表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/19

04 悪女の予言

「ごきげんよう、レヴァン殿下。本日は、お招きいただきありがとうございます」


 17歳になった私は、ある日、レヴァンに王宮へと招かれた。

 『外行き』の言葉遣いと磨き上げた礼節を披露する私。

 内心では息が詰まりそうな、その言動を、私はこの先も一生続けることになるのだろう。


 王妃になった後も『声だけリンディス』は、私の愚痴を聞きに来てくれるかしら?

 辺境伯家の娘であるフィオナには学園でのように会える?

 せめて、それらの希望だけは叶うと良いのだけれど。

 他の色々な事や自由は、どうやら諦めなければいけない運命みたいだから。


「クリスティナ……」

「レヴァン、殿下?」


 私は、レヴァンの様子がおかしなことに気付き、首を傾げた。


 ここは王宮の、第一王子に与えられた広間だ。

 今日は二人きりの逢瀬ではなく、幾人もの従者や貴族が、その場に居合わせていた。

 だからこそ私も『外行き』の顔をして、レヴァンの呼び方だって丁寧なものにしている。

 ただ、何の目的で、こうして呼び出されたのかは知らないのだけれど。


「あら?」

「あっ……」


 レヴァンの様子を窺うと共に周囲に視線を向けると、目に留まったのが二人の女性だった。

 どちらも若く、私と年齢が変わらなそうな女性よ。


 一人は、ピンクブロンドの髪とピンクの瞳をした女性。

 幼い頃に出会った、あの時の子だ。そして、私が『予言』の天与で見たままに育った女の子。

 もう一人は、黒い髪と黒い瞳をしている。二人共、レヴァンのそばに控えていた。

 遠巻きの位置で立っていない事からするに、今回の呼び出しに彼女たちが関係していそう。


 それにしても王宮に居て、レヴァンのそばに控える黒髪、黒目の女性って、もしかして。


「もしや、そちらの女性は、噂に聞く『予言の聖女』様ですか、レヴァン殿下」

「あ、ああ。そうだよ、クリスティナ。彼女が予言の聖女、アマネ・キミツカだ」

「アマネ・キミツカ」


 そういう名前なのね、聖女様は。なんだか不思議な響き。

 やっぱり異国、ううん。『異界』から光臨されたっていうのは本当なのかしら。


「ご、ご紹介に与りました。はじめまして、クリスティナ、様。君柄(きみつか)アマネ、です」

「ええ。はじめまして。聖女様。私はクリスティナ・マリウス・リュミエットですわ」


 私は、礼儀正しくカーテシーで応えてから、気になったことを聞いてみる。


「聖女様。『キミツカ』の方がお名前ですか?」

「え。あ、いや! アマネ・君柄です。アマネの方が名前、です」

「そうなのですね」


 なんだか彼女は不思議な雰囲気ね。異界の存在だからなのか。

 同じく『予言』の力を持つ者同士で意気投合できるかしら?

 いえ、私の方は【天与】を使いこなせていないからダメよね。


「アマネ。それで、どうなんだい? 本当にクリスティナが君の言う『悪女』なのか?」


 悪女……? レヴァンの言葉を私は、疑問に思う。


「残念ながら。すべての特徴が一致しています。名前も、顔も、血のように(・・・・・)赤い髪と瞳も。すべて、です」


 ピクリ、と私は、聖女の言葉に眉根を寄せて反応する。

 『血のように』だなんて。私の赤髪を指して言うには、随分と悪意のある表現ね。


「そうか……。ルーナの【天与】の発現を予言したのだから、やはり、クリスティナの事だって……間違うはずがないのか」

「【天与】?」


 私以外の誰かが【天与】を授かったということ?

 状況的に今、レヴァンに名を上げられた『ルーナ』とはピンクブロンドの髪の女性の事かしら?

 そう言えば、初めて会ったあの時に、そんな名前を聞いた気がするわね。


「殿下。一体、何の話をされているのですか。先程、私を指して良くない呼び方をされましたが」

「ああ……。クリスティナ。どこから話せばいいか。僕は、その」

「はい」

「僕は、君との婚約関係を……破棄(・・)、しなければならない、かもしれない」

「……はい?」


 何を言っているの、レヴァンは。穏やかな話じゃないわね!


「一体、何を」


 レヴァンは困惑した様子で、申し訳なさそうに私から目線を逸らした。

 周囲も息を呑んだように静まり返っている。


「私との婚約を破棄する、と。そう聞こえたように思いますが」


 流石に、それは想定外よね。

 婚約破棄って。しかも『かもしれない』って何よ?

 もし婚約破棄された場合。今まで想定していた『未来』は、何もかもなかった事になる。

 ……なぜ? 純粋に疑問よ。私、また何かやらかしたのかしら?


「そのようにおっしゃる理由をお聞きしてもよいですか、レヴァン殿下」

「あ、ああ。そうだね。これだけでは君も納得できないだろう」

「ええ。そうですわね」


 なんとか冷静に言葉を返しながら、私はレヴァンのそばに控える女性に目を向けた。

 ……私が見た『予言』の光景の中で、レヴァンは彼女と一緒に笑っていたわ。

 あの光景が、本当に予言であったのならば。もしかしてレヴァンは。


「もしや、ですが。そちらの女性。ルーナ様、でしょうか。彼女と何か関わりがありますか、殿下」

「っ!」


 私が名を挙げると、ピンク髪の女性は、ビクリと肩を震わせた。


「あ、ああ。ルーナもこの話に無関係ではない」

「やはり、その方がルーナ様なのですね。……先程、【天与】を発現したようにおっしゃっていましたか?」

「そうだ。彼女、ルーナ・ラトビア・リュミエット男爵令嬢は、『聖守護』の天与を発現させた」

「ラトビア男爵令嬢……。それに『聖守護』ですか」


 何かしら、その力の名前は? 私のように分かりやすい雰囲気じゃないわね。


「どういった【天与】なのでしょう?」

「それは……」


 レヴァンが何故か言い淀む。いや、なんで? 普通に教えてくれてもよくない?

 私は首を傾げる。さっきから、良くない空気が流れているわね。

 刺すような悪意を感じるというか。

 婚約破棄を匂わせた事といい、あまり私に都合の良い状況ではないみたい。

 そんな私の状況を見かねたのか。ルーナ様が私の疑問に答えてくれたの。


「あ、あの! 私の、『聖守護』の天与は、聖なる結界を張る力、と。それから傷や病を癒す、癒しの力。あとは……その。瘴気を? 浄化する……らしい、です! クリスティナ、様」

「あら、そうなの。教えてくれてありがとう、ルーナ様」


 名前で呼ばれたけれど、そこは気にせず、教えてくれた事に感謝を告げる。

 まぁ、私って、あんまり『侯爵令嬢』を前面に出すことなんてないものね。

 ほら、家庭環境的に。家が私の後ろ盾として機能していないから。

 だから身分では意外と威張れないのよ、私。


 それに名前呼びを気にしなかったのはルーナ様が、なんだか『いい子』っぽかったから。

 他の皆が答えあぐねているところを教えてくれたもの。


「それにしても素晴らしい力のようですね。『聖守護』とは。複数の異能の力を行使できるのですか」

「は、はい」

「……ちなみに自由に扱えて?」

「い、一応。『結界』も『癒し』も使えました。『浄化』はまだですが」

「……そう」


 あらぁ。これ、私の分が悪いんじゃない?

 ルーナ様は、どうやら【天与】を使いこなせるらしい。

 対する私は、未だに己の【天与】をまともに使いこなせていない。

 しかも、何やら彼女の力は、随分とハイスペックのようだ。

 これでは今、圧倒的に私の方が、ルーナ様に劣っていることになる。


 そうなると、たしかに私とレヴァンの婚約関係は……。


「なるほど。レヴァン殿下が、私との婚約の破棄を、と。お考えになる理由が分かりました」

「……クリスティナ」

「それに、殿下。その決断は『正しい』ものかもしれません」

「何だって?」


 これは黙っていても仕方ないから、改めて告げた方がいいわよね。


「あの日、私は『予言』の天与……か、どうかは分かりませんが。未来の光景を視ました。その時、レヴァン殿下の隣に立っていたのは……間違いなく、今そこに居る彼女。ルーナ様でした」


 つまり、レヴァンと結ばれるべきなのは……彼女、という事なのだろう。

 レヴァンは、私の言葉に目を見開いて驚く。


「彼女が【天与】を発現したと言うのなら、たとえ身分に差があろうと……、殿下に相応しい女性になった、という事ですね」


 私が、問答無用でレヴァンと婚約を結ばれたように。

 ルーナ様にも、その資格がある。いえ、私以上に。


「……殿下には、ルーナ様との『未来』があるようです」


 これはダメね。私に勝ち目が見えない。ということは婚約破棄か。

 いえ、そこは解消でいいじゃない? まぁ、マリウス家での私を考えると、どちらも同じかも。

 この先、私ってどうなるんだろう。あれ、もしかして私、お先真っ暗……?


レヴァン(・・・・)、は。ルーナ様のことを、愛しているのですか?」

「……! クリスティナ」


 愛。恋。まだ、私には分からないもの。

 だって、私にはまだ足りていない。恋愛感情よりも、先に知るべきことが。

 でも、だからこそ私は『家族』を夢見ていた。

 家族、家庭。温かな、それを。子供に、きちんと愛情が注がれる家を。


 或いは『運命』なのかしら?

 だって『予言』の天与が、ずっと前から私に見せていた光景なのだもの。

 それに抗うことなんて私に出来るわけがなくて。

 予言だと言うのなら、もっと分かりやすくして欲しかったわ。

 そうすれば私も、今日のことを覚悟できていたでしょうに。


「君が、君まで(・・・)、そう言うのか。クリスティナ」

「はい?」


 レヴァンは、私に追いすがるような、切羽詰まった表情で、訴えかけてくる。


「確かに僕は、予言の聖女アマネに告げられた。僕とルーナが結ばれる未来もある、と」

「そうなのですね……」


 やっぱり、そうじゃないの。


「だが、僕は、まだ。ルーナと愛など育んではいない」

「ええと?」


 でも私とは婚約破棄、するのよね? いえ、かもしれない、なんて言い方だったけど。


「私が未だ【天与】を使いこなせていないから。ルーナ様が私と代わり、殿下の婚約者になる、のですよね?」


 リュミエール王国のルールでは、そうだろう。

 私が選ばれた理由が、そもそも【天与】なのだから、それはルーナ様も同じになる。


「いいや。違うんだ、クリスティナ」

「違う?」


 私は首を傾げた。他に理由があるのかしら?


「アマネの予言によれば、ルーナは、近い将来に『救国の乙女』と呼ばれて、多くの民を救うことになるそうだ」

「救国の乙女!」

「うっ……」


 それはまた! 凄いわね。ビッグネームじゃない?

 しかも、さっき挙げていた力を民のために使うのなら……人気者になりそう。

 あと大それた名を挙げられて、恥ずかしそうにしているルーナ様の態度も可愛らしいわね!


「それは、また素晴らしい名ですね、ルーナ様」

「わ、私が名乗っているのではありません……、一応」


 まぁそうでしょうね。それにしても、ううん。

 私は『赤毛の猿姫』と呼ばれていて、ルーナ様は『救国の乙女』呼び。

 格差が酷過ぎるわね。並べられるのも恥ずかしいじゃないの。


 そう思ったのだけど。実際は、もっと酷い名前が、レヴァンの口から告げられた。


「そして、クリスティナ。君は、──『傾国の悪女』と。そう呼ばれるようになる、らしい」


 ……は? 傾国の、悪女??

 私は、全く身に覚えのない『未来』を『予言』されてしまったの。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ