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超人、あるいは変化をもたらす者。  作者: えくり
ウルム編
25/40

23.目標、あるいはあっけないもの。

 魔王石に向かって延焼するように、木々に火を放った晴人たち。

 そこから先は、あまりにもあっけなかった。

 春歌が使い魔の目を通してみた限りでは、順調に火勢が前進していったらしい。それもそのはずで、燃えるものが途切れそうなところには、デリドがあらかじめ木を渡しておくなどしていたのだ。

 ここまで協力的な魔族がいること自体が不思議だが。

 その後、晴人とオルネラが、しばらく経って朱音たち4人がそれぞれ拠点へと戻ってくる。十分な火勢に至った以上は、魔族にも簡単には消火できまいから、あえて気を引く必要もない。

 彼らは8人の無事を確認すると、少し遅めの夕食を摂る。万が一、火が拠点の方まで広がってきた場合に備えて2人ずつの交代で見張りをしながら睡眠につく。

 拠点のなかの安全は土の壁で担保されることが判明しているし、途中で火が消えてしまったのだとしても、彼らにできることは何もない。ただぼうっと、熱気の近づかないことだけを、確認しながら。

 そして、翌朝。

 6人は作戦を完遂したことを知った。

 タブレットに表示されるマップから、魔王石を示す点がひとつ消えていたのだ。

 自分の目でも確かめたかったが、遠くではまだ火事が続いている様子である。機械を使った消火活動がなされないのであれば、そんなものであろう。

 これ以上、フロムベルクの森に用がないことを確認して、彼らは帰路についた。

 とうぜん、帰路で事件が起こる、などということもなかった。行きよりは勝手がわかっているから、その日のうちに長城までたどり着き、その向こうにある拠点で一泊する。

 3日前の拠点がそのまま残っていることは幸運で、彼らは新たな作業をすることなく、平穏に夜を過ごす。最初につくった拠点ということで、多少の拙さを見つけながら。

 帰りは、長城の上を走るのはやめることにした。

 4人でも慎重に走ってスピードが落ちたのだ。6人では普通にイデュルムの森を抜けた方がはやい。

 そうして彼らは、1週間の遠征を遂げて、ウルムの街に戻ってきた。


「ハルトさんに、ハルカさん。戻ってたんですね」

 冒険者ギルドを訪れた2人に気が付いて、ミシェルが手を振る。

 既に夕方をだいぶ過ぎており、ギルド内はがらんとしている。冒険者のほとんどは仕事を終えて飲食を楽しんでいる頃合いだろう。

「いま着いたところです」

「そうですか。みなさんもご無事ですか?」

「はい。役所と教会に行ってます」

「それはよかったです」

 遠征に出かけることは、ギルドと役所、教会、そして月照庵の女将には伝えてあった。冒険者がいつ、どこに行こうと基本的には自由なわけだが、いかんせん仲良くなったし、お世話になっている。

 要らぬ心配をかけない方法があるのなら、それにこしたことはない。。

「なにか買取に出される素材はありますか?」

「あー、いや、ない、と思います。春歌、なにか聞いてる?」

「いえ。あるとしたら和眞さんくらいですけど、だったら言ってきそうですから」

「って感じです。まあ、魔王石を壊しに行っただけですから」

「魔王石……本当にあったんですね」

「おそらく」

「?」

 不思議そうに首をかしげるミシェルだが、晴人たちに細かい話をする気はない。疲れているというのもあるし、森を燃やしたということへの罪悪感もある。

「まあ、そういうわけで、今日明日は外に出ませんから、何か御用があれば」

「はい。ゆっくりなさってください」

 簡単な連絡だけして、晴人と春歌はギルドを後にする。

 一刻もはやく風呂に入って寝たい彼らだったが、しかし、春歌のなかには少しだけ、拍子抜けな感もあった。

「意外と、驚かれないんですね」

「うん?」

「いえ。魔王石を破壊した、なんて言ったら街中が大騒ぎになって、祝勝会だの慰労会だのがされるのかなって。勝手にそんなイメージだったんで」

「あー、まあ僕らにその気があって、人を集めて飲み会だーってすれば人は集まったと思うけどね。けど、やっぱりそんな大騒ぎにはならない気もする」

「7日もかかってけっこう大変だったんですけどね」

 けっこう大変だった、という感想については、晴人も大いに同意するところである。

 が、他方であまりにも淡白な反応に、どこか納得感もある。

「たぶん。この街の人にとってはリアリティがないんだよ」

「リアリティ、ですか?」

「うん。魔王石があったっていうのだって、都市伝説みたいなものだったろうし。それを壊してきましたっていわれたところでピンとこないんだよ。そんなこととは関係なくお腹は空くし魔物はでるからね」

 この街の冒険者は、フロムベルクはおろか、イデュルムの森にすら入らない。そんなことをしなくても生活できるし、リスクは回避したいから。

 そんな彼らにとって、魔王石なんてものはどこか遠い物語にすぎないのだろう。

「なんか……報われないですね」

 その口調は、どこか弱気に聞こえた。

 あるいは、この街に馴染んで、ここの人と仲良くなったからこその、つぶやきだったのかもしれないが。

「僕は、それでいいんだと思うよ」

「功績を認められなくても、ですか?」

「うん。僕が魔王石を壊したのは、僕が日本に帰るためだからね。この街の人の平穏のためでも、彼らに称えられるためでもない。だったら、魔王石を破壊できたっていうそれだけで、十分すぎる労いだよ」

 春歌の脳裏には、初めてギルドを訪れた日のことが、ふと浮かんだ。

“彼らからの評価は、僕の価値を左右しない”。

 その言葉は、春歌を納得させるための詭弁でも、彼自身のプライドを守るための強がりでもなかった。

 あの日、突如として見知らぬ場所に連れてこられたあの日。どうしようもなく不安だった春歌が感じたように、なるほど晴人は頼もしい先輩だ。頼もしい先輩なのだが。

「……。……冷たい人ですね」

 いくつかの言葉を飲み込んだのであろうのち、彼女はいじわるに言った。腑に落ちたように微笑みながら。寂しそうに微笑みながら。

「だろうね」


 晴人が部屋に戻ると、貴洋と和眞はまだ戻っていなかった。2人して役所のほうに行っているはずだから、ギルドよりも時間がかかっているのだろう。話すべきことも多いだろうから自然といえば自然である。

 彼らを待たなければならない道理もないので、先に銭湯へと向かう。同じことを考えていたのか、春歌もまた部屋から出るところだった。

「お風呂ですか」

「うん。みんながどのくらい遅くなるかわかんないからね」

「うちもそんな感じです。1人でゆっくりしたい気もありますが」

「なるほど」

 1週間の遠征では、ほとんどの時間を6人で過ごす。

 晴人はその役割上単独行動をすることが多かったが、他の5人は1人ということがなかった。例外的に晴人の作ったお風呂に入る瞬間だけは1人だったが、すぐそばに仲間の気配があったし、あんな狭い空間で落ち着くのも難しい。

「春歌には、負担をかけて申し訳ないと思ってるよ」

「どうしたんですか、急に」

「いや、今回の遠征を経てね」

 そのなかでもとくに、春歌にこそ、安息の時間が少ない。安全のために索敵をしてもらい、念話をつかって連絡をしてもらい、戦闘のための指揮をしてもらい。

 拠点で休んでいる間でも、周辺の状況に気を配っていただろうし、人間関係に対する洞察も深い。6人が6人としてまとまれているのは、春歌のおかげといえるだろう。

「それなら晴人さん。いうべき言葉が違いますよ」

「……。ありがとう。いつも助かってるよ」

「正解です」


 身体を洗ってから湯船につかっていると、ほどなくして貴洋と和眞も入ってきた。晴人は2人の姿を認めて、声をかける。

「思ったより早かったね」

「こんな時間だからな。役所の人たちも早く帰りたかったんだろう」

 なるほど確かに、詳細な話は後日ということにして今日のところは無事を伝えるだけ、というのが賢明だろう。というか、それがわかっているからこそ、朱音自身が行かなかったのだろうし。

「ギルドもそんな感じ?」

「まあね。あんまり深くは訊かれなかったよ。たぶん、直接関係ないからだろうけど」

「どうなんすかね」

 その辺のことは、晴人たちが考えることではないし、考えられることでもなかった。この街の人と、あるいは偉い人たちが決めるのだろう。

「にしても、疲れたな」

 貴洋がぼそっとつぶやく。

 話すときは声高に話すし、話さないときは黙っている。そんな貴洋の独り言はかなり新鮮だった。誰にあてたでもないそのつぶやきは、しかし3人の心情を的確に映している。

「他のパーティはどんな感じなんすかね」

 こんどは、和眞がつぶやく。彼の友人は、ここには1人もいない。仲のいい先輩と仲のいい後輩がいるのみである。そんな友人たちのことが気にならないと言ったら、嘘になる。

 このあたりは、最も親しい人間とパーティを組めた2人とは違う境遇である。

 そのことがわかっているからこそ、晴人も貴洋も返答をしない。ここで楽観的なことを言うのは、少し無責任だ。

 あるいは、自分たちがうまくいったことを自覚しているのかもしれない。

 この7日間のことだけではない。

 この世界に来てから、街の人と話し、必要な情報を集め、生活できるだけのお金を稼ぎながら魔物を倒して能力を向上させる。遠征に必要なスキルを憶えて、有効な戦略を立ててこれを達成する。

 あまりにもうまくいきすぎている。

 そして、これらの順調さが晴人たち先輩組の判断と、6人のスキルがうまくかみ合った結果であることもまた、確かである。同じようなことを他の6人組が思いつき、実行に移せるかというと、かなり怪しい。

「まあ、大丈夫だよ」

 湯船からあがりながら、晴人がそういった。

 楽観的に。無責任に。


 そこから先は、淡々とした時間が流れた。もはや彼らに食卓を囲む元気はなく、女将さんに用意した軽食を各々でとってベッドに入る。一刻も早くベッドで寝たいという感情だけが彼らを動かした。

 あるいはそれは、夏合宿の終盤のように。

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