26 天へ昇らせるパンチ
「……ありがとうございます」
目を覚ました荷運びの男性の礼を受け取り、彼の事情を聞く。
街道沿いにある中継点の店に荷を運んでいる途中だったらしいわ。
護衛もなしに? と思ったけど、男性は日雇いの労働者だった。
ただ盗賊団に襲われた記憶はないみたい。
突然、後頭部に衝撃を受けて気絶した、と。
「あ! もう一人いませんでしたか⁉」
「もう一人? 男が倒れていましたが、そちらは知り合いでしたか?」
「男? いえ、違います。女性です、メイドの女性」
「メイド?」
私は首を傾げる。
「はい、メイド服を着ている、若い女性です」
「貴方が雇ったメイドですか? それとも貴方の雇い主が?」
「いえ、その。どうも働いていた場所から逃げてきたらしくて……。それで道中、同行することになりまして……成り行きで。名前も知らないままでして」
「まぁ、そんなことが?」
じゃあ、その女性って盗賊に誘拐された? 邪教の仕業じゃないわよね?
「少し急いだ方がいいかもね!」
とりあえず荷運びの男性はもう大丈夫そうとして、街に行かせた。
メイド服の女性のことは私たちがなんとかすると約束してね。
あとは残された男の方。荷運びの彼とは知り合いじゃなかった。
となると、やっぱり盗賊団の一味かしら。
尋問ぐらいしておきたいところだけど、女性が誘拐されて窮地らしいから、そちらを優先して男は放置する。
盗賊団のアジトらしき場所の近くまで馬で移動してから、リンディスは透明化の魔術で姿を隠す。
「じゃあ、私が暴れるから、その間にリンディスは救出ね!」
「この役割分担も本当にどうかと思うんですよ、お嬢が危ないです」
「でも適材適所でしょう?」
リンディスは姿を隠せる。
私は『怪力』と『毒薔薇』で派手に暴れられる。
なら、この布陣が正解だと思うわ!
「それにリン。あいつらのアジトにいるわ、ヨナに取り憑こうとした気配が」
「例の光の塊、人の魂のような、意思のあるなにかですか?」
「ええ、あいつよ。なんだかモヤッとした感じが似ているの」
「なぜ盗賊団のアジトに?」
「さぁ。わからないけど、私の『予言』の内容を組み合わせると」
あの光の魂……もう『人魂』でいいわね!
人魂は意思を持っていた。そしてヨナに取り憑こうとしていた。
たぶん、『予言』の世界の中で、ヨナの姿をしながらヨナじゃない喋り方をしていたアイツの正体だと思う。
それを私が追い払ったから、あの光景のようにはならなくなった。
その代わり、もしかしたらシルバって盗賊に取り憑く先を変えた、とか?
そうじゃないと『予言』の【天与】は私にあれらの光景を視せないと思うのよね。
【天与】は女神からの授かりもの。
とくに『予言』なんて他と違って自在に操れないし、啓示的な意味を強く感じる。
「……ってことだと思うんだけど!」
「お嬢の勘は当たりますからねぇ。しかも【天与】を踏まえてとなると。人魂の正体は魔獣というより、本当に人間の魂なんでしょうか」
「そうね。魔獣というより人間って感じがした。雰囲気が一番似ているのは……アマネ?」
「予言の聖女に似ている? 聖女が暮らしていた異界の人間の魂ということでしょうか」
「わからない。でもヨナのことを知っていて取り憑こうとしていたから。アマネと同じ予言書を読んでいたとか、そういう奴ってことじゃない?」
「異界では気軽に予言書を読めるのでしょうか」
「うーん……。なんかアマネって、ただの女の子って感じするのよね。聖なる女性って気がしないのよ。私が言っても説得力はないんでしょうけどね」
「いえ、私はお嬢の考えを信じますよ」
「リンならそう言うと思ったわ!」
アマネは異界では普通の人間だった。
予言書とやらは誰でも気軽に? 読めそう?
あの黒い板さえ見られればいいのよね。
じゃあ、アマネと一緒に見たことがあるとか。
それとは別に邪教のアジトでヨナのことを聞いていた、とか?
元々、ヨナは邪教に〝邪神の器〟とやらにされそうになっていたんだもの。
「邪神の端末、切れ端のようなものであると?」
「あり得るかもね! ぶん殴った時に邪神の身体の一部を逃したのかも!」
「……ということは、アレは異界の人間の魂の集合体である可能性が……?」
「うぇぇ……」
「お嬢、はしたない」
リンディスが変なこと言うからじゃない!
私、触っちゃったわよ! 殴った!
「予言の聖女は、もしかして彼らの仲間のはずが間違った場所に降り立った、と」
「証明なんてできなそうな説ね!」
人魂について、ああだこうだとリンディスと言い合っていた。そこで。
ドォオン!
……という大きな音が鳴り響いた。
私とリンディスは顔を見合わせる。
「……今の音は?」
「わからないけど、なにかあったのは間違いないわね!」
音のした方へと近寄った私たちはその惨状を目撃する。
「ぎゃあっ!」
「お嬢!」
吹っ飛んでくる人からリンディスが庇って私を避けさせる。
「ありがとう、リン」
「いえ、今のはいったい?」
「人ね! あ! あいつ、ゴルドって奴よ!」
「ええ……?」
吹っ飛んできた男を確認すると『予言』で視たゴルドの姿と同じだったわ。
気絶しているみたいだけどね!
「なんで吹っ飛んできたのかしら」
ぶん殴る奴が一人減っちゃったわ。
「どうやらよくないことが起きていますね。お嬢、どうしますか?」
「メイドの子を助けなくちゃね!」
「……そうですよね」
ゴルドが吹っ飛んできた先にはビリビリとした嫌な気配が漂っていた。
人魂の嫌な気配と、それだけじゃなく邪神と似たような気配もある。
私たちがその場に辿り着いた時に見たのは。
「セシリア! お前も俺と同じなんだろぉ⁉」
「ぐっ……な、なぜ私の名前を……」
野外で、男……シルバがメイド服を着た女性の襟首を掴み、捻りあげている。
片手でそれをやっているから相応の筋力があるみたい。
シルバの周囲にはゴルドと同じように倒れた男たち、おそらく盗賊団員たちね。
メイド服の女性、セシリアと呼ばれた彼女は苦しげに呻く。
「──『毒薔薇』の【天与】よ! 咲き誇りなさい!」
「……!」
「なっ⁉」
私は薔薇を咲かせ、セシリアをシルバから解放する。
「リン!」
「御意!」
リンディスにセシリアを救助させ、私は薔薇を操作してシルバを追い払った。
「これは……!」
「フフン! そこまでよ、シルバ!」
私は腕を組んで偉そうに登場してやったわ!
「あ、悪役令嬢……⁉」
はぁん? なんて?
明らかに私に向かって漏らした言葉に私は眉根を寄せる。
「なんでここに! セシリアといい、こんなに早くルーナが出てくるのかよ!」
「ルーナ様も知っている? アンタ、なに?」
「おい、セシリア! お前もこいつも『転生者』か⁉」
テン、なに? よくわからないけど。
今はそういう場合じゃないみたい。
なにせ、シルバの右腕から邪神の触手のような黒いモヤっとしたものが生えていたの。
あれがパワーを持っていてゴルドや盗賊団員を吹っ飛ばしたみたいね。
「くそ、なんとか言えよ! どいつもこいつも俺様の邪魔をしやがって!」
その声はシルバのものに別の声が重なっているように聞こえた。
たぶん、あの時の人魂の声で間違いない。
「アンタ、ヨナに取り憑こうとした奴でしょ。今度はそのシルバに取り憑いたのね!」
「なっ……。あっ! お前、俺を殴ったあの時の! 悪役令嬢だったのかよ!」
あの状態で私の姿がきちんと見えていたのね! 人魂の不思議!
「だったらなんだっていうの?」
「くっ……」
あくまで堂々と話す私に、シルバはジリジリとあとずさる。
私を脅威と認識している様子ね。まぁ、『毒薔薇』を見せたからね!
「あ、あんたも俺と同じ転生者か……? こんな場所に出てくるなんておかしいだろ?」
「そのテンセイシャってなに? 邪教の関係?」
「しらばっくれるのかよ!」
知らないから聞いているんだけど!
まぁ、様子がおかしいし、邪神に取り憑かれているようなものだし。
「よくわからないけど……殴ったらどうにかなるわね!」
「は⁉」
私は拳に力を込める。
『怪力』の【天与】が光となって纏われるわ!
「さらにオマケよ! 『浄化薔薇』!」
浄化の効果を持つ、光る黄金の薔薇を咲かせてシルバを拘束する。
「ぎゃああああ! 痛いっ、痛っ……なんだこれ、俺様が……消える⁉」
あら、とっても効果あり。
浄化の薔薇は、邪神の身体を溶かして蒸発させたことがある。
似たようなことになっているのかしら。
「じゃあ、この拳も効くわね!」
「待て、待ってくれ! 俺様はまだなにもしていなっ……」
「──フンッ!」
ドゴォ!
「げぼぉ!」
思いきりシルバのお腹を殴り、手応えを感じる。
シルバに取り憑いていたらしい人魂を、シルバの身体から追い出すほどに。
『うわぁああ! ちくしょう、なんてことしやがる! 身体が、俺様の身体が!』
人魂が声を荒らげる。
シルバの身体の方はそのまま崩れ落ちた。
日頃のスリやらなにやらはともかく、こいつも今回は被害者みたいね。
まぁ、ルーナ様にはおすすめしないけど!
『くそぉお、こうなったら……俺様が悪役令嬢になってやる!』
よくわからないんだけど……。とりあえず。
「気持ち悪い!」
バチィン! と音を立てて、人魂を【天与】の光を纏った拳で殴り上げる。
『ぎゃあああああ!』
人魂は高く空へと打ち上げられて。
「あっ」
空に異界の穴……『大地の傷』が開いた?
でもヒビ割れというより、綺麗な穴みたいに。
人魂はその穴に吸い込まれていく。
『うわぁあ! 俺は! 俺はヨナだぞ! 俺がヨナに転生する……話がおかしくなるだろうが……』
そんな意味不明な言葉を残して人魂は穴の向こう側へ。
そのあと、すぐに空に開いた穴は塞がったわ。
何かしら、あれ。『大地の傷』ってあんなに綺麗に開くものなのね。
どちらかといえば、私が開いた……?
「ま、何はともあれ、これで解決ね!」
メイド服を着たセシリアって女性も助けられたし、これで万事オッケーね!




