42 幕間 処刑される悪役令嬢②
目覚めると知らない場所にいた。
「生きて、る……」
『私』は胸元をさする。
「痛っ……」
傷跡は確かにあった。
でも塞がっている。治療もされているように見えた。
「ここは……」
石の壁。質素な布切れだけの布団。薄暗い部屋。そして鉄格子。
「見るからに牢屋って感じね……」
上を見上げると光が差し込んでいる。
換気用の窓かしら? そこにも鉄格子が見えた。
「雨が降ったら、どうするのかしらね……」
体は、まともに動きそうにない。
心臓を刺されたのだから生きている方が不思議だけど。
「……足枷」
気を失っていた『私』をここまで運んできたのか。
手枷はついていないけど、代わりに足枷がつけられている。
枷の先には鎖がつながっていて、重石として鉄の塊がついている。
「こんなことをしなくても逃げないのにね」
この状況を見る限り、罪人として捕まっているのだろう。
『私』はそれだけの罪を犯したのだ。
「本当か?」
「え……?」
そこで初めて鉄格子の向こうに人がいることに気がついた。
動かしつらい頭を無理に動かしてその人を見る。
「貴方、あの時の」
「そうだ。お前の胸を刺した男だ。【天与】持ちとはいえ、アレで死なないとはな」
「そうねー……。『私』もびっくりしているわ」
どうやってアレで生き残れたのかしら?
薔薇が咲くようになってから、体ごとおかしくはなっていたと思うけど。
体の中に薔薇が巣食っていて、それで無理矢理に動かしているみたいなのよね。
「そうか」
金色の髪に翡翠の瞳をした黒衣の騎士は、椅子に座って私をじっと見つめている。
彼の名は知っている。
エルト・ベルグシュタット。王国一の騎士様。
「……どうして、貴方が牢屋番なんてしているの?」
そういうの、もっと下の人がやるんじゃない?
「心臓を刺しても死なん、近ヅけば薔薇を咲かせて騎士の一団さえも刺し貫く。そんなバケモノの番など俺以外に誰ができるか」
また、ひどい言われようね。
「それで……金の獅子様が『私』の番?」
「そうだ。俺が引き受けた」
「そう……。一人で大変ね」
起き上がろうとしても体が応えてくれない。
仕方なく『私』は横になったまま、鉄格子の向こうの彼を見る。
「ねえ、金の獅子様」
「なんだ」
「……『私』はこれからどうなるの?」
もちろん、その答えはわかっているけれど。
「お前は明日、処刑される。侯爵とその妻、使用人たちを殺した以上、極刑は免れん」
「……そう」
まぁ、当然よね。
「加えて言えば、お前は各地での魔物災害の元凶だ」
「…………」
「王国の都市部をいくつも、その災害が襲った。各騎士団総出でそれらを抑え、暴れ回るお前を捕らえた」
暴れ回るって。そんなに暴れたかしら?
まぁ暴れなかったといえば嘘になるけれど。
「お前が生きている限り、民の被害が増える。ゆえに異例ではあるが、あらゆる裁判を抜きにしての早期の処刑が決まった」
「……そう。でも、裁判はもとから不要だわ。それだけの罪を犯したのだもの」
『私』は金の獅子を見上げる。
「認めるのか」
「ええ、認めます。そして……処刑を受け入れます」
それだけの罪は犯したのだから。
「……なぜだ」
「なぜって」
首を傾げたくても、そこまで体が動かない。
「家族での諍いがあったとしよう。だが、それでなぜ罪の無い民まで巻き添えにした」
「巻き添えにしたつもりはないけど……。きっと『私』が未熟だからね……」
「未熟だと?」
胸元に手を添える。彼に貫かれた心臓の跡。痛みと傷は残っている。
「……【天与】をね、制御できていないの。……ずっと親しかった従者が、お父様に殺されて。そこから、ずっと『毒薔薇』が暴走している」
「暴走……」
「……たぶん、この【天与】はね。『私』の怒りや憎しみ、哀しさに強く反応して暴れ回るの。……『私』の感情を力にして振るえる【天与】……。『よいこと』には使えないのよ。だって『私』にはきっと……〝愛〟がないから」
あれだけ咲かなかった薔薇が。
憎悪や哀しさの悪い感情を吸って咲き乱れるようになった。
「……この力は、人を傷つけることにしか使えない【天与】よ……」
どうして『私』はこんな力を授かったんだろう。
こんな力がなければ、もっと違っていたかもしれないのに。
「薔薇は三女神が一柱、イリス神の象徴だ」
「……うん?」
「イリス神は、悪を憎む激情と正義、公正な法を司りつつも、女神としての美しさを飾ることを忘れない神。その髪には薔薇が飾られ、剣を手にしている」
「……うん」
「三女神で唯一、剣を手にしていることから、イリス神は戦女神とも敬われている」
「……知っているわよ?」
これでも王妃教育を受けてきたんだから。
「剣と薔薇の女神イリスは試練の神でもある。人を善だと信じているからではなく、悪の道に堕ちないかを常に試し、それを乗り越えることを望む、厳しい女神だ。ゆえに堕落の試練が人に課されることを止めはしない。女神イリスはただ見ている。たとえ目先に悪への道があろうとも、それでも善なる己を貫けるのか」
なぜ今、そんな話をするのかわからないけれど。
「……『私』は試練に勝てなかったのね」
「そうだ。『イリスの天与』を授かった身としては、この上なく恥晒しだ。期待外れと言うべきか。それも最悪な方向に」
「……そう」
じゃあ、イリス様に見放されちゃっても不思議じゃないわね。
「イリス神に見初められた女なら、どのような苦境であろうとも前を向く強さと、悪に堕落しない善性を持ち合わせている。……はずだったのだろうな」
「……残念ね」
『私』はそうはなれなかったみたいだから。
「だが」
「……?」
「美を司る面もあるイリス神だ。だからこそ、もしかしたら、お前の心ではなく、その美しさに惹かれて【天与】を授けたのかもしれない」
「ええ……?」
「あの時、お前の心臓を貫いた瞬間。殺したと思った瞬間。『ありがとう』と微笑んだお前の姿は、俺には美しく見えた。目を奪われたよ」
……それは。
「……もしかして貴方、『私』を口説いているの?」
「フッ……。明日、処刑されるお前をか?」
「とんだ悲恋だと思うわ、金の獅子様……」
「違いない」
でも……ふふ。
「おかしな人ね、貴方は」
「よく言われるな。……なぁ、クリスティナ」
「なぁに?」
「お前は美しすぎただけだ。試練に勝てず、悪の道に堕ちたとしても。それはお前が『ただの人間』だったにすぎない」
「…………」
「女神イリスは気に入った人間には地獄の試練を課すとも言われているからな。そんなもの、美しさだけで選ばれた、ただの人間に乗り越えられるはずもない」
もしかして、エルトは『私』を慰めてくれているのかしら。
「……バケモノじゃあなくて?」
「ああ、そうだ。なぁ、クリスティナ」
「……なぁに」
「お前は明日、数多の民を傷つけた罪を問われるだろう」
「……そう」
仕方ないわね。
「傾国の悪女。そんな女として首を落とされる。万民に憎悪を向けられながら」
「……そうね」
「俺たちの戦いを見た者は、お前のことをバケモノや悪魔とさえ罵るだろう。心臓を貫かれてなお、生きていたのだから」
「……うん」
涙は出なかったわ。
涙は、リンディスが死んだ時に枯れてしまったから。
「だが、お前は美しいだけの、ただの人間だった。俺だけは、そう記憶しておこう」
「……そう。……ありがとう。金の獅子様」
『私』は、ただ彼の目を見ていた。
きっと慰めなんて意味はない。『私』の命は明日までなのだから。
「あの場で殺してやれなくて、すまない。俺の未熟さのせいでお前を処刑台で殺すことになった」
……そんなことをエルトは謝った。『私』を殺せなくて、すまないと。
思わず笑ってしまうじゃない、そんなの。
「ふふ……。バカね……。心臓を刺されて死なない『私』の方が悪いと思うわ」
「……それはそうだな」
「そうでしょう……」
「はは……」
「ふふ……」
人生の最期で『私』はそんな風に笑えたの。
それから地下牢で一晩過ごして。
薔薇を恐れてか、或いは金の獅子様が守ってくれたのか。
地下牢に好色な男たちが現れて、最期に身体を穢されるなんてこともなく。
私刑に走る者たちも現れず。『私』は処刑台へと連れて行かれた。
集まった民は私に憎悪を向けている。或いは恐れかもしれない。
やがて、自慢だった長い髪を切り落とされて。それだけは悲しいと思った。
民の前で宣言され、並べられる『私』の罪。
覚えのあることもないことも言われたけれど、どの道、この結末は変わらないのでしょう。
やがて刃が『私』の首に落とされて。
──そこから地獄が始まった。
『傾国の悪女クリスティナは処刑されました。』
『ルーナはリュミエール王国の民とともに歩いていく。』
『──エンディングN:汎用エンド Normal End.』
『トロフィー【悪役令嬢の処刑、三回目!】を取得しました。』
『新しいルートが解放されたよ!』
見慣れたような文字列が並ぶ。その意味があいかわらずわからない。
ただ体から離れた意識が、黒い板の前に座る聖女アマネの姿を視ている。
「え? これって、もしかして各種エンディングを埋めるだけじゃなくて、悪役令嬢を何回殺したかで、隠しルートが解放されたりするんじゃない?」
そんな台詞を無邪気に、なんの悪意もなく、アマネは言ってのける。
「面白いわ! やってやろうじゃないの! 目指せ、隠しルート解放! 五十回はやるわよぉ」
……そうして。
私はまた『私』の意識に取り込まれる。
暴れて、殺して、苦しんで、殺されて、憎まれて、首を切り落とされて処刑される。
それを何度も、何度も、何度も繰り返す、地獄。
私はあと何回この夢を視るのだろう。
救いはない。ここに出口はない。
『私』は助からない。ただ繰り返す地獄の中で。
最期の夜に交わす、他愛もない彼との会話だけが、私の唯一の……。




