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超人、あるいは変化をもたらす者。  作者: えくり
ウルム編
26/40

24.献身、あるいは肯定の対価となるもの。

少し、繊細な内容を含みます。

 朝。

 彼らにしてはずいぶんと遅い、午前9時ごろ。晴人たち6人は久しぶりに『月照庵』の食卓を囲んでいた。見慣れた景色に、座りなれた椅子。少し親しくなった娘さんと、食べなれた女将の味。狩猟前の冒険者でにぎわっているのだけが新鮮だけれど、無事に戻ってこれたことを実感する。

「怒涛の一週間だったわね」

「そうっすね。そんな経った気はしないっす」

 魔王石破壊の遠征に出発した日から、昨日までの一週間。食料は十分にあったし、夜はちゃんと眠れたが、心安らぐ時間というのはほとんどなかった。いつどんな危険が訪れるか。余裕そうに見えていても、ちゃんとストレスはかかっていたのだ。

「なんにせよ、うまく目的は達成できたわけだけど、今後どうしようかしら」

 リーダーである朱音が全員に問いかける。

 朝一番の会話でそんな重大なことをとも思うが、彼らはずっと考えてきたことである。少なくとも帰路についてからの2日間は、頭の片隅にあったはずだ。

「難しい質問だね」

「でも、いずれ決めることよ。なら早いほうがいいじゃない」

 もちろん意地悪で急かしているわけではない。朱音のなかにはいくつかの、いくつもの懸念があった。少し前なら異世界で散り散りになったことから生じている漠然とした不安というか、杞憂にすぎないだろうと思っていたのだが、今回の遠征で少し話が変わってしまった。

 それは遠征で魔族に出くわしたからでもあるし、にもかかわらず成功に終わったからでもある。

「選択肢は、そう多くないからな」

「そこなんですけど。うちはもう少しペンディングにしたいというか、まだ決められない気がします。不可能なものを除いていったら1つしか残らなかった、なんてこともあり得ちゃいますよね」

「情報収集をしたいってことかしら?」

「そうです」

「ふっ。上司に似てきたな」

 貴洋が嬉しそうに笑う。どこかおちょくるようなニュアンスを感じて眉をひそめる晴人。とはいえ、春歌が言い出さなければ自分が提案していただろうから、何もいいかえせない。

「そうね。けど、何か情報が増えて選択がかわる?」

「と、思いますけど。私たちって、ウルム周辺以外のことは全然知らないじゃないですか。全体の地図を見たことさえないですよね。もしかしたら小さな島の集まりかもしれませんし、Oの字みたいな変な形の大陸かもしれません。あとは、いくつ国があって、それぞれ国を超えられるかとか。とにかく知るべきことはたくさんあります」

「めちゃ正論っすね。オレも情報収集したほうがいい気がしてきたっす」

 春歌の指摘した可能性は至極まっとうで、反論しようという人はいない。何となくマップ右下の魔王石が大陸の南東にあったことから一つの大陸の話だと思っていたが、その限りではないのだ。この辺りは自動的に日本語に翻訳して聞こえる不思議機能の、ある種の弊害かもしれないが。

いずれにしても、不確定な状況を好む6人ではない。情報収集に努めることにするようだ。

「じゃあ考えるべきは、どこで情報収集するか、だね」

「? ギルドとか役所とか教会じゃないんすか?」

「まあ手始めに行ってみてもいいだろうけど」

「その辺でわかることなら俺らが既に知っててもいいはず、ってことだな」

「うん。ウルムは、大陸の南東端にある国の、辺境伯領の、さらに端にある田舎だからね。街道をみた感じ往来も頻繁じゃなさそうだし。しかもここには学校がない」

 インターネットでどこでも繋がれる現代日本では、どれほど田舎であろうと調べものは簡単にできるし、地球の反対の出来事でさえ、その正確性はともかくとして、ほとんどリアルタイムで知ることができる。

 翻ってこの世界はどうだろうか。晴人たちが持っているトンデモ端末を除けば、情報伝達は紙に書いて人が届けるしかない。紙も500枚300円みたいなありふれたものではなさそうで、必要最低限の共有がされているに過ぎないだろう。とくにこんな田舎であれば。

 が、都会に出れば話が違う、かもしれない。まあ領都に行って領内のことが、王都に行って王国内のことがわからないとなれば、そのほうが心配である。

「ということは、どちらにしてもウルムを出るしかなさそうね」

「そうだね。国の広さすらわからない以上は、とりあえず領都に行くのが正着だと思うよ」

 ウルムを出る、というフレーズを聴いて顔を見合わせる3人。

 この世界に来てからの1か月半ほど、彼らはウルムのなかで生活してきた。この1週間はフロムベルクのほうに出ていたわけだけれど、無事にウルムに帰れることを願うくらいには、ここをホームだという認識が定着している。

 だからこそ、ウルムを出るという判断に、心が動いてしまう。

 それは寂しさかもしれない。名残惜しさがあるのかもしれない。あるいは、戸惑いかもしれない。

「ああ、俺もそれが妥当だと思ってる」

 それでも、彼らは前に進むことを選ぶ。

「いいですね、領都。賛成です」

なぜか。彼らにはやるべきことがあるから。日本に帰るために達成すべきタスクを与えられているから。

「案外ちゃんと都会かもしれないっすね」

 一人を除いては。

「あ、あの。お話があります」

 それが彼女に与えられた、最初で、おそらく最後で、そして最適な機会だった。


「わ、私。ウルムの街に、その、残りたいと、思って、います……。み、みなさんが、ここを離れるなら、一人ででも……」

 徐々に声のトーンは小さなりながらも、最後まで言い切る美波。

晴人が他の4人の様子を盗み見ると、朱音と春歌に驚いた様子はない。なるほど、2人にはあらかじめ相談していたのかもしれない。

 では貴洋と和眞にとって青天の霹靂かというと、そういうわけでもない。いつか飲み会の帰りに、晴人が朱音に返答していたように、彼らにとっては暗黙に共有された秘密でしかなかった。

 とはいえ、詳しい事情は知らないし、やはり気になるわけで。

「詳しく教えてもらってもいいかな?」

「そ、その。ちょっとまとまってないんですけど。いいですか?」

「もちろん。今日は予定がないもの。ゆっくりでいいからね」

「……あ、あの。私、聖魔法しか使えないじゃないですか。この前のスキルポイントも、聖魔法にあててしまったので。それで、聖魔法って回復、にしか基本的に使えないんです。教会の人に、聖魔法が実用的なのは回復だけだって、そう教わりました。

 でも、この1か月くらい、誰もケガも病気もしませんでした。もちろんそれは嬉しいことです。最初は、もしみなさんがケガしたらって想像するだけで怖かったです。そんな怖い想像が現実にならなくて、本当に良かったって、毎回思っています。

 昨日までの遠征もそうです。魔族まで出てきて、ルチアーノくんがケガするくらい強い相手だったのに、みなさんは傷一つなかったですよね。私が回復をする機会は、一回もなかったです。

 それでその、気づいたんです。私はこのパーティに……、いらないんだなって」

「でもそれは、たまたまうまくいっただけって可能性もないかしら。魔族のことも、晴人が有益な情報を拾ってきてくれて、ほとんど戦ってないようなものだし。もしかしたらこの先、もっと強い敵が出てくるかもしれないし、そのときは正面から戦わなきゃいけないかもしれない。そのときに美波ちゃんがいるかどうかは、その、私たちの安心感にもつながるのよ」

 朱音が美波を説得しにかかる。もちろんその言葉に嘘はなく、心の底から思っている、そして考えていることだ。

 彼女は気が付いている。先日の魔族戦において晴人が何かしたであろうことを。それが何かまではわからないが、たまたま魔族の行動範囲がわかって、火を使う戦術を思いついて、自分たちが指示通り動いた、その結果の成功ではないのだと。

「それでも、です。正直私は、朱音さんたちが苦戦する未来が見えません。もしかしたらかすり傷くらいはあるかもしれませんが、この世界では自然治癒力もそこそこ高いみたいです。

 それに、他のパーティにも聖魔法使いがいるはずです。強い敵と戦っているころにはその人と合流できていると思います。やっぱり、私でなくてはならない理由は、ないんです」

「ちょっといいかな」

 今度は春歌が小さく挙手してコメントする。

「それはうちらと一緒にいなくていい理由にはなるかもだけど、ウルムに残る理由にはなってない気がする。ここに一人で残るより先輩たちについていくほうがたぶん安全だし、もっと大きくて安全な街に移ってからそこで暮らしてもいいんじゃないかって思うけど」

「もちろんウルムに残りたい理由もあるよ。

この街の人の治療をしたいんです。この街の人には本当に優しくしてもらいました。とくに教会の人たちには、聖魔法の使い方も教えてもらいましたし。だから、恩返しをしたいというのがあります。

 ウルムには狩猟の途中でケガをして冒険者を続けられなくなる人がいるそうです。教会で治療をするけど、より高度な聖魔法じゃないと治せないものもあります。私が治療をはじめてから、治らない人の割合は大幅に減ったそうです。ルチアーノくんもそうです。フロムベルクで彼を治せたときに思いました。幸運にももらえたこの能力を、この街の人のために使いたい、と。

 いつ来るかわからない、パーティのみなさんを治療する日を待つより、明日にでも来るであろうウルムの患者を治してあげたいんです」

 言いたかったことを言い終えたのか、他に言うべきことを探しているのか、美波は目の前の水をゆっくりと飲んで、一つ息をついた。

「ウルムに残ることを許してはもらえませんか?」

「もういっこ聞いていい?」

「うん」

「うちらと離れるってことは、日本人が周りにいなくなるってことだけど、それはいいの? うちは美波が心配だけど一緒に残ったりはしない。はやく帰りたいから。それでも、平気?」

「平気……だと思う。正直わかんない。けど、どっちかは選ばないとダメだから」

「そう……。」

「俺からもいいか?」

「は、はい。何でしょう」

「俺らは魔王を倒しに行く。当然に。それも、できるだけ早く。それについてはどう思ってる? ここで恩返しをしたいなら、できるだけ長くいたいと思うか?」

「い、いえ。そうは思いません。やっぱり日本が恋しいし、早く帰りたいです」

「早く帰りたいけど、魔王を倒しに行かないのか?」

「貴洋さん、そんな言い方はないっすよ」

 思わず和眞がたしなめる。確かに貴洋の言葉は、あまりにも強い。少なくとも、頑張って本音を紡ごうとしている後輩に対してかける言葉としては。

「ああ、悪い。」

「いえ、自分でも卑怯なのはわかっています。……私は、みなさんに期待しているんだと思います。みなさんなら魔王を倒してくれる、それもすぐに。私がついていかなくても問題ない、そう思っています。それは、みなさんが強いからですし、私が無力だからです」

「私は戦うだけが力ではないし、戦闘以外でも美波ちゃんにいてほしいと思うけどね」

「……」

 朱音のその言葉に、美波は俯くだけであった。

「オレは。オレはいいと思うっすよ。ウルムに残るのも。ウルムはこれから忙しくなるかもしれないっす。オレたちが魔王石を倒したって知って、それこそ領都から冒険者が来るかもしれないっす。長城の向こうとか、イデュルムに行く人が増えるかもしれないっす。それに、オレたちが狩ってた分の素材はこの街の冒険者が狩ることになるっす。そんな人の援助ができるって、すごいことだと思うんすよ」

 朱音たちの脳内で、ウルムを出た後の自分たちのことは幾分考えていたのだろうが、その後のウルムのことを考えていた人がどれほどいようか。みんなが、朱音たちも街の人も、魔王石を破壊したら彼女たち全員が出ていくのが当然であると思っていたが、それがマストでないのだとしたら。かなりリアリティのある適材適所である。

和眞の援護射撃は、十分な説得力があったようで、春歌と朱音の眉間のしわが多少マシになり、張り詰めた空気が一瞬弛緩した。あるいはそれは、諦めのようなため息の音だったのかもしれないが。

「言葉の選び方をあえて選ばないけど、俺も賛成だ。タンク役としては、戦闘に参加したくないしできない人を背負うのはだいぶしんどい。岩原が大事な後輩で、死んでほしくないからこそ、俺は賛成する」

 苦虫をつぶしたような表情でそう語る貴洋。今日は休日。いつものような防具をつけていないし、盾も持っていない。それでも、いつもの格好と錯覚するほど、今の彼は盾役である。あるいはそれは、鍛えざるを得なかった身体の厚みのせいかもしれないが。

「……ずいぶん静かだけど、あんたはどう思ってるのよ」

 朱音が晴人に水を向ける。先ほどからちらちらと視線を流していたのだが、一向にしゃべりだす気配がない。ややこしくて難しい話は彼の得意分野であるだけに、その沈黙がもどかしい。

 もっとも、後輩たちと違って2人には晴人が“こういう話”に積極的には参加しないことがわかっていたから、あえて最後まで突かなかったのだが。

 そして、朱音の予想していた通り、その返答はずいぶんあっさりしたものであった。

「僕はまあ、岩原さんがそう決めたなら、それでいいと思うよ」

 あまりにも端的な一言は、晴人が美波について無関心であるような印象を与える。が、そうではないのだ。

「それじゃ、わかんないです」

 美波は明確な答えを欲した。それがどれほど惨酷な答えであるか、わからないまま。

「僕は。僕もひとりの人間だから、岩原さんの気持ちはよくわかるんだ。誰かの役に立ちたい、自分を必要としてほしい、他人から肯定されたい、存在を、価値を、認めてほしい。そんな気持ちは僕のなかにもあるよ。僕の弓は長距離専門で、洞窟とか施設内になったら、僕は役に立たない。聖魔法が使える岩原さんとは比べ物にならないくらい、僕には仕事がなくなる。そのとき、もしかしたらパーティからの離脱を検討するかもしれない。

 だからもし岩原さんが自分にできることをしたいというなら、僕は止めようとは思わないよ。というか、止めるなんてできないよ。だってそれは、素直な願望だからね。聖魔法を得意とする岩原さんが、知り合いの多い街で治療師になる。自分でそう決めたなら、それを止める権利は、僕にはないよ」

「…………。…………。…………。……晴人さんは、ひどい人ですね」

 たっぷりの沈黙ののち、落ち着いた声でそう言った。驚きとも悲しみとも違う。怒りでもない。ただただ絶望するほどの納得と、重くて深い諦めをブレンドさせて、そこに一抹の喜びを垂らした。そんな感情で。

「まあ、そうなんだろうね」

 この言葉を、このやり取りを聴いてなお、パーティについてくるよう説得できる朱音ではなかった。あるいはそれが、ただのエゴに過ぎないと、わかっていたから。

 果たして5人の同意を得ることができた美波は、ここでパーティを離れることになった。

 といっても、5人には領都に向かうための準備が必要で、あと1日は6人のパーティなのではあるが。

「じゃあ、今日は、街の人に挨拶しつつ、移動の準備をする日にしましょうか」

 当然、異を唱える人はいない。

 奇妙な静寂に包まれたまま、彼らはだいぶ遅い朝食を終えた。

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