表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/19

15 エルトとの決闘

 私は剣を振り被った状態に構える。

 ここ数日程度だけれど、リンディスに剣術を習ったの。

 振るう剣は、『怪力』の天与で強化された身体能力を活かした、私だけの剣。

 それは当然……一撃必殺の剣よ!


「上段か」


 構えた状態に、私の身体全体が淡く光を帯びてくる。


「【天与】の光……」

「言っておくわよ、騎士様。私、ただの女より、ずっと凄い力が出せるんだから。油断していたら、貴方の首を切り落としてしまうかもしれないわ!」


 黒衣の騎士様に警告する。この力で剣を振るうと、流石に冗談じゃ済まないもの。

 私の【天与】は、魔獣に振るう時と、人に振るう時で差が出る。

 殴るだけなら、ギルドで打ち倒した男たちみたいに死なせずに済むのよね!


「心得た。俺もまた全力でお前を降そう、クリスティナ。お前も油断をするな。俺の剣がお前を切り殺してしまう。……だが、ここで俺に殺されるなら『傾国』などと汚名を被る事もあるまい。それもまた、お前の名誉を守る事になるだろう」


 死んで名誉を守れ、って? それは……ケースバイケースね!

 私だって、今の私の意識が死んで、民草に害を為す『傾国』になり果てるならね!

 その時は、彼の手に掛かって死ぬのも悪くないわ。


「お前は、正々堂々とした決闘によって誇り高く死を迎える。それをレヴァンや王に、この俺が伝えよう。クリスティナは気高き女であったと」

「ふふ、ありがとう。ベルグシュタット卿。でも、私が死ぬのは今日ではないわ」


 彼から威圧的な空気が発されている。これが殺気なのかしら?

 本物の騎士様は、やっぱり違うわね!

 これは、本当の『死合い』なのだろう。でなければ意味も無い。

 私は、私の本気を彼にぶつける。彼は、それを全力で迎え討つ。それでいい。


 そして、決闘の開始合図は、『姫騎士』ラーライラが。


「……始めっ!」


 その掛け声と同時に私は駆ける。対して、彼は『待ち』の姿勢。


「速いっ……」

「フンッ!」


 一切の容赦を捨てて、私は剣を振り下ろした。彼が躱すか受けられる事を信じて。


「だが!」


 黒衣の騎士が振るう剣が、私の『剣』を一閃する。

 ──バキンッ!


「っ……!」


 武器の破壊だけを目的とした一振り。ああは言っても、私を殺す気なんて彼には無いのね。

 私の鉄の剣が真っ二つに折られて、折れた刀身が宙を舞う。


「終わりだ。クリスティナ」

「さすが、エルト兄様です!」


 たしかに騎士同士の決闘であれば、これで決着だろう。なにせ私は剣を折られた。

 でも、ここまでは……想定内よね!

 今の私の『強み』は何だと思う? 一撃必殺の剣? それは違うわ! 私の武器は!


「まだよ!」

「は?」


 駆けた勢いを殺さないまま、折れた剣の柄を放り投げ、拳で黒衣の騎士に殴り掛かる!

 今の私の武器は『怪力』の天与!

 即ち、それだけで大木すら、へし折る『拳』そのもの!


「──フンッ!」


 バギィ! と。彼の顔面をぶん殴ってやったわよ! そして畳み掛けるわ!


「ぐっ!?」

「はぁああああああ!!」

「くっ……!?」

「流石、噂の『金の獅子』様ね!」


 一撃を喰らって、体勢を崩したのに、彼は尚も次の攻撃を避け、防御してくる!


「お返しよッ!」


 ──バギンッ! と、彼が手にしていた高そうな剣の刀身を拳で砕く!


「なっ……!」

「ちょっと、クリスティナ! もう勝負は付いたはず、」

「私の『力』が見たいなら! 剣を折って、そこで終わりなワケないでしょう! 私の力は、騎士の研鑽の成果じゃない! 授かったに過ぎない、この『怪力』の天与なんだから!」


 だったら、私が彼に見せるべき実力は、この【天与】を如何に使いこなせるかよ!


「っ……! その、通りだ……っ!」


 剣を折られても挫けず、徒手空拳に陥らされても彼は身構えた。


「いい根性ね! エルト・ベルグシュタット! 嫌いじゃないわ!」


 ドゴッ! ダンッ、ゴンッ!


「ぐっ、一撃が重い……! ぐぅう!」


 一撃ごとに彼の身体が強引に後退していく。

 後手に回って防御一辺倒になった彼は、ただ私の連打を耐えるしかない。


「はぁああああッ!」


 私の拳が、彼の防御する腕を弾いて、そこに隙が生まれたわ!


「──フンッ!」

「ぐっ!!」


 彼の顔に拳が当たる! そして!


「はぁああああああッ!」

「がっ、ぐっ、ぐぅ!」


 何度も! 何度でも! ぶん殴るわ!

 殴って! 殴って! 殴るわよ!!


「エルト兄様ーっ!?」

「ぐっ、ま、待て……俺の負け、を、認める……!」


 私は、その言葉に彼を殴るのを止めた。

 男らしいわね! 潔く負けを認めるなんて! 気絶するまで殴るとこだったわ!


「ぐっ……」

「エルト兄様ぁ!」


 兄に駆け寄る『姫騎士』ラーライラ。感動的な光景ね!


「フフン! やったわよ!」


 私はリンディスに向かって満面の笑みを浮かべて、拳を振り上げたわ!


「……どうして、こうなったんですかね。王妃教育の果てが……これですか」


 リンディスは、また遠い目をしていたわ。

 何よ! 勝ったんだから、ちゃんと褒めなさいよね!



 ◇◆◇



「……負けたのか、この俺が。決闘で……」

「くっ。エルト兄様が負けるなんて。成長されてからは一対一で負けた事などなかったのに!」


 ラーライラに介抱されながら、放心しているらしい騎士様。

 今まで負けなしだったの? そう言えば、そんな噂を聞いた事もあったっけ。

 それぐらいの実力が無ければ『王国一』や『金の獅子』なんて呼ばれないわよね!

 でも、だったら、私は彼に掛けなければいけない言葉があるわ。


「一つ、言っておくわね! エルト・ベルグシュタット!」


 私は、彼の前に腕を組んで堂々と立つ。


「『ただの人間』として、私は到底、貴方には勝てないわ! 貴方が磨いてきた騎士としての腕前は、ただの令嬢に劣るようなものでは決してない!」


 彼を心配して抱え起こしているラーライラが、私を強く睨み返してくる。

 慕っている兄が負けて悔しいのね。うん、まっすぐで嫌いじゃないわ!

 対して彼の方は、私を見上げていた。その表情から感情は読めないわね。


「私は【天与】という授かった力を振るっただけよ。今回は、とても公平な決闘とは言えなかった。今の私に負けたからって気落ちしない事ね! 私は、研鑽と鍛錬を蔑む気は、ないんだから!」

「……、……そう、か」


 鼻息荒く、私は彼にそう諭した。ええ、彼の騎士として捧げた時間を、私は見下さない。

 それはね。だって違うと思うもの。


「私がおかしいだけだから! 貴方が王国一の騎士である事は変わりないわ!」

「……ふ。はは。ははは……!」


 私が言い切ると、何故か彼が笑い始めたのよ。え、なんで?


「そうか。……俺は、負けたのだな」


 うん? ちゃんと私の言いたいこと、伝わっているかしら?


「実力で負け、心でも負けたか。フ……。なんという事だ。これが敗北、か……。存外、悪くない」

「え、エルト兄様?」

「ちょっと。私の言いたいこと、きちんと分かっている?」

「分かっているとも。だが、クリスティナよ。俺は、お前の戦い方を否定しない。剣だけでの戦いであった方が不公平だった。お前は、これから……その力で、魔獣の群れと戦うのだろう?」

「まぁ、それが王命ね!」

「ああ。ならば尚のこと騎士道などとは無縁の立ち振る舞いとなろう。……であれば、あれでいい。魔獣は、相手の命を奪う事を躊躇ってなどくれない。剣を折った程度で、決着が着いたと思った俺の間違いだ。お前の戦場において、そんな油断は許されん。だからこそ、お前の戦い方は、正しい」


 あら、とっても話の分かる騎士様ね。そういうの好きよ、私。


「故に、今回の決闘は、俺の完全な敗北だ。クリスティナ・マリウス・リュミエット」


 彼はフラフラとしながらも根性で立ち上がり、私に向かって笑った。

 ボコボコに腫れた顔で。……私に沢山、殴られたから。締まらないわね!


「よく立てるわね!」

「お前が殴ったのは、ひたすら顔だけだ。足腰は、まだ立つ……」


 フラついているけど。それでも強がるの。男の子ね!


「エルト兄様のご尊顔を!」


 ラーライラは、兄と違って納得できていないのか。突っかってくるわ。


「クリスティナ。お前の実力は確かなものだった。……だが、慢心はするな。【天与】に頼った戦い方だけでは常勝は望めない。そして相手が魔獣であれば、それは、お前の『死』を意味する」

「……そうね」


 人相手だから決闘は終われるけど。魔獣相手は、とことんまで命の奪い合いだもの。

 油断は禁物。それは分かるわ。


「魔獣相手に騎士道精神など要らない。罠だろうが、魔術だろうが何でも使え。そして」

「そして?」

「……生き残れ、クリスティナ。俺は、お前が死んで居なくなるのは……『嫌』だ」

「うん?」

「え、エルト兄様?」


 私は、ちょっと、よく分からなくて首を傾げたわ。


「お前は、初めて俺を負かした女だ。俺の、初めての、女だ」

「……エルト兄様?」


 何かを噛み締めるように、彼は頷き、そして私を熱く見つめてくる。

 私は、別にそれが嫌じゃないから見つめ返した。んん? 何?


「それは、武功と認めても良いだろう。それで『傾国』でなくなるとは言わないが」

「それはそうね!」

「……思えば、これから魔獣討伐で『武功』を立てれば、余計に危険視される気がするな」

「……それもそうな気がするわね!」


 あれ? 魔獣の群れを倒せるほど戦えたら、それが『傾国』の実力ありって事になる?

 そして、だから私は『傾国の悪女』よ、って?

 ……罠! 聖女の罠! アマネめー。

 どうすればいいのよ。戦わなくてもダメ、戦ってもダメってこと?


「もしも、お前が武功によって貴族に取り立てられた、ベルグシュタットのような家の者であれば。その戦いは、正当な評価を下されるだろう」

「たしかに武家出身なら、魔獣相手に暴れ回っても肯定されるでしょうね!」

「……エルト兄様?」


 残念ながらマリウス家は、鉱山と肥沃な大地で豊かな資産家系貴族だけど!


「クリスティナ」

「なぁに?」

「俺の事は……『エルト』と呼べ」

「いいわよ? エルト」

「ちょっ……」


 私は、呼べと言われたから彼のことを、あっさりとエルトと呼んだ。

 ラーライラが横で何故か絶句しているけど。


「お前の事は、初めから美しい女だと思っていたが」

「フフン!」


 そう、私は美しいらしいわ。とっても! フィオナ談。


「他の令嬢たちが花壇に植えられ、育った花々ならば。お前は、野に咲き誇る薔薇のようだ」

「そう?」

「なっ……! エルト兄様!?」


 私の真っ赤な髪や瞳が薔薇みたいって言いたいのかしら?

 まぁ、悪くない例えね! アマネなんて『血のように』とか言ったからね!

 ……やっぱり、アマネの言い方は酷くない?


「クリスティナよ。お前は、」

「エルトお兄様? ちょっと待ってくださいます?」

「……なんだ、ライリー。さっきから」

「おかしくありませんか? エルト兄様は、この野蛮な女に何を言おうとされていますか?」

「どうした、ライリー。何を怒っている?」


 ラーライラは、さっきから、ずっと怒っているわよね!

 リンディスは何故か言葉を失っているけど。


「エルト兄様は、マゾなんですか?」

「……お前は何を言っているのだ」


 そうね。何を言っているのかしら。


「そちらの。リンディス様でした? ちょっと、エルト兄様は頭に血が昇って、おかしな事を考えているみたいなの。今日は、ここで解散。クリスティナを下がらせて貰える?」

「御意」

「ちょっと!」


 なんでリンディスがラーライラの言う事を素直に聞くのよ!

 今、アイコンタクトで頷き合っていたわよね!


「いつからライリーは、そちらの従者と視線で通じ合う仲になった?」

「ご自身の胸に手を当てて聞いてくれますか? ……いえ、聞かなくていいです。勘違い! 勘違いですから! エルト兄様の勘違いです!」

「何の話だ。おい、ライリー」


 エルトが、ラーライラに引っ張られていく。私の方は、リンディスに腕を引かれたわ。


「何よ、リン」

「ささ、お嬢。決闘は終わりました。速やかに、ここを離れますよ」

「は? ちょっと。別にいいけど!」


 今、すっごく話の途中じゃなかった? まぁ、いいんだけどね!


「待て、クリスティナ」

「エルト兄様。お身体に障りますから」


 エルトは、かなり強めにラーライラに腕を引っ張られているけど。

 それでも踏み止まって私に声を掛けた。


「ライリー」

「はい、エルト兄様!」

「お前の剣を譲って貰えるか?」

「え? ……ああ、エルト兄様の剣は折られてしまいましたからね。もちろん、良いですよ」


 ラーライラが剣帯ごと、その剣をエルトに渡した。


「クリスティナ。お前の剣を折った詫びだ。これより戦地に赴くお前には必要だろう。受け取れ」

「なっ……!」


 そして、エルトは、剣帯と鞘ごとラーライラの剣を私に放り投げた。私は、それを受け取る。


「エルト兄様!」


 ラーライラは不服らしいけど。


「……貰ってもいいの?」

「ああ。魔獣の群れと先に戦うのは、お前の方だからな。アルフィナで待っていろ。いずれ、俺も、かの地に駆けつける」

「そうなの?」

「ああ、今、そう決めた」


 いずれ来るらしい後発部隊に志願するのかしら?

 たしかにエルトほどの騎士が来てくれるなら有難いけど。

 でも、他の場所は大丈夫なのかしら、それ。実力者が欲しいのは騎士団だって一緒だと思うわ。


「エルト兄様!」

「……ライリーの剣は、魔法銀で出来ている特注品だ」

「魔法銀?」


 私は首を傾げて、受け取った剣を鞘から抜いて見た。

 銀色なのは分かるけど、他に何かあるのかしら?

 そう疑問に思っていたら、リンディスが補足してくれたわ。


「特定の魔術を込めた銀の剣ですね。王宮お抱えの魔術使いが作ったのでしょう」


 つまり、魔族の誰かが作った剣ってこと? まぁ、凄いじゃない!


「そうだ。銀には魔を払う効果があると言われている。その剣は頑丈に出来ているし、魔獣を斬るには役立つだろう。お前の旅には、ピッタリの剣のはずだ」

「ピッタリなのは私ですよ、エルト兄様!」


 まぁ、これ。ラーライラの剣だものね!


「ふぅん。ありがとう! 大事に使うわね! エルト、ラーライラ!」

「ああ。そうしてくれ」


 折れた鉄の剣の代わりに『魔法銀の剣』を手に入れたわ! フフン!

 ちなみにラーライラは『ガルルゥ』と魔獣もかくやという唸り声を上げている。

 それでも可愛い。流石は『姫騎士』ね!


「クリスティナ。戦うお前は、強く美しかった。お前が王妃になどならず、戦場を駆けると言うのなら。……俺には、その方が、お前に似合っているとさえ思えたぞ」

「そうね! 私もそう思うわ!」


 やっぱり話の分かる騎士様ね、エルトは!


「お前の隣に立つ男は、レヴァンのような王子より、」

「エルト兄様! 何を言う気ですか?」


 レヴァンより、何? 私は首を傾げる。


「まぁ、この剣は有難く貰っていくわね!」

「ああ。そうしてくれ、クリスティナ。……また会おう。必ず」

「ええ! また、どこかで! エルト!」


 そうして騒がしい兄妹は、騒がしいまま私の前から去っていったの。

 まぁ、アレよね。本当、私が『傾国の悪女』になんてなるのなら……。

 きっとエルトが殺してくれるわ! だから、私が民草を傷付けることはない。

 そう思うと、なんだか清々しい気持ち。

 私がどうあったって、アマネの予言なんてクソ喰らえ、なんだから!


「……改めて言いますが。エルト兄様はマゾなんですか?」

「だから何を言っているのだ、ライリー」


 本当、最後まで変な兄妹だったのよ!


明日、12時に次話を投稿します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] おお!クリスティナ、罪な女ですね。ニヤニヤしてしまいました。そして一瞬で分かり合うリンディスとラーライラも良いです。 [一言] こちらが面白くてリメイク前も読み始めてしまいました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ