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傾国の悪女になんかなりません! ~蛮族令嬢クリスティナは予言された破滅フラグを【カンスト】パワーでへし折ります~【書籍化・コミカライズ企画進行中】  作者: 川崎悠
二章 アルフィナ領への旅

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36 幕間 作戦会議

 作戦会議室となっている大きな天幕の中にはレヴァン、エルト、ルーナ、ラーライラが集まっている。

 他にいるのは騎士団の小隊指揮官たちだ。

 予言の聖女アマネは旅の疲れが出ており、別の場所で休んでいる。


「普段は、いえ。アマネ様の予言がなければ、どのように動いていたのでしょうか」

「そうだな」


 ルーナの問いに視線が集まったエルトが王国地図を見ながら答える。


「各地から集まる情報を整理しながら、より大きな魔獣被害から対処することになっただろう。その過程で王国各地が同様の被害に遭っていると判明すれば、やはり王都を中心にして、それらに対処をしながら、いずれすべての地域を巡る計画を練ったか。端から順番に回っただろうな」


 エルトの意見に頷きながらレヴァンが続けた。


「あの大地の傷が魔獣災害の原因で、ルーナの『聖守護』がそれに効果的だってわかれば、そこから明確に方針が決まって、その情報を集めながら動いていただろうね」

「予言があった場合の、今の方が効率的に動けているのでしょうか」


「それは間違いないね。先にわかっていたことがいくつもある。魔獣災害が起きること、大地の傷が原因であること、それに有効なのがルーナの『聖守護』の【天与】であること。まず、ルーナを見つけてきたのもアマネの予言のおかげだからね」


「ですが、そちらは予言による介入がなくても……」

「ルーナとレヴァン殿下が出会うのは運命だったと?」

「……すみません、ラーライラさん。それは考えの飛躍ですよね」

「別にそうは言わないけど」


 エルトの妹、ラーライラは伯爵家の娘だが、この旅を通じてルーナと打ち解け合っている。


 会議で話し合われているのは、果たして予言に従った行軍をこのまま続けるべきか否かだ。

 実際に魔獣災害は始まっている。

 一刻も早く王国全土を巡り、リュミエールの民を安心させてやらねばならない。

 ルーナにも、そうした国全体を見渡す目が生まれていた。

 たかが男爵令嬢に過ぎない身。だが、今やその肩に人々の未来を背負っているのだ。


「大きく見れば実際に正しい道筋だとしても。すぐ近くまで来ていたのに、魔獣を追い払わずに王都へ帰還し、別の地へ向かう私たちの姿は、民にとってあまり好ましいものではないでしょうね」


 ラーライラが厳しい表情を浮かべながら口にする。

 聖女の予言をもとにした行軍は、確かに大きな災害を未然に防ぎながらのものだった。

 だが、実際に被害が出ている民にとっては、時に目の前まで来たはずの救いがなくなり、見捨てられた絶望へと変わる。

 民とのこの認識のすれ違いは、日に日に積み重なっていた。


「実際に、被害は最小限に抑えられている。あとに回された民には悪いが、ここまでの行軍に間違いなどなかったはずだよ」

「俺は聖女を信じられないがな」


 レヴァンの苦しげな表情とその言葉に、エルトはピシャリと返した。


「予言の聖女とて予言を外すことがあるだろう。元より、あの女が『予言の聖女』と名乗ったわけでもない。できるかぎりのことは話したかもしれないが、その内容は絶対ではないはずだ」


 予言の聖女とは民が噂し、付けられた呼び名にすぎない。

 その名に女神からの神託があったわけではない。

 異界からの来訪者。まったくのイレギュラーが聖女アマネ・キミツカの存在だ。


「魔獣の群れとの戦い方は掴んだ。ラトビア嬢の支援もあり、兵の損耗も少ない。ここからは強行軍で各地を巡る方が結果としてはいいかもしれないぞ。聖女の予言は、限られた人員、限られた戦力ならば頼りにしてもいいかもしれないが、現状の俺たちには余裕がある」


「そう、なんだよね。でも、そのやり方はルーナの負担になる。今、騎士たちの損耗が少ないのは、ルーナが『聖守護』で結界を張るからだろう? ルーナに無理をさせて、肝心な時に倒れてしまったら意味がないと思うんだ」


「……レヴァン殿下。ありがとうございます。ですが、私なら大丈夫です。困っている人たち、今も苦しんでいる人たちを助けるためなら、多少の無茶でも平気です」


 最近になり、魔獣による被害はより激しくなり始めていた。

 少し前までは王都に帰れば休養を取れたが、今では難しく、緊張の続く日々だ。



 話し合いを続けたあと、大まかに今後の方針が決まり、作戦会議を終える。

 ルーナは強張っていた体を脱力させ、深く息を吐いた。


「…………」

「エルト兄様? どうされました? 会議の内容に何か気になることでも?」


 ラーライラは考え込んでいる様子のエルトに声をかける。


「いや、この部隊の今後の運用方針に不満はない。ただ」

「ただ? 何かあるのかい、エルト」

「……クリスティナからあった報告だ」


 エルトはそう言って、まとめられた報告書を机の上に出す。

 それはクリスティナがヘルゼン子爵を経由して王都にもたらした報告内容だった。


「彼女は新たな【天与】を発現。それは『毒薔薇』の【天与】というもので、その名だけは聖女の予言と合致している。ただし、予言にはなかった力もある。クリスティナもまた浄化ができると」

「……ああ、そうだね」


「旅の途中で、邪教徒なる連中と戦闘、さらにそいつらが信仰する邪神とやらとも対峙した」

「本当なんですか、その報告書。かなり信じがたいのですけど、エルト兄様」

「フッ……、ライリー。あの気性の奴がこんな回りくどい嘘をわざわざ報告すると思うか?」


 エルトは愉快そうに笑い、妹に問う。


「……それはまぁ、そういう人間には見えませんでしたけど」


 ルーナはクリスティナのことを思い浮かべる伯爵家の兄妹の姿をじっと見つめた。

 彼らが感じたクリスティナの印象は、決して悪いものではなさそうに思える。


「この邪神と邪教のことが気になる。クリスティナが言うには、その場に大地の傷も開いており、そこから邪神とやらが力を吸い出している様子だったそうだ」

「そうらしいね。でも、それが?」

「今回の魔獣災害。嵐が原因で大地の傷が開いたということだが」


 エルトはレヴァンの目をまっすぐに見つめながら続ける。


「それは間違いではないか?」

「間違いだって? いったい何がだい?」

「リュミエール王国全土を襲う魔獣災害。その原因は嵐ではなく、この邪教ではないのか?」

「……!」


 ルーナたちはエルトの予測を聞き、息を飲んだ。


「まさか! そんなはずは!」

「ないとどうして言えるんだ? レヴァン」

「それはアマネが……」

「聖女が言ったから、だな?」

「…………」


 レヴァンはエルトの指摘に苦しそうな表情を浮かべる。


「だが、聖女は邪神のことも、邪教のことも俺たちに告げていない。あの女の予言には、その内容が抜け落ちている。それはどうなんだ? 無視していい事柄ではないように思うが」


「クリスティナが嘘の報告を上げているかもしれない……」

「お前は本当にそう思うか?」

「それは……」


 レヴァンは目をそらす。

 彼もクリスティナがそんな嘘をつく人間とは思っていないのだ。


「俺は聖女の予言を全面的には信じていない。だが、同時にすべてを否定し切れるほどの根拠もない。事実、多くのことを聖女は言い当ててきたようだからな」

「ああ、そうだね。アマネの予言には助けられてきた」

「だが、俺には聖女の予言が、クリスティナに関わることだけズレているように思える」

「クリスティナに関することだけ……?」


 レヴァンはアマネの予言をいくつか思い起こす。

 クリスティナが婚約破棄されてからのいくつかの運命が示された。

 しかし、如何なる運命を選んだとしても彼女が『傾国の悪女』となるのは変わらない。

 予言の聖女アマネは、そう断言している。


「だが、そんな。アマネが意図的にクリスティナを陥れようとしていると? 何のために」

「さぁな。聖女にその自覚があるようにも見えないのが厄介なところだ。いっそ悪意が見えれば、嘘だと断じられるのだが」


 ルーナはそこで意を決し、言葉にする。


「今回の災害が人為的なもので、アマネ様の予言がクリスティナ様を間違って視ているとしたら。それは大変なことです。実際、クリスティナ様の【天与】でも浄化はできるんですよね? だったら、レヴァン殿下と婚約破棄をする必要なんて、まるでなかったんじゃ」

「それ、は……」


 天幕の中の人々の目がレヴァンに集まる。

 レヴァンは青い顔をして口を噤むしかできない。


「まぁ、レヴァンとの婚約がなくなったことは悪いことばかりではない」

「エルト?」

「彼女が自由の身になったということだからな」


 エルトの言葉にルーナは思わず、がくりと力が抜ける。

 彼はまったく態度を変えずにそう言ってのけたからだ。

 まったくブレる様子がない。


「エルト兄様⁉ 今、シリアスな話をしていたところですよ!」

「実際に会ったクリスティナが、レヴァンとの婚約破棄をまるで気にしている様子ではなかったからな。その点をレヴァンだけが思いつめていても仕方ないだろう。彼女は気にしていないんだ」

「う……」


「そ、それはそれでレヴァン殿下がいたたまれないのでは……?」

「うぅ、いいんだよ、ルーナ」

「ものすごく引きずっていますわね、殿下」


 婚約破棄した側であるはずのレヴァンがいつまでも引きずり、当のクリスティナは何も気にしていた様子はないという。

 残念な王子をルーナは慌てて慰める。


「……よし、決めた。レヴァンよ、俺は少しの間、部隊を離れる」

「は⁉ エルト、君、この部隊の隊長だよ⁉ 全体指揮官! そもそも同行しているのは君のところの騎士たちだ!」


「そうだな。だが、全体指揮はライリーに任せればいいし、ラトビア嬢がいれば戦力的にも問題はないだろう。ラトビア嬢、部下たちを頼む」

「え! は、はい」

「貴方の力はとても素晴らしいものだ。俺も、部下たちも、いつも助けられている」

「あ……、は、はい……」


 エルトにまっすぐに見つめられ、褒められて、頬を染めてしまうルーナ。


「エルト兄様? ルーナ?」


 ラーライラはそんなやり取りに氷点下の笑顔で圧を上げた。

 聖女曰く、『ブラコン』の気があるラーライラはエルトに近づく女性に圧をかけるのだ。

 ルーナは慌てるが、エルトは妹の態度を気にせずに続ける。


「今回の行軍で気になっている場所に近いところまで来た。どうせなら、ついでにそこを調べてくるつもりだ」

「気になっている場所って?」

「ここだ」


 エルトが指差した場所は、地図上に北側の地点。


「──マリルクイーナ修道院」

「修道院……」


「邪神はともかく、邪教は王国のどこかに拠点があるはずだろう。どうにかそれを見つけだし、尻尾を掴みたい。もしかしたら、それが今回の魔獣災害の早期解決につながるかもしれない」

「それはそうかもだけど、どうしてマリルクイーナ修道院なんだい? エルト」


「聖女の予言だ」

「え、君、予言は信じないんじゃ……?」

「ああ。だが、聖女の予言についての報告書を読んだ上での話だ」

「そんな話、あったかな?」

「クリスティナがレヴァンに婚約破棄を突きつけられたあとだ。彼女には、そのあとに三つの運命があると聞いている」

「あっ、あれか……」

「ああ。彼女は、側妃になっても、マリウス家に帰っても、修道院に行っても、傾国の悪女になるという」

「うん、そうだったね……」


「側妃になって暴走するというのはまだわかる。彼女は本来、正妃になる立場だったし、筆頭侯爵家の令嬢だ。そういうことを気にする性格の人間ではなさそうだが、その状況なら理屈は通る」

「まぁ、ね。怒るよね、普通……」


「マリウス家も、な。娘が実際に理不尽な婚約破棄をされたというのに沈黙している。レヴァンの話を聞くに家での扱いに大きく疑念がある。なら、予言された未来とやらでも実家で何かあったのだという理屈が通るだろう。だが」


 ルーナたちはまた真剣な表情になる。


「修道院に行って傾国に目覚めるというのはなんだ? 聖女に聞き出したが、どこの修道院に行くかは決まっているという。それが」

「マリルクイーナ修道院?」


 エルトは無言で頷いた。


「王太子の婚約者を理不尽に外されたうえ、修道院に送られる、というのも貴族令嬢にとっては最悪だと思いますわ、エルト兄様」

「そうだな。ただ……」

「ただ?」


「クリスティナは、もしそれと同じ状況になった場合、〝脱獄〟すると思う。彼女はそういう性質だろう」

「脱獄って。修道院ですよね?」

「マリルクイーナ修道院はね、ルーナ。かなり厳しいという噂なのよ」

「そ、そうなんですね、ラーライラ様」

「ええ。一度入ったら二度と出てこられないっていう噂ね」

「一度入れば出られない……」


 その言葉に一同はハッとする。

 邪教が潜伏しているから誰も出てこられないのか、と。


「……そういう噂もあるからかい、エルト」

「それもあるな。だが、まず、クリスティナは修道院に入れられたところで、世の中を恨んで傾国になるような人間ではない。むしろ嬉々として脱獄して、自由を謳歌する道を選ぶだろう。そう思ったのだ。だから予言内容を聞いて違和感を持った。そこで何かが起きるのかもしれないと」


 エルトの言葉にルーナとレヴァンは互いに顔を見合わせた。


「君とクリスティナ、まだ一回会っただけだよね、エルト」

「まぁ、そうだな」

「なのに、なんでそんなに自信に満ち溢れた彼女の評価なのかな……」

「くっ……。エルト兄様……」

「あはは……」


 ルーナたちはあきれた様子でエルトを見るしかない。

 エルトは澄ました表情で、ふいっと視線をそらす。


「……でも、いいですね、それは」


 ルーナは瞳を輝かせる。


「私、これまでアマネ様の予言を疑うのはいけないことだって思っていたんです。だって、私は彼女の予言に助けられた側だから」

「ルーナ……」


「でも、そうですよね。違うな、間違っているな、って思ったことには、きちんとそうだって言わないと。もっとちゃんと向き合わないといけませんでした。だって私も、クリスティナ様が傾国の悪女になるなんて信じられなかったんです」

「ルーナも彼女にやられたって聞いたけど」


「私は何もされていませんよ。ただ『聖守護』の結界を破られただけです。でも、あの時は、きっと私の心が迷っていたから。自分を信じていたクリスティナ様に、私の【天与】が負けてしまったんだと。そう思うんです」


「そ、そうかしら……? そんな精神論なの? ただのパワー負けじゃない……?」


 ラーライラは、クリスティナがエルトとの決闘でどのようにして勝利したか、思い出して顔を引きつらせる。


「いいえ、違います、ラーライラ様。きっと正しい心、まっすぐな心、自分を信じられるか、否か。そういうことが大事なんです! 私もクリスティナ様を信じます! ぜひ、力になりたいです!」


 ルーナの様子に、エルトだけが満足そうに無言で頷く。

 レヴァンとラーライラは彼らに困惑するばかりだった。


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