37 狙われるクリスティナ
王都を発った時は、私一人の旅だった。
でも、今はリンディス、ヨナ、セシリア、カイルと一緒の旅になっている。
馬車は一台、馬は三頭! 一頭はカイルが連れてきた馬よ。
賑やかになってきたわねぇ。
まさか、こうなるとは思っていなかったわ。
リンディスが二頭立ての幌馬車の御者をして、カイルは馬に乗って並走。
私は御者席の横から、ひょっこりと顔を出してリンディスやカイルと話をする。
「クリスティナのことは王都で広まっている。でも、どちらかといえば王太子殿下や金の獅子、予言の聖女に、新たな天子の方がトレンドかな」
「トレンドねぇ」
「変に悪目立ちするよりはマシですね、お嬢」
まぁ、そうかもしれないわね!
「でも、社交界に戻れば、そうはいかないだろうね。みんなが君に注目するだろう」
「戻るのかしらねぇ?」
王太子への暴行、婚約破棄、王都追放、傾国の予言。
マリウス家のお父様やお母様、リカルドお兄様が私を許す気がしないわ。
ミリシャに至っては、どこまで本気か知らないけど暗殺依頼まで出しちゃって。
「……王命さえ果たせば、堂々と王都に凱旋してもいいはずです、お嬢」
「ふふ、リンはそう言うわよね」
どちらにせよ、まだ先の話よね。
「王太子の婚約者が空白になったことで貴族たちが水面下で動き始めているようだよ」
「あー……」
なんだかんだ私がレヴァンの婚約者だったことで、ある種の落ち着きはあったのよね。
それがなくなったものだから。
「マリウス家からは君の妹が王宮に出入りしている。まぁ、これは話したかな」
「それで聖女と接触してカイルの家に私の暗殺依頼を出したのよね」
「そうだね」
「うーん、でもミリシャも有力候補かもしれないけど。ルーナ様が選ばれるんじゃない?」
私は幼い頃に視た未来の光景を思い出す。
そこにはルーナ様とレヴァンが微笑み合っている光景があった。
「……確かにこのまま彼女が王国を救えば、強力な後押しになるだろうね」
そうよね。なにせ救国の乙女になるらしいから、ルーナ様。
「クリスティナはそれでいいのかい?」
「うん?」
「王命を果たせば、君だってまたレヴァン殿下の婚約者に返り咲くこともできるかもしれない」
「それは、うーん……」
またレヴァンの婚約者に戻る? それは。
「私はもういいわ。王都を発った時、すごく自由を感じたの。私に王妃は向いていないのよ」
「……そうか」
カイルは横目で私の表情を見ながら、優しく微笑む。
「君らしいね、クリスティナ」
「フフン!」
「じゃあ、新しい天子、ラトビア男爵令嬢についても思うことはないのかい」
「ルーナ様? そうね。ルーナ様のことは」
私はルーナ様の姿を思い浮かべる。
『予言』の【天与】でも何度を視る姿なのよね。
「嫌いじゃないわね! むしろ【天与】持ちだから同僚みたいな気分よ!」
「同僚」
なんだか最初から仲間意識みたいなものがあるのよね、ルーナ様には。
「お嬢が言うことですからね」
「どういう意味よ、リン」
「そのままですが」
だから、どういう意味かしらね!
「でも、クリスティナがそう思っていても、周りはそうは思わないんだろうね」
「うん?」
「依頼主を調べていた時にいろいろとクリスティナに関することを調べていたんだけど」
「うん」
「君を狙っている家がいくつか浮上したんだよね」
「ええー……」
ミリシャ以外に、ってことよね?
「それがミリシャの暗殺依頼をサポートした奴なの?」
「どうだろう? 別口で動いている様子だったから違うと思う」
「なぜ、お嬢を狙っているんですか」
「理由までは正確に掴めていないんだ」
「お嬢がそこまで恨まれているとは思いがたいですが」
「ああ、狙うといってもピンキリだ。殺すつもりばかりじゃない」
「そうなの?」
「うん。まず一つに、クリスティナと縁を結ぼうとしている家がある」
あ、リンディスがピリリッとした空気を発しているわ。
殺気? 殺気なの?
「王都を離れて、一人の君を囲い込み、無理矢理に縁をつなぐ。そうすれば【天与】を使えるようになった筆頭侯爵家の長女との縁になる。最初は君への支援を申し出るかもね」
「そういうのって王家の不興を買うとか思わないのかしら?」
私、レヴァンをぶん殴って婚約破棄されているのよねー。
普通に考えて、そんな女性と縁を結んだら王家に睨まれるって思わない?
「お嬢がご自身で言うのはどうなんですかね……」
「フフン!」
「褒めてないんですよ」
あ、リンディスが深く溜息をついたわ! 失礼ね!
「何よりクリスティナはとても美しいからね。君と王太子の婚約がなくなったなら、と声をかけようとするのは自然だろう。今頃、マリウス家には釣書がたくさん届けられていて、だから君は除籍されていないのかもしれないよ」
「「あー……」」
私とリンディスは一緒になって声をあげた。
なるほど。それはありそうな線だわ。
でも王命遂行中の私と、本人不在のまま、どこかの家と勝手に縁を結んだら世間的にアウトよね。
「君を求める勢力、それから君を邪魔に思う勢力だ。彼らはクリスティナが返り咲くことをよしとしないだろう」
「私が帰らなくてもミリシャが選ばれたら意味ないんじゃない?」
「うーん……。学園で君の妹にすり寄っていた家もあるみたいだからね」
「あ、そういう違いね」
私、学園にいた頃は浮いていて、フィオナしか友人がいなかったのよね。
取り巻きの貴族令嬢なんていうのもいない。でも、ミリシャの回りにはいたわね。
ミリシャがレヴァンの婚約者に替わった方がお得な家は出てくる、と。
「もちろん君の妹派だけじゃなく、新たな婚約者を据えたいと考える勢力もいる」
「どちらの勢力からもお嬢は邪魔者、と」
「王都にいたまま、学園に通ったままなら、針の筵だっただろうね。もっと言えば『王太子から婚約破棄された高位貴族令嬢』という時点で格好の餌食というか。思惑がなくても、さらに追いつめてやろう、なんて考える人たちもいるんじゃないかな。性格が悪いと思うけどね」
「では、お嬢に王命があったのは不幸中の幸いですか……」
その代償が王国全土の魔獣災害なら、私が学園で嫌われている方がマシなのよねぇ。
「でも、セシリアやカイル以外に王都からの刺客なんていなかったけど?」
「君の婚約破棄が決まったその日に王命を受け、王都を発っただろう? そのスピード感に貴族たちもついていけてなかったんじゃないかな。加えて魔獣災害が起き始めているから……」
私に構うどころじゃなかったのね。
「でも、そろそろ動き始める頃合いだ」
カイルがそう宣言する。
もしかしたら、カイルが来たのって、そういう予兆を感じたからかしら。
そして、カイルの予想はどうやら当たるみたい。




