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人生の消しゴム

作者: 松本ねね

遥か昔 私が高2の時のこと


2年生になって初めて同じクラスになった孝子が私に「ねぇ真美、柔道部のマネージャーをやらない?」と言ってきた。

なぜ私なのか聞くと孝子は、柔道部の部長の岡本君に、私にマネージャーをやってくれるように、頼んで欲しいと言われたという。


それを聞くと一緒にいた佳代子は、ニヤッとして私の腕を肘で突いた。

寄りによってなんで柔道部なんだ?そう思ったものの、高2になってもずっと私は帰宅部だし、特に断る理由もなく、仲良しの佳代子が一緒にやってくれると言うので、3年生になるまでという約束で引き受けてみた。


私が通う高校では、野球部には女子マネージャーが4人、サッカー部には2人付いていたが、それ以外の部活にマネージャーはいなかった。


佳代子と私が大会の予選抽選会に行くと、さすがに当時は都内のどの柔道部にも女子マネージャーはいない様で、佳代子と私のその場に馴染まない違和感が妙に心地よかったが、大して役に立たないマネージャーだったことは自覚していた。


そんなマネージャー役をやっていて2月に入り、バレンタインが近づいた頃、佳代子が私にこう言った。

「真美は 岡本君にチョコ あげるよね?」


バレンタインのことなど全く頭になかった私は「あげないよ」 と言うと佳代子は驚いて「どうしてあげないの」としつこく聞くので「別に 岡本君のこと好きじゃないし」

すると佳代子は「岡本君は真美のこと好きなのに、真美は岡本君のこと好きじゃないの?」


私は、岡本君のことを意識したことは無く、そもそも佳代子が言う、岡本君が私のことを好きだという根拠も、私にマネージャーを頼んだことだという。そんな曖昧で飛躍し過ぎた佳代子の話についていけなくて「好きでもない男子にチョコをあげる気はない!!」 と言っても佳代子は引かなかった。


佳代子は、恋愛に関しては私の数歩も先を行く子で、当時、特に好きな人もいない私には、佳代子の体験談が、異次元の出来事のようで讃美にも似た憧れがあった。

そんな佳代子が、自分のことを好きな人には、チョコはあげるべきだと言う佳代子流カレシを作る極意に、頭では別にカレシは欲しくないと思っていたのに、私は反論もせず、佳代子が言う岡本君が私のことを好きだと言う理由に上手く言いくるめられ、佳代子の極意に洗脳されたのか、なんだか催眠術にかかった様な気分ですっかりその気になった私は、とうとう岡本君にチョコをあげる事にした。


岡本君にチョコをあげよう!

その気になった私は、きっと佳代子と一緒にチョコを買いに行ったに違いないが、どこに買いに行って幾らぐらいのチョコをあげたのか、全く覚えていない。


記憶に残っているのは、バレンタイン当日の朝、2月の寒い校舎の屋上でチョコをあげて、30分ほど岡本君と話しをして、チャイムが鳴って慌ててそれぞれの教室に戻り、その日、岡本君にチョコをあげたことを、毎日一緒にお昼ご飯を食べる友だちに話したのか、朝の岡本君との話の内容さえ覚えていない。


私には翌日の出来事の方が、ずっと衝撃的で記憶に残る1日となった。


バレンタインの翌日教室に入ると、男子がいきなり私に「真美は岡本にチョコあげたんだって?あいつ放課後に涼子にもチョコをもらって、二人で一緒に帰ったぞ」

更に 追い打ちをかける様に男子の一人が、同じクラスの柔道部の石井君の背中を叩いて「石井は可哀想になぁ 真美は岡本が好きなんだってよ。お前 フラれたなぁ」


私は、その言葉に驚いて石井君の方を見ると、石井君とチラッと一瞬目が合ったが、彼は直ぐに下を向いたまま、私とは視線を合わせない様にしていた。

私は岡本君が誰と帰ろうと、私が岡本君にチョコをあげたという情報源が、岡本君自身だったこともどうでもよかったが、なぜか苛立っていた。


その苛立ちの原因が何なのか授業もそっちのけで考えてみた。


当時は今の様に、どちらにも都合のいい義理チョコなんて言うものはなく、その時の私は、岡本君は私のことを好きかも…という曖昧で根拠のない自信に浮ついて、バレンタイン時期の女子を楽しんでいたのだ。


結果として私は、好きでもない人にチョコをあげて無駄にフラれ、そのとばっちりで石井君まで巻き込み、彼は、クラスのみんなと本人の前で、好きな人をバラされ同時にフラれた。


私が無駄にフラれたのも石井君のとばっちりも、全て私が原因で、自分の愚挙が腹たしく、その時の思いがいつまでも心に留まり、ずっと離れなかった。


チョコをあげるなら本気であげるべきだ、フラれたらあとで泣けばいい。

そんな簡単なことにやっと気づいた17歳の2月だった。


それ以来私は、誰にもチョコをあげた事がない。



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