40 リュクセン家の騎士たちとの決闘
「それでは何の御用? ジャネット様。私、こう見えて王命を果たす旅の途中なのだけど。私の邪魔をするのは陛下の意思に反することになると思うわよ?」
「っ……!」
私がそう告げると少し怯んだ様子を見せるジャネット様。
「クリスティナ様、貴方はレヴァン殿下に婚約破棄されたのよ! それなのにまだ王家の意向にふりかざして私を見下しますの⁉」
何のこっちゃよ!
「何を言っているのかしら? まったく心当たりがありませんけど」
「……! 本当に憎たらしいですわ!」
なにかすごく恨まれているわねぇ。彼女と関わったことあったかしら?
リュクセン侯爵令嬢というと、確か私より一つ年上だったはず。
学年が違うから、そこまで関わる機会なんてないはずなんだけど……?
「まぁ、よろしいですわ。許します」
うわぁ、勝手に許されたわ! いらない!
「クリスティナ様、貴方は授かった【天与】をようやく、……ようやく使えるようになったそうですわね?」
『ようやく』の部分をものすごく強調してくるわね!
「そうだけど、それが何か?」
「ふふ、どうせ殿下に婚約破棄されたような野蛮な女性と婚約を結びたい家などありませんわ。あるとしても、それは下位貴族か、次男三男といった冴えない殿方たち。或いは、どこかの好色で高齢な殿方の後妻くらいかしらね?」
「はぁ……」
急に何の話かしら。
「ですが! この私、ジャネット・リュクセンならば貴方を有効活用してあげられますわ!」
どういうこと? 私は首をかしげる。
「貴方の【天与】は噂の新しい天子と違い、魔獣を屠るための野蛮な力しかないそうですわね?」
「そんなこともないけど……」
「お黙り! 口答えなど許しませんわ!」
わぁ、横暴。
「人を傷つけるしか能のない【天与】など、女神様が到底お許しになりませんわ!」
そう言われてもねぇ。
「そんな使えない貴方を、私が使ってあげますの。感謝してくださる? クリスティナ様」
「いえ、けっこうよ」
何が言いたいのか知らないけど。
「……断っていいとでも?」
「当たり前じゃない」
「……言っておくわね、クリスティナ様。貴方がこの先、貴族社会に戻れることなんてないの。それをこの私が拾い上げてさしあげると、そう言っているのよ」
頼んでないのよねぇ……。
「いいこと? 腐っても貴方は侯爵令嬢」
腐ってないけど?
「それも王妃教育を受けた身。最低限の礼儀くらいは身につけているでしょう。あやしいけれどね! そのうえで【天与】による野蛮な力の行使が可能なら、貴方を妻や娘の『護衛』として雇いたがるような貴族家門、大商人など、たくさんいるのです」
あら、意外とまともな分析。
「だから、この私が貴方を雇い、利用してさしあげます。そうすれば落ちぶれた貴方でも、貴族が集う場に顔くらい出せるようになりますわ。もちろん、その時は私の侍女、護衛、そういった使用人としてね!」
ふーん。なんか一方的だけど。
実は提案としては悪くない案だったりするわよね、これ。
今現在、マリウス家や学園が私の立場をどう処理しているか不明。
でも、まぁ、いい方向にはいかない、絶望的な状況というのは理解しているわ。
そんな私だから、本来なら家を出されて修道院に行くか。
それこそジャネット様が言うようにどこかの後妻やらになるか。
そういう未来が待っているのが普通よ。
でも【天与】持ちと高等教育を受けていることを利点として誰かに雇ってもらうなら?
『強く、礼儀作法を知っている元貴族令嬢』なんて、わりと引く手数多。
あの『姫騎士』ラーライラだって、そういう女騎士需要があるんだって。
騎士であっても男性を、自分の妻や娘に近づけたくない人って多いらしいからね。
「なかなか面白い話ね!」
「お嬢⁉」
リンディスが後ろで驚いているけど。
「そうでしょう?」
ジャネット様がニヤリと微笑む。
「将来、そういうのになりたくなったら私、フィオナのところへ行って護衛として雇ってもらうことにするわね! ジャネット様、いい考えを聞けたわ! ありがとう!」
「は?」
フィオナの護衛兼侍女! それも楽しそうよねぇ、ふふ。
フィオナの実家であるエーヴェル辺境伯家は、西方の蛮族との紛争が絶えない土地だもの。
私の【天与】は親友を守るために授かったと言われると悪くないわね!
「待ちなさい! なぜそういう話になるの? 貴方を雇うのはこの私よ! 惨めな貴方に手を差し伸べてあげるのだから、貴方はありがたく、」
「断るわ」
ピシャリと私は言い切った。ジャネット様の顔がまたひきつる。
「……いい加減になさってくださる? クリスティナ様。私が率いている騎士団が見えませんの?」
「見えているけど?」
私は首をかしげる。
そうすると余計に腹を立てた様子になるジャネット様。
「でしたら! 私の命令に従いなさい!」
ビシッと手に持っている閉じた扇を私に向けてくるジャネット様。
その瞬間、彼女の後ろで整列していた騎士団が一斉に剣を抜いた。
「逆らうようなら、貴方をこのまま連行するわ。後ろの貴方の従者たちも接収します」
「ふぅん」
なんだか極まっているっていうか、余裕がないっていうか。
ジャネット様ってこういう人なのかしら。
でも、暗殺ならともかく騎士団が正面から襲ってきた程度、今の私なら。
「じゃあ、ジャネット様。互いに貴族らしくいきましょう」
「は……?」
「──決闘よ。裁判なんてしている暇はないし、ここは決闘で決めましょう」
「何を勝手な……」
「私と貴方の決闘。でも、貴方の代理は、そちらにいる騎士たち全員で構わないわ。対して戦うのはこの私、クリスティナ・マリウス・リュミエット一人。どう? この条件で私が勝てば、このまま私たちはこの道を、リュクセン領を押し通る。でも、私が負けたら、私は貴方に雇われましょう。侍女でも護衛でもメイドでも、好きにするといい」
「…………」
堂々とした私の宣言と、その内容に口を閉じるジャネット様。
「お嬢! せめて私たちも助力を!」
「いいのよ、リン。貴方たちは馬やヨナを守っていてちょうだい。カイル、セシリア、自分の身は守れるわね?」
「……はい、お嬢様」
「僕は構わないよ、クリスティナ。君の強さを信じている」
「ふふ、ありがとう、カイル」
とりあえず仲間たちの同意は得られたわね!
「……殿下に婚約破棄されたくせに、美形の殿方を侍らせて……そういうところが……」
ジャネット様はなぜかカイルやリンディス、ヨナに目を向けて、わなわなと震える。
なんか余計に怒ってない?
「いいわ、決闘よ! 条件を今さら変更など許さなくてよ!」
「決まりね! 騎士たちよ、構えなさい!」
『毒薔薇』の【天与】で一斉に拘束してもいいんだけど。
それだとすぐに復帰してジャネット様がまた騒ぐかもしれない。
だから、ここは個別にぶん殴って、しばらく行動不能にするのが一番ね!
私はエルトに貰った魔法銀の剣を鞘から抜いて掲げる。
「さぁ、掛かってきなさい!」
「貴方たち、この女をこらしめてやりなさい!」
なんかアレな台詞をジャネット様が宣言したわ!
「お、おおおっ!」
流石に主君の娘の命令には逆らえなかったか、騎士たちも躊躇しながら私に向かってくる。
「はぁッ!」
私は大振りで魔法銀の剣を振り払う。
避ける騎士もいれば、あえて受ける騎士もいる。
ガギィ!
「なっ!」
ぶつかった剣、でもぐにゃりと曲がったのは騎士が持つ剣だけ。
私の『怪力』の【天与】は手に持っている物にも伝播する。つまり強く、硬くなるってことよ。
「フンッ!」
ドガッ!
「ぎゃっ!」
右手で剣を振り払い、空いた左手の拳で騎士のお腹をぶん殴る。
それだけで吹っ飛んでいく騎士の体。そこでようやく彼らも私が普通じゃないって気がついた。
「私は『怪力』の【天与】を授かって、王命で魔獣討伐を命じられた身よ。ただの貴族令嬢と思っていたら怪我するから気をつけなさい?」
まぁ、剣技は素人に近いから鍛えた騎士たちを相手にするのは苦労するんだけど!
それから襲いかかってくる騎士たちを相手に大立ち回りする。
『予言』とはまた違うんだけど、勘で避けた方がいい時もわかるわね!
なので危なくなったら大きく逃げたり、他の騎士を盾にしたりする。
騎士たちの半分くらいをぶん殴ったところで、彼らの動きが止まった。
私に勝てないと踏んだか、或いは勝つためにはそれこそ命懸けで挑まないといけないと悟ったか。
「な、なん……」
騎士たちができれば止めてほしそうにジャネット様を見る。
でもジャネット様は私の立ち回りを見て、驚愕するばかりでそれ以上の指示はなし。
ここで『毒薔薇』で一斉制圧した方が話は早いかしら? もう一声?
……そうだわ。
「一つ、教えておくわね? 私、この旅で『金の獅子』とも決闘したの」
エルトの名にあやかりましょう! 勝手に!
「一対一の決闘だったわ。今とは違ってね。でも、勝利したのは私。この意味がわかる?」
金の獅子の二つ名で称賛されているエルトは、王国一の騎士とも言われている。
彼らもそのことは知っているはずよ。
そして私は、そんなエルトを一対一で倒してみせた。
噂が広まっているかは知らないけれど、調べればわかると思う。
「…………」
私がそうしてエルトに勝ったということを知ると、明らかに騎士たちの戦意が失われた。
ふふ、勝手に名前を使った甲斐があるわね。
「あの時は私なりに正々堂々と戦ったけれど、今回はさらに新しい力も使えるようになったわ」
戦意の削がれた騎士たちを前にして、剣をブンッと一振りし、注目させる。
「──『毒薔薇』の【天与】、拘束薔薇」
パァッ! と光とともにその場に咲き乱れる薔薇。
その丈夫な蔓に騎士たちがあっという間に拘束されていく。
「ば、薔薇……?」
私はニコリと拘束した騎士たちに笑顔を浮かべた。
「これが、女神から授かった私の【天与】なの。貴方たち、相手を間違えたのよ」
そこで勝敗は決した。
騎士たちは拘束されたうえ、敗北を認めて、自らの意志で武器を手放したのよ。
「じゃあ、通らせてもらうわね、ジャネット様」
「……っ」
私は馬車に乗り、ジャネット様の横を通り抜けていく。
少しだけ離れてから、ジャネット様の高らかな声が響いた。
「覚えてなさい、クリスティナ・マリウス・リュミエット!」
ってね。
「……負け犬の遠吠えですね」
「ひどい言い方!」
「いいんですよ、お嬢。どうせあの侯爵令嬢、お嬢をお茶会か何かに引っ張り出して、馬鹿にしようとしていたんですよ。護衛だなんだと言っておいて、晒し者にするつもりだったに違いありません」
「ありえそうですね」
そんなことを考えていたのかしら?
「……それが正確かはわからないけど。不穏な動きをしていた勢力の一つではあるね、彼女」
カイルが補足する。
「ああいうのがまだ他にも?」
「いると思うよ」
「はぁー……」
寄り道している私も悪いけど。こんなに邪魔が入るってどういうことかしらね!
「なんにせよ、この領地は、さっさと通り抜けた方がいいと思う」
「そうね! リン! 全速前進よ!」
「はいはい」
いろいろとあったけど、私たちの旅はまだまだ続くのよ!




