11 リンディス
再会したリンディスと一緒に、私を襲って来た男たちを拘束する。
リンディスがテキパキと作業するから、ほとんど私は何もしていないけどね。
グルのはずの宿の主人も、リンディスが既に拘束済み。
幸い、他の宿泊客は居ないみたいで良かったわ。
「単身の女性を狙って襲う犯罪者グループですか」
王都から二、三日で辿り着くような街で、とんでもない犯罪ね!
憲兵の目が届かないのかしら? この街の領主に抗議しておきたいわ!
「このまま放置は出来ませんね。罪人として憲兵に突き出しますか」
「そうね。こいつらは、未来でルーナ様を襲うかもしれないのよ! だから、ちゃんと牢に入れて貰わなくちゃいけないわ!」
「ルーナ様?」
「新しい【天与】の発現者ね! レヴァンの次の婚約者候補なの!」
「ええ……。情報が混雑し過ぎです、お嬢」
リンディスが呆れた声を上げる。なんだか変な感じ!
だって、今までリンディスって、姿を一度も見せた事がなかったのよ?
それが、こうして普通に、姿を見せたリンディスが目の前に居るの。
「生リンディスね!」
「……お嬢は一体、何を言っているのですか?」
いいネーミングだと思うわ。フフン!
「リンディスは、どうして急に姿を見せるようになったの? びっくりするじゃない」
「それは……ひとまず、彼らの処理をしてからにしましょう」
「そうね! で、どうするの? 憲兵のところまで、彼らを運ぶの?」
六人、ううん。宿の主人を含めると七人も居るわね!
流石に、これだけの人数を運ぶのは手間よ?
「それでも良いのですが、彼らの拘束を徹底した上で、この宿で証拠を探しましょう」
「証拠」
「はい。何かしら残っているかと思います。それを憲兵に提出すればいいかと。私が宿を調べますので、お嬢は……」
「うん。私も手伝うわよ!」
「え、いや。それは……」
「私が、こいつらを倒したんだもの! 私の手柄だわ!」
「いや、手柄とかの問題ではないと思いますが。改めて、別の宿も取りますから。お嬢は、そちらで休んでいてくれればよいかと」
「休むのなんて後でいいから手伝うわよ! 私は、もう未来の王妃でも何でもないんだから! それぐらい、自分でしてもいいと思うわ!」
「お嬢……」
リンディスは、相変わらず私を気遣ってくれるみたいね。
ああ、確かに彼はリンディスだ。いつも私のそばに居た『声だけリンディス』よ。
そう思うと、やっぱり感慨深いものがあるわね!
「リンディスって銀髪だったのねー。それに銀色の目。ふぅん」
私は、ぐいっと彼の近くによって、その姿をまじまじと見つめる。
「お、お嬢。距離が近いですから」
彼は、近寄った私を見て、頬を赤く染める。
ええ? なに、その反応。ウブな少年なの? 幼い頃から一緒に居たのに。
「フフン! まぁ、私が綺麗だから仕方ないわね!」
とりあえず、腕を組んで勝ち誇ってみたわ!
私に惚れると火傷するのよ? フィオナがそう言っていたわ!
「……何を言っているんですか?」
あら。冷めた目で見られちゃった。ロマンスからは程遠い反応ね!
「ただ、『その顔』で近付いて来ないで欲しいだけですよ、私は」
「何か失礼ね!」
私、顔は美人のはずよ? フィオナが言っていたし!
なのに、その顔で近付くなって何よ! 失礼しちゃうわね!
それからリンディスと二人で、男たちの処理を頑張った。
一通りの証拠をまとめた後で、拘束した男たちの内、二人を憲兵の下へ運搬。
あの宿の告発文を添えて、特に事情を説明はせずに、憲兵に丸投げ!
あとは別の宿へ移動して、一仕事完了。今日は、これで終わりね!
「私の部屋は、別の部屋を取ってありますから、お嬢はこちらでお休みください」
「リンって、そういうのを気にするタイプだったの?」
「……どういう意味です?」
「だって姿を隠せるんだから、私の寝顔なんて覗き放題だったでしょう? いつも同じ部屋で寝ていても不思議じゃなかったから。同じ部屋はダメとか、そういうのを気にするのね、って思ったの」
「……風評被害! 私は、お嬢に対して、きちんと礼節を守っていましたから!」
「そうなの?」
「そうです!」
「ふぅん」
別に、仮に寝る時にリンディスが近くに居たとしても、私は気にしなかったけど。
それは、なんというか、それこそ『家族』の距離感だったからね。
ある意味、リカルドお兄様よりも、ずっと『兄妹』って感じよ!
「はぁ……。お嬢、とにかく今夜は、ゆっくりお休みください。色々とありましたから」
「そうね。私もそろそろ疲れたわ!」
「はい。明日、また今後について話し合いましょう」
「リンディスは明日からも私と一緒に居る気なの?」
「当然ですよ」
「……ふふ! そう! ならいいわ!」
私は、リンディスの言葉に安心して、その日は大人しく休むことにしたの。
そして、翌日。改めて、改めて私は、リンディスに、今まで何があったかの事情を話したわ。
『予言の聖女』アマネ・キミツカが下した、私に関わる予言。
見せられたルーナ様の『聖守護』の天与。
とうとう、使いこなせるようになった私の『怪力』の天与。
レヴァンを殴ってしまった事で、私が受けた処罰と、課された三つの王命。
それから、昨日の流れで発現した『予言』の天与と、その内容についても一通りね。
「『怪力』と『予言』の天与の発現ですか。ようやくお嬢も【天与】を使いこなせるようになったと。……おめでとうございます、と言って良いのやら分かりませんね、この状況では」
「いいのよ! そこは『おめでとう』で!」
「……ええ。おめでとうございます。クリスティナお嬢様」
「フフン!」
私は、得意になって胸を張ったわ!
労いの言葉を私に掛けてくれる相手って、すごく限られているのよね!
貴重な機会だから、取りこぼさずに誉めて貰うわよ!
「それで、今後の方針についてなのですが」
「もっと褒めてもいいのよ?」
「お嬢の努力で、どうにかなったようではなさそうですし、そこを褒めても」
それはそうかもしれないわね!
キッカケは何だったのかしら? 私にも分からないのよね。
やっぱり、ルーナ様のお陰の線が濃厚かも?
「アルフィナ領へ向かうのは覆せないのですね」
「そうね。『王命』だもの。他二つは、もう気にする必要ないと思うけどね!」
王都にあるマリウス家の邸宅や、マリウス領へ向かう気は無いわ。
今の状況をわざわざ家に報せることもないでしょう。勝手に把握すると思うし。
私が気にしていたのはリンディスだけで、彼はここに居るから問題ないわね!
そして今、王都に帰る予定はない。だから、ただ西へ向かうだけよ。
「お嬢は……気にしていないのですか? 殿下との婚約破棄のこと」
「レヴァンのことは、ちょうどいい機会だったかなって思っているわね」
「ですが、未来の王妃になるため、お嬢は頑張ってきたのに」
「別に王妃になる事は、私の幸せじゃないわよ?」
「それは……そうかもしれません、けど。……お嬢の幸せでないのなら。そう、ですか……」
そうして話していると、私は気になってリンディスに尋ねる。
「リンは、どうして、そんなに私の事を気にしてくれるの?」
声だけだった時と比べて、その姿を見せたリンディスには、なんだか現実感があった。
彼は、私の思い込みの中にだけ居た幻なんかじゃないのよね。
だったら、どうして、ここまで私の味方をしてくれるのかしら。
リンディスは、私の質問に面食らったけれど、真摯に答えてくれたわ。
「それは、恩義があるからです」
「恩義? あったかしら、そんなの」
「いえ。お嬢の、母君に。私は恩があるのです」
「ヒルディナお母様に? それは意外ね!」
ヒルディナお母様は、私にもそうだけど。リンディスについても良く思っていないの。
だから、そんなお母様が、かつてはリンディスに何かした? 意外過ぎるわ。
「いえ。あの方とは違……、ではなく。ええと」
「うん? 違うの?」
「……それは」
リンディスは、何かを言いあぐねているかのように口を開いたり閉じたりする。
「恩義があるのは、侯爵夫人のヒルディナ様では、ありません」
「うん? でも今、母君にって」
「いえ。言ってしまえば、という事です。とにかく、貴方に所縁のある方に、私は深い恩義があります。ですから私は、お嬢が幸せな人生を歩めるよう、お助けしたいと。そう思っているのです」
「ふぅん?」
結局、詳しく話してくれない、話せないって事かしらね。
まぁ、詮索されたくないのなら、無理には聞かないわよ!
フフン! 私って空気が読める女ね!
「とにかく、リンは私の味方で居てくれるって事ね!」
「はい。その通りです、お嬢。もちろん、アルフィナへの旅にも同行します」
「そう! 分かったわ!」
王都を旅立って三日目にして仲間が加わったわね! 幸先がいいわ!
「でも、いいの? リンはブルームお父様に雇われていたのよね?」
「そんなものは、さっさと辞めて来ましたよ」
「ええ? 筆頭侯爵家の使用人を、それほど簡単に? 今の私に付いて来たってロクに賃金を支払えないわよ!」
「いえ、お金が目当てで雇われていたのではありませんから。そこは問題ありません」
「そうなの?」
そこで、リンディスは、私の前で片膝を突き、片手を自身の胸に当てた。
そうして私をまっすぐに見上げる。
「自分は、これからも従者として、クリスティナ様にお仕え致します。……たとえ、貴方が予言された『傾国の悪女』になったとしても。それでも私は、貴方の味方で居続けます」
「リン……」
それはリンディスの、私への、忠誠の誓いだった。
信じていたけれど。それが改めて言葉と態度で示されたの。
とても嬉しいわ。ええ。本当に。
「ありがとう、リンディス。貴方の忠誠、感謝します。これからも、よろしくね! ふふ!」
「はい、お嬢。ふふ……」
とにかく、リンディスはこれからも一緒って事ね!
じゃあ、改めて。これから、どうしようかしら?
「リンのお給料を、どうにかしなくてはいけないわね」
「今、気にすることは、そこではない気がしますが」
「何を言っているの。リンが私の従者になるなら、その生活は私が面倒を見なくちゃいけないのよ? 分かっているの? 贅沢な暮らしに慣れた者は、少しでも水準の落ちた生活に耐えられないそうよ。リンは今、そういう状況になったのよ!」
「……お嬢の方が、それに当て嵌ると思いますが?」
「……それはそうね!」
未来の王妃だった立場から王都追放、流刑も同然の処罰だからね!
「だけど、私は意外と楽しくやれていると思うわ! 特に問題なしよ!」
「昨日、お嬢は宿に居るところを暴漢に襲われていたんですが?」
「それはそれ、これはこれね!」
実際、私は無傷だったもの! あと自ら危険に飛び込んだし!
とりあえず、昨日の男たちの処理は済ませた。十分な証拠もあったし、大丈夫だと思う。
彼らがルーナ様や他の女性を襲うことはないと思うわ!
リンディスの意思は確認したから、これから一緒にアルフィナへ向かうだけね。
「はぁ……。あまり危険なことはしないでいただきたいのですが」
「何を言っているのよ、リン。私たちがこれから向かうのは魔獣が溢れると予言された死地なのよ? 危険なんて、これから沢山待っているわ!」
「どうかしていると思いますけどね。従者も護衛も付けずに、令嬢一人で向かえ、なんて」
「それは私もそう思っているわね!」
魔獣たちを、この拳で殴って倒し続ければいいのかしら?
とにかく、色々なことは旅の間に考えるとして。さっさと街を出ましょうか!
私たちは、宿を出て馬に乗って旅を続けることにしたの。
「……お嬢」
「なに、リン」
「私が『後ろ』なのですか?」
リンディスと一緒に馬に乗って移動しているわ。
私が前で手綱を握って、リンディスは私の後ろに座らせているわね!
「しっかり掴まっていなさいよ!」
「いえ、そういう話ではなく。手綱も、お嬢が握るんですね……」
「フフン! 私の馬術を信じなさい!」
「はぁ……。完全に素のお嬢の言葉遣いに戻ってしまった。先日までの王妃教育の成果が」
「そんなもの捨てたわよ!」
「捨ててからの変わり身が早過ぎません? もうしばらく、令嬢らしく振る舞っていても罰は当たらないのでは」
令嬢らしくねぇ。一応、今の私は『侯爵令嬢』のままのはずだけど。
マリウス家から除籍されても、おかしくはないもの。
そうなると貴族令嬢でもなくなりそうなのよね!
一応、【貴族の証明】を預かっているから、その間は『準男爵』として貴族を名乗れるけど。
実家から見放された場合は、お察しよねぇ。
「それよりも、リン」
「はい。何ですか? お嬢」
「結局、どうして今まで姿を見せなかったの? 今になって姿を見せた理由は?」
「……ああ。それは、私がマリウス侯爵と、」
ブルームお父様と? 私がリンディスの言葉に耳を傾けようとした時。
「た、助けてくれー!」
そんな悲鳴が聞こえてきたの。誰か、男性の声ね! 離れた場所から聞こえたわ!
「リン! しっかり掴まっていなさい! 行くわよ!」
「え! このままですか!?」
「当然! 民が助けを求めているんだもの! すぐに向かうわ!」
そして私は、悲鳴が聞こえた方へと馬を駆けさせたの!