7-2.狩猟、あるいは生命を前景化するもの。
途中を抜かしていたことに気付いたので、枝番として挿入したものです。
「それで晴人、そろそろ考えてることを共有してもらえる?」
ウルムの街を出て、北側に広がる森のふちに辿りついたところで、朱音が立ち止まってそう投げかけた。冒険者としての登録が済んだその日、午後が丸々使えるということで、先頭の訓練をしようということになったのだが、その前に訊きたいことがあるらしい。
「晴人のことだから、魔物と戦う算段はつけてるんでしょうけど、言ってくれなきゃわからないわ。私と貴洋はともかく、後輩たちが不安になるじゃない」
「まあ、それもそうだね。簡単な話だから後回しでもいいかと思ってたけど、さすがに接敵する前には共有しておいた方がいい。朱音、弓と矢を用意しといて」
そういうと、晴人自身もアイテムボックスから弓と矢を取り出す。横で同じようにアイテムボックスから取り出された朱音のそれよりも一回り大きいものを。
「とはいえ、陣形を確定させるには神田さんがどんな種類の動物なり魔物なりを使役するかによるから、今のところは暫定的な説明になるけど。
まず、大前提として貴洋がタンクである以上、最前衛は貴洋になる。で、岩原さんを守る必要があるから、これを挟む形で和眞が後ろの守りをすることになると思う。もしこれで火力が不足するなら和眞に2列目をお願いすることになるね。この場合は岩原さんは逃げるのと避けるのに集中してもらうことになる。
神田さんもいったんは岩原さんと同じポジションかな。まあ使役魔法を使うまでの一時的な措置ってことで」
「逆に言えばうちのスタイルは柔軟に決められるんで、しばらく様子見てから足りなそうな役割を補うのがいいかもですね」
「そうしてもらえるとありがたい」
「そこまではいわれなくても何となくわかってたんすけど、じゃあ朱音さんと晴人さんは遊撃っすか?」
「そう、その部分が重要な話になってくる。口で言うより見てもらった方が早いと思う。朱音、100メートルくらい先にあるあの大きな木、見える?」
「下の方で二つにわかれてるやつ?」
「そう、それ。あれを今から同時に打ちたい。みんなからも一応は見えるよね?」
晴人が4人に確認を取るとみんなが頷く。森の方ではなく街道沿いにある木でここから遮蔽物はないし、特徴的な見た目をしているからみんなが視認できているらしい。もちろん、遠目をもっている晴人と朱音ほどくっきり見えるわけではないが。
「合図は貴洋に任せる」
「了解。3カウントするから、ゼロのロで撃ってくれ。いくぞ。3,2,1、ゼロ」
ザクッ……サクッ。
同時に放たれたはずの矢が、時間差で刺さるのが見えた。この距離でちゃんと目標を捉えられることは両者ともに素晴らしいことだが、注目すべきはそこではない。
「というように、僕の方が弾速も早ければ威力も強い。同じ目標を設定したからアレだけど、有効射程も当然長い」
「でも、弓術のレベルは朱音さんのほうが上っすよね?」
「もちろん。その差は主に連射速度に出てくる。あとは、朱音は体勢が多少崩れてもおそらく精度があんまり落ちないが、僕の場合はたぶんうまく飛ばなくなる」
「なるほど。現代兵器でいうところのサブマシンガンとスナイパーライフルの違いってとこか。どっちも銃だけど全然違うしな」
「まあ、銃に比べれば何十枚も劣るけど。というわけで、僕の方は有効射程が500メートル近くあるから、斜線の通る場所で、かつ長弓を持っていてもバレにくいところを探して、遠距離攻撃をすることになる」
「逆に私は戦場のど真ん中で遊撃することになるわね。有効に使うには50メートル圏内にはいたいから」
朱音が戦場のど真ん中で踊るように射撃するのを想像して、晴人と貴洋はうっかり笑いそうになる。たいへん申し訳ない話だが、似合うことこの上ないのだ。そして同時に、朱音自身も、その立ち回りにどこかつきづきしさを覚えている様子であった。
「じゃあ、指揮官は安全な後方から俺たちに指示をくれるわけだ」
「実際に指示を出すのは神田さんになるけどね。念話で伝えた内容を言ってもらうことになるし、視界が多いのを利用して現場判断もしてもらいたいから」
「それ、うちが班長みたいになってません?」
「まあ、戦略を練るのは事前にやることだし、戦術レベルでも僕が責任を取るから、そこは気にしなくていいよ」
「はあ」
そうして、基本的な陣形を共有した晴人だったが、果たして6人のうち何人が理解しただろうか。最も危険なポジションにいるのが晴人であると。あるいは現状、3年生の3人がほとんどの負担を担っていると。
まだ、使役魔法を使えていないからこそ。まだ、何もできていないからこそ。そして、これから何かできる余地があるからこそ。少なくとも神田春歌は気が付いていた。
「ちなみに朱音だけは神田さんの指示が届かない可能性がある」
「え? ちょっと、どうすればいいの?」
「いやまあ……気合で何とか?」
「ムリに決まってるでしょ、なんでそこだけ雑なのよ」
朱音だけは真剣に怒っているのだが、パーティのなかには自然に笑いが起きていた。自分たちが能力を授かったことは確かだが、いざ実際に魔物と戦うとなれば不安に思うもの。晴人のことを信頼している貴洋であっても例外でなく、緊張感が漂っていた。
が、自分の役割がわかり、魔物を倒せるであろうという概算が付いたところで、それが少し緩んだらしい。魔物を目の前にすればまた話は別かもしれないが、いったん、余計な心配はしなくてよさそうだ。
「じゃあ、弱そうなのから探していきますか」
そういって6人は森のなかへと歩き始めた。
散策し始めて10分くらいが経過しただろうか。ようやく、彼らは最初の魔物と接敵した。危機察知の能力で最初に接敵を認識した朱音が全員に呼びかける。
「みんな、何か来るみたいよ」
「強さとかわかりますか?」
「うーん。そんなに大きな危機ではないらしいから勝てないってことはないと思うけど、数とか強さはいまいちわからないわね」
「索敵能力がはやめにほしいね」
「頑張ります」
そういいながら、貴洋、和眞、朱音、晴人の4人で春歌と美波を囲むような陣形になる。森の外で決めていた陣形とは異なっているが、最初の接敵をバラバラの状態で迎えるよりは、いったん固まっていた方が心理的に良いだろうとの判断である。
北の森の魔物が初心者にも狩れるような弱いものばかりであるというギルドの助言があるから、彼らは慌てこそしないが、しかしパーティにとっては嬉しくない状況だった。
まず、森に慣れていないから、魔物が彼らを認識できる距離で彼らが魔物を認識できるとは限らない。次に、貴洋と和眞で2方向は耐えられるが森のなかでは4方向総てに気を張らなくてはならない。最後に、貴洋と和眞が抑えきれないスピードで突っ込んでこられたら、全員が吹っ飛ぶ。
「見つけたわ。白い兎みたいね。一匹ってことはホーンラビットかしら。こっちには気づいてないみたい」
遠目を使って周囲を見ていた朱音が魔物の姿を捉えたらしい。ホーンラビットというのは名前の通り角がついた兎で、北の森でも弱い部類の魔物である。角のついていない動物のホワイトラビットと違い群れていないぶんすばしっこく、戦えば楽勝だが逃げられるという冒険者が少なくない。
ちなみにホーンラビットの角が漢方に使えて高く売れる、ということもなく、せいぜい使われて工芸品である。労が多くて実りが少ないからあえて狩るほどでもなかろう。
「ホーンラビットはすばしっこいし逃げられるらしいから気づかれる前に倒したいな。朱音、弓で射れる?」
「草食べてるとこみたいだし、このまま動かなければいけるわよ」
「じゃあ頼んだ」
本当は6人の連携やら晴人の狙撃やらを試したかったが、それで逃げられても面白くない。仕方がなく、ふつうに朱音の弓で仕留めることにした。
そうと決まれば朱音の行動は早く、流れるような動作で弓を構え、矢を放った。その一連の行動の流れるような素早さから、弓術スキルの効果を実感する。あるいは単に、彼女が弓に慣れているだけかもしれないが。
「命中したわよ」
「じゃあ、回収しに行こう」
朱音の放った矢は果たしてホーンラビットに刺さっており、魔物はすでに絶命していた。血を流して横たわる兎をみて、美波が口元を抑える。和眞と春歌も、吐き気を催すほどではないにしても、気分が悪そうだった。
「血抜きと腸抜きは私がやるとして、3人は辛ければ遠くにいてもいいわよ。晴人、いいわよね?」
「まあ、そうだな。今日の今日で慣れるのも難しいだろうし、しばらくはきつくないようにしてもらっていいよ」
そういうと、後輩たち3人は、兎の死骸が見えない位置まで歩いて行った。本当は分散するのは望ましくないし、これ以降も魔物を狩り続けていくわけで慣れてほしい部分はあったが、誰も彼もが平然とはしていられない。そのくらいのことは、晴人にもわかった。
「処理は僕がするよ。班長だからね。朱音も、ムリはしないで」
「あら、優しいのね。処理は任せるけど、ここにいるわ。仕留めた私が気分を悪くするなんて、失礼な気がするもの」
「ふつうは仕留めた人間こそ罪悪感を抱くと思うけどな。俺なんか傍観者なわけだし」
「まあ結局、私たちは彼女たちの先輩ってことよ」
貴洋と朱音がわかるようなわからないような話をしているうちに、晴人は最低限の処理を終えた。冒険者登録をしたときに、北の森にいる魔物や動物の特徴と一緒に処理方法を教わっていたのだ。そして、アイテムボックスのおかげで水はたくさんある。
と言っても、専用の器具があるわけでも、熟練の技術があるわけでもないから、本当に最低限の処理だけでしてあとはギルド専属の解体師に渡すことになるのだが。
昨日朱音たちが調べたところによると、アイテムボックスとして使える端末だが、中に入れた物も当然に時間経過するから、アイテムボックスに入れて持ち運んだからと言って鮮度を落とさずに届けられるということではないらしい。微妙な機能だが、重い荷物を運ばなくていいだけありがたいと思うべきか。
「終わったわよ」
「あ、ありがとうございます」
「で、この後どうするよ? 先に進むか戻るか」
「今日はここで帰ることにしようか。思ったより疲れているってこともあるだろうし、暗くなったら危ないからね」
「そうですね」
そういって6人は来た道を引き返す。最前列に盾である貴洋と和眞が、そして最後列に指揮官である晴人と、その補佐である春歌が歩く形で。
森を抜け、緊張感から解放された春歌が、隣を歩く晴人に話しかける。
「動物、捌いたことあるんすか?」
「いや別にないよ。釣りとかもしないし」
「その、抵抗とか、ないんですね」
「それは殺すことについて? それとも捌くことについて?」
「どっちもですかね。うちは、その、ちょっと躊躇しちゃうなって」
申し訳なさそうに言う春歌だが、日本に住んでいた大学生の感覚としては、おそらく彼女のほうが正常である。捌くことについては料理の延長ですることがありえるし、深く考えないでできるかもしれないが、生き物を殺すという体験は、何の抵抗もなくできるものではないだろう。あるいはそれが、人間に近ければ近いほど。
あるいはその嫌悪感は、相手がホーンラビットであったせいかもしれない。人間を襲うわけではないし、春歌たちも攻撃されたわけじゃない。平穏に食事していたところを、春歌たちのほうから、一方的に攻撃したのだ。罪悪感はいっそう強まっておかしくない。
「抵抗がないわけじゃないよ。でも冒険者にとっては魔物を殺すのが正当な業務だから。そうやって折り合いをつけるしかないんだよ」
「けど……その業務だっていうのだって、人間が勝手に決めたことじゃないですか。それこそ兎には、何の関係もない」
「そもそも生きるのって、何かの犠牲の上にしか成り立たないと、僕は思ってるよ。あのホーンラビットも草っていう命を犠牲にしてたわけだしね」
「そうですけど……」
「僕には、神田さんの気持ちがわかるとは言えない。神田さんほど……感受性が豊かじゃないから。けど、ムリに折り合いを付けようとしなくていいとも思う。少なくとも、今は。攻撃する担当にならないこともできるしね。ゆっくり、ゆっくり考えていけばいいよ」
そういいながら、晴人は視線を、前を歩く朱音に向ける。彼女は今、どんな心境だろう。ムリしていないだろうか。感情を押し殺してはいないだろうか。
晴人は、春歌にそういったように、割り切るのが得意だ。仕事だから殺す。仕事だから捌く。可哀そうかもしれないけど、それが自然の摂理だ。頭で理解した通りに納得できるし、どうしても抑えられないほど強い感情もない。
けど、朱音はどうだろう。弓で射るように指示を出したが、それは残酷な命令だったのではないだろうか。彼女は、躊躇う素振りもなく射抜いた。それが、パーティのために我慢した結果でないと、どうして言えようか。
そして、彼女は貴重な戦力だ。朱音の攻撃なくしてパーティは前に進まない。それが今日、ぼんやりとわかった。これからも、彼女には生き物を殺すよう命じ続けることになる。そのことが、晴人には申し訳なく思えた。
「気にし過ぎよ。あんたは難しいこと考え過ぎなのよ」
振り返った朱音がそういった。それが、晴人の頭のなかにある疑問に対する回答なのだと、春歌にはわからなかった。
「頼もしいね」
晴人は、その背中に敬意を抱かずにはいられなかった。