできなかった。
あの悪夢のせいで思った以上に精神的に疲弊している。
「……クリスティナ」
「うん?」
「ああいうことはよくあるのかい?」
「『予言』を視て、気を失うこと?」
「ああ」
「そんなにないわよ。とくに『予言』の【天与】なんて頻繁に視るのは最近になってからだし」
「そうか……」
「びっくりしたでしょう? カイル」
「ああ。本当に、悔しくて仕方なかった」
「悔しかったの?」
「……うん。君のために、君を生かすために生きていこうと決意したのに。その君を救うこともできず、死なせてしまったら。僕はどうしていたか……」
「……そうね」
私を殺さないために王家の影の任務を放棄してついてきてくれた、幼馴染のカイル。
家族を頼れない私にとって、リンディスもカイルも、とても大切な縁よね。
「まだ聞くのが早いと思うけど、カイル」
「うん」
「後悔していない?」
「しないよ。僕は君を殺したくない。その気持ちは幼い頃からずっと変わらないから」
「……そう。じゃあ、よかった」
うーん、でもね。カイルってね。
「ところでカイル」
「何だい? クリスティナ」
「ルーナ様って、すごく可憐な乙女って感じの女性なんだけど……」
「……うん?」
「カイルの好み的にはこう、ピシャリ! と合っているんじゃないかしら」
「……僕は今、君に遠回しにフラれているのかな?」
「え? 違うわよ? ルーナ様が貴方の運命の人かもねぇ、って思って」
「うん。そんなことは二度と言わないでくれるかい、クリスティナ」
あらまぁ。なぜかカイルからドス黒い気配が漂っているわね!
殺気ではない何かよ。お怒り? お怒りなの?
「……先が思いやられるなぁ」
そして何やら深く溜息をつかれる私。納得しかねるわね!




