34 カイル・バートン①
街外れに停めていた馬車まで一緒に歩いていき、そこで落ち着く。
リンディスたちと合流するまで私たちは無言のままだったわ。
「お嬢! それに……」
「リン、カイルと再会できたわよ!」
「そ……れは、はい、おめでとうございます……?」
「うわぁ、本当に会えたんだ。すごいね、クリスティナお姉ちゃん」
「フフン! すべては勘のお導きよ!」
「そこは女神様のお導きじゃないんだ……」
ヨナもなかなか細かいことを言うようになってきたわね!
リンディスに似てきたのかしら? お小言ヨナね!
「君はマリウス家が隠していたという魔族かな」
「……ええ。カイル・バートン殿。今はマリウス家を辞め、クリスティナ様に仕えています」
カイルとリンディスは初対面?
いえ、リンディスが一方的に見たことがあるのかしら。
「そうか。君とも、クリスティナとも話したいことがある。でも、その前に」
カイルはセシリアに向き合った。
「セシリア。お前はどうして彼女と一緒にいるんだい」
「……それは。……私が」
カイルは穏やかな様子ね。見た感じは怒っているようには見えない。
けれど、これは大人しく見えるほど怖いっていうやつ?
「カイル。セシリアを怒るつもりなら先に言うわね。私の暗殺依頼を受けたんですって?」
「…………」
「貴方の家にとっては大問題でしょうけれど。私の前でそのことをセシリアに怒るのはナンセンスよね? 私からすれば、セシリアが教えてくれたことの方が評価は高いもの」
カイルがセシリアに向けていた目を私に向ける。
王家の影、暗殺家業の一門というからには、ここから一瞬で私を殺したりできるのかしら。
「クリスティナ」
「ええ」
カイルの体がスッと動く。あくまで自然体で。警戒心を抱かせない歩み。
警戒させずに歩み寄ったカイルの手が私の首にかかる。
私の首筋に指を這わせてきた。……冷たい。
金属か何かを首に押し当てられたみたい。
「僕は君を殺しに来たんだ」
「お嬢……!」
リンディスが声を上げるけど、そこまで近づかれたせいか、手が出せなくなる。
「このまま君の首を掻き切ることだってできる」
「そうみたいね。それが貴方の努力の成果?」
「うん。なにせ、王家の影だから」
ピリリとした空気の変化。これって殺気ってやつ?
「『泣き虫』カイルが成長したわね」
「……はは。その呼び方をするのは君だけだよ、クリスティナ」
カイルは微笑む。剣呑な雰囲気のまま、殺気を放ったまま。
「それって暗殺なの? 何も隠れてないわよ」
「そうだね。君に気づかれないまま殺す方法はたくさんあった。でも」
「でも?」
「君と話さないまま、今生の別れになるのは嫌だったから」
「そう。じゃあ、セシリアに感謝しなさい。彼女が先に来たから、貴方のことを知れて、こうして会える機会に恵まれたのよ」
「……はは、そうかもしれないね」
「それで? カイルは私を殺すのかしら」
あいにくと死んであげるわけにはいかないんだけど。
私にはまだ使命がある。賜った王命を果たせていないわ。
それに私を殺すなら……それは、きっとカイルじゃない。
私の脳裏にチラリと金髪の騎士の顔が思い浮かんだ。これって『予言』かしら。
「……それがね。どうも、困ったことになっている」
ん?
「困ったこと?」
「バートン家に来た依頼は確かに正規のルートの依頼だった。即ち、王家からの依頼だ」
「そう」
じゃあ、やっぱり王家の誰かが私を? 誰かしら。
「でもね。王家しか知るはずのない暗号、手順。なのに、どこかおかしいんだ」
「おかしい?」
「セシリアが依頼内容を受け取れるはずがないんだよ。家族だからってそんな、盗み見が簡単にできるような依頼方法じゃあない。もちろん、いろいろと知っているから、意図的に読もうと思えば不可能ではないけれど。そうなるとセシリアはなぜ、そんなことをしたのかということになる」
……ええと。
セシリア的には王家から私の暗殺依頼を見て、カイルに幼馴染を殺させたくないから。
だから私を先に殺しにやってきたのよね?
でも、それを最初に知るためには、セシリアが能動的に動いていないといけない。
けれど、セシリアがそんなことをする理由がない。
だって依頼内容をまだ見ていなかったから。
私とカイルはセシリアに視線を移す。私は首を掴まれたままよ。
「……! 確かに、私が目に触れる場所にあれがあるのはおかしい……」
セシリアも、そこでようやく思い至った様子だった。
「そうだろう? まるで普通の手紙のように。片手落ちなんだ。王家からの依頼にしては」
「よくわからないんだけど?」
「王家からの正式な依頼方法があって、それは双方に手順を守る必要がある。そうすることで内密に事が運ぶ。でもね。今回の件は『中途半端に正確な情報を得た誰か』が動いたようなものだった。だから最後まで秘密が守られず、セシリアが依頼の内容を見てしまった。そして依頼内容を見たセシリアは僕を置いて先に動き出してしまった」
「つまり、セシリアの早とちりね!」
「……!」
あらあら。じゃあ、私。
別に王家からは暗殺依頼なんてないってことじゃない?
「ああ。でも、一応は正式な手続きであったから僕は動いた。その依頼内容がどういう経緯でバートン家に届いたのか。なぜ、王家と我が家しか知らないはずの暗号を知っているのか。そういう背後関係を洗いながら、クリスティナ。君がどういう旅をしているかも調べた」
「まぁ、そうなの」
「そこでわかったことがある。クリスティナ、君を殺そうとしている勢力は確かに存在する」
「あらまぁ」
「一つは『中途半端な暗殺依頼をした者』。こっちはわかりやすかったよ」
「誰なの?」
って、こういうのって教えてくれるのかしら?
それはそれとして、私の首から手を離さないわね、カイル。
「君の妹、ミリシャ・マリウス・リュミエット侯爵令嬢。彼女が依頼を出したみたいだよ」
「ミリシャが?」
それは予想外だったわ! どこから出てきたのかしら?
「どうしてミリシャが王家ルートの暗殺依頼方法なんて知っているのよ?」
あの子、そんなにすごい情報網があったの? 侮れないわね!
「ああ、僕もそれが謎だった。筆頭侯爵家の令嬢とはいえ、この内容が漏れているとは考えにくい。知っているとすれば」
カイルはそこでリンディスに目を向ける。なるほど?
確かにそういうことを知れるとしたら、リンディスが一番できそう?
「……私はそんなこと、知りませんよ」
「だって。リンがそう言っているなら本当のことよ」
「君が彼を信じているのなら、そうなんだろうね。じゃあ、決まりだ」
「何か知っているの? ミリシャはどうやって?」
「予言の聖女だよ」
……アマネ?
「予言の聖女が君の妹に教えたんだ。バートン家への依頼方法を。予言であるがゆえに正確さを備えつつ、けれど中途半端だった。厳格なルールまで予言では知り得なかったんだろう」
「……なるほど?」
私は『予言』の【天与】でこれまで視てきた光景を思い出す。
聖女アマネが目にしたという予言書は、あの黒い板だ。
『光の国の恋物語』と銘打たれた予言書。
そこではルーナ様だけでなくエルトやレヴァン、カイルの姿もあった。
なら、あの予言書はきっとカイル回りのこともアマネに教えていたのね。
「中途半端に正確な情報。それだけなら、まだ依頼は成立していなかったと思う。問題はもう一つの勢力だね。どうも裏で動いている勢力がある。……そいつらが、君の妹が半端な知識で出した依頼を確実な形に整えてバートン家に届けた」
ミリシャがアマネに予言の内容を聞く。
それはカイル回りのことで、アマネはきっとカイルの本当の身分も知っていた。
それに目をつけたミリシャがアマネから暗殺依頼の方法を聞き出した。
そうして王家の名を騙って私の暗殺依頼を出した。
……たぶんだけど、興味本位で。
だってミリシャがアマネの予言を根っから信じているとは思えないもの。
いくらアマネの予言に実績があってもよ。あの子、そういうところがあるわ。
だからミリシャ的には興味本位で、アマネの言う通りの形で暗殺依頼を出してみた。
本来なら、その依頼はどこかで弾かれるなりして、正式な依頼として成立するはずがなかった。
でも、そこで何者かが介入して、正式な暗殺依頼にしてしまった。
それをセシリアが見てしまい、慌てて私を殺しにやって来た、と。
「やっぱりセシリアの早とちりね!」
「う……」
「そうだね。これは王家からの依頼じゃない。ならばバートン家はクリスティナを殺す必要はない」
「じゃあ、一件落着ね」
そろそろ首を離してくれないかしら。
「……だけど」
カイルがグッと顔を近づけてくる。間近で漆黒の瞳が、私の目を見つめる。
「もし、本当に君の暗殺依頼があった時……僕はどうすればいいのか。そう思った。どうして、ここまで依頼者について念入りに調べたと思う? もちろんおかしいとは思った。だけど。僕はその小さな異変に、すがりついたんだ。『どうか間違った依頼であってほしい』と。……クリスティナを殺す依頼なんて受けたくないと」




