33.手続、あるいは意味のあるもの。
「どうして僕だったんですか?」
盗賊たちを追い払った日から数日後、晴人とオリヴィアは2人で王都を歩いていた。
なぜこの2人なのかというと、今朝、宿場町を出発しようというタイミングでオリヴィアが晴人を指名したのだ。
「昨日も少し話しましたが、今日の昼過ぎには王都につく予定です。国境を越えるための手続きなどがありますので、王都では2泊することになります。手続きのほうは私と、“赤き来訪者”から一名、……そうですね、ハルトさんについてきていただくことにしましょう。他のみなさんは自由に過ごされてください」
晴人としても特に断るべき理由はなかったし、手続の内容を知っているオリヴィアが指名するのだから何らかの合理的な理由があるのであろうと思い素直についてきたが、不思議といえば非常に不思議である。
手続のために晴人たちのパーティから1人同行する必要があるというのは、まあわかる。この世界の出入国がどういうシステムかは知らないが、一応要人と護衛なので、護衛を同行させるのは理に適う。
が、その1人が晴人といわれると、疑問符がつく。護衛としての仕事を求めるなら貴洋か和眞が妥当だし、パーティの代表者というならさすがに朱音が妥当である。
というわけで、きわめて自然な疑問を投げかけた晴人に、オリヴィアは楽しそうにいう。
「本音と建前、どちらが訊きたいですか?」
「それを言ったら、建前の意味がない気がしますが」
「それもそうですね。理由は簡単です、晴人さんともっと仲良くなりたかったからです」
「……そう、でしたか」
まあ、晴人としても、この答えが想定外だったわけではない。オリヴィアが晴人との距離をつかみかねていること、あるいはもっと踏み込んで、距離を縮めたがっていることくらいは気が付いている。
そのうえで、あえて晴人から近づかないことがすべてを語るわけだが、オリヴィアには伝わっていないらしい。あるいは、受け取ったうえでそれに抗っているのかもしれないが。
「この国に住む私たちがそれぞれ違う考えを持ち、それぞれの感情をもつように、異世界から来たあなたがた5人も、きっと違うものをお持ちのはずです。私はそれに、興味があるのです」
「まあ確かに、僕たち5人はだいぶ違いますからね」
別に自分のことを個性的だとか、変わり者だとかは思わないが、それでもやはり、性格はだいぶ違う。まあ、大学という似たような環境にいて、同じサークルを選んでいるのだから、多少の類似はあるのだろうけど、より本質的な差異が、どうしたってある。
「アカネさんたち4人のことは少しずつわかってきた気がします」
「そうですか。それは何よりです」
それこそが、彼らに課された主たるミッションである。朱音たちはうまいことやっているらしい。とはいえ、まだ会って少しだが、日中をずっと一緒に過ごしている数日である。何も見えてこないというほうがおかしい。
「ハルトさんことも知りたいと、みなさんにお尋ねしてるんですが……」
「まともに答えてくれない、ですか?」
「いえいえ。ただ何となく、イメージがわきにくいだけで」
「まあ、人から聞いた話と実際会った印象が違うなんてことはよくある話ですからね」
朱音と貴洋はもうかれこれ2年以上、和眞にしたって1年以上の付き合いである。ある程度仲良くなったからこそ性格なんかを言語化できない、ということも多分にしてあるのだろう。
晴人にしたって、じゃあ貴洋や朱音がどんな人物なのかと問われると困ってしまう。正面から褒めるのがどうもこそばゆいというのもある。
「それに、実は隠しているだけでハルトさんだけ危険思想の持主だった、何てことがあるかもしれませんし」
突然物騒なことを言い出すオリヴィア。しかしその表情は、やはり楽しそうなままで、なるほど、これは彼女なりのジョークらしい。
「それは大変ですね。もしそうなら、どうしますか?」
「もちろん、あの騎士団がやってきますよ」
まるでお決まりのフレーズかのように、そういうオリヴィア。ここできょとんとするほど、晴人の顔は素直じゃない。
「ふふ。冗談です。お気づきの通り、ハルトさんの愚かさを、少しでも知りたいだけです。……ダメ、でしたか?」
「いえいえ、むしろ光栄ですよ」
他人から興味を持たれるというのは、それ自体は、ごくごく嬉しいものだ。
では、他人から期待を持たれるのは、どうだろう。
「ハルトさんは休みの日、何して過ごすんですか?」
「……休みの日、ですか?」
「はい。この行程ではどうしてもオフの日というのがないですし、今日もこうしてついてきてもらってますから。休みの日は何をしているのかなって」
「ウルムの町では、だいたい本を読んでいるか、散歩をしているかでしたね。あんまり面白みがなくてすいません」
この世界に来てから迎えた休みの日は、そう多くない。そして、ウルムの町で休日にできることも。結果的に、そのほとんどを貸本屋で過ごすことになった。
「本……ですか。もともとお好きだったんですか?」
「どう……なんですかね。まあ、平均よりは読んでた気がしますが、好きな人はもっと好きなので」
もはや紙の本など読まなくなった人もいるだろうし、とはいえまだまだ根強い人気があるのも事実だ。まあ、教科書なり何なりで、印刷された文字にほとんど全員が慣れ親しんでいるというのは、この世界ではなかなか難しかろう。
「でも、少し意外です?」
「何がですか?」
「本がお好きなのがです」
「……そうですかね?」
「いえ、アカネさんから、身体を動かす競技のチームにいたと聞いたので」
「ああ、そういうことですか」
確かに晴人たち5人がもともとどういう関係かと訊かれればテニスのサークルなわけで、それだけ聞くとなるほど、身体を動かすのが好きそうである。
まあそれ自体は必ずしも間違っているわけではない、ないのだが。
「それを言えば、僕たちがいたチームを含んだもっと大きな団体は、勉強するための組織でしたからね」
大学のことを勉強するための場所といっていいかはかなり疑義があるが、まあ丸くいってしまえばそんなところだろう。
「そうだったんですね。どうりでみなさん賢いんですね」
合理的であることを好むのが三年生組の共通点であり、42人のなかでも偏った特徴な気がしないでもないが、誉められているのだ。よけないことを言わずに受け取っておこう。
「オリヴィアさんは、休みの日どう過ごされてるんですか?」
こういう会話にどれだけの価値があるかは別として、訊かれたからには訊ねかえすのがマナーである。たぶん。
「そうですね……。まだ職について日が浅いですから、礼拝に行って、書き物をして、身体を休めたら休日は終わってしまいますね」
どの世界でも新社会人というのは余裕のないものらしく、かなり充実した休日ということでもないらしい。いや、この世界の人たちは全般的にそうなのかもしれないし、そもそも労働密度がどの程度のものかもわからないが。
そういえばレオナルド氏は宗教的なところとは距離を取ったようなスタンスにみえたが、この世界の少なくない人は教会と接点があるのだろう。聖魔法のようなものがあれば、自然と信仰心も沸いてこよう。
「書き物、ですか」
「はい。日々のことを記録にしようと思って。その週に起こった出来事とか、気候のこととか、街の人たちとの交流のこととか。それと……」
「それと?」
「少しばかり、詩を書いてます。まだ下手なので、お恥ずかしいんですが」
「それは素敵ですね。恥ずかしがることはないですよ。何かを表現できるなんて、もっともすごいことなんですから」
だいたいのことをそれなりにこなせる晴人であるが、芸術方面はというとからっきしである。授業で求められるようなレポートであればそれなりに書けるが、小説となると書いたためしがないし、詩なんていっそう未知の領域である。
自分の持たない才能を持つ人というのは、貴重だし、大切だ。シンプルに尊敬できるし、そういう人から聞く話は面白い。
「そういっていただけると、少しうれしいです」
純粋な晴人からの称賛は心に響いたようで、声を弾ませていう。
「いつか僕にも聞かせてほしいですね」
これも、掛け値なしの言葉である。もちろん、自分にその良さを理解できる素養があるかは知らないが、という注釈はつくが。
「はい! もちろんです。私も、ハルトさんたちと過ごす時間を詩にして残せたらなって。……ダメ、ですか?」
「いえ、楽しみにしていますよ」
その後も、雑談のようなインタビューのような尋問のような雑談をしていると、二人は役所に辿りついた。
正確な時間をはかったわけではないが、一通りのことを話す時間があった。役所といえば街の中央にあるだろうから、それだけ王都が広いのか、あるいは。
「お次の方」
受付の人がそういって、ハルトたち2人を呼び込む。待たされたというほどの人数もいなかったが、それなりに人口が多いことを感じさせる。
こういう役所感というか、しっかりした行政機関に来て、どこか安心していることに気が付く晴人。異世界特有に思われたルーズさがないからだろうか。
「ご用件を」
「これを」
そういってオリヴィアが、きれいに巻かれた書類を提出する。
おそらくはレオナルドから受け取っていたものなのだろう。
それだけで通じるかどうかは受付の知識量次第だが大丈夫だろうか。そう思った晴人だが、やはりマニュアルが正しく定められているのか、それは正しく受理された。
「シュヴァール様のところの」
「はい。そうです」
「えーと、真正同盟での会議にご出席されるということですね」
「ええ。叔父上の代理で出席することになっています。こちらに」
オリヴィアはさらに別の書類を示す。
「はい。承知いたしました。そうしますと、出国手続きと、真正同盟領への入国申請、それと、帰国時の入国手続きになりますね。承りました」
そういうと、受付の人はオリヴィアが提出した書類をもって後ろに下がっていってしまう。と、思ったらほどなくして受付の人が、手に小さな木片をもって戻ってくる。
「こちらが通行許可書です」
ちらりと盗み見ると、何か模様が彫られている。これだけ見ると模造できてしまいそうな気もするが。
それを受け取ったオリヴィアは、もう手続きは終わり、というような表情で、晴人のほうをみて言う。
「では、行きましょうか」
「あれ、もう終わりですか。ずいぶんあっさりしているんですね」
「そうですね。私も実際に手続するのは初めてですが、うまくいってよかったです」
「僕はてっきり、もう少し時間がかかるものかと」
日本でいえば、役所での手続きは一般に時間がかかるものである。市内で引越しをしたというだけでも手続きに半日かかったりする。
「そうですね。まあこの窓口で手続きする人はだいたいちゃんとした書類を持っていますからね。優先的に処理してもらえるはずですし、明日には出国できると聞いています」
まあよく考えればパスポートを持っていれば短時間で出国審査も入国審査もできるわけで、だいたいの面倒な手続きは事前に行われているか、しなくていいようになっているのである。
「あれ、そういえば僕たちの分の手続きはしなくていいんですか?」
“朱き来訪者”の代表者としてきている以上、晴人がうっかりしていて出国できない、というのは許されない。
レオナルドが晴人たちの分も申請書に書いてくれている可能性もあるが、その場合にはその旨を尋ねられそうだし、そもそも彼らには帰国時の入国手続きは不要である。
「私たちの国は、真正同盟と友好条約がありますから、冒険者ギルドに所属している人たちはギルドでの手続きで出入国できます。護衛として同行する場合は、常識的な人数であれば、その手続きも不要になります。ので、今回みなさんは特に何か手続きをしなければならない、ということはないですね」
「ああ、そうなんですね。……あれ。じゃあ僕が同行した理由って」
「ええ。最初に言いましたよね? 晴人さんと仲良くなりたいからですって」
「……そういえば、建前のほうは何だったんですか?」
「建前……ですか?」
「はい。どうして僕を選んだのか聞いたときに、本音と建前があるって」
「……よく憶えてましたね」
「ずっと気になっていたので」
本音と建前。そう対比されたとき、ふつう意識が行くのは本音のほうだ。建前というのは、その人の本当の想いをあらわさないから。
が、はたしてそうだろうか。
本音を覆い隠すものとして、あるいはその代替になるものとして、何がふさわしいか。どんな言葉を選ぶべきか。あるいは、何を思いつけるか。
まったくの嘘をつくのは、難しい。真実と真逆をいうのは簡単だが、別の者を用意するとなると、途端に難しくなる。
嘘には、その人の人格が宿る、と晴人は思っている。人格というか、センス、価値観、育ち、根底にある何か、が。
だから晴人は、人のつく嘘が好きだ。そこにその人の、本質が垣間見えるから。
「他のみなさん、晴人さん以外の4人にお休みがあってもいいと思ったから、そう言うつもりでした。その気持ちが全くないわけでも、ありませんし」
晴人は思う。
この人、いま横にいるオリヴィアという人は、良い人なんだな、と。
育ちがいい、という言葉で片付けてしまうのが、失礼なくらいに。
「ふふ。こんなこと言っても、ハルトさんには通じなかったみたいですね」
「そうですね。それを信じてほしいなら、オリヴィアさんの優しさごと、もう少し隠さないとですね」
オリヴィアが晴人を気にしている。そんなようなことを朱音が言っていたなと、思い出す。
確かにそうだ。オリヴィアは晴人を気にしている。が、オリヴィアは晴人だけを気にしているのでは、ないのだろう。あるいは、ほんのちょっとした差はあり得ても。
「でも、その優しさが、オリヴィアさんなんでしょうね」
「そういってもらえると嬉しいですし、そうでありたいと思っています」
「とても素敵なことだと思いますよ。僕はほら、こうですから」
晴人は、自分のことを優しいとは思わない。いろんな人に言われるように、どちらかといえば冷たいし、酷い側の人間だと思う。
たぶん、他の4人も大きく分ければもこちら側にいると思う。
そうであることを恥じたりはしないし、そういう自分に納得感はあるが。
「いえいえ、ハルトさんも、とてもやさしいんだなって今日思いました」
「……今日そんな要素ありました?」
「はい。ふふ。ハルトさんは気づかないままでいいですよ」
この先、政治に関与していく人間が、こんな感じで大丈夫か不安になりつつ、どこか、このままであってほしいと、そう思わずにはいられなかった。




