27 幕間 ルーナの旅と王都のお茶会
『シャアアアアッ!』
「──『聖守護』の【天与】!」
ルーナが手を前にかざすと彼女を中心にして球体状に光の結界が生成される。
魔獣たちはその光を打ち破ることができない。
「今のうちに攻撃しろ!」
レヴァンがそう叫ぶのに合わせて、結界の内側に並んだ騎士たちが一斉に槍を突きだす。
『ギャヴアアアアッ!』
魔獣たちは結界に阻まれて騎士に近寄れぬまま、一方的に蹂躙されるのみだ。
「エルト! 奥にいる大きいのがこの群れのボスだ! 頼めるか⁉」
レヴァンが声を張り上げる。
彼が指摘した個体は、他の魔獣に比べてかなり大きな個体だった。
「任せておけ」
レヴァンの声に応えて、魔獣の群れを切り裂くように突進する黒い影。
黒衣に身を包み、金色の髪をなびかせて進む。
携えた黒い刃の剣が、魔獣たちを一匹ずつ一閃のもとに葬り去っていく。
瞬く間に黒衣の騎士、エルト・ベルグシュタットは大型の魔獣のもとへ辿り着いた。
「ベルグシュタット卿!」
ルーナが離れた場所、光の結界の外に出て一人で危険な場所に立ったエルトを呼ぶ。
『シャアアアアアッ!』
「シッ!」
振り抜かれる魔獣の巨腕。だが、その攻撃は空を切る。
エルトは一瞬で攻撃を見切り躱したあと、高く跳び上がると同時に魔獣の顎を下から切り裂く。
『ギャヴァアアアアッ!』
「──終わりだ」
エルトは体を空中で反転させ、その勢いのまま叩きつけるように剣を振り下ろす。
魔獣の頭部に黒い刃が食い込み、そのまま切り裂いた。
『ギャ……』
短い断末魔とともに大型魔獣は倒れ伏す。
「皆さん、最大出力で『浄化』します!」
ルーナは、エルトが大型魔獣を討伐するのを受けて宣言する。
彼女を中心とした浄化の光が広がっていった。
その光に触れると小さく弱い魔獣たちは霧散し、消えていく。
大型魔獣の死体もまた、ゆっくりと光によって消滅していく。
ルーナの『聖守護』の光は弱い魔獣だけならば、こうして殲滅が可能なのだ。
彼女が倒せないほどの強い魔獣はエルトが倒す。
もちろん、他の騎士たちはルーナやレヴァンが魔獣に襲われないように力を尽くす。
「ルーナ、あちらの空だ。あそこに大地の傷が見える。……いけるかい?」
「はい、レヴァン殿下。私は大丈夫です」
ルーナは空を見上げる。
そこには空に黒いヒビ割れができている。
大地の傷。リュミエール王国に異界から魔獣を呼び込む場所。
「──『聖守護』の光よ、大地の傷を癒し、浄化せよ!」
ルーナは光によって大地の傷を浄化し、正常に戻す。
こうしてルーナたち一行は、リュミエール王国が見舞われている災害を解決していった。
人々は、彼らの活躍を間近で目にする。
そう遠くない未来で予言の聖女アマネ・キミツカが視た未来は実現するだろう。
ルーナ・ラトビア・リュミエットは『救国の乙女』である、と。
そう人々に称賛されるのだ。
「はぁ……! みんな、お疲れ様! 今回も無事に済んでよかった!」
レヴァンが騎士たちを労い、無事を確認していく。
この旅を始めてから、彼らの一団から死者は出ていない。
仮に怪我を負ったとしても、それはルーナが癒してしまう。
「怪我をされた方はおっしゃってください。私が癒しますので」
結界、浄化、治癒。
三つの効果を内包する光の【天与】を授かった天子。
すでに同行していた騎士たちの間では、ルーナの評価はとても高かった。
レヴァンはルーナの仕事ぶりを眺めつつ、親友の姿を探した。
いつもそうだが、今回も最も危険な場所にいたのは彼の親友である騎士、エルトだ。
エルトならば大丈夫だという信頼はあるが、無理をさせている自覚がある。
もちろん、ルーナにも無理をさせていると思っているのだが。
「エルト、君は大丈夫かい? どこか怪我をしたならルーナに治癒してもらうといい」
「ん。問題ない。無傷だ。ラトビア嬢にはいつも部下が世話になっているな」
「あはは、無傷か。君は相変わらずだな」
『金の獅子』と呼ばれ、王国一の最強の騎士と謳われる親友。
レヴァンにとってエルトは誇らしい友人だった。
「それよりもレヴァン、大事な話がある」
「大事な話?」
いったい何事だろうか。
まさかあの大型魔獣に匹敵するような危険な事態が?
レヴァンはそう考えて真剣な顔つきになる。
だが、エルトの方はもう危険などないとばかりに剣を鞘に収めた。
そして。
「お前がクリスティナに贈ったことのない物を教えてくれ」
「……は?」
「彼女に何かを贈りたいのだが、あいにくと俺はライリーに武具を贈るぐらいしか女性にしたことがなくてな。いったい何を贈ればクリスティナが喜ぶのか。いや、喜ぶとしてもレヴァンと同じ物を贈るのは俺が気に食わん。それならばレヴァンが彼女に贈ったことのないものが、」
「ちょっと待って! エルト!」
レヴァンは親友の言葉を遮る。
「いったい何を言っているんだい、君は」
「クリスティナへの贈り物は何がいいかと」
「だから何を言っているんだ⁉」
「……なんだ、レヴァン。お前、まだクリスティナに未練があるのか。婚約破棄したのはお前だろう。未練がましいぞ」
「違う、そうじゃない! いや、それもあるけど!」
「あるのか」
「違う! エルト、クリスティナは僕の……」
「元婚約者だな」
「……そうだよ! 元婚約者だよ! その元婚約者に贈るプレゼントは何がいいかって僕に聞く⁉」
「お前が一番詳しいだろう」
「そうかもしれないけど! こう、なんか嫌だよ! 親友が元婚約者に言い寄るの!」
「ただの元婚約者だ、問題ない」
「問題ないけど、気持ちの問題だよ!」
レヴァンは声を張り上げ、親友の有様にあきれ、溜息をつく。
エルトは王都を追放され、西へと旅立ったクリスティナを追いかけた。
そして彼女と会い、剣を交え、その力を認めた。
……勝利したのはクリスティナだった。
レヴァンは親友であるエルトが負けたのを見たことがない。
もちろん幼い頃ならば大人の騎士に負けただろう。
だが、成長したエルトはレヴァンの知るかぎり敗北を知らない騎士だった。
そんなエルトがクリスティナに負けたのだ。
さらにそのあとに劇的な変化が起きた。
クリスティナとの決闘を終えたエルトは、彼女に想いを寄せ始めたのだ。
本人の言葉で好きだなんだとは、まだ聞いていない。
だが、誰が見てもわかるほどにクリスティナを気にかけて、戦闘以外では常に彼女が中心にあるとでも言わんばかりの態度だった。
「まさかエルトがここまでクリスティナに入れ込むなんて……」
レヴァンは複雑だった。
なにせクリスティナは彼の元婚約者なのだ。
それも嫌いになって婚約破棄したのではない。
聖女の予言を受けて、王族として必要だったから、仕方なくそうなった。
それがなければ、きっと今もまだクリスティナはレヴァンの婚約者のままだっただろう。
加えて、予言において彼女は『傾国の悪女』になるという。
もしそうなったなら、クリスティナを倒すのはきっとレヴァンやルーナ、エルトなのだ。
それなのに重要な戦力であるエルトがクリスティナに傾倒するのはいかがなものか。
一人の男としても、王太子としても、あまりにも複雑な感情。
だが、悩みの種である親友は、レヴァンの苦労など知らないとばかりに彼女への贈り物を考えている。
こんな状況、溜息をつくしかできないだろう。
「……僕がクリスティナに贈ったことがない物って言われてもね」
「何かないのか? 流石に王家の予算があればなんでも贈っていたか」
親友のために。
果たして本当にそうなのかは疑問が残るが。
真剣に考えるレヴァン。クリスティナに贈ったことがない物は……ある。
それもわかりやすい物で、贈り物に適した物だ。
「……僕はクリスティナに『宝石』を贈ったことがないよ」
「宝石?」
エルトはレヴァンを疑わしげに見る。
「婚約者だったのにか? 王子であるお前が、宝石を買えないということもないだろうに」
「それは、その」
「特別な事情があるのか?」
「……いや。彼女の家、マリウス家は『宝石の一族』と呼ばれているだろう?」
「ああ」
クリスティナの実家であるマリウス侯爵家は、宝石が多く採掘される領地を持つ。
家族間でも宝石を贈り合うような家門で、そのため『宝石の一族』とまで呼ばれている。
だからレヴァンは、クリスティナが『宝石など見飽きているだろう』と考えた。
そこで彼女には花を贈ったのだ。けれど。
『宝石じゃないのね』
クリスティナは悲しそうにそう返した。
どうしてそんな顔をされるのか、レヴァンは当時わからなかった。
心を込めて贈り物をしたはずなのに、むしろ彼女に悲しみを与えた。
あとに事情を調べて、クリスティナは家族から宝石を贈られたことなどなかったことを知る。
婚約者として、いずれは家族になる者として。
クリスティナはレヴァンから宝石を贈られることを期待していたのだ。
だが、クリスティナの言葉を聞いていた周囲が彼女を責めた。
『流石は宝石の一族ですわね。宝石しか目に入らないみたいですわ』
……そんな言葉で。
もし、これから改めて彼女に宝石を贈っても、クリスティナが傲慢にレヴァンに宝石をねだったことになってしまう。
それを避けるため、宝石を贈る機会を失い、先延ばしにして。
結局、二人の婚約は破棄されてしまったのだ。
レヴァンにとって苦い失敗の記憶だった。
あのあと注意して見れば、クリスティナは一度も宝石を身につけたことがなかった。
……持っていないのだ、彼女は。
マリウス家にとっての家族の証を、一つも。
それが彼女の家庭での境遇を示していた。
最初に贈る宝石は、二人にとって、きっと大切な物になる。
それを悟り、レヴァンは特別な日に、改めて彼女に似合う宝石を贈ろうと考えていた。
「……今となっては、もう遅いことだけど」
悔やんでも悔やみきれない苦い思い出。
けれど、結局はクリスティナとの婚約がなくなるのなら。
レヴァンが彼女に宝石を贈らなかったことはよかったのかもしれない。
彼女の大切な思い出を穢すことになるよりはずっとマシだろう。
「……そうか」
エルトはレヴァンの後悔に耳を傾ける。
「なら、誰よりも彼女を想いながら宝石を用意しなければな」
「エルト、君ねぇ。親友の苦い思い出を慰めるより自分の気持ちなのかい⁉」
「知らないな。後悔したなら、その気持ちを未来で活かすといい」
「くぅ」
レヴァンは王太子なのに、エルトは伯爵令息なのに。
二人はこんな風に気の置けない関係だった。
ルーナたちは王都を発って、そのままずっと各地域を巡るわけではない。
魔獣災害が起きる場所を『予言の聖女』アマネの予言を聞いて見極め、その地へ向かう。
そのため、何度か王都に戻る機会があった。
王都に戻ればルーナに待っているのは新たに【天与】を目覚めさせた者としての社交だ。
ルーナは今、実家であるラトビア男爵家ではなく王宮で暮らしている。
王宮に部屋を与えられ、婚約破棄したクリスティナの代わりにレヴァンの婚約者となるのではないかと噂されている。
もちろん、王宮に部屋を与えられているのは、王国の困難な状況を踏まえての処置だったが。
「貴方がラトビア男爵令嬢?」
「は、はい。マリウス侯爵令嬢……」
「ミリシャでいいわ。その呼び方って私、嫌いなの」
ルーナが呼ばれた王宮の中庭にある四阿では、数人の若い女性がすでに集まっていた。
一人はミリシャ・マリウス・リュミエット侯爵令嬢。クリスティナの妹。
一人はラーライラ・ベルグシュタット伯爵令嬢。エルトの妹である女騎士。
最後の一人は異界から現れた予言の聖女、アマネ・キミツカだ。
「うわぁ、ミリシャだわ……!」
「アマネ様? 失礼ですよ、侯爵令嬢に向かって」
「あ、ごめんなさい、その。つい感激しちゃって」
「感激? あら、予言の聖女様にそんなふうに言われるなんて嬉しいわ。なぜかしら?」
「あ、そのぉ……。ミリシャ、じゃなくてマリウス侯爵令嬢?」
「……ミリシャでいいですわよ。様をつけていただけまして?」
「じゃあ、ミリシャ……様! のことは私、前から知っているんで!」
黒髪の聖女アマネがそんなことを平然と言う。
「私を知っている?」
「はい! それにライリーも……」
「……貴方に『ライリー』呼びされる筋合いはありません」
ピシャリとラーライラが言い切る。
「あ、ごめんなさい」
「まぁ、ベルグシュタット嬢? 聖女様には寛容でいてあげませんと」
ラーライラは溜息を吐きだす。
あまり、この集まりに乗り気ではない様子だ。
「それで、どうして感激なのかしら? 聖女様」
「あ、それはですね。二人はルーナの『友達枠』なんです!」
「ちょっ……! アマネ様⁉ そんな失礼な!」
ルーナは焦る。なにせ、ミリシャもラーライラも身分が違うのだ。
たとえ【天与】を授かったとしてもルーナは男爵令嬢にすぎない。
少なくとも本人はそういう意識しか持っていなかった。
それなのに身分が上の二人相手に友達なんて、と。
「はぁ……。私たちがラトビア嬢と? それはまたどうしてかしら。その子は【天与】を授かったのですから、どちらかといえば……」
同じ【天与】持ちのクリスティナの方が。ミリシャはそう匂わせる。
以前までなら、さらに嫌みをつけ加えただろう。
『もっともクリスティナお姉様は貴方と違って【天与】を使えませんが』と。
だが、もうミリシャはそう言えなくなった。
クリスティナが【天与】を使いこなせるようになったと聞いているからだ。
ミリシャにとってクリスティナは目障りな存在だった。
家格でいえば、筆頭侯爵家を家に持つミリシャはレヴァンと婚約するにふさわしい女性だ。
だが、同じ家に姉であるクリスティナがいた。
さらに、あろうことかクリスティナは『怪力』の【天与】を発現した。
そのせいでレヴァンの婚約者という立場を長らく奪われていたのだ。
クリスティナが【天与】を使いこなせないことは、長くミリシャにとって救いであり、その立場を奪い返す、大切なことだった。
けれど、今やクリスティナは【天与】を自在に操るようになって。
もちろん、クリスティナが婚約破棄されたことはミリシャにとって、いい報せではあった。
けれど、クリスティナが王都に帰ってきた時はどうなるかわからない。
またクリスティナがレヴァンの婚約者に据えられてもおかしくないのだ。
「まぁ、えへへ、いろいろあるんですよねー」
「その『いろいろ』をぜひお聞きしたいところですわね」
ミリシャは、聖女の予言に興味があった。
なにせ、目障りな姉をこれ以上なく貶めたのは、他ならぬ目の前の聖女だったからだ。
「ええっと。ルーナには運命で結ばれる可能性のある男の人がたくさんいるんですよ」
「まぁ! それってつまり?」
「ち、違います! 私は複数の男性なんて望んでいません! アマネ様、その言い方はやめてほしいと言っているじゃないですか!」
「あ、ごめん、ごめん、ルーナ。違うんですよ。ルーナは一途なんです。ただ運命に翻弄されるポジションっていうか」
アマネは軽々しく言ってのける。
「ええと、とにかくですね。ルーナと結ばれる可能性の高いイケメンはですねぇ」
「いけ……?」
「レヴァンにエルト! リカルド、そしてカイルが最有力なんです!」
「……なんですって? お兄様を? ラトビア嬢、貴方……」
「それも違います!」
「まぁ。……リカルドお兄様も候補なの? それはまた」
「それも誤解なんです! アマネ様、お二人のご家族や王太子殿下が相手ですよ⁉」
王太子、侯爵令息、伯爵令息だが王国一の騎士。
あまりにも身分違いの相手たちにルーナは困惑するしかない。
ただ、ルーナはまだ自覚していなかった。
救国の旅を続ける中で、彼女がだんだんと一人の男性に惹かれ始めていることを。
「……そのカイルというのは?」
「それはぁ。あ、これは流石に言ったらまずいかも」
「なんですか、それは」
「ええと、王家の……重要な役職で、でも秘匿事項なんですよねぇ」
「秘匿事項って」
「アマネ様! 滅多なことを言わないでください!」
「仕方ないじゃない! 説明するのに避けては通れないっていうか。メインヒーローの一人だし、この集まりがなんでルーナの友達枠なのかの説明にも関わってくるんだもん!」
「ふぅん。その説明をしてくださる? 聖女様」
ルーナは不満に思うが、しかし侯爵令嬢の意向には逆らえない。ただルーナは思う。
姉妹で同じ侯爵令嬢なのに、クリスティナとミリシャは大きく違う印象だと。
「レヴァン、エルト、リカルド、カイルはルーナのお相手役としてメインで、一番可能性の高いメンバーなの。それで彼らにはライバルヒロインに近い女性がいてね。それが全員、妹キャラなんですよ。ライバルであり、ルーナの友達になるの。レミーナ、ミリシャ、ラーライラ、それと」
アマネはもったいぶって続ける。
「──セシリア。王家の影、暗殺ヒーロー、カイルの妹です!」
アマネの発言にその場の全員が驚く。驚いた理由はそれぞれだ。
「貴方、レミーナ王女様を呼び捨てにするのだけはやめなさい。私たちほど寛容ではないわよ」
「あ、ごめん……」
「まぁ、個人的には気に入らない相手だけど」
「あはは、やっぱりレミーナってエルト大好きって感じ?」
「そんなことよりも王家の影について知っているの? 聖女様は」
「アマネ様……あまりにも」
「あ! 言っちゃった! でも、メインヒーローの一人だからさぁ」
「……口を慎むことを覚えた方がいいわね。いくら予言の聖女とはいえ。貴方でなければ許されない発言よ」
そうアマネを注意しながら、ミリシャは聖女の予言が利用できないかと考える。
王家の影、暗殺者。もし、それを利用できれば?
目障りな姉が王都に帰ってくる前にどうにかできてしまうかもしれない、と。
ミリシャはそう考えて、ひっそりと微笑んだ。




