episode ZERO
11歳の時、周りの全てのものが動きを止めた。
空を流れる雲も、電線で忙しなく動いていた鳥も、即席ラーメンの発泡スチロールカップから出て揺らめいていた湯気も、なにもかもが動かなくなった。
音もなく、そこは身体中を流れる血液の音が分かるほどに静まり返っていた。
ボロボロの小さなワンルームのマンションにひとつ、床とタイツの擦れる音が響き渡る。
その足はベランダをめざして1歩、また1歩、とゆっくり進んでいた。
今見ている世界は一体なんなのか、考えるまでもなかった。
"わたしは今、時が止まった世界にいる"
"夢にまで見たあの光景が、今、自分の目の前に広がっている"
そう考えるだけで気分が上がって、今まで重くて動かすことも億劫になっていた体も軽くなって、徐々に徐々に繰り出す足が早くなる。モノクロだった世界が色づき始める。
嬉しさで焦る気持ちを抑えきれなくて伸びた右手はカーテンに触れ、強く布を握ったあと勢いよく右に振られた。
カーテンレールが激しい音を出すと、眩しいはずの無い光が目を刺激して、思わず顔を背ける。
恐る恐る開いた瞳には、今までにないほどの輝きを放つ世界が映っていた。
その光景に一瞬目を見開いた。
"今までに見たことない世界"
そう思うと無性に興味が湧いてきて、ベランダに通づる窓の鍵を解き、サンダルを履くのも忘れて外に出た。
そこから見える景色は、今までテレビで見てきたどんな国の絶景よりも美しく、唯一無二と言える光を放っていた。