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12 魔獣退治

「うわーっ!」

「あそこだわ!」


 馬で駆けた先に見えたのは、何か岩の塊を前にして叫んでいる男性。

 近くに散った荷物から、どうも商人らしい様子だったわ。


「何あれ!」

「……魔獣です! 岩のような外殻をした!」

「あれが魔獣!」


 私が初めて見る魔獣は、岩の塊のような怪物だったの。

 たしかに、よく見ると腕のようなものが生えているわ!

 体型は、お世辞にもスマートとは言えない。中心部分が、ずんぐりしていた。

 それでいて『腕』の部分がゴツゴツしていて、如何にもパワーがある感じ!


 男性以外にも、身を寄せ合って震えている女性と幼い女の子が居る。

 三人は家族なのかも。さらに、その向こうには横倒しにされた馬車!

 あの馬車を倒したのは、あの岩の魔獣なの? 危険ね!


「リン! あの人たちを守って! 私が魔獣を引き付ける!」

「……はい!」


 あの岩のような外殻に鉄の剣が通るか怪しい。また馬が襲われては可哀想だ。

 ある程度の距離を近付くと、馬の進路を横に曲げ、降りられる速度にする。


「降りるわよ!」


 その勢いを殺さぬよう、私は馬上から飛び降り、着地。

 『怪力』の天与は、ただ力を増すというよりも身体能力を強化しているみたい。

 だから、ある程度の無茶は効くの。リンディスは身のこなし良く着地していたわ。


「こっちよ、魔獣!」


 走りながら、その場に落ちていた石ころを拾い、そのまま魔獣に投げつけた。

 ガン! と良い音がして、岩の魔獣に当たる。

 フフン! コントロールがいいわね、私!


『グゥルルルルゥ……』


 岩の魔獣は、特有の唸り声を上げながら、意識を私に向けた。

 改めて真正面から見ると……何かしらね。岩の、猿? かしら。

 『赤毛の猿姫』対『岩猿』の対決ね!


「アンタの相手は私がするわ!」


 そして、私は【天与】の光を拳に灯らせる。

 その光が、これ以上ないほど魔獣の注意を引いた。


『グゥルゥゥアアア……!』


 相手を倒すパワーが足りていても、拳が届くリーチが短い。

 岩猿は、大人の男が二人分ぐらいの高さに、三人分ぐらいの横幅があった。

 その横幅の大半が、ゴツゴツした両腕よ。

 つまり腕が異常に発達し、筋肉がモリモリ! おそらく馬車をひっくり返す程のパワー!


「……目は見える? 耳は聞こえるわね!」


 私は両手に【天与】の光を灯すと、パァアン! と、強く打ち鳴らした。

 高く音が鳴り、光が弾ける。


『グゥゥルゥゥアアアアアッ!!』


 怯みよりも怒りが勝った様子で、私に向かって突進してくる岩猿!


 私は、倒れた馬車や襲われていた三人、そして馬から距離を取るように後退した。

 もちろん、岩猿から目を逸らさずにバックステップよ!

 リンディスには、襲われていた彼らの介抱と避難を任せている。

 だから、私がしなくちゃいけないのは、この岩猿を彼らから遠ざけること。

 そして、もちろん、この岩猿を倒すことよ!


「こっち、こっち!」


 パン! パン! と挑発しながら、私は後退し続ける。

 意外と突進力がなさそうな岩猿。私の脚力が上がっているせいかしら。


『グゥゥゥウアッ!』


 岩猿には顔があり、目や口、耳があった。形状こそ異なれども、それがそうだと分かる。

 音や光には反応し、翻弄されている様子も見て取れた。

 目眩ましは効きそう。でも問題は、あの長く大きな腕。

 近付き過ぎると先に殴られるわ。流石に、あの腕を掻い潜って懐に入る自信は無い。

 つまり、こちら側から相手に通せる攻撃が無い。

 このままではジリ貧で、ただ引くだけでは負けてしまう。

 それでは、あの人たちも守れない。リンディスだって。

 私の戦いに、彼らの命も懸かっているのよ。


「なら、一か八か! やるしかないわね!」


 掻い潜ることが無理なら、真っ向から打ち合えばいい。

 私の拳は『怪力』の天与。ルーナ様の『聖守護』の結界すら打ち破る程の力!

 それが『傾国の悪女』と言わしめるほどのパワーを持つ!

 ならば、拳と拳を打ち合わせて殴り合って……魔獣に勝てぬ道理なし!

 たぶん、いけるわ! もちろん、ただの勘よ!


「はぁあああああッ!」


 私は後退する事を止め、その場に踏み止まり、拳を構える。

 右拳にありったけの力を、【天与】の光を込めて、真正面から岩猿を迎え打つスタイル!


「え、ちょっ、お嬢!? バカな事を!」


 リンディスの静止の声が聞こえたけれど、今さら引けないわ。

 だから、この拳で……無理を押し通す!


『グルゥアアアアアア!!』


 岩猿が振り被った拳もまた右拳! 私は、そのスウィングに合わせて。


「──フンッ!!」


 ドゴォオオオッ!!


 軽快で大げさな音が鳴り、衝撃波が発生する。

 拳同士を打ち合わせての殴り合い! だけど、その結果は。


『ギッッ……!!』


 私の光る拳が、岩猿の右腕を粉砕していた。

 反対方向にひしゃげ、折れ曲がった岩猿の腕。

 その事態を呑み込めないまま、悲鳴に近い鳴き声を上げる岩猿。


「隙ありよッ!」


 右腕を潰された岩猿は、胴体へのガードがガラ空きになった。

 私は躊躇(ためら)わず、懐に潜り込み、そして。


「──フン!」


 ドゴッ!!

 ……と。岩猿のお腹、中心点をぶん殴ってやったわよ!


『ゴヒュ……』


 岩猿は間抜けな声を上げる。


「あら?」


 吹っ飛ぶかと思ったのだけど。何かこう、私の拳が岩猿の胴体を貫通したわね?

 そして、私の腕がめり込んだ場所を中心に、岩猿の身体がヒビ割れていく。

 内側から光が溢れ出して。


『ギュ』


 情けない断末魔の声を上げながら、粉々に砕け散っていったの。


「ええ?」


 岩猿だった欠片が、炎というより光に焼かれて、粉々になっていき、霧散した。

 残ったのは土埃くらい。まるで、そこには始めから魔獣なんて居なかったかのように。


「……フン! 私に勝とうとするなんて、百年早いわよ!」


 とりあえず他の魔獣の気配はない。

 大丈夫そうだから、両腕を腰に当てて胸を張って、勝ち誇っておいたわ!


「……お嬢。はぁ……。ご無事で何よりです」

「フフン! もっと褒めていいわよ!」

「褒めていませんから。危険な事をして、本当に!」


 えー? 魔獣を倒したことは褒められていいと思うわ!


「別にいいけど! 貴方たち、無事? 他に怪我人は居る?」

「あ……、う?」


 放心しているらしい商人の、たぶん家族。

 母親らしい女性に抱かれたままの幼い女の子が、キラキラした目で私を見上げる。


「女神様!」


 そして、そんな風に呼ばれたの。

 赤毛の猿姫だったり、傾国の悪女だったり言われて来たけど。

 『女神様』は初めてね! フフン! 悪くない気分だわ!

 でも、この国で女神様呼びは、ちょっと問題かもしれないわね!


「フフン! もう、貴方たちは大丈夫なんだから! 女神が保証するわ!」


 でも悪い気分じゃないから、そのまま素直に受け取る事にしたの。

 ええ。とりあえず近くに魔獣の気配は感じないし、唸り声も聞こえない。

 だから大丈夫だと思うわ。勘だけどね!


 私たちは、どうにか商人の家族を救い、魔獣を撃退した。

 その後は、彼らを近場の村に送り届けるまで護衛する。

 横倒しになった馬車は、私の『怪力』の天与で、どうにかしたのよ!

 ……その時は、女の子以外にむしろ引かれたのだけ、()せなかったわ!


 そうして家族を送り届け、私は初めての野営を楽しんだ。

 焚火を作って、テントを張って、外で一夜を過ごすのよ。ワクワクするわね!


 商人の家族には、お礼にって色々言われたけど、断っておいたわ。

 彼らだって襲われた後だし、自分の生活を守ることを考えないとだもの。


 野営だけれど、リンディスの『魔術』は虫除けにも使えるらしいの。

 いつも姿を隠して、透明になっていたでしょう?

 リンディスの魔術って光と闇がどうたら、って、そういう『幻術』系なのだけど。

 それを利用して、虫を近付けないように出来るんですって! 便利!


「魔術と【天与】って何が違うの?」

「……お嬢。それ、人前で言わないでくださいよ。本当に」

「ええ? なんでよ」


 私は思わず、そう返す。そうするとリンディスは困った顔で捲し立てた。


「私が言うのも何ですが、まず『魔族』というのは、差別対象です。当然、魔術に関しても良い顔をしない方は、この国には、大勢居ます。対して【天与】は『三女神からの授かりもの』という扱いです。それらを一緒にしてはダメですよ」

「それは聞いた事あるけど。でも、たしか王宮にも魔族は住んでいたはずよ?」

「それは……それ、です。魔族が有用なことは、そうだと思われていますから」


 リンディスたち、魔族は……銀髪に銀色の目をした一族の事みたい。

 驚きなのは、その寿命。リンディス、この見た目で、五十代なんですって!

 全然見えないわ! ある意味で、中年の紳士っていう私の予想は合っていたわね!


 そして魔族は、どうも成長の仕方が普通の? 人間とは違うらしいの。

 だからこそ、彼らは魔族と呼ばれているのですって。


 幼い頃は、私たちと同じように成長するけれど、大人になってから年老いるのが緩やかになるらしいわ。だから、リンディスみたいに見た目が若いままで歳を重ねる。

 およそ、私たちの倍の寿命を持っているらしいの。


 魔族が暮らしているのは本来、海を越えた東の島国らしい。普通に他国に暮らす人々ね。

 とにかく、リュミエール王国の民とは異なる背景を持った一族なの。

 だから、この国での魔族の立場は悪いらしい。


 私だって貴族令嬢として歴史を学んでいるから、おおよその事は知っている。

 現在は、割と『マシ』な扱いになったと聞いたけれど……。


「魔族の扱いは、今も酷いの?」

「酷いところでは、そのようです。逆に、丁重に扱ってくださる場所もあります。王宮は、おそらくマシな方ではないですかね」

「マリウス家は……ダメだったんでしょうね、きっと」

「まぁ、それは……そうですね」


 手に職を持つ魔族も、ちらほらと出てきているはずよ。

 たしか『鍛冶』に魔術を使える人も居て、その人が鍛えた剣は『魔剣』と呼ぶらしいわ。

 魔剣よ、魔剣。素敵な響きだわ! 私も欲しいわね、ふふ! 凄く高そうだけどね!


「私は、主に姿を隠す事が出来ますが、同じ魔族であれば見破られてしまいます」

「そうなの?」

「はい。ですので、王宮ではお抱えの魔族が居るのですよ」


 なるほど。透明化を見破れる人が居たのね。私も見破りたかったわ!


「他にも個人によって使える魔術は異なりますね」

「一緒じゃないんだ?」

「はい。一緒の部分もあれば、全く異なる部分もあります」

「それって普通のことよね!」

「……はい。そうですね」

「じゃあ【天与】と魔術も一緒でいいんじゃない?」

「ですから、やめてくださいって! 魔族の差別がどうこうと言うより、三女神の扱いが雑だと怒られますよ!」

「だって私ったら『女神様』だもの! フフン!」

「子供の言うことを真に受けてはいけません! まったく……」


 まぁ。今の言い方は、とても『親』っぽくなかった?

 ね。そうよね。ふふーん。リンディスって、やっぱり私の『親』って感じよね!

 両親は私にとって『アレ』だったから、余計にね!


「うふふ」

「はぁ……。お嬢は本当、今の状況を気にされていませんね……」

「うん?」

「普通の令嬢だったら。正直、この状況は耐え難いと思いますよ」


 まぁ、王都追放からの一人で魔獣討伐やって来い! だものね!

 家に帰るのも、修道院へ行くのもダメ! 護衛も従者も付けません、も追加よ!


「だって楽しいもの! それにリンも一緒に来てくれたから。怖いものなんてないわ!」

「お嬢……」

「あ、そうよ。どうしてリンは、今まで姿を見せなかったのよ?」


 聞くのを忘れるところだったわ!


「ああ、それは。マリウス侯爵との約束だったのです」

「お父様との?」

「はい。マリウス家で雇って貰うために。……お嬢のそばで貴方をお守りさせていただく代わりに、色々とマリウス侯爵からの仕事をこなして来ました。その際、あの家で過ごすに当たって……お嬢の前に姿を見せるな、という条件も付けられていたのです」

「え、なんで?」

「それは……」


 リンディスは言い難そうに私から目線を逸らす。

 でも、私は今度こそ最後まで彼の話を聞くつもりで逃がさなかったわ!


「……おそらく、お嬢が……私に、惚れないために。……かと」

「はぁ……?」


 私が? リンディスに?


「リンって五十代のおじさんなのよね?」

「それはそうですけど、『おじさん』呼びは止めていただけますと」

「でも、だって。リンが姿を見せなかったの、いつからだと思っているの?」

「それはそうなのですが。ああ、あとお嬢だけではなく、ミリシャ嬢も居ますから」


 ミリシャが? ミリシャが好きなのは昔からレヴァンだった。

 あの子が他の人、好きになるのかしら。いまいち、どちらの話もピンと来ないわ。


「え、もしかしてリンって、ナルシスト?」

「違います! 色々とあったのです! 私が言い出したことではなく!」

「ふぅん?」


 まぁ、リンディスが美形かそうでないかを問われたら、美形よね。

 幼い頃に彼を見て、絶対に惚れなかったか? と言われると。

 どうかしら? それでも、いまいち、ピンと来ないわね。


「顔だけで惚れ込んだりするかしら? 私にだって好みぐらいはあるけれど」

「……お嬢は、顔だけで惚れるタイプではないでしょうね」


 ミリシャは違うって? そう言えば、あの子。

 レヴァンに一目惚れなんだっけ? じゃあ、リンディスもダメだったかも。


「ふぅん。そんな理由で、ずっと姿を隠すようにお父様に言われていたのね」

「はい。……申し訳ございません、お嬢」

「そんな事で謝らないでいいわ! だいたい姿がなくたって、貴方が居たから寂しくなかったんだもの! むしろ、リンには感謝しているのよ、私!」


 リンディスの言い方からして、お父様もリンディスが居ることに不満があったと思うの。

 だって、あの家で私の味方をする使用人なんて、リンディス以外は居なかったのよ。

 だから、そういう人たちってマリウス家には居られなかったはず。

 それを、どうにかして留まって。私のそばに居続けてくれたのがリンディスだ。


 姿を隠していたことも、私のためだったと言ってもいい。

 かつての恩義? については、よく分からないままだけどね!


「お嬢」

「ふふ。私には、最高の従者が、ずっとそばに居てくれたのよ。そして今も」


 だったら今、私は最高の状態だと言ってもいいはずよ。

 未来の王妃として、縮こまっていた時よりも、ずっと!

 私は『自由』で幸せだと言えた。


「これからも、よろしくね! リン!」

「……はい。もちろんです」


 こうして私は、信頼できる相手、家族のような相手と過ごしたわ。

 そこには何の憂いだってなかったのよ。


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