25.離別、あるいは最初から知っていたもの。
ウルム役所には、“朱き来訪者”6人の姿があった。
ここを離れる前の、最後の挨拶である。6人全員で訪れるのが礼儀だったし、こんなところにまで合理性を求める人はいなかった。
あるいは、美波と過ごす最後の時間だったからかもしれないが。
「……そうか。この街を離れてしまうのか」
「はい。それが私たちに与えられた使命ですから」
とはいえ、代表して話しているのは朱音で、他の人も話を振られて少し答える程度である。晴人に至っては、一番後ろについていって、質素な内装をきょろきょろと見まわしているだけである。
彼はおよそ狩猟のことで忙しく、思えば役所に来たのも初めてであった。したがって、彼らの担当となっているエアハルトと2人きりで話したこともなく、その隣にいる市長的な人物など見たこともなかった。
「私たちとしては残念なことですが、この世界のためには致し方ないことなのでしょう」
どこまでが本音で、どこからが社交辞令なのかはわからないが。
2人の役人に、彼らを引き留めようという意図は読み取れない。あるいは、本心ではウルムに残ってほしいのかもしれないが、少なくとも表に出すことはしなかった。
「ミナミさんは残るとのことですし、ここを故郷と思って、いつでも帰ってきてくださいね」
「ありがとうございます」
先ほどからエアハルトはちらちらと美波のことを窺っている。
そういえば彼は美波のことを好きなんだったなと、苦笑しながら思い出す晴人。美波の判断にそのことがどれほど含まれていたのかは知り得ないが、この街で2人の物語は続いていくのだろう。
「皆さんには申し訳ないが、この後も少し仕事が立て込んでいましてね。これで失礼させていただきます。ここの部屋でゆっくりされても構いませんし、何かあればエアハルトに申し付けてください」
「お気遣いありがとうございます。私たちもこれから、街の人たちに挨拶に行きますので」
もう少し、長々と話すことになるのかと思っていたが、案外だった。
役所でのあいさつなどこんなものと言われれば確かにそうかもしれない。
それに、晴人たちが魔王石が破壊したことで、中央への報告やらなにやらで仕事が増えてしまったのだろう。
いずれにしても、お互いに貴重な時間を無駄に過ごすこともないから、彼らは応接室を後にする。
次に向かったのは、教会だった。
どの順番で挨拶に向かうべきかは、きわめてややこしく、面倒な問題であったが、そこはリーダーである朱音が判断してくれた。
晴人にしてみれば、どこに行ったとしても後ろについていくだけであるから同じであるが。
「“朱き来訪者”のみなさん。よくいらっしゃいました。何もありませんが、なかへ」
外にいたシスターが彼らに気が付いて教会のなかへと招き入れる。
はじめてここに来たときに抱いた感想は質素で美しい内装であったが、この世界で1か月半ほど暮らした今、改めて思う。意匠の凝らされた建物である、と。
教会がどうやって維持されているのかとか、回復魔法は儲かるのかとか、そういう無粋なことは考えない。ただひたすら、この世界の、この街の現状を知ったというだけで。
「みなさん、お久しぶりです。あ、アカネさんとミナミには昨日会いましたね。みなさんでここにいらしたということは、この街を発たれるのですね」
彼らを出迎えてくれたのは、アンネであった。美波の口からたびたび登場し、それも友達のように語られるから忘れていたが、彼女はここの教会長である。
「はい。美波ちゃんはウルムに残ることにしたみたいですが、私たち5人は明日、この街を出発します」
「それは、ずいぶんと急なことですね」
「他の場所に召喚された仲間たちが気になりますから」
「あなたたちの他にも召喚された人たちがいるのでしたね」
心なしか、アンネさんの表情が曇った、ような気がした。
晴人たち42人を召喚することにした張本人は、田舎の教会長というわけではなくて、中央にいる偉い人なのだろうが。そうだとて、負い目を感じないほど割り切れるものでもない。親しい人と散り散りになる寂しさに、思いを馳せるならなおさら。
これに対して、朱音たちは何もいえなくなる。
気にしなくてよい、などという言葉は、どこか空々しい。もちろんアンネを責める気など毛頭ないにしても。
「まあ、大丈夫ですよ。みんな優秀なんでね」
無責任で楽観的な、空々しい言葉を発するのは、晴人の重要な仕事のひとつだ。
彼の口からその言葉が出ると、本心がどうであれ、本当に大丈夫なように聞こえるから不思議である。
その優しさに救われたかのように、アンネは表情を穏やかにした。
「そういっていただけると、助かります」
そこからは、ただの雑談とありがたい情報が半々だった。
領都に行くための方法、頼るべき人、ケガに対する応急処置。
晴人たちが初めてここに来たときのこと、第一印象、飲み会の記憶、日々轟いていた“朱き来訪者”の名前。
この1か月半をなぞるように、懐かしむように、彼女たちは話した。もちろん、その会話に晴人がなかば入れていないことは、言うまでもないが。
「アンネさん。本当にお世話になりました。美波ちゃんのことを、お願いします」
「はい。任せてください。みなさんも、お気をつけて」
アンネが美波の肩に手をおきながら、そう微笑んだ。
ずいぶんと仲が良さそうで何よりである。きっと、美波は見つけたのだろう。より居心地の良い相手を。
最後に訪れたのが、ギルドであった。
晴人が毎日のように通った場所であり、数少ない知人が集まる場所である。その、数少ない知人であるミシェルが、6人の姿に気が付いた。
「アカネに、みなさんも。珍しいですね、6人お揃いで来るなんて。どうかされましたか?」
「ミシェルがいてよかったわ。あなたに挨拶しに来たのよ」
「挨拶?」
「ええ。私たち、明日この街を発つことにしたの。正確には美波ちゃんは残るんだけど」
「え!? 明日ですか? ずいぶん急ですね」
「おんなじことをみんなにも言われたわ」
「そうでしょうね。そのくらい、アカネたちがこの街に馴染んでいたということですよ。……もう少し、ここに留まるわけにはいかないんですか?」
「そうね。少しでもはやく、やるべきことがあるのよ」
「そう……ですよね。わかってるんです。……わかってるんですけど」
ミシェルは誰よりも5人との別れを惜しみ、引き留めようとしていた。
おそらくそこに、ギルドの業績云々というような打算はまるでなくて。仲のいい友人が遠くに越してしまうかのような、そんな寂しさからの言葉なのだろう。
あるいは。彼女は知っているのかもしれない。
この世界で街を出るということの重大性を。飛行機もなければ電車も、自動車すらないなかで、街を出るというのは、相当覚悟のいることであるのだろう。そして、そうであるからには、戻ってくるのにも相当の苦労が必要であるのだと。
ウルムという辺境の地は、ここを離れていく若者はいても、訪れる者はおらず、帰ってくる者も少ない。
だとすれば、いま新たに旅立とうとする友人たちと、再び会えるなどと、どうして期待できようか。
「また。いつか帰ってきますよ」
晴人の声が、突如届く。
「お茶をおごるという約束も、果たさないといけませんからね」
「ふふ。そういえば、そうでしたね。ウルムで待ってますよ」
その言葉が、すべてだった。
ミシェルは気づいている。彼らの選択をどうこうできる余地はないのだと。自分は、それを受け取ることしかできないのだと。そして、彼女にできる最大のことは笑顔で友人らを送り出すことである。あるいは、勇敢なる者を。
1カ月半でよくここまで仲良くなれたなと、ミシェルはそう思う。
毎日会っていたとはいえ、業務連絡が主で、その前後に他愛のない話をしたくらいである。ご飯に行ったのも数えるくらいで、朱音とは休みのたびに出かけたりもしたが、それだって人生の休日からすればごくわずかである。
「みなさんなら、大丈夫だと思います」
まじめなのにいい加減で、冷たいほどやさしくて、とてもいい人たち。ミシェルから見た朱音たちの印象は、そうである。
この世界にはいないような。
異世界からこの世界を救う勇者が来る。ギルドからそういわれたときは、にわかには信じられなかった。が、いまなら納得がいく。そして、彼らがこの先も活躍することも。
「はい。僕たちなら、大丈夫です」
この尊大な青年たちとの出会いは、彼女にとって、貴重な出会いだったのだろう。
そのあといくらかの言葉を交わして、朱音たち6人はギルドをあとにした。話したいことはいくらかあって、立ち去るのですら名残惜しかったが、ミシェルは今、就業中である。
それに。こういうときは、一緒にいればいるほど、別れがたくなるものだ。
そのことをみんなよく知っていた。
「じゃあ、宿に戻ろうか」
「あ、ごめん。一か所寄りたいところがあるから、先に戻っててもらってもいい?」
みんなで宿に戻り、お風呂に入ってご飯を食べ、ウルムでの最後の夜を過ごそうというタイミングで、晴人がそう切り出した。
各々仲の良い人たちに別れを告げ、しんみりとしていたから、少し戸惑う。
「まあいいけど。別に急いでないから私たちも一緒に行くわよ?」
「ああ、いや。大丈夫。ちょっと用事を済ませるだけだから」
こういわれては、ムリについていくわけにもいかない。多少訝しく思いながらも、5人は晴人を残して月照庵のほうへと歩いていく。
自然な流れに逆らってまで晴人が訪れたのは、いつか来た図書館だった。あれ以降も、休みのたびにちょくちょく本を読みに来ていて、何もいわずに去るのは、どこかためらわれたのだ。
が、その願いはかなわなかった。
いくぶん陽が傾いてきたこの時間。図書館は既にしまっていた。ほぼ一日中開いているギルドと、夕食時で活気づいてくる飲食店を除いては、多くのお店が閉まりはじめている。
図書館はとくに、急ぎで来る人もいないだろうから、ある意味では当然のことだった。
晴人は、閉店を示す立札を確認して、二、三の逡巡の後、おとなしく月照庵へと戻っていった。
これが、彼らがウルムで過ごした、最後の一日である。
第1編は、ここまでとなります。
どういう離別が訪れるか、想像を巡らせたのですが、彼らならこうするだろうということで、ここに至りました。
第2編とはかなり地続きですが、1日ほどお休みをいただいて、明後日から始めたいと思います。




