15 エルトとの決闘
私は剣を振り被った状態に構える。
ここ数日程度だけれど、リンディスに剣術を習ったの。
振るう剣は、『怪力』の天与で強化された身体能力を活かした、私だけの剣。
それは当然……一撃必殺の剣よ!
「上段か」
構えた状態に、私の身体全体が淡く光を帯びてくる。
「【天与】の光……」
「言っておくわよ、騎士様。私、ただの女より、ずっと凄い力が出せるんだから。油断していたら、貴方の首を切り落としてしまうかもしれないわ!」
黒衣の騎士様に警告する。この力で剣を振るうと、流石に冗談じゃ済まないもの。
私の【天与】は、魔獣に振るう時と、人に振るう時で差が出る。
殴るだけなら、ギルドで打ち倒した男たちみたいに死なせずに済むのよね!
「心得た。俺もまた全力でお前を降そう、クリスティナ。お前も油断をするな。俺の剣がお前を切り殺してしまう。……だが、ここで俺に殺されるなら『傾国』などと汚名を被る事もあるまい。それもまた、お前の名誉を守る事になるだろう」
死んで名誉を守れ、って? それは……ケースバイケースね!
私だって、今の私の意識が死んで、民草に害を為す『傾国』になり果てるならね!
その時は、彼の手に掛かって死ぬのも悪くないわ。
「お前は、正々堂々とした決闘によって誇り高く死を迎える。それをレヴァンや王に、この俺が伝えよう。クリスティナは気高き女であったと」
「ふふ、ありがとう。ベルグシュタット卿。でも、私が死ぬのは今日ではないわ」
彼から威圧的な空気が発されている。これが殺気なのかしら?
本物の騎士様は、やっぱり違うわね!
これは、本当の『死合い』なのだろう。でなければ意味も無い。
私は、私の本気を彼にぶつける。彼は、それを全力で迎え討つ。それでいい。
そして、決闘の開始合図は、『姫騎士』ラーライラが。
「……始めっ!」
その掛け声と同時に私は駆ける。対して、彼は『待ち』の姿勢。
「速いっ……」
「フンッ!」
一切の容赦を捨てて、私は剣を振り下ろした。彼が躱すか受けられる事を信じて。
「だが!」
黒衣の騎士が振るう剣が、私の『剣』を一閃する。
──バキンッ!
「っ……!」
武器の破壊だけを目的とした一振り。ああは言っても、私を殺す気なんて彼には無いのね。
私の鉄の剣が真っ二つに折られて、折れた刀身が宙を舞う。
「終わりだ。クリスティナ」
「さすが、エルト兄様です!」
たしかに騎士同士の決闘であれば、これで決着だろう。なにせ私は剣を折られた。
でも、ここまでは……想定内よね!
今の私の『強み』は何だと思う? 一撃必殺の剣? それは違うわ! 私の武器は!
「まだよ!」
「は?」
駆けた勢いを殺さないまま、折れた剣の柄を放り投げ、拳で黒衣の騎士に殴り掛かる!
今の私の武器は『怪力』の天与!
即ち、それだけで大木すら、へし折る『拳』そのもの!
「──フンッ!」
バギィ! と。彼の顔面をぶん殴ってやったわよ! そして畳み掛けるわ!
「ぐっ!?」
「はぁああああああ!!」
「くっ……!?」
「流石、噂の『金の獅子』様ね!」
一撃を喰らって、体勢を崩したのに、彼は尚も次の攻撃を避け、防御してくる!
「お返しよッ!」
──バギンッ! と、彼が手にしていた高そうな剣の刀身を拳で砕く!
「なっ……!」
「ちょっと、クリスティナ! もう勝負は付いたはず、」
「私の『力』が見たいなら! 剣を折って、そこで終わりなワケないでしょう! 私の力は、騎士の研鑽の成果じゃない! 授かったに過ぎない、この『怪力』の天与なんだから!」
だったら、私が彼に見せるべき実力は、この【天与】を如何に使いこなせるかよ!
「っ……! その、通りだ……っ!」
剣を折られても挫けず、徒手空拳に陥らされても彼は身構えた。
「いい根性ね! エルト・ベルグシュタット! 嫌いじゃないわ!」
ドゴッ! ダンッ、ゴンッ!
「ぐっ、一撃が重い……! ぐぅう!」
一撃ごとに彼の身体が強引に後退していく。
後手に回って防御一辺倒になった彼は、ただ私の連打を耐えるしかない。
「はぁああああッ!」
私の拳が、彼の防御する腕を弾いて、そこに隙が生まれたわ!
「──フンッ!」
「ぐっ!!」
彼の顔に拳が当たる! そして!
「はぁああああああッ!」
「がっ、ぐっ、ぐぅ!」
何度も! 何度でも! ぶん殴るわ!
殴って! 殴って! 殴るわよ!!
「エルト兄様ーっ!?」
「ぐっ、ま、待て……俺の負け、を、認める……!」
私は、その言葉に彼を殴るのを止めた。
男らしいわね! 潔く負けを認めるなんて! 気絶するまで殴るとこだったわ!
「ぐっ……」
「エルト兄様ぁ!」
兄に駆け寄る『姫騎士』ラーライラ。感動的な光景ね!
「フフン! やったわよ!」
私はリンディスに向かって満面の笑みを浮かべて、拳を振り上げたわ!
「……どうして、こうなったんですかね。王妃教育の果てが……これですか」
リンディスは、また遠い目をしていたわ。
何よ! 勝ったんだから、ちゃんと褒めなさいよね!
◇◆◇
「……負けたのか、この俺が。決闘で……」
「くっ。エルト兄様が負けるなんて。成長されてからは一対一で負けた事などなかったのに!」
ラーライラに介抱されながら、放心しているらしい騎士様。
今まで負けなしだったの? そう言えば、そんな噂を聞いた事もあったっけ。
それぐらいの実力が無ければ『王国一』や『金の獅子』なんて呼ばれないわよね!
でも、だったら、私は彼に掛けなければいけない言葉があるわ。
「一つ、言っておくわね! エルト・ベルグシュタット!」
私は、彼の前に腕を組んで堂々と立つ。
「『ただの人間』として、私は到底、貴方には勝てないわ! 貴方が磨いてきた騎士としての腕前は、ただの令嬢に劣るようなものでは決してない!」
彼を心配して抱え起こしているラーライラが、私を強く睨み返してくる。
慕っている兄が負けて悔しいのね。うん、まっすぐで嫌いじゃないわ!
対して彼の方は、私を見上げていた。その表情から感情は読めないわね。
「私は【天与】という授かった力を振るっただけよ。今回は、とても公平な決闘とは言えなかった。今の私に負けたからって気落ちしない事ね! 私は、研鑽と鍛錬を蔑む気は、ないんだから!」
「……、……そう、か」
鼻息荒く、私は彼にそう諭した。ええ、彼の騎士として捧げた時間を、私は見下さない。
それはね。だって違うと思うもの。
「私がおかしいだけだから! 貴方が王国一の騎士である事は変わりないわ!」
「……ふ。はは。ははは……!」
私が言い切ると、何故か彼が笑い始めたのよ。え、なんで?
「そうか。……俺は、負けたのだな」
うん? ちゃんと私の言いたいこと、伝わっているかしら?
「実力で負け、心でも負けたか。フ……。なんという事だ。これが敗北、か……。存外、悪くない」
「え、エルト兄様?」
「ちょっと。私の言いたいこと、きちんと分かっている?」
「分かっているとも。だが、クリスティナよ。俺は、お前の戦い方を否定しない。剣だけでの戦いであった方が不公平だった。お前は、これから……その力で、魔獣の群れと戦うのだろう?」
「まぁ、それが王命ね!」
「ああ。ならば尚のこと騎士道などとは無縁の立ち振る舞いとなろう。……であれば、あれでいい。魔獣は、相手の命を奪う事を躊躇ってなどくれない。剣を折った程度で、決着が着いたと思った俺の間違いだ。お前の戦場において、そんな油断は許されん。だからこそ、お前の戦い方は、正しい」
あら、とっても話の分かる騎士様ね。そういうの好きよ、私。
「故に、今回の決闘は、俺の完全な敗北だ。クリスティナ・マリウス・リュミエット」
彼はフラフラとしながらも根性で立ち上がり、私に向かって笑った。
ボコボコに腫れた顔で。……私に沢山、殴られたから。締まらないわね!
「よく立てるわね!」
「お前が殴ったのは、ひたすら顔だけだ。足腰は、まだ立つ……」
フラついているけど。それでも強がるの。男の子ね!
「エルト兄様のご尊顔を!」
ラーライラは、兄と違って納得できていないのか。突っかってくるわ。
「クリスティナ。お前の実力は確かなものだった。……だが、慢心はするな。【天与】に頼った戦い方だけでは常勝は望めない。そして相手が魔獣であれば、それは、お前の『死』を意味する」
「……そうね」
人相手だから決闘は終われるけど。魔獣相手は、とことんまで命の奪い合いだもの。
油断は禁物。それは分かるわ。
「魔獣相手に騎士道精神など要らない。罠だろうが、魔術だろうが何でも使え。そして」
「そして?」
「……生き残れ、クリスティナ。俺は、お前が死んで居なくなるのは……『嫌』だ」
「うん?」
「え、エルト兄様?」
私は、ちょっと、よく分からなくて首を傾げたわ。
「お前は、初めて俺を負かした女だ。俺の、初めての、女だ」
「……エルト兄様?」
何かを噛み締めるように、彼は頷き、そして私を熱く見つめてくる。
私は、別にそれが嫌じゃないから見つめ返した。んん? 何?
「それは、武功と認めても良いだろう。それで『傾国』でなくなるとは言わないが」
「それはそうね!」
「……思えば、これから魔獣討伐で『武功』を立てれば、余計に危険視される気がするな」
「……それもそうな気がするわね!」
あれ? 魔獣の群れを倒せるほど戦えたら、それが『傾国』の実力ありって事になる?
そして、だから私は『傾国の悪女』よ、って?
……罠! 聖女の罠! アマネめー。
どうすればいいのよ。戦わなくてもダメ、戦ってもダメってこと?
「もしも、お前が武功によって貴族に取り立てられた、ベルグシュタットのような家の者であれば。その戦いは、正当な評価を下されるだろう」
「たしかに武家出身なら、魔獣相手に暴れ回っても肯定されるでしょうね!」
「……エルト兄様?」
残念ながらマリウス家は、鉱山と肥沃な大地で豊かな資産家系貴族だけど!
「クリスティナ」
「なぁに?」
「俺の事は……『エルト』と呼べ」
「いいわよ? エルト」
「ちょっ……」
私は、呼べと言われたから彼のことを、あっさりとエルトと呼んだ。
ラーライラが横で何故か絶句しているけど。
「お前の事は、初めから美しい女だと思っていたが」
「フフン!」
そう、私は美しいらしいわ。とっても! フィオナ談。
「他の令嬢たちが花壇に植えられ、育った花々ならば。お前は、野に咲き誇る薔薇のようだ」
「そう?」
「なっ……! エルト兄様!?」
私の真っ赤な髪や瞳が薔薇みたいって言いたいのかしら?
まぁ、悪くない例えね! アマネなんて『血のように』とか言ったからね!
……やっぱり、アマネの言い方は酷くない?
「クリスティナよ。お前は、」
「エルトお兄様? ちょっと待ってくださいます?」
「……なんだ、ライリー。さっきから」
「おかしくありませんか? エルト兄様は、この野蛮な女に何を言おうとされていますか?」
「どうした、ライリー。何を怒っている?」
ラーライラは、さっきから、ずっと怒っているわよね!
リンディスは何故か言葉を失っているけど。
「エルト兄様は、マゾなんですか?」
「……お前は何を言っているのだ」
そうね。何を言っているのかしら。
「そちらの。リンディス様でした? ちょっと、エルト兄様は頭に血が昇って、おかしな事を考えているみたいなの。今日は、ここで解散。クリスティナを下がらせて貰える?」
「御意」
「ちょっと!」
なんでリンディスがラーライラの言う事を素直に聞くのよ!
今、アイコンタクトで頷き合っていたわよね!
「いつからライリーは、そちらの従者と視線で通じ合う仲になった?」
「ご自身の胸に手を当てて聞いてくれますか? ……いえ、聞かなくていいです。勘違い! 勘違いですから! エルト兄様の勘違いです!」
「何の話だ。おい、ライリー」
エルトが、ラーライラに引っ張られていく。私の方は、リンディスに腕を引かれたわ。
「何よ、リン」
「ささ、お嬢。決闘は終わりました。速やかに、ここを離れますよ」
「は? ちょっと。別にいいけど!」
今、すっごく話の途中じゃなかった? まぁ、いいんだけどね!
「待て、クリスティナ」
「エルト兄様。お身体に障りますから」
エルトは、かなり強めにラーライラに腕を引っ張られているけど。
それでも踏み止まって私に声を掛けた。
「ライリー」
「はい、エルト兄様!」
「お前の剣を譲って貰えるか?」
「え? ……ああ、エルト兄様の剣は折られてしまいましたからね。もちろん、良いですよ」
ラーライラが剣帯ごと、その剣をエルトに渡した。
「クリスティナ。お前の剣を折った詫びだ。これより戦地に赴くお前には必要だろう。受け取れ」
「なっ……!」
そして、エルトは、剣帯と鞘ごとラーライラの剣を私に放り投げた。私は、それを受け取る。
「エルト兄様!」
ラーライラは不服らしいけど。
「……貰ってもいいの?」
「ああ。魔獣の群れと先に戦うのは、お前の方だからな。アルフィナで待っていろ。いずれ、俺も、かの地に駆けつける」
「そうなの?」
「ああ、今、そう決めた」
いずれ来るらしい後発部隊に志願するのかしら?
たしかにエルトほどの騎士が来てくれるなら有難いけど。
でも、他の場所は大丈夫なのかしら、それ。実力者が欲しいのは騎士団だって一緒だと思うわ。
「エルト兄様!」
「……ライリーの剣は、魔法銀で出来ている特注品だ」
「魔法銀?」
私は首を傾げて、受け取った剣を鞘から抜いて見た。
銀色なのは分かるけど、他に何かあるのかしら?
そう疑問に思っていたら、リンディスが補足してくれたわ。
「特定の魔術を込めた銀の剣ですね。王宮お抱えの魔術使いが作ったのでしょう」
つまり、魔族の誰かが作った剣ってこと? まぁ、凄いじゃない!
「そうだ。銀には魔を払う効果があると言われている。その剣は頑丈に出来ているし、魔獣を斬るには役立つだろう。お前の旅には、ピッタリの剣のはずだ」
「ピッタリなのは私ですよ、エルト兄様!」
まぁ、これ。ラーライラの剣だものね!
「ふぅん。ありがとう! 大事に使うわね! エルト、ラーライラ!」
「ああ。そうしてくれ」
折れた鉄の剣の代わりに『魔法銀の剣』を手に入れたわ! フフン!
ちなみにラーライラは『ガルルゥ』と魔獣もかくやという唸り声を上げている。
それでも可愛い。流石は『姫騎士』ね!
「クリスティナ。戦うお前は、強く美しかった。お前が王妃になどならず、戦場を駆けると言うのなら。……俺には、その方が、お前に似合っているとさえ思えたぞ」
「そうね! 私もそう思うわ!」
やっぱり話の分かる騎士様ね、エルトは!
「お前の隣に立つ男は、レヴァンのような王子より、」
「エルト兄様! 何を言う気ですか?」
レヴァンより、何? 私は首を傾げる。
「まぁ、この剣は有難く貰っていくわね!」
「ああ。そうしてくれ、クリスティナ。……また会おう。必ず」
「ええ! また、どこかで! エルト!」
そうして騒がしい兄妹は、騒がしいまま私の前から去っていったの。
まぁ、アレよね。本当、私が『傾国の悪女』になんてなるのなら……。
きっとエルトが殺してくれるわ! だから、私が民草を傷付けることはない。
そう思うと、なんだか清々しい気持ち。
私がどうあったって、アマネの予言なんてクソ喰らえ、なんだから!
「……改めて言いますが。エルト兄様はマゾなんですか?」
「だから何を言っているのだ、ライリー」
本当、最後まで変な兄妹だったのよ!
明日、12時に次話を投稿します。