31.防衛、あるいは攻撃を伴うもの。
翌日、集合場所である城壁の西門前に9人の姿があった。
「こちら、御者のジェイクさんとセドリックさんです」
「どうも、レイン家に仕える御者のジェイクです」
「同じくセドリックです」
低い声で言葉少なに挨拶する両名。レイン家に仕えるということであれば、オリヴィアとはある程度信頼関係があるだろうし、安心である。
「では、行きましょうか」
9人を乗せた2台の馬車がトコトコと走り始める。
西門を出てしばらくは、だだっ広い平野が続いている。どうやら農民たちが住んでいる区域のようで、農作業に勤しんでいる人たちの姿が見られる。彼らの家なのだろう建物も点在しており、農村の原風景といった具合である。まあ、領都のすぐ横なのだが。
朝霧のなかをそよそよと抜ける穏やかな風が草の香りを運んで、彼らの鼻腔をくすぐる。日が昇って間もない涼しげな空気と、草と草がこすれるような音は、どこか秋の到来を感じさせた。
この大陸は季節に乏しいといっていたが、収穫前の作物が並べば、それは歴とした秋である。少なくとも、日本から来た5人にとっては。
「そういえば、虫って見ないけど花粉とかってどうしてるのかな」
「どうしたんですか? 急に」
まだ眠気が残っていたのか会話の少なかったなかで、突如として晴人が春歌と和眞に疑問を投げかける。とはいえ、和眞は横になったままであり、会話をしているのは二人だけだが。まあ、和眞は見張り役ではないから問題はなかろう。
ちなみに、晴人たちの乗っている荷台の屋根は現在折りたたまれている。その方が見通しが良いのだ。オリヴィアにも許可は取ってある。
「いや、前も言ったかもだけど、虫とかあんまり見ないなあと思って」
「そうですね。確かに見ないですね」
「そのわりには植生が豊かだなあと」
「まあ、そうかもしれないですね。全然気にならなかったです」
そういう細かいところに、魔王討伐のためのヒントが隠されているかもしれないし、全く関係ないかもしれない。例えば魔法とかレベルと根本的につながっているかもしれないし、つながっていないかもしれない。
異世界に来て、元の世界と違うところを一つひとつ取り上げたところでキリがないが、気になるものは気になってしまうのだ。
「ところでこの後なんですが、馬車おりますか?」
「あー、どうしようね。春歌がどっちのが楽かだけど」
「とくにどっちが楽とかはないですね。あ、でもここに3人いると雑談に盛り上がっちゃうかもですね」
「じゃあまあ、念話にしようか。こっちは貴洋がいるから大丈夫だろうし」
この世界における護衛というのが、本来どのように行動するのかは知らないが、晴人たちのなかに近接戦闘ができる人間は2人しかいない。複数の敵に囲まれたり詰められたりすると、かなり危険な状況となる。
従って、彼らの採るべき作戦は、なるべく遠くで敵を発見したうえで、近づかれる前に対処する、である。
本音をいえば俊敏性に優れた朱音にも外に出てもらい、敵が街道沿いに現れることすら許さないのが理想である。が、オリヴィアの相手をするなら同性がいたほうが良いだろう。とくに、彼らは彼ら自身のことをオリヴィアに教えなくてはならないのだから。
気が付けば農地が終わり、平原も過ぎ去って、森のなかへと入っていく。先ほどまでと打ってかわって、どこか寂し気な空気が漂う。街道沿いは木々が伐採されているから陽が当たらないということはないが、それでもどこか薄暗さを抱かせる。
屋根の上の2人も、いよいよ本番というようである。
「索敵は、基本的には人を優先してほしい」
「わかりました。ただ、冒険者か盗賊かの判断はできないと思います」
「それは僕もできる気がしないね。まあ、大丈夫だよ。何とかするから」
「わかりました。気を付けてくださいね。くれぐれも」
「ありがとう」
そういうと晴人は馬車を降りて、森のなかに入っていく。
それから3日3晩は何事もなく過ぎて行った。
オリヴィアたちは十分なお金を持っていたので、宿場町でもセキュリティのちゃんとしている宿に泊まることができて、何の問題もなかった。日中も、いくつかの集団を見かけたものの、いずれもただの冒険者パーティらしく、街道の方には見向きもしないか、適当な獲物を仕留めたら帰って行ってしまった。
徒歩の人間でも1日おきに宿泊できるように宿場町が配置されているので、1つ1つは小さかったが、陽が落ちるまでにたどり着けないということもなかった。
そして、イベントは4日目の昼下がりにおこった。
「(晴人さん。200くらいから270くらいの方向に人影です。距離は50くらい)」
「(人数は?)」
「(確認できただけでも、25人はいるかと)」
「(ずいぶんと多いけど、たまたま複数パーティがいただけではなく?)」
「(足並みをそろえるように街道に近づいていますので、おそらくは同一の団体かと)」
「(それは困ったね)」
冒険者というのは、基本的には少数で行動するものである。単独、とまでは言わないが、3人から6人くらいが一般的だろう。複数パーティで組むことはあるにしても、25人で一緒に行動というのは、なかなか考え難い。
と、いうことは、その25人もいるという集団は冒険者ではないのだろう。では何か。森のなかに潜んで街道に近づく者など、盗賊の他にはあるまい。
「(1時間ちょっとでぶつかる感じかな?)」
「(おそらくは。どうしましょうか)」
「(まあ、万が一にも勘違いだったら怖いから、念のために警告はしておこうか)」
そういいながら、晴人は紙を矢に結び付ける。いわゆる矢文というものである。
紙をつけた状態の矢など飛ばしたことのない晴人が、どれほど正確に飛ばせるかはわからないが、まあ近くまで行けば気づかれるであろう。
“我らは街道を利用するものである。これより1時間ほど近づくことは控えられたい”
まあ、盗賊でもなんでもない冒険者であったとして、従わなければならない理由などないわけだが、そこはまあ、矢がある種の威嚇にもなっているわけである。これ以上近づくと、撃つ用意がある、と。
「(リーダーらしき人はいる?)」
「(他の人よりちょっといい装備の人がいますね)」
「(場所を教えてもらってもいい?)」
「(そこから、もう少し左を向けますか? そうです。ストップ。で、距離50くらいで飛ばしてもらえれば)」
念話の不便なところは、言葉以外の情報を授受できないところである。春歌のほうは使い魔を通じて晴人のことが見えているが、その逆はない。
「(このくらいで一回やってみるわ)」
「射」
そういって晴人は、メッセージのついた矢を飛ばす。とくにミスをした感触もないが、正確な的も見えていないのでうまくいっているかもわからない。もう少し近ければ、遠目のスキルで頑張って見えないこともないのだろうけど。
「(どう?)」
「(手前の木に刺さってますね)」
まあ、ここからその盗賊が見えないのであれば、そこまでの間に何かしらの障害物はあるわけで。届かないのが当たり前と言えばその通りなのだが。
「(もしあれなら、うちの使い魔に咥えて運ばせましょうか)」
「(そうね。それでお願いするわ)」
最初からそうすればよかったのでは、という気持ちは遠くに追いやって、春歌の使い魔が矢を届けるのを待つ。それなりに距離があるとはいえ、そこは魔物、ほどなくして到達の報告が来た。
「(いま届けました)」
「(どんな様子?)」
「(紙を破り捨ててこちらに近づいてきますね)」
「(あんまり意味がない感じか)」
「(そうですね)」
困ったことになった。
正直な話、春歌たちの馬車と接触するまでは1時間もあるわけで、撃退しようと思えば簡単にできる。が、それはそれで少しかわいそうな気がしないでもない。
まあ、盗賊なんてやってるほうが悪いんだけど、この世界の実情をわからない以上は、盗賊=悪人と言っていいのかもわからない。自分に被害が出たら相応の報復をするかもしれないが、未然に防げるのなら、そのほうが良い。
「(ちょっと話してくるわ)」
「(くれぐれも気を付けてくださいね)」
「(ありがとう)」
そういうと、晴人はリーダーと思しき人物がいるらしい方向へと走っていく。単身で身軽な彼は、10分ほどで目的の人物が見える場所へとたどり着いてしまった。
「失礼。少しいいですかね」
「誰だ!」
リーダーと思しき男は、突然現れた晴人に、驚きを隠せない様子である。全力で隠れていたというわけではないが、漫然と歩いていたわけでもない。にもかかわらず、気が付けずに接近を許してしまったのだ。まあ、正確には、気が付くより前に距離を詰められた、のだが。
木の上から話し続けるのも失礼なので、地面に着地する。なんとも気障な登場の仕方だなあ、などと思いつつ、話を続ける。
「先ほどお手紙を送ったものです」
「ああ。あのふざけた矢文はお前のだったのか」
「まあ、ふざけたつもりはないんですが。僕らちょうど街道を使ってまして。その、バッティングしそうなのでしばらく離れていてもらえないかなあと」
繰り返しにはなってしまうが、丁寧に説明する晴人。そんな彼を馬鹿にするように、リーダーと思しき男は、ふっと笑う。
「バッティングも何も、我々はその馬車に用があるのでね」
「はあ。用、ですか。いちおう僕もその一行の仲間なので、何か言伝であれば承りますが」
「馬鹿か」
まあ、本気で言伝があるなどとは、思っていないわけだが。街道で、馬車に、用があるといえば、そういうことである。
「けど、僕たちの馬車は1台だけですし、商人でもないので、たいしたものは積んでませんよ? 大人数でどうこうしても、効率悪くないですか?」
「普通はそうだわな。けど、今回はちょっと事情が違う。お前も知ってるんだろ? あのなかに誰がいるか。要人が移動するにゃあ、ちょっと護衛が薄すぎるんじゃねえか?」
「どうなんですかね。まあ、わかりました。あなた方は敵ということで」
「それがわかって、どうなるってんだよっ!」
そういいながら、腰元に携えていたナイフで切りかかってくる男。さすがはリーダーと思しき格好をしているだけあって、確かに身のこなしはそこそこである。が、そこそこ、というだけである。
「っと」
当然、晴人によけられないわけもなく。彼は軽々と跳ね上がって木の上へと逃れてしまう。男は近距離がメインのようで、投げナイフのようなものを飛ばしては来るが、いずれも晴人の安全を脅かすものではない。
「では、僕はこれで。戻るのに10分くらいかかるので、逃げるのなら、ぜひそのうちに」
そういうと、木々を伝い、春歌たちのほうへと戻っていった。
もちろんその場で反撃してもよかったが、わざわざ近い距離で戦う必要はない。ましてや、取り囲まれるリスクを負うなど、何の合理性もない。まあ、10分も猶予を与えたのは、やはりどこかで、人を攻撃することに躊躇いがあったからなのだろうが。
「(交渉はだめだった)」
「(まあ、そうでしょうね。それで、どうしましょうか)」
「(なおも近づいてくるようなら、僕が処理しちゃうよ)」
「(25人もいますが)」
「(それは大丈夫。彼らはなぜかカバーをとれる位置にいないからね。たぶん余裕)」
晴人はきっちり10分待って、彼らがなおも近づいてくることを確認した。
それにしても、盗賊のリーダーは迂闊である。まず、接近を許しておきながら逃げられた時点で、実力差を認識すべきだった。次に、木々を移動したのであれば、高い場所から射線を一方的に通されるリスクがあることに気付くべきであった。そして何より、大人数であることを把握されている以上は、勝ち目などないと思いいたるべきであった。
「撤退の判断をするとしたらリーダーだろうから、彼はできるだけ残しておこう」
晴人は、馬車に最も近いところにいるメンバーたちから処理することにした。まあ、順番は何でもいいが、こちらのリスクも抑えつつ、ケガ人も減らせるなら減らしたい。
「いたいた。まあ、不運で申し訳ないけど」
そういって、最初の一人が見えるところまで移動して、射線を通す。向こうはこちらに気付いていないし、気づいていたところで、反撃は間に合わない。一方的な攻撃に申し訳なさを感じつつ、弓を引く。
「射」
彼の放った矢は、一直線に盗賊のほうへと飛んでいき、そしてその足首に命中した。負傷した盗賊は、懐から笛のようなものを取り出し吹く。何やら報告をしているようである。
「これで撤退してくれるといいんだけど」
その願いは届かず、春歌から念話が届く。
「(ほかのメンバーの移動速度が少し早まりました。このペースですと、20分後にぶつかります)」
「(了解。少し急ぐよ)」
晴人はさらに移動する。まあ、少しずつ盗賊どうしの間隔が狭くなってきているので、次の盗賊もすぐに見つかった。
「射」
同じように足首を射抜き、また移動し、射抜き。そのたびに負傷した盗賊は報告をするのだが、撤退してくれる様子はない。
これを7回ほど繰り返したところで、ついに彼らはその決断をした。
「(リーダーが笛を吹きました。その直後から、盗賊たちは反転し逃げていくようです)」
「(そうか、よかった。無事に切り抜けられたみたいだね)」
「(お疲れ様です。ほかには人の気配もないですから、こっちに戻りますか?)」
「(そうだね。そうするよ)」
晴人は一直線に戻る。仲間の元へと。彼が守った者々の元へと。
「お帰りなさい。お疲れさまでした」
馬車の荷台へと戻ると、そこには春歌と朱音がいた。春歌が念話に忙しく黙っていたので、奇妙な緊張感があったのかもしれない、そんな空気である。
が、朱音は何も言ってこない。今は自分が何かを言うターンではないと、わかっているから。
「ありがとう。ちょっと休憩してるけど、何かあったらすぐ教えてね」
その後は、さっきまでの戦闘、というか攻撃が嘘のように何事もなく、昨日までと同じように平穏な時間が流れていった。春歌は引き続き索敵をしてくれているため、退屈で申し訳のない時間が。
それにしても今日は疲れた。森の中を走り回ったというのもあるが、それ以上に、やはり心理的に疲れた。
自分の手を見つめる。矢を番えたその手を。なるほど、これが人を傷つけるということか。そして、これが人を守るということか。自分が負傷させた盗賊の姿を、足から流れる血液を思い出して、心が冷えるのを感じる。
彼は横になった。そっと目を閉じ、腕を抱えるように、丸くなる。少し傾き始めた日の光が、瞼の裏にまで届き、少しうるさい。街道沿いに並ぶ木々の葉が風に揺れるのを聞きながら、晴人は静かに眠ってしまった。あるいは、締め付けられるような胸の痛みに、どこか安堵を覚えながら。




