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10 暴漢退治

 土の街道に沿って馬を進めていると、街が見えてきた。宿場町ね。

 王都からやって来た者たちが、日暮れ前に宿を取れるようにと出来上がった街よ。


「あそこで宿を取ればいいわね!」


 旅の路銀は最低限、用意されている。侯爵令嬢の私にとって大金とは言い難い額だ。


 でも、私って、別にマリウス家で贅沢して暮らしていたワケじゃないのよね。

 レヴァンの婚約者になった事で、最低限は貴族令嬢として世話をされたと思う。

 とはいえ、家での支援は、それだけとも言えた。


 そういう家の方針だと割り切れれば良かったのだけど。

 私には、比較対象である妹のミリシャが居る。

 ミリシャは、まぁドレスを沢山買って貰えていたのよ。私と違ってね。

 それに『宝石』も沢山、ミリシャは両親にプレゼントされていたわ。


 マリウス侯爵家は、豊富な鉱山を有する家門で、『宝石の一族』なんて他家から言われている。

 あの家が『筆頭』の侯爵家たる所以は、そこよ。物凄く裕福な家門なの、マリウス家って。

 鉱山から宝石が多く採掘される上、広い領地に肥沃な大地で作物も良く育つ。

 食料生産の面でも優れているので、本当に領地として隙がないというか。


 そんなマリウス家では毎年、誕生日に子供たちに宝石がプレゼントされた。

 家族の証、宝石の一族マリウス家の子である証というワケ。

 ……まぁ、私だけ、その証を貰ったことないんだけどね!


「思い出すわねー」


 私は、のんびり宿場町へと向かいながら物思いに耽る。


 家族の証である宝石を、私は一度も両親から贈られたことはない。

 リカルドお兄様も、妹のミリシャも贈られていたけれど。

 私にとって、宝石って家族から貰うものなの。実際は貰ったことがないけれど。でも憧れだ。

 ……だから、ちょっと、やらかした事がある。


 レヴァンからね。婚約者の贈り物として、誕生日に『花』を贈られたの。

 その時、私は微妙な顔をして、余計な事を言ってしまったのよ。

 『宝石じゃないのね』って。まぁ、あれは良くなかった。


 レヴァンとは家族になるつもりだったから、余計に私は彼から宝石を贈られたかったの。

 でも、そんな事情を他人は知らないもの。

 だから『流石は宝石の一族ですわね。宝石しか目に入らないみたいですわ』って!

 周りの令嬢たちに、さんざん嫌味を言われたわねぇ……。花だって素敵ですわよね、って!

 私自身は、そういう事情だったから、宝石など誰にも、一度も贈られたことはないのに。

 レヴァンは悪くないのよ?

 それこそ、家が『宝石の一族』なんだから、宝石では物足りないだろうって花を贈ってくれたの。

 でも、あの一件で余計に私に対する風当たりは悪くなった。

 そして私も誕生日だというのに、なんだか嫌な気持ちが余計に増えた。


「……私たち、前から噛み合わなかったのかもね、レヴァン」


 だから、こうなって良かったのかもしれないわ。

 そんな風に思い出を振り返っていたら、あっという間に宿場町に着いていたの。



 馬を停められる宿を見つけ、私は宿に入っていく。


 何気にこういう宿泊って初めてなのよね、私。市井の民が使う宿を取るのよ。しかも一人で!

 ああ、この体験をリンディスやフィオナに語りたいわ!


「今日の宿を取りたいのだけど。部屋は空いているかしら?」


 そう、宿の人を見つけて声を掛けた。うん、完璧。私一人で宿、取れるもん!


「……お一人様ですか?」

「ええ、一人よ!」


 一人でのご宿泊! なんて楽しいのかしら。旅っていいわね!

 私は、宿泊手続きを楽しく済ませ、部屋に入る。

 そして、宿のベッドへ飛び込んで、特にフカフカでもない布団に胸躍らせた。


 これが市井の宿なのねー。悪くない。むしろ、とってもいいわね!

 それから、ここの宿の個室には、お風呂が付いている。意外と立派な宿よね。

 まぁ、王都から一番近い宿場町だし、そういうものかしら。

 一日、馬での移動に費やした汗を流し、私はすぐに身体を休める。

 けっこう疲れていたのかもしれないわ。こういう旅って初めてだものね。


 そうして、その夜。私は『夢』を見た。それは、ただの夢じゃなかったの。

 おそらくだけど、私の『予言』の天与が見せる夢だった。


 見慣れない街並みの光景。そこを何故か、ルーナ様が歩いている。

 そして、そんなルーナ様を物陰から見ている怪しい男が居た。

 どうやら、その男はルーナ様を付け回しているみたい。それから……なんてこと。

 宿で休んでいたルーナ様の部屋へ、仲間の男たちと一緒に押し入っていった!


(ルーナ様、危ないッ!)


 そう思った瞬間。その光景は霧散してしまった。


「あっ!」


 飛び起きる私。臨場感のある光景のせいで、警戒心を全開にするけど。

 私の見た光景は、この宿ではないわ。窓を見ると、外は日が昇っていた。もう朝なのね。

 夢……だけど。あれが、ただの夢ではない事だけは分かった。


「まさか、ルーナ様の身に危険が?」


 たしか彼女も、これから起きるらしい災害に派遣される予定よ。

 その先で、あんな事が起きる……ってこと?


「ルーナ様に伝えなきゃ……」


 でも、どうやって? 彼女は、まだ王都に居るだろう。

 けれど、私は王都を追放された身だ。だから戻れない。

 手紙を書く? 他に手段がないわよね。


「……というか私、普通に『予言』の天与も発現するのね」


 本当、今までは何だったの? と言いたくなるほど、あっさりと。

【天与】が使いこなせず、あれほど悩んでいた日々を返して欲しいものよ。


 まぁいい。それよりも手紙の準備をしましょう。レヴァン宛てで届くかしら?

 残念ながら、旅支度の中には手紙関係は用意されていなかった。

 だから、街でどうにか調達して、危険を報せる手紙を王都に送らなくては。

 そう考えて私は街に買い物に出たわ。でも、そこで知らない男性に話し掛けられたの。


「お嬢さん。何かお困りのようですが」

「うん? 別に困っていないわ」

「そうですか。では、美しいお嬢さん。時間がおありでしたら良ければお茶でも如何でしょう?」

「……は?」


 これはアレかしら? 噂に聞く『ナンパ』というもの?

 市井に置ける男女交際の始まりの一つだという。

 たしか、平民の女性に王子様から声を掛けるのがラブロマンスらしいわ!


 ……それ、レヴァンの不貞じゃない? もう婚約者じゃないからいいけど。

 ちなみにナンパやラブロマンス関連の情報元はフィオナよ! フフン!


「けっこうです。さようなら」


 声を掛けてきた男から、さっさと離れて手紙を買いに行った。

 ……何故か、その後も、やたらと男たちに声を掛けられたけど。

 面倒な声掛けが多いわね、この街は! どうして私に群がってくるのかしら!

 ここは、まだ王都に一番近い宿場町だ。私も別にこんな場所で長居をしたいワケじゃない。


 手紙を書いて、すぐに出したかったけど。

 私は手紙セットを一式だけ購入してから、さっさとこの街を離れる事にした。

 なんとなく、そうした方がいいかな、って思ったの。直感ね!


 そして馬で駆けて、次の街へと辿り着く。

 前の宿場町よりも少しだけ、こう、田舎っぽくなったわね!


「あら?」


 けれど、目の前に広がる光景には見覚えがあったの。

 それは『予言』の天与で、夢に見た街の光景そのものだった。


「……この街で、ルーナ様が襲われるってこと?」


 あ。でも、あの光景って『いつ』かは不明なのよね。

 ルーナ様は今、おそらく王都に居るはず。この街に今すぐ来るとは思えない。

 そう考えると、あの光景って、かなり先のこと? なら、今の内にこの街で『問題となること』を解決してしまえば、ルーナ様に危害が及ばないんじゃないかしら!


「名案だわ!」


 ルーナ様は、この街の宿で暴漢に襲われる。

 そう、あの光景の中では彼女が、街の入口の、この辺りに立っていて。

 そして、ルーナ様を見ていた怪しい男が居る場所は……。


「そこよ!」


 夢の中のルーナ様と同じ場所に立ち、そこから男が居たはずの方向を振り向く。

 ほぼ、真後ろで完全に死角になっている位置。それも建物の陰ね。

 私は、勢いよく背後に振り返って、そしてビシッと指差した。

 ええ。そこに人が居るとか、周りの目があるとか、そういうのはお構いなく。


「……うお!?」


 あれ。本当に男が居たわよ? 夢通りの位置に。夢通りの怪しい男が。

 しかも今、私と目が合った。夢の中のルーナ様を監視していた男そのものよ?

 そして、男は私と目が合うと一目散に逃げ出した。


「ええ……? あの動きは『黒』よね?」


 どういう事かしら。『予言』で見たのはルーナ様だったけど。

 ああなる前から、女性をあんな風に見定めて襲撃計画を立てていたってこと?

 もし、そうなら許せないわ。


「……でも『予言』だけで罪に問うのは、したくないわよね」


 なにせ私は、その予言によって立場を追われる羽目になったんだもの。

 だから『予言の聖女』アマネと同じ事はしたくない。

 でも、だからって、あの男を野放しにする事も出来ないわ。

 ルーナ様だけではなく、何の罪も無い他の女性が襲われるかもしれないもの。


 そう考えると、アマネも、もしかして私に対して似たような気持ちで、ああした?

 うーん。認めたくない! ……私の場合は『傾国』とかする理由がまるでないし!


「……とにかく、やるべき事はやらなくちゃね」


 予言だけでは罪に問えない。それは絶対。でも、捨て置く事も出来ない。

 だから私は、行動する事にしたわ。



 私は、街中をゆっくり巡り歩いた後で、『予言』の天与が見せた宿を探し出した。

 昼間、私に目を付けていた男や、その仲間に再び私を標的にさせるために。

 もしも、彼らが予言で見たような行為を、この段階から行っているのなら。

 『一人で行動している若い女』を標的にしている可能性がある。

 目的は分からないわ。誘拐、人身売買、ただ単に女を襲いたいのか。


 ナンパ行為は、この街でも発生したため、私という存在にそれなりの注目を集めたはず。

 そう、これは『囮捜査』というヤツね!

 ただのか弱い女性が、寝ているところをあんな風に集団で襲われたら一溜りもない。


 だけど、私なら?

 帯剣しているだけじゃない。

 私には『怪力』の天与があり、また『予言』の天与によって、起こる事を予測できている。

 他の女性が、そんな目に遭うよりも、よっぽど犯人たちを撃退できる可能性が高い。


 なら、私が彼らを返り討ちにするしかないでしょう。


 そして見つけた宿屋は、前日に宿泊した宿と比べると、雰囲気そのものが怪しかった。

 何がどうって具体的には分からないのだけど。

 こう『何か嫌な感じ』がするのよね! ええ、直感よ!


 場所は裏通りの端。女性のみの宿泊客は、お夜食付きで、個室も完備ですって。

 この宿は間違いなく単身の女性向けの宿だ。その客層狙いにしては随分と立地が悪いと思うわ。


 表通りの宿がいっぱいだったり、この宿に誘導されたりしなければ、泊まろうとは思わない。

 現に、私がここを見つけたのは『客引き』にあったからよ。


 うん。きっと襲撃はあるわね。胡散臭すぎるもの、この宿。

 私は、宿泊の手続きを進め、部屋に入る。

 夜食付きというけれど、お断りしたわ。それこそ薬でも盛られていそうだもの。

 そして、私は部屋で『準備』を整えた。


 夜中になって、耳を澄ませる私。

 息を潜めて集中していたら……部屋の外から足音が聞こえてきた。

 誰もが寝静まる時間でしょうに、ゴソゴソと複数の足音が近付いてくる。

 ……やっぱり、来たわね。


 やがて、キィィっと微かな音を鳴らして、鍵を掛けていたはずの部屋の扉が開いた。

 もう、この時点で宿もグルだって分かるわよね。予想はしていたけど、最悪よ!


「へっ。ぐっすり寝ているみたいだぜ」

「用意した飯は食わなかったのか?」

「ああ、警戒心が強ぇみたいだが……所詮、護衛も付けずに出歩いている女だ」

「剣を持っていたからな。騎士かもしれねぇ。警戒はしろよ」

「ああ。先に拘束してから……お楽しみだ」


 うわぁ……。悪辣。絵に描いたような犯罪者たちの会話じゃない。

 これは、もう予言で罪がどうこうじゃなくなったわね。

 クロ。真っ黒よ。女性の部屋に侵入した時点でそうだけどね!


「じゃあ、上玉の寝顔でも拝ませて貰うか」


 男の気配が部屋のベッドへ近付いてくる。


「ほら、お嬢ちゃ、ん!?」


 まぁ、布団の中には丸めておいた布を置いておいたんだけどね!


「──フン!」


 ドゴッ!!


「ぐべっ!?」

「な、なんだ!?」


 私は『ベッドの下』から『怪力』の天与の力で思いきり、ベッドそのものを蹴り上げた。

 そう。この【天与】って、実は蹴りにも宿らせる事が出来るのよ!

 むしろ、全身を強化? しているみたいね!


「はぁあッ!」

「へぁっ!? ぎゃあっ!?」


 蹴り上げたベッドで最初の男を巻き込み、そのままゴロゴロと床を転がって脱出。

 ダン! という音を立てて、ベッドが床に叩きつけられた。

 その隙に私は、襲撃者の一人の足を鉄の剣で切り払った。

 男が間抜けな悲鳴を上げ、血飛沫が部屋に舞う。


「こ、この女!」

「フン!」

「ぎゃっ!」


 右手で剣を持ち、左手は【天与】の光を纏った。

 光る左手で、後ろから迫っていた男の顔面を殴り付け、吹っ飛ばす!


「な、なんだ! なんだってんだよ!」


 部屋に襲撃に来た男の数は六人。

 夜中の、寝ているはずの女一人に寄ってたかる数じゃないわね!


「何って、こっちの台詞よ! 淑女の安眠妨害は、極刑だってフィオナが言っていたわ!」

「しゅ、淑女?」


 イラッ。この男、どこに引っ掛かっているのよ。私、これでも元・王妃候補なんだけど!


「──フン!」

「ぎゃごっ!」


 一人ずつ、確実に男たちの意識を()っていく。

 一応は殺さないように気を付けているけど、襲われているのは私の方だ。

 手加減はしていられないし、戦闘経験もない私じゃ、思ったようにはいかない。

 でも、意外と戦えているわね!

 反射神経も動体視力も、運動神経も元からいいつもりだけど!

 それらがすべて強化されているみたいだから、余計に身体が思い通りに動く!


「く、くそがぁ! 大人しくしやがれ、女ァ!」


 五人の男を殴り付けて倒した後。最後の一人が、なりふり構わず私に殴り掛かってきた。


「──フンッ!」

「ぎっ……!」


 だから、男の『股間』を、光るキックで蹴り上げてやったわ!


「おぶっ、がぎ、ぐぅ……?!?」


 メリィ! という気味の悪い感触と共に『何か』を潰した手応えアリ。

 そして、白目を剥いて泡を吹き、倒れる男。


「フフン! 『峰打ち』よ! 感謝するといいわ!」


 襲撃してきた男たちを全員、打ち倒し、私は腕を組んで勝ち誇ったの!

 やったわ。この人数を相手にして圧勝よ! 私って強いんじゃないかしら!


「……何が、どのように『峰打ち』なんですかねぇ、お嬢(・・)

「えっ」


 今の、声は。私は聞き覚えのあり過ぎる声に、背後を振り向いた。

 そこには。そこには一人の男性が立っていたの。


「……婚約破棄と、王都追放の報せを聞いて、慌てて追って来て。ようやく、見付けたと思ったら。お嬢は一体、何をされているんですか?

「その声、貴方。リン、ディス?」


 私は『声だけリンディス』の姿を見た事がない。

 そう、本当に今まで声だけしか、彼の存在を知らなかったのよ。

 だけど今、私の目の前には……確かに一人の男性が立っている。


「ええ。お嬢。貴方の従者、リンディスですよ」

「リン!」


 うわぁ、凄い! 初めて見たわ! リンディスの姿!

 髪は透き通るような銀色の髪。瞳の色も銀色みたい!

 それに……私、リンディスのこと『おじさん』だと思っていたんだけど!


「貴方、若かったのね!」

「最初の感想がそれですか!」


 リンディスったら見た目が凄く若いわ! 普通に青年ぐらいよ!

 しかも、たぶん美形の(たぐい)! 学園の女子生徒が見たら騒ぎそう!


「執事服を着た、中年のおじさんだと思っていたのに! ちょっと残念!」

「なにが残念なんですかね……」


 こうして私は、『声だけリンディス』と再会したの。

 そう、再会ね? リンディスの姿は、初めて見るんだけどね!


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