39 尾行と待ち伏せ
私たちの旅は進む。
目的地であるアルフィナ領は、王都から見て真西ではなく北西にある。
あいかわらず私たちはジグザグに道を進んでいるのだけど。
かなり近付いてきているわよね。
このあたりでグイッと北上してから進む方がいいかしら?
「アルフィナ領の南側はエーヴェル辺境伯家の領地になりますからね。他所の領地よりは魔獣へ対抗する戦力があるでしょう。そうなると北側、東側の被害を気にする方がいいかもしれませんね」
実際にアマネの予言が当たって、大量の魔獣が湧いていたらどこも危ないんだけどね。
とにかく私たちは進路を北に変えた。
まだ気温は低くないけれど、先々のことも考えて物資を集めておいた方がいいわね。
アルフィナ領でどう過ごすことになるのかわからない。
人が入り込めないほどなのか、それとも、問題はさほどないのか。
私には増えた仲間たちを飢えさせない、凍えさせないようにする責任がある。
「そういえば北に有名な修道院があるのよね」
「ええ」
うーん、何かしら。どこか気になるような感じはするわね。
ピリッとした感覚よ。
でも『予言』の【天与】も発現しないし、問題ないのかしら。
「……リンディス殿、セシリア」
「ええ」
カイルが何か注意を促がすように声をかけてくる。
「尾行されているようです、お嬢様」
「尾行?」
「この前の連中だね」
「この前って?」
「お嬢が殴り倒した大男と、その仲間でしょうか。街でもチラホラ、こちらの様子をうかがっていましたね」
「へぇ」
いたわねぇ、そんなの。
「逆恨みね!」
「……まぁ、そうかもしれませんけど。殴るのが早すぎて、どっちが被害者なのやら」
カイルの胸倉を掴んだ時点であっちが加害者ね!
「……私たちが人目のつかない場所に移動した時点で襲いかかる算段でしょう」
「じゃあ、今の時点で私たちから襲撃する?」
「完全にこっちが悪者じゃないですか……」
「きっとバレないから平気よ!」
「発想が悪!」
でも、実際に襲ってきそうなのよね。もう慣れたものだけど。
「本当、この旅ってなんだかこういう邪魔者が多いのよねぇ」
私の行く先々で問題が起きるってどういうことかしら!
「そのうちの一つになっている僕らはなんとも言えないね」
「……よき出会いでしたので問題ないかと」
セシリアがなにやら自己正当化しているわ! 別にいいけどね!
「他に街道を進んでいる人はいない?」
「今のところ見当たりませんね。カイル殿からは?」
「いないね。すれ違った一団もないから、僕らと彼らだけが今、この道を通っている」
「そう。じゃあ、こうするわ」
私は幌馬車の後方に移動し、後ろ側が見える位置に立つ。
「──棘なし格子薔薇!」
街道を閉鎖するように薔薇を咲かせる。
棘はなく、時間を掛ければ簡単に除去できる薔薇よ。
でも今この一時、馬車や馬の進行を遅らせて私たちと追ってくる連中を分断する。
「さ、今のうちに逃げるわよ!」
「おお……。お嬢が突撃以外の指示を」
リンディスは何を言っているのかしらね!
「お嬢様、ご立派に成長なされて」
セシリアも何を言っているのかしら!
とりあえず足止めされた男たちが離れた場所から、ぎゃあぎゃあと騒ぐのが聞こえたわ。
「ああいうのも私を狙う連中なのかしら?」
「どうなんだろう。ただ街で見かけて、殴られたから執着している様子に見えるけどね」
カイルの掴んでいる情報とは違う様子みたいね。
「僕が警戒していたのは、ああいうのより、どちらかというと」
「ん?」
カイルが口を閉ざして前方に注意を向けた。
見えてきたのは、何やら物々しい一団。どこかの領主のお抱え騎士団みたいね。
今までの盗賊団みたいな、バラバラな印象じゃない。
揃いの鎧と揃いの騎士服を着て、武器などもお揃いみたい。
それらの一団が私たちの行く道を塞いでいたのよ。
「これはまた……。引き返しますか? 明らかに面倒事の予感しかしませんが」
「そうねぇ。でも、引き返したら撒いてきた連中と鉢合わせになるのよね」
やっぱりぶん殴って壊滅させておけばよかったかしら。
「……たぶん、引き返したら追ってくるよ。ほら見て、クリスティナ」
「ん?」
カイルが指差す方向を御者席のリンディスの横から眺める。
整列した騎士団の外に目立つ人物が一人。
それはドレスで着飾っていて、遠目でも貴族の女性だとわかる。
どうやらあの騎士団を率いる者らしいわ。女性で隊長なのかしら?
でも、前に会った女騎士のラーライラとは雰囲気が違うわね。
貴族の女性は、夫人というより令嬢の若さに見える。
「んん?」
というか、どこかで見たことがあるような気がするわね?
「そこの貴方たち、馬を止めなさい!」
高らかにその貴族令嬢が宣言する。まだ距離があるけれど、よく通る声ね。
「……どうします?」
「言う通りにするしかないわねぇ。襲ってくるなら返り討ちにしてあげるけど」
「実際にできるのがすごいですよね……」
なによ、リンディスったら。
ゆっくりと馬の速度をゆるめていき、整列する騎士団の少し手前で完全に停止する。
「出てきなさい、クリスティナ・マリウス・リュミエット!」
「あら、名指し」
私たちは互いに顔を見合わせる。面倒くさそうな事態ね!
「お嬢!」
私は止まった馬車から、ひょいっと地面に降りて前に出る。
「私をご指名なんだもの。私が出るわ」
私は堂々と歩いていき、胸を張った。
「何の用かしら! あと、貴方はどなた?」
私がそう言い切ると、ピキッという感じで表情を強張らせる彼女。なんでかしら。
後ろでなぜかリンディスが『ああ……!』と嘆いた声を上げる。
「お嬢、その女性、おそらくリュクセン侯爵令嬢のジャネット様かと!」
「あら」
私と同じ侯爵令嬢だったわ! とんだ偶然ね!
こんな場所で会うなんて、すごいわ。学園はどうしているのかしら。
「ごきげんよう、ジャネット様」
私はボウ・アンド・スクレープで丁寧に挨拶をしてみせる。ふふ、完璧よ。
コーヒーハウスで披露した男性用の礼ね!
「……いくらか遅いですけれど、まぁ許しましょう、クリスティナ様」
そういえば、この辺り、リュクセン侯爵家の領地だっけ?
各地の魔獣災害が起きた影響もあって、学園を去って領地に帰っていたのかも?
ジャネット様は紫色の髪をしていて、髪の先端がロールしているのよ。
なんだか特徴的な印象ね!
「クリスティナ様、お聞きしましたわよ。レヴァン殿下との婚約が破談となったそうで。お可哀想に……」
ジャネット様が大げさな態度を取りながらそう告げる。
「さらに王都を追放までされたとか。フラれた腹いせに殿下に手を上げて罪に問われて。侯爵令嬢だというのに情けないですわ」
微妙に内容が違っているわねぇ。
やっぱり遠くに伝達する時に話が歪むのかしら。
「まったく。貴方の器量が足りず、殿下に愛想を尽かされただけだというのに。さらに嫉妬で王族に手を上げるだなんて! 貴方のような方、元から王妃に相応しくなどありませんでしたのよ!」
これ、絡まれている? 私、絡まれているわよね!
わざわざ馬車を止めてまでこんなことするの、暇なのかしら?
領地とはいえ、もしかして私のこと待ち構えていたの?
私がここを通るとも限らないでしょうに。
「そう。じゃあ、ごきげんよう、ジャネット様」
面倒くさそうだからパスね!
私は身を翻して馬車に戻る。さっさと先に行かせてもらいましょう。
「ちょっと! 誰が行っていいと言ったの⁉」
「ええー……」
心底嫌だなぁ、と声を漏らす。
「私の許可がなければリュクセン領を通ることは許しませんわ!」
なんか言い始めたわ!




