28.門前、あるいはその先に何もないもの。
ウルムを出て、2日目。晴人たちは、前日より速いスピードで街道を走っていた。
前日と同じようにゆっくり話しながら進んでも良かったが、さすがに街道での2泊目は避けたかったらしい。領都近くでの野営は昨晩以上の負担が予想されるから、ある意味では当然の発想だろう。
彼らの想定は功を奏して、夕方になるより前に人の気配がする場所へとたどり着いた。
木を組んで作られた簡易的な柵と、一定の間隔でそびえる物見櫓。ウルムの方から訪れる人は少ないだろうに、南東方向にもちゃんと見張りの人が配置されている。
ウルムの街を囲んでいたような外壁がないところから考えるに、ここが都心部ということではないのだろう。現に、柵越しにみえる景色も、田園のそれであり、領都というにはあまりにも牧歌的である。辺境伯領ということであるから、そうである可能性もないではないが。
柵と街道とがクロスする部分は開閉できるようになっている。勝手に通ってよいものかためらわれるが、近くに衛兵どころか、管理する人もいない。物見櫓まで行けば人がいるが、彼らに声をかけなければならないのなら、ここにそれがあってよいはずである。
仕方がないので、おずおずと扉を開けてなかに入る。
やはり街道はまっすぐに伸びていて、その先には頑丈な壁が高くそびえている。なるほど、あれが領都の都心部らしい。
またしばらくの田園地帯を走って抜けると、外壁へとたどり着いた。壁の外にも農家の人たちが住んでいるらしい気配があったから、内壁、あるいは城壁といった方が適切なのかもしれないが。
外壁にはとうぜん門があって、そこには門番がいる。
兵士と思しき甲冑を身に着けた門番は、見慣れない5人組を視認すると声をかけた。
「そこの者たち。見ない顔だが、何者だ?」
門番をしていて、見る顔のほうが多いのであればかなり優秀な記憶力である。晴人がそんな意味のないツッコミを脳内で入れていると、先頭にいた朱音が応対する。
「はじめまして。私たちはウルムの街から来ました冒険者です」
「ほう。田舎の冒険者が出てきたのか。道理でこの街の者らしくない服装をしているわけだ」
領都の人がどんな格好をしているのは、晴人たちは知らないわけだが、ウルムよりはちゃんとした服装をしているのだろう。あえてウルムの衣服を悪くは言わないが、多少のオシャレができそうなら何よりである。
「それで、この街に何の用だ?」
そんな海外旅行みたいな質問をされても。反射神経でサイトシーイングとカタコト英語を返しそうになるのをこらえて、丁寧な説明を試みる。
「私たち、知り合いを探していまして。どこにいるかもわからないので、情報収集のために人の多そうな領都に来たところです」
「知り合い? ウルムからこっちに来たのか?」
「いえ、ウルムの知り合いではなくてですね」
「? ウルムにいたお前たちと、ウルム以外にいたその者たちがどうやって知り合うんだ?」
至極まっとうな疑問に、言葉を詰まらせる朱音。
最初からてきとーに登録替えしに来たみたいに嘘をつけばいいのにと思っていた晴人が、仕方がないので助け舟を出す。
「ああ、すいません。ちょっと、紛らわしかったですね。自分たち実は依頼を受けてまして。人探しの依頼なんですけど。ウルムにいる友人の知り合いがこの国のどこかにいるはずだから探し出してウルムに連れてきてほしいと。それでまあ、道中仕事をしながら友人の知り合いを探すための情報を収集しようかなと」
「なるほど。依頼だったのか。最初からそう言ってくれ。では、依頼書を」
そういって門番は手を差し伸べる。が、晴人たちは当然、そんなものを持っているはずもなく。どころか、依頼書なる制度があることすら知らなかった。それもそのはずで、彼らは勝手にイデュルム大森林に入っては、素材を売って生計を立てていたのであり、依頼達成の報酬を得ていたわけではない。特殊な生活をしていたせいで、冒険者の一般常識を知らなかったのだ。
「なんだ? 依頼書を出せないのか? そうすると通してやることができないんだが」
門番は訝しげな表情で、そう伝えてくる。すぐに疑いを向けてこないのは、ウルムが田舎過ぎるが故のことかもしれない。とはいえ、疑われなければいいのではなく、領都に入りたいのだ。
「ごめんなさい。依頼というのは嘘です。うちら、異世界から来た者です。ご存じないですか、少し前にウルムに召喚された。それで、元の世界での友人たちが他にも召喚されているはずなので、それを探しているんです」
晴人の助け舟が沈みかけたところで、春歌が正直にすべてを話す。こういう思い切りの良さが、彼女の魅力である。
「え? 異世界?? 召喚??? 田舎暮らしで気が触れたのか?」
が、とうぜん、そんな話は信じてもらえるはずもなく。憐れまれていて捕まることはないのかもしれないが、意味不明なことをいう人間を街の中に入れてはくれないだろう。いちどこうなってしまえば、この後どんな方便を弄しようとも、嘘だと思われて取り扱ってはくれないだろう。
かなり困った状態で、どうすればこの門番を説得して中に入ることができるかを思案していると、門番の奥から一人の男性が近づいてきた。
「どうした、イーサン。何かトラブルか?」
「ああ、リアムさん。この人たちがちょっと……」
「……みたところ、田舎から出稼ぎにきた冒険者にしか見えないが」
「彼らもそう言っているのですが、その、目的が意味不明でして……」
「意味不明?」
「ええ、異世界人で、元の世界の知り合いを探してるとか何とか」
上司と思しき男性、リアムと呼ばれていた彼も、異世界という言葉を聴いてしばし硬直する。晴人としては、それはまあ意味不明だよなあという気持ちなので、苛立ちみたいな感情はないが、とはいえ領都に入れてもらわなければ困る。
何と説明したものかと考えていると、リアムが口を開く。
「イーサン。今この人たちが異世界人って言った?」
「ええ」
「異世界人って言った?」
「はい」
「異世界人って言った?」
「だからそうですって」
「異世界人って言ったら領主様から通達が出てたじゃねえか」
「なんですか、それ?」
「なんで聞いてねえんだよ。一か月くらい前に、異世界人を名乗る6人組が現れたら迎賓館にお迎えしろって。……あれ、でも5人しかいないな」
そういってリアムは朱音たちの方を見る。その目には、疑いと哀れみが交互に映る。
「あ、一人ウルムに残してきたのでここにいるのは5人ですが」
「そうでしたか。まあ、異世界人を偽るなんて発想にはそうならないだろうから、この人らが領主様の言っていた異世界人に違いないな」
どうやら話が通じたというか、納得してもらえたようで安心する5人。確かに、ウルムでは召喚された瞬間を見た人、というか召喚した張本人がいたので、異世界人ですといって通じたが、普通の街の一般市民には意味の分からない話である。
今後は、名乗り方というか、身分の偽り方についてもう少しちゃんと考えておく必要がありそうだ。
「それで、みなさんはどんな御用で領都へ? ここには田舎ほどの魔物はいないし、都会ほどの物資もないが」
「とりあえずウルムでの仕事が終わったので、情報収集のために手近な街に来たというところです。他にも召喚された知り合いがいるので、その人たちを探すのが当面の目的ではありますが」
「なるほど。であれば、どうです? 迎賓館に来ませんか? 多少は情報が得られるだろうし、win-winな関係だと思いますぜ」
「私たちにとっては願ってもないチャンスだけど、領主様に何かメリットがあるかしら」
「もちろんですとも。ここの領主様はとにかく新しいもの好きでしてね。みなさんの話を聴ければ喜ぶと思いますぜ」
「なるほど。ちょっと私たちだけで相談してもいいかしら? それとも強制?」
「いやあ、お客さんを歓迎するのに強制ってのはおかしいですから、ごゆっくり相談してくだせえ」
そういうと、少し離れたところで、相談できそうなスペースまで案内してくれた。ウルムから来る人がほとんどいないとはいえ、門の前にずっとたまっているのは悪かったので、ありがたい配慮である。
「決まったら、断るのでも一声かけてくだせえ」
リアムがそういって立ち去ったのを見届けてから、朱音が4人に問いかける。
「どう思う?」
「いいんじゃないですか? 招いてくれるって言ってますし」
「オレも同じ意見っすね。」
後輩組の2人はわりとノリ気のようである。が、そうでない人もいて。
「で、二人はどうかしら」
「いやあ、朱音の懸念もわからんでもないというかね。リスクがないとも限らないよなあというところではある」
「でも、晴人さん。オレたちのことを知ってたのとかは確かに気になるっすけど、何かする気ならもう少し積極的に接触してきそうじゃないっすか?」
「まあ、基本的にはそうだろうね。でも、例えば、ウルムの街に召喚されたことまで知ってたとする。その異世界人が、まあウルムでしばらく過ごすとして、そのあとはどうすると思う?」
「そりゃあ、他の街に行くんじゃないですか? 現にオレたちも移動しているわけですし」
「なるほど。うちらが十中八九領都に来るなら、わざわざ動かなくても待っていればいいってことですね」
「いえす。ついでにいえば、辺境伯領は全部領主の統治下だからね。他の領地へと至る道に検問がされているかもしれない」
「けど、それならどのみち一緒なんじゃないっすか? むしろ協力的だとわかれば許されるかもしれないっすよ」
「それも一理ある。が、懸念はまだある」
「まだ何かあるんすか?」
「どちらかというと、こちらの方が厄介だね」
晴人はもったいぶったようにそう言いながら、貴洋の方にちらちらと視線を向ける。話長ければ君が説明してもいいよ、などと言わんばかりに。
が、べつにわざわざ仕事を請け負いたいわけでもない貴洋は、ひとつ肩をすくめると、そのまま晴人に戻してしまった。
「僕たちは今、情報を欲している。なぜなら、この世界に関する情報をほとんど持っていないからね」
「だからこそ詳しい人に訊こうとしてるんじゃない」
「そう。だけど、僕たちは受け取った情報を、本当に信じていいのかな?」
「なるほど。情報の真偽を確かめようがないって言いたいのね。けど、そんなこと言ったら、何の情報も得られなくなっちゃうじゃない」
「もちろん。どこかで妥協というか、情報を受け取るフェーズは必要だとも。が、最初に受け取る情報が、貴族の情報でいいのか、っていうのは考えてもいいと思うんだよね。僕らの取り扱いについて、かなり大きな利害関係を持っていても不思議じゃない」
「貴族たちが異世界から来た人間を政治利用しようとするってのは、確かにテンプレっすね」
「まあ、物語みたいなことに本当になるかはわからないけどね」
晴人は4人の方を見渡す。いちおう相談するけどまあ行くよね、というような軽い空気感は消え、各々がリスクとリターンとを天秤にかけているようである。
「けど、晴人。お前は行った方がいいと思ってるわけだな?」
「いえす」
「でも晴人、リスクがあるって、あんた自身がいま言ってたじゃない」
「もちろんだとも。けど、それを超えるメリットがあると思う。まあ単に、リスクがあることを知っておいてほしかったのと、情報を鵜呑みにしないよう注意したかっただけだよ。回りくどい言い方をしてすまないね」
いちど信じてしまった情報を、改めて疑うことは難しい。頭では客観視できているつもりでも、気づかないうちに拘泥してしまうものである。そういう意味では、晴人の言動には意味があったのだろう。
彼の言う通り、彼にしてはずいぶんと回りくどい方法ではあったが。それだけ慎重を期しているのかもしれない。
「じゃあ、特に異論がなければ領主のところに案内してもらうけど、いいかしら」
ほとんど発言していなかった貴洋も含めて、首を縦に振る。そうして、彼らは再び、門番のもとへと行くのであった。




