30.少女、あるいは抱えるもの。
1日の休息を満喫した晴人たち5人が、案内されるがまま城を訪れると、そのまま1つの執務室へと通された。城といわれてイメージするのは、日本のアレであり、西洋風のお城などまるで馴染のないものである。
調度品も含めてあれこれ感心しながら歩いては、案内のリアムに遅れそうになり早歩きで追いつく、というのを繰り返す。
執務室はガランとしていて、中には誰もいないなあ、などと思っていると、ほどなくして2人組が入室してきた。
「みなさんが、勇者の……?」
「……はい、そうです」
いつになっても勇者などと呼ばれるのは慣れないものだ。恥ずかしくてたまらない。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。私、レオナルド・フォン・シュヴァールの姪にあたります、オリヴィア・レインと申します。そして、こちらが補佐官のサミュエルです」
「よろしくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。私は朱音といいます。この5人パーティのリーダーをしております。そして、こちらから貴洋、和眞、春歌、晴人です」
「よろしくお願いいたします」
一通り挨拶を終えると、朱音はオリヴィアたちに席に着くよう促す。来るはずであったレオナルドは急用のためにおらず、連れてきてくれたリアムもどこかに行ってしまったので、自分たちでうまく話を進めるしかない。
かたや領主の姪ではあるが平民で、しかしながら優秀な役人でもある。かたや冒険者ではあるが異世界から来たもので、しかも領主のお墨付きをもらっている。どちらが上とも下とも言えないため、様子の伺いあいが続いている。
依頼者ということでお金を払う側のオリヴィアが接待されるほうな気もするが、護衛してくれる人物である以上は偉そうにもできない。
なんとも言えない空気を嫌ったのであろう、晴人が口を開く。
「早速であれですが、打ち合わせを始めましょう。レインさんたちにも準備などあるでしょうし」
「そうですね。みなさんとお話しする時間は今後いくらでもありますが、明日からの打ち合わせは、今日しておかなくてはなりませんから」
「僕たちはまだ馬車で移動するくらいのことしか聞かされていないんですが、そうですね、おおよその日数と宿泊をどうするかあたりをまずは教えていただけますか?」
「そうでしたか。おじはとても面倒くさがりですから。ここから王都まで7日、王都で食料の補充等を行ったのち、そこからブレイデンまで10日の予定です。すべて大きな街道を通りますので、宿泊は宿場町を利用するつもりです」
ウルムから領都までの街道沿いには宿場町などなく、キャンプできる広場のような場所がいくつかあっただけだったが、それはウルムがあまりにも田舎であるかららしい。まあ、宿場町があったとしても、利用客は少なく、すぐに経営が立ち行かなくなりそうであるから、当然のことかもしれない。
「となると、準備はあまり必要ないように思えるのですが」
「そうですね。まあ、日中の飲み物と保存食、燃料あたりでしょうか。あとは、みなさんが護衛をされるのに必要なものということになりましょう」
「それらは、僕たちで調達すればよろしいのでしょうか」
「飲食物と燃料は馬車と一緒に手配されていますので、ハルトさんたちの方でご用意いただく必要はありません。もっとも、食料は人並みの分しかございませんので、たくさん食べられる方がいらっしゃいましたら、追加分はご用意ください。あと、護衛に必要なものも、みなさんの方でお願いいたします。何が必要か、私たちは知りませんので」
「承知いたしました」
本当のことをいえば、晴人たちがアイテムボックスを使えば、馬の負担も減るし、移動速度も上がるのだが、そんなものをおいそれと見せることはできない。先日レオナルドにデバイスを見せたのは、ごくごく例外である。
「そういえば、御者はどうしましょう」
「それも私の家の御者を出しますので」
「そうですか」
この世界の移動であるから、もっと大変なのかと思っていたが、案外そうでもなさそうである。まあ、馬車を使えるからであって、馬や徒歩での移動であれば、やはり大変なのであろう。この辺りは、お金や権力がいかに便利かという話でもる。
「ところで、私たちは先日はじめて地図を見たというくらい土地勘がないのですが、問題ないでしょうか」
「それはご心配なさらず。彼は何度も真正同盟に行き来していますので」
そういうと、オリヴィアの横で黙って座っていたサミュエルが、ひょこりと首だけの会釈をする。メインでしゃべっていないあたり、本当に彼は補佐官で、本当に彼女は役人のようだ。
「あと……確認すること、ありましたっけ」
「そうですね。私からみなさんにお尋ねしておきたいのが、みなさんの役割分担です。移動中どなたに話しかけて良く、どなたは忙しくしていて、など、知っておいた方がストレスも少ないかと」
確かに、晴人たち5人は、ただオリヴィアたちをブレイデンまで送り届ければよいのではなく、その間に、彼ら自身のことを教えなければならないのである。
晴人は視線を春歌に向け、説明を促す。本来は晴人の仕事なのだが。
「実際の戦闘になったときの指示役をしますので、うちから説明させていただきます。まず、基本的な索敵はうちがしますので、一番忙しくしていると思います。次に、晴人さんも、忙しいというか、馬車にいるかも怪しいので、オリヴィアさんのお相手はできないかと思います。あとの3人は、何もなければ暇なので、存分におしゃべりしてください。とくに貴洋さんは、いざというときにお二人の盾になる役なので、あまり離れないようにしてもらえると助かります」
急に名前を出された貴洋が、オリヴィアたちに笑みを向ける。まあ彼も人見知りというわけではないし、うまくコミュニケーションをとることができるだろう。
オリヴィアたちとしては、晴人が馬車にいないという言葉に少し引っ掛かったものの、護衛される側が2人であれば、4人の護衛でも十分であろうから、気にしないことにする。勇者の実力がいかほどかを、知っているわけでもないし。
「では、少し狭くなってしまいますが、朱音さん、貴洋さん、和眞さんのうち2人が私たちと同乗していただいて、半日ごとくらいで交代していくことにしましょう」
なんとなく、7人での移動ということで、全員が一つの馬車に乗り込むのだと思っていたが、そういうわけではないらしい。
庶民用の簡素なものであればその広さを実現できるかもしれないが、行政官が乗るものであれば頑丈な代わりに少し狭いということらしい。まあ、外国に使節としていくのに庶民のふりをするのもおかしな話であるから、違和感はない。
「みなさんは馬は……」
「乗れないですね」
「では、申し訳ありませんが、荷台に乗っていただく形になろうかと」
確かに護衛といえば騎乗して馬車の両サイドを守っているイメージだが、あいにくとそのスキルはない。彼らなら走ってその速度を出せないこともないだろうが、あえてそうする必要もあるまい。
「あとは……よろしいですかね」
「まあ、途中で王都に寄りますから、何かあればそこでどうにかできるでしょう。シュヴァール家の遣いといえば無下にもできないでしょうし」
「ありがとうございます。その辺りのことは私たち何もわからないので」
「いえいえ、護衛していただくんですから。案内は任せてください」
そういってお互いにペコペコしあう。
「では、私たちも明日の準備がありますので」
そういって、オリヴィアとサミュエルは部屋を出て行った。まあ、馬車やら食事やらの用意や確認も含めて、やることが多いのだろう。
翻って晴人たちはというと、今日はもうやることがない。武器の新調やら何やらは既に昨日済ませてしまっている。とくに行くあてのない観光に飽きてしまい、最終的には護衛の準備を始めてしまったのだ。
この世界では、あるいはこの街では、たくさんのお金があったところで、多少美味しいご飯と美味しいお酒を楽しめるくらいで、あとは買えるものもほとんどない。戦闘に向かない衣服を買いためても仕方がないので、武器と防具をそろえることにお金をつぎ込むことにした。
「案外早く終わったというか、午後暇になっちゃったけど、どーする?」
「各自、自由行動でいいんじゃないかしら。ここから2週間以上一緒に行動するわけだし」
「そうっすね」
「うちも異論ないです」
「じゃあ、いったん解散ってことで」
突然、一人放り出されてしまった晴人だが、とくにやりたいことも、行きたいところもない。領都であるからして、とうぜん観光地的な要素もあるのだが、どれもイマイチしっくりこない。
名所という意味では、今まさに訪れていたシュヴァール城が最大の観光名所であり、さらにいえば街並みのすべてが真新しい。
もちろん、ウルムの街だってかなり異世界的であり、新鮮な環境であった。しかし、そこここに見られる田舎っぽさは、ある種日本の田舎と通ずるところがある。それゆえに、見たことのなさと懐かしさの混在する、奇妙な感覚に陥ったりもした。まあ晴人は、日本の田舎に住んだこともないのだが。
「さて。何をしようか」
だらだらと散歩しているだけでも良いのだが、それでは昨日と同じように1時間もしないうちに飽きてしまう。あるいは道に迷ってしまうかもしれない。まあ、マップがあるので宿に戻れないということはないが、うっかり危険な地域に足を踏み入れて怖い思いなどしたくない。
と、いうことで、領都にある冒険者ギルドの1つを訪れた。
「こんにちは、はじめまして」
「はい、はじめまして。今日はどういったご用件でしょうか」
受付の女性が笑顔で応対してくれる。冒険者ギルドの制服は統一されているようで、ウルムにあった視点と同じような格好である。その笑顔がどこかよそよそしく感じるのは、都会への偏見か、ウルムへの郷愁か。
「この街の観光地というか、時間をつぶせる場所を教えてほしくて」
「観光地……ですか」
冒険者みたいな服装をした人間が冒険者ギルドを訪れている時点で、登録とか、依頼とか、そういう話が来ると想定したのだろう。観光案内所のようなことを求められて、受付の女性は戸惑う。
が、洗練された職業精神が、彼女の笑顔を崩させなかった。
「やはり、一番の見どころはシュヴァール城ですね。辺境伯領ならではの、純朴でありながら壮大な居城は、王都にある王城にも勝るとも劣らないと評判です。ただ、一般の方ですと中まで見ることができませんので、お堀の前から眺めるくらいでしょう。
あとは、冒険者に人気という意味でオススメなのは、夢追い海岸でしょうか。シュヴァール城のすぐ裏手の海岸は、かなり険しい岸壁となっており、その猛々しい様子は、奇景として楽しまれています。そこに行くまでに体力がいることから、冒険者以外の人はあまり訪れず、穴場スポットになっています」
他にもいくつかの箇所をオススメされたが、街のなかにあるようなところは、昨日の散歩で回っていたリ、あるいは一人で行くのがはばかられるような場所であった。
「ありがとうございます。参考になりました」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
晴人はひとこと礼をいうと、冒険者ギルドを出て夢追い海岸へと向かうことにした。
夢追い海岸にいたる道のりは確かに険しかった。山や森で不安定な足元には慣れているし、木々の上を飛び移ったりしていたから、あっさりとたどり着けると思っていたが、そうでもなかった。露出した岩が、海風で湿気を帯びて、とにかく滑りやすいのだ。
気温が高いわけでもないのに噴き出してくる汗と、その汗をさらっていく海風に向かいながら歩を進めていくと、そこには確かに絶景と、見覚えのある少女の姿があった。
「ハルトさん……でしたよね。どうしてこちらに?」
晴人の気配に気が付いたオリヴィアが、振り向いてそういった。
予想外の人がそこにいることに驚きつつ、その質問に答える。
「午後暇になっちゃいまして。どこか観光しようと思って、ギルドに訊いたら、ここがオススメということだったので」
「……夢追い海岸、でしたっけ」
「ご存じでしたか。何やら穴場スポットとのことで」
今この場所には、晴人とオリヴィアしかいない。
「ここに来るのは、冒険者になりたい子供と、役人の家の子供だけですから」
「…………」
その表現に違和感を覚える晴人。役人になりたい子供でもなく、役人の子供でもなく。
目の前にいるオリヴィアは、つい先ほど出会ったばかりである。そして、これから2週間ほど一緒に行動する人物でもある。どの程度踏み込むべきか。どの程度、いま、踏み込むべきか。あるいは、それは晴人で良いのか。
「なぜ、夢追い海岸と呼ぶか、ご存じですか?」
「……いえ」
「なぜだと思います? せっかくだから、予想してみてください」
夢追い海岸、あまりにも意味に富んだ名称である。単に地名とか、人名というわけではなさそうである。
考えたところでわかりようがないので、直感で答えてみる。
「そうですね。……こんなのはどうでしょう。ここに来る道中が険しいので、独力でここに来れるようになったら冒険者になるという夢をかなえることができる。ゆえに、子供が夢を追って訪れる海岸。略して夢追い海岸」
「素晴らしい。満点の回答です。多くの冒険者はそのように思っていますし、そう触れまわっている人もいます」
「……ということは、真実は違うのですか?」
「はい。……もともとこの場所は夢捨て海岸という名前でした」
「夢捨て海岸……ですか?」
「ええ。捨てるという言葉が、いつのまにかどこかで追うという言葉に間違って伝わったようです」
自動翻訳で日本語を聴いている晴人には、いまいちピンとこない話である。そのピンと来てなさに気が付いたオリヴィアが、少し寂し気に笑う。
「そういえば、ハルトさんたちは異世界から来たんでしたね」
「すいません」
「いえいえ。…………ところでハルトさんは、子供のころの夢、憶えていますか?」
「夢、ですか。そうですね……。僕が憶えている一番古い記憶では、天文学者になりたかった気がします」
「天文学者?」
「ああ、すいません。星とか月とか、宇宙……空の向こう側にあるものとかを研究する人たちです」
「ずいぶん難しい仕事があるんですね」
「ええ。結局、僕にはなれないということで、途中で諦めちゃったんですけどね」
「そうですか。じゃあ、私と同じですね」
「……」
「私、本当は冒険者になりたかったんです。ハルトさんがご存じかはわかりませんが、シュヴァール家の人間は代々冒険者となります。そこで、一定の実力を示してはじめて、辺境伯の地位を継ぐのにふさわしいとされるのです。
そんなわけで、私の周りには、冒険者として華々しい成果を上げた人間がたくさんいます。なかには実力を示せなかった人もいるようですが、それも含めて、自由な空気に憧れていました」
「そう……なんですね」
「けど、私は生まれたときから……いえ、生まれる前から役人になることが決まっていました。役人の子は役人に。どこまで出世できるかは私の能力次第なのでしょうが、ある程度のポストまでは用意されているはずです。私は、そういう世界に生きています」
「…………」
「……ごめんなさいね。こんな嫌な話をしてしまって。けど、ここは私にとって、そういう場所なのです」
「いえ、こちらこそすいません。何も知らずに立ち入ってしまって」
そういうと、オリヴィアは、静かに首を横に振った。そのままオリヴィアはまた、海のほうを向いてしまった。もう、話すことなど、ないかのように。
このままいても、気を使うし、気を使わせてしまう。そう思って、立ち去ろうと身を翻した晴人だが、踏み出しかけた足を止めて、再び声をかける。
「……僕も一つ、嫌な話をしていいですか?」
「? ……どうぞ」
「僕は、かなり自由な世界から来ました。職業はもちろん、住む場所も自分で決めれましたし、犯罪とかせず普通に暮らす分にはだいたいのことが許される世界でした」
「ずいぶん、うらやましい世界ですね」
「ええ。そう思います。そんな環境にあっても、僕たちが自由を感じることは稀でした。才能がない、お金がない、時間がない、人脈がない、容姿に恵まれてない。僕たちは悲しいことに、不自由ばかりを感じていました」
「……自由じゃないほうが幸福ということですか?」
「いえ、そんな不誠実なことは言いません。自由なほうが幸福に決まってます。少なくとも僕はそう思っています。僕がいいたいのは、人間はそれだけ、愚かだと、そういうことです」
「愚か、ですか」
「はい。僕もまた、そんな愚かな人間の一人です」
「……あまりそう見えないですけどね」
「この先の2週間で、きっとわかりますよ」
晴人は、それ以上の説明をするつもりがないようだった。それは、説明が難しいからでもあるし、言葉で説明するよりも一緒に行動したほうが伝わるからである。
あるいは、それでも伝わらないのであれば、それでよいのだとも、思っていた。晴人たちは、異世界の人間である。環境も文化も常識も違うのに、必ず分かり合えるなんて保証は、ないのだから。
少女は再び海に向かう。そこに捨てたものを想いながら。あるいは、捨てきれなかったものを抱えながら。




