31 幼馴染の思い出
私の幼馴染、カイル・バートンに会ったのは私が十歳の頃の話よ。
その頃の私はレヴァンの、つまり王太子の婚約者に決まったばかりだった。
王族は幼い頃から自然毒への耐性をつける訓練をするらしい。
未来の王妃で、準王族となった私も同じ訓練をする。
難しい説明をされたんだけど、当時の私にそんなこと言われてもね。
たぶん、今言われてもわからないままだけど。
万能の解毒薬はなく、あるならばそれは女神からの授かり物だけだろう。
そんなふうにも聞いた。耐性がつけられる毒は限られたものだと。
「じゃあ、どうしてそんな訓練をするの?」
私が疑問に思うのも当然でしょう。だって、その毒の訓練とやら。
実際に毒を少しずつ飲んで体に慣らしていけってものなのよ。
訓練でも熱が出るらしいし、苦しいらしいじゃないの。じゃあ嫌よ。
「……クリスティナ。お前はいい加減、自分がどういう立場になるか理解する必要がある」
冷たい目で私を見下ろすブルームお父様。
私がレヴァンの婚約者となったことで、マリウス家での私に対する扱いはよりひどくなっていた。
なぜって、妹のミリシャがレヴァンに惚れていたから。
内々でミリシャとレヴァンとの婚約を押し進めていたらしい。
そこを私が【天与】を発現したばっかりに、あっという間に私との婚約になったのだ。
ミリシャの私に対する恨みも一入だった。
ミリシャからすれば横から掠め取られた婚約。
ヒルディナお母様も、リカルドお兄様も、まぁ、いい顔などしなかったわ。
そんな折に舞い込んだ毒の訓練。
当然、苦しいからって拒む権利などなく、幼い私は毒を飲むことになった。
「ほら、カイル。彼女がお前の作る薬を飲む相手だ」
「え?」
対毒訓練の説明をする男性には、一緒に来ている男の子がいた。
黒髪の少年、それがカイル・バートンだったの。
「貴方が薬を作るの?」
「……!」
カイルは、ちょっとおどおどしている、大人しい印象の子だった。
カイルともう一人の男は王家からの紹介で来たという。
それでどうしてか知らないけどカイルは私としばらく一緒に過ごすんだって。
「ふぅん? 私の遊び相手ってこと?」
「ええ、そうしてください、未来の王妃。ですが、カイルには薬を作る仕事がありますので」
「その邪魔はするなってこと?」
「はい。作業を見ていていただいて構いませんよ」
その男はどうにも何か嫌な気配を漂わせていたわ。
だから、あんまり話さなかった。
それから私とカイルは一緒に過ごしたの。
私、あんまり友達とかいないから、ほとんど初めての友達ね!
「私には勉強があるけど、カイルもそうなの?」
「……うん」
口数が少なく大人しいカイルを、もっと連れ回して遊びたかったんだけど、その頃の私はもう王妃教育が始まっていたからね。思うほど遊べなかったわ。
でも、リンディス以外に初めてまともな話し相手ができた。
それも姿を隠していない友達よ。
「薬を作れるなんて貴方、すごいのね、カイル!」
「……! これは薬じゃ……」
「え、違うの? 私が飲む薬って言っていたけど?」
「…………」
カイルは唇を噛むようにしながら、薬作りを続ける。
「これは薬じゃない、君が飲む毒だよ……」
「うん?」
コテンと首をかしげる私。カイルはつらそうだわ。
「私が飲む毒……」
「そうだ。僕が作った毒を……君が飲む」
「ふぅん?」
対毒訓練をしろ、ってやつね。
そのためにカイルたちが呼ばれた。
それで、カイルはその薬だか毒だかを作っているのね。
「君は何とも思わないの?」
この場合は何を思えばいいのかしら?
「ええと、大変ね? がんばってね、カイル!」
グッと両手の拳を握って応援してあげた。
「そうじゃないよ!」
でも怒られちゃった。
「僕が失敗したら、君は毒で死ぬかもしれない……そういうものを作っているんだ。そうじゃなくても、これは君を苦しめるためのものだ……」
「……毒の耐性をつけるためでしょう? 苦しいけれど、私の将来のため」
「そんなの……! 毒なんて何通りあると思っているの? こんなので毒の耐性をつけたって、すべての毒には対応できないのに」
「それは聞いたわ。でも、まったくの無意味じゃないじゃない。まぁ、私も苦しいのは嫌だけど」
どうしてカイルがそんなにつらそうなのかしら?
苦しいのは私のような気がするんだけど?
「……!」
私が首をかしげていると、カイルは私と見つめ合って、それから涙を流し始めた。
「僕は……君を殺すかもしれないのに……」
なるほど? カイルが私の飲む薬だか毒だかを作っている。
その時の何かを失敗したら毒が強くて私が死んじゃうかもしれないってこと?
それがつらくてカイルは泣きだしちゃったのね!
「貴方、優しい子ね!」
「え……?」
泣いているカイルの涙をそっと拭って、正面からまっすぐに彼の目を見る。
「私を殺してしまうのがつらいのね」
「…………うん」
「でも、貴方が今作っているのは毒じゃなくて薬でしょう?」
「それは……! でも、ほとんど……」
まぁ、なんだか聞く限り『ほぼ毒じゃない!』と言いたくなるものみたいだけど。
「それでも貴方が作るのは薬よ、カイル。貴方は私の命を救うために薬を作ってくれているの。毒とは違う。貴方の薬のおかげで私は将来、死なずにすむかもしれないのよ」
泣いてまで私を殺したくないなんて、なんだか可愛いじゃない?
「でも……」
「フフン、貴方は優しいけど泣き虫ね。『泣き虫カイル』の名をあげるわ!」
「そんな名前……!」
カイルが慌てて目元を拭ってごまかそうとする。
「カイル、貴方はお医者さんになるといいわ!」
「え……?」
「毒を作るって思うと危ないけど、薬を作るって思えば、悪くない気分でしょう? カイルの家が何をしているのか知らないけど、そんな技術があるのなら医者を目指せばいいわ。人を助ける方が貴方に向いているわよ!」
「…………」
「というか、今さらなんだけど、なんでカイルが薬を作っているの?」
「それは……僕の家が……」
「あ、元からお医者さんの家なの?」
「……一応……」
「そうなのね! じゃあ、立派ななお医者さんになるためにもがんばりなさい! たぶん、私は死なないから大丈夫よ!」
「……たぶんなんて」
フフン! と胸を張ったわ。
「……僕が君を死なせないよ」
「あら! 言うようになったじゃない! いいわよ、その調子ね!」
「……うん」
カイルは私をボーッと見つめながら、改めて薬作りにチャレンジしていたわ。
「クリスティナ、君を死なせたりしないからね」
「ええ! 任せたわ、泣き虫カイル!」
「な、泣き虫はやめてよぉ」
「あはは!」
そんな思い出。私とカイルが一緒に過ごした時間はそう長くない。
一週間くらいだったかしら?
カイルは無事に薬を作って、私はそれを飲んで。
もちろん……ぶっ倒れたわ!
まぁ、毒の耐性をつけるための毒だから。薬だけど。
でも、高熱を出して寝込んだけど、それだけで済んだの。
あいにくとカイルはその結果を見ずにいなくなっちゃったけど。
いやぁ、今思い出しても、あの時は死ぬかと思うくらいに苦しかったわねぇ……。
そんなふうに高熱を出して、ベッドで苦しんでいてもリンディス以外の見舞いが来ないのよ。
いえ、ミリシャだけは私の部屋にやってきた。
大きいぬいぐるみを抱いて、私の部屋に来て、私を見下ろす幼いミリシャ。
「くす、くす、くす」
……なんだか愉快そうに笑っていたわね。
とまぁ、ここまでが私の追憶。カイルとの思い出だ。




