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14 騎士との出会い

「……魔獣の噂が増え始めたようですね」

「そうね」


 『予言の聖女』アマネは、この国に大規模な魔獣災害が起きると予言したらしい。

 先の嵐による被害によって、この世と異界を繋ぐ『大地の傷』が発生した。

 その大地の傷から、魔獣たちが溢れ出し、民に害を為すという。

 この前の岩猿もそれだったワケね。相変わらずアマネの予言は当たっているの。


「聖女の予言が『真実』だと言われるほど、お嬢の立場も悪くなりますね……」

「そうなのよねー」


 聖女アマネが世間に評価されるほど、そのアマネが『傾国』と言った私の評価は下がる。

 貴族社会では、きっと容赦なくね。そうなれば市井にも広まるはず。

 業腹なんだけど、今の私じゃどうにも出来ないわ。


 私とリンディスは一緒の馬に乗って、カッポカッポとのんびり旅をしているの。

 二人乗りになったから、馬に無理をさせられないわ。

 もちろん、アルフィナが目的地なのは変わっていないわよ?


 そんな旅の、行く先々の街では、魔獣災害についての噂が広まっていた。

 聖女の予言は、各地に伝えられているらしいの。

 いずれは騎士団が派遣されるだろうけれど。それまで対策なしってワケにもいかないものね。

 例の岩猿のように、実際に魔獣に襲われてしまった民も出ているらしい。


「ちょっと詳しく知っておきたいわね」


 そういう噂は、食料品の買い足しなどで人と交流した時に聞く。

 幸いというか、西側で大規模な魔獣の発生が起きたなんて話は、まだ聞かないわ。

 魔獣の大群なんて現れたところで、今の私にどう対処しろというのかは知らないけど。


「次の街では、冒険者ギルドに寄りましょう」

「冒険者ギルド! ええ、行くわよ!」


 昔から、魔獣を狩り、未開の地を切り開いてきた事で、その名が付けられたギルド。

 今では主に魔獣の討伐や、必要な物品の調達。それから商人の護衛など。

 様々な仕事を引き受ける『何でも屋さん』になっているみたい。

 それでも基本は、魔獣討伐が主なお仕事なんですって。今でも王国に森は多いもの。

 未開の地を切り開くためのお仕事は、ある意味で冒険よね。


 あまり王都では、ギルドにお世話になる機会はないの。

 魔獣が現れたところで、王都周辺は騎士団が対処するから。

 でも、こうして王都を離れると、その活動が活発になってくるわ。

 魔獣の脅威って言っても、その強さがピンからキリまであるらしい。

 だから、小回りの効くギルドの方が対処も早くて、市井の民が助かるのよ。


 そして、冒険者ギルドは幼い頃からの私の憧れでもあるの!

 だって剣を片手に冒険して、魔獣を倒して、お金を稼ぐのよ?

 そんなに楽しくてワクワクする話、そうはないわ!


「ふふふ!」

「目を輝かせて、まぁ。目的は情報収集ですからね? お嬢」

「分かっているわよ!」


 専用の場所に入れて、馬を休ませて貰う。

 そうして私は、憧れの冒険者ギルドへ入っていったのよ!



「ここが冒険者ギルド!」

「お嬢、大人しくしてください」


 なによー。だって、初体験なのよ? まぁ、いいけど!


 私たちが来た街は、王都から馬で一週間は掛かるぐらい離れた場所だった。

 それなりに栄えているけれど、王都とは比べられない程度の街。

 まっすぐに西のアルフィナ領を目指しているというより、ジグザグに道を進んで来たの。

 街道の繋がり方もそうだけど、なんとなく、こっちに来た方がいいって私の勘もあったわ!


 あとは魔獣退治ね。岩猿みたいに襲われる市井の民が居るなら捨て置けないもの。

 栄えている街なら騎士団でなくとも対処する人員が居る。

 だから、ちょっと寂れて、そういうのを頼りに出来なそうなところを通って行くの。

 魔獣なら殴って倒せるって証明したからね! 授かった【天与】は人助けに使わなくちゃ!


「ふぅん、ここが」


 私は、ギルドの中をキョロキョロと見回した。

 ギルドに入ってすぐの部屋は、大きく広めに区切られている。

 中央には、街とその周辺の地形を示す、地図と模型を組み合わせた物が設置してあった。

 戦略図みたいな感じかしら? 魔獣や薬草の分布が書いてあるみたいだけど。

 正面奥では、ギルド職員が受付の対応をしているみたい。


「地味ね! 思ったより!」

「お嬢。言い方に気を付けてください」


 冒険者ギルドの中は、なんていうか『普通』だったわ。

 華々しくもなく、また目立って寂れてもいない。

 王宮で言うなら、どこかの小さな部署で、市井の窓口があるみたい。


 中に居る人たちは、別に仰々しい鎧や、大剣を背負ったりしていない。

 地味な皮鎧などを着込んで、シンプルな剣や槍を持っているの。


「あれが依頼書?」

「そのようですね。……見るぐらいならいいと思いますよ。それも情報ですから」


 壁の一角には、何かが書かれた紙がまばらに貼られていた。

 それらには『何を、どうすれば、どれぐらいのお金が入るのか』が書かれている。

 ギルドが発注している依頼ね!


「意外と沢山あるわね。リン、どれにする?」

「『どれにする?』では、ありませんが。なんで受ける気でいるんですか。最初から、情報収集だって言っているでしょうが」

「これも人助けよ!」

「お嬢が、やりたいだけですよね!」


 ワクワクよ。この下水のスライム退治とか『定番』っぽくて良くないかしら!


 まぁ、それはそれとして。

 依頼に、魔獣討伐はあるのか。そして増えているのかを確認していく。

 スライム退治は、前からあるみたいだから、私が気にしている事とは違うわね。

 気になる依頼があるとすれば……。


「村娘の捜索依頼? 家出、失踪の疑いね」

「魔獣に襲われた可能性がありますか」

「それは分からないけど」


 ついこの前、宿で泊っているところを襲われた身からすると気になるわね。

 そうして、私とリンディスが依頼書の前でやり取りをしていると。


「おうおう。お嬢ちゃん。ギルドに来るのは初めてかい?」


 ……と、声を掛けられたわ。振り向くと、そこには冒険者風の男が立っていた。

 例の皮鎧に、シンプルな剣を持った、体格のいい男性ね。


「そうよ!」

「ああ……。声掛けられますよね、それは。この容姿で、この世間知らず感……」


 何故か、リンディスが横で遠い目をしているわね!

 ボソボソと何か呟いていても聞こえ辛いわよ?


「なら俺が、お嬢ちゃんと一緒に行ってやるぜ! へへへ」

「お断りします!」


 私が答えるより先にリンディスが断ったわ。早いわね!


「ぁあん? お前には聞いてねぇだろ!」


 そう言って、男がリンディスの服の胸倉を掴んだわ!


「おら、邪魔な男は、」

「──フンッ!!」


 ドゴッ! と。当然、私は、そいつをぶん殴ってやったわ!


「ぐべらっ!?」


 男は私に顔を殴られて、吹っ飛ぶ。


「殴るのが早い! お嬢!?」

「リンは私が守ってあげるからね!」

「なぜ、私がお嬢に守られる側なんですか……!」


 なぜって、リンディスは私の従者なんだから、私が守ってあげなきゃダメじゃないの!


「おいおい! なんて事をしやがるんだぁ!? 話し掛けただけだったのによぉ!」


 と、男の仲間らしき連中が騒ぎ始めた。


「うわ、面倒くさいことになりました」

「酔っ払いかしら!」

「どう考えても、お嬢に絡みたいだけの人たちですからね。酔っ払いと変わりないかも」


 さらに五人ぐらいの男の仲間が集まって来たの。今、お昼なんだけど、暇なの?

 この人たち、お仕事は、どうしているのかしら?


「お嬢ちゃんよぉ! こいつぁ、責任を取ってくれなきゃいけねぇんじゃねぇか!」

「……下衆が。お嬢に汚らわしい目を向けるのは許さない」


 あ、リンディスが怒ってる。とても珍しいわ! というか、怒った表情は初めて見るわよ、私!

 ふぅん、そんな風に怒るのね、リンディスって!


「……お嬢は、どうして、この状況で私を見てニヤついているのですか?」

「フフン!」

「何も褒めていませんけど」


 リンディスって、姿を見せるようになってから、お小言が増えたと思うの!


「貴族崩れみてぇだが、ギルドにはギルドのやり方ってもんが、」

「フンッ!」

「ぐべぇ!?」


 とりあえず、またぶん殴っておいたわ!

 近付いて来た男に『嫌な感じ』がしたから、容赦なく殴ったの。


「ですから殴るのが早い! お嬢、もう少し対話も試みてください!」

「リンだって怒って、やる気だったじゃないの!」

「て、てめぇ!」


 そこで残りの男たちが、襲い掛かってきたの!

 別にギルドの全員じゃないわよ? 最初の男の、その仲間たちだけっぽいわ!


「血の気が多いわね!」

「お嬢が言いますか!?」


 とりあえず、襲ってくる連中は全員、倒しておいたわ!

 人を殴る時は、思った以上に拳に威力が乗らないわね。

 私の『怪力』の天与って、実は調整が効くみたい。

 これなら思いきり殴っても相手を死なせずに済むわね!



 ◇◆◇



「……これは、何の騒ぎだ?」

「あっ! エルト兄様! クリスティナが居ました!」

「うん?」


 男たちを制圧した辺りで、外から人が入って来たの。

 金色の髪と翡翠色の瞳をした、男女。

 黒い騎士服を着た男性と、白い騎士服を着た女性。兄妹みたい。

 女性騎士の方が、私の名前を呼んだ。私を捜していたらしいわ。


「……お前が、クリスティナか」

「そうよ! 貴方は誰? 黒い騎士様」


 私は、腕を組んで騎士様に向き合った。


「俺は、エルト・ベルグシュタット。ベルグシュタット伯爵家の長兄、騎士だ」

「ベルグシュタット伯の」


 第三騎士団を束ねる家門よ。伯爵家と言っても、かなり上の方の家ね。

 その長男。名前だけならレヴァンから聞いた事がある。


「その名前、たしかレヴァン……、殿下の?」

「ああ。俺は、レヴァンの友だ」


 あらまぁ。それは、それは。

 私の元婚約者の、友人。話は聞いた事あるけど、会うのは初めてなのよね!


「それはまぁ。はじめましてね!」

「ああ。今まで会う機会がなかったな、お互い」


 ふぅん。この人がレヴァンの親友なんだ。

 どうしてか王宮、ううん。王都に顔を出さなかったのよね、今まで。

 何故って聞くとレヴァンは、いつも曖昧に笑って誤魔化していたのよ。


「ふぅん」

「…………」


 私たちは、レヴァン越しに互いの事を知っていたけど、初対面。

 物珍しさからか、お互いに黙って見つめ合う事になったの。

 特に、いやな感じとか、しないわね!


「……さっそくエルト兄様を誘惑している!? 許せないわ!」

「誘惑?」


 してないわよ! 私は首を傾げたわ。


「彼女はラーライラ・ベルグシュタット。俺の妹だ」


 ベルグシュタット家の令嬢。『姫騎士』様ね! 私でも知っているわ。


「ごきげんよう、『姫騎士』ラーライラ様。貴方のお噂も、耳にしておりましたわ」


 ちょっと『外行き』スタイルで優雅に挨拶を決めてみせたわ! 完璧ね!

 これが王妃教育の賜物なのよ、フフン。


「……すぐ横に、殴り倒した男たちを並べてする挨拶じゃないんですよねぇ」


 リンディスが、横で遠い目をしているわ! 何を言っているのかしらね!


「どうも。私も初めて会うわね、クリスティナ・マリウス・リュミエット」


 ラーライラは、凄く可愛い見た目をしている。

 小顔で、綺麗で。それでいて凛々しい雰囲気。『姫騎士』の渾名は伊達ではないわね!

 ……私の渾名なんて『赤毛の猿姫』だったんだけど?

 どこで、その差が生まれるのかしら。納得できないわね!


「貴方、何をしているのかと思えば、こんなところで。市井の冒険者相手に暴れていたの? 何しているのよ。……本当に、何をしているの、貴方?」


 ツンと高圧的な態度で、私の行動を指摘してから、だんだん真顔になっていく。

 そして、本当に疑問に思いながら聞き直してくる、『姫騎士』ラーライラ。何よ。


「絡んで来たから殴り倒してやったわ!」


 フフン! と胸を張って勝ち誇ったわ!


「……絡んで来た?」


 黒い騎士様が、周囲と倒れている男を一瞥し、それから何故かリンディスに目を向けた。


「ええ、まぁ。絡まれたのは本当です。殴るほどだったかは……遅かれ早かれ、かと」

「そうか」


 彼は、それから私を改めて見つめてくる。


「……まぁ、理解できなくもないが。お前たち、言っておくぞ。彼女は、侯爵令嬢だ。そんな彼女に危害を加えようなどと思わない方がいい。どうなるか分からないからな」


 あら。そう言うってことは、まだマリウス家からは除籍されていないのね。

 ラーライラの方も、私のことをマリウスと認めていたし。そういう話は出ていないのかしら?


「え、あ。じゃあ、こいつらは」


 ギルドに居た他の男が、倒れた男たちの今後を気遣う。

 侯爵家からの報復があるかも、と思ったのね。

 心配しなくてもマリウス家から私のために報復とか、ないと思うわよ!


「……彼女本人が、既に打ち倒したように見える。彼女がそれで終わりと言えば、それまでだ」

「気にしないわ! だから、これで終わりね! 冒険者をやっているんだから鍛え直しておきなさいとだけ、目を覚ましたら伝えてちょうだい!」

「わ、分かりました……!」


 伯爵家を名乗った彼らが介入してくれたお陰で、この件は片付きそうね!

 それから、黒い騎士様は尚も私を見つめて来たの。

 そうして見つめられると、隣の妹さんが私を睨んでくるのだけど?


「……とても『傾国』などと企てるような人間には見えないな」

「企ててないわよ、そんな事!」


 予言のことを言っているのでしょうけど。そもそも身に覚えなんて無いんだからね!


「クリスティナ・マリウス・リュミエット」

「何かしら、ベルグシュタット卿」

「ここでは何だ。少し場所を変えないか。表に出て欲しい」

「あら、まだ何か?」

「ああ。俺は、お前に会いに来た。そして、お前を……見極めに来たのだ」


 見極め? 私は、リンディスと顔を見合わせてから、首を傾げたの。



 私は、彼の望む通りにギルドを出て、広い場所へ移動したわ。

 周りの人は遠ざけて、スペースを取って。リンディスとラーライラは下がらせたの。

 そうすると、私と彼の『一騎打ち』みたいな距離感が出来上がる。


「クリスティナ。お前が、予言通りの『悪女』となるにせよ。アルフィナに溢れると聞く、魔獣共の群れを討伐するにせよ。俺は、お前の実力を確かめておかねばならん」

「……そうなの?」

「ああ」


 あら。という事は、みたいな、ではなくて本当に一騎打ちがお望み?

 王国一と名高い『金の獅子』様を相手に? まぁ、それは……面白そうね!


「お前が、その力で何を成せるのか。もしも、お前が王国に反旗を翻した時。俺の力で、お前を殺せるか。それを計らせてもらう」

「なるほど!」


 私は、『予言の聖女』アマネ曰く、『傾国の悪女』になる。

 もしも私がそうなったなら。たしかに目の前の彼こそが、私を殺しに来るのかもしれない。


 どういう風になるかは知らないけれど、【天与】だけで傾国を成そうっていうのだから。

 それは、きっと『バケモノ』とまで言われるような強さかもしれないものね!

 そんな私を、もしもの時、『きちんと殺せるか、否か』。彼が知りたいのは、それだ。

 王国一とまで謳われた騎士ならば、なおのこと。


「だから、貴方は私の実力を知りたいのね!」

「そうだ。理解が早くて助かる」


 黒い騎士様は、距離を置いた場所で堂々と剣を抜いた。


「リン、決闘よ、決闘! ふふふ!」

「そんな……。お嬢は元々、ただの貴族令嬢なのですよ? いくら戦いに使える【天与】を授かったからと言って、戦闘が本分の騎士の相手なんて!」


 リンディスは、決闘のワクワクよりも私の心配が勝つらしいわ。

 そんな彼の問いに、黒い騎士様は応える。


「安心しろ。殺す気は無い。俺とて女は斬りたくないからな。……だが」


 彼は、私に向かって剣先を向けた。


「彼女の力が、目も当てられない程に弱いのなら。そもそも、この先、王命を果たせずに魔獣に蹂躙されるのみ。ならば、ここで、その実力をはっきりと確かめておけば、別の手を打てる。俺も部下を動かし易くなる。レヴァンや陛下も動く理由が出来るだろう」


 私が魔獣を倒す実力がないと、じゃあアルフィナ領はどうするの? って話になるものね。

 そうしたら、きちんと騎士団を送る必要が出てくるわ。

 今でも『後発部隊』が来るって話だったはずだけどね!


「殺す気は無いと言ったが」

「ええ」

「……殺す気では、やるつもりだ」

「そう。ご自由に」

「剣を抜け、クリスティナ」

「わかったわ」


 私は、彼に促されるまま、鉄の剣を鞘から引き抜いた。


「お嬢……!」

「いいのよ、リン。彼が私の実力を知りたいと言うのは理解できる。だから、応えるわ」


 私も知りたいからね! またとない相手だもの。

 そして、私とベルグシュタット卿の一騎打ちが始まった。


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