21.交渉、あるいは対等ではないもの。
「さて、異世界人よ。交渉をしようじゃありませんか」
にやにやしながら、男はそういった。
「おっと、その前に自己紹介をしなくては失礼でしたな。私はデリド・フォン・サスマンと申す者です。こう見えて高位の魔族ですので、以後お見知りおきを」
そういって、恭しく首を垂れるデリド。
白髪を綺麗に整え、口元には白髭を携えている。黒を基調とした衣服はかっちりとしていて、現代のスーツを彷彿とさせる。“いかにも”な格好であるが、まあ対峙する側とすればわかりやすくてよい。
魔族というのがどういう存在なのか、晴人にはわからなかったが、いまは確認しようがない。デリドに聴いたところで、その説明を信じられるわけでもない。
「それで、交渉ってなんだ?」
「その前に。ここにいるということは、貴殿は魔王石を狙っているのですかな?」
「魔王石? 何をいってるんだ?」
「ふふ。ずいぶんと用心深いですな。まあ、よろしい」
嬉しそうに眼を細めながら、口元の髭を触る。魔族というわりにずいぶんと人間臭いしぐさである。
「私は、その魔王石を守るよう魔王から派遣された者です。しかしこの森はなんとも退屈でしてね。誰かに魔王石を破壊してほしいのですよ」
「? おかしな話だ。魔王石を破壊してほしいのであれば、僕らを素通りさせればいいわけで、わざわざルチアーノを攻撃する必要はなかったんじゃないのか?」
「とてもいい指摘ですな。私たち魔族は魔王と魂の契約を結ばされておりまして。ひとつだけ、命令には逆らえないようになっているのです」
「それで、魔王石を守るように命令されている、と」
「然り」
「そうなると、今こうして交渉すること自体が命令違反じゃないのか?」
あるいはこの交渉は全くの罠で、こうしているあいだにも状況が刻一刻と悪化しているか。そうだとするとゾッとするが、そういう様子ではない。
「それもいい指摘ですな。しかし、いまの魔王はだいぶ抜けておりましてね。“魔王石の近くに人間を近づけない。”これが契約内容だったのです」
「なるほど。それで追い打ちをかけずに立ち止まっていたのか」
「そうですとも。今もここが、その範囲の外縁で、これより外には行けないのです」
まあ、一円に入ろうとする者を排除すればおよそ安全は確保されるだろうから、一概に愚かな魔王ともいえなかろう。魔王石を守るためと称して暴れられても困るだろうし。
その事実を人間に伝えるだけでも、十分に背任のような気がするが。一定の範囲から出られないように命令してきた魔王に反感を抱いていても不思議はないだろう。
そう考えると、魂の契約なるもののいかに怖いものであるか。
「それで、その範囲外から攻撃しろと」
「おっしゃる通りです。他にも、私への命令は“人間を近づけない”ですから、魔物などを使役するのでもいいでしょう」
「なるほどな。まあ、守り方を教えるから上手くやれってことか」
「然り」
これでは交渉でもなんでもない気がするが。
魔王石を守っている魔族が情報を渡してくれた、というだけで。
「2つ。聞いてもいいか?」
「ええ、もちろんです」
「まず。どうした僕だったんだ? ルチアーノが範囲に入って攻撃したとしても、その外に出て話せる状況になったのなら、彼らと交渉してもよかったんじゃないか?」
「もちろん、魔王石を壊せるだけの能力があればだれでもよかったのですが。なにせ今日までここに近づく人間はいませんでしたので。先ほどの2人でもよかったのですが、この世界の人間は私たちにただならぬ忌避感を抱いていますゆえ。話すら聞いてもらえなかったというわけです」
そういえば、デリドがオルネラに魔族であることを名乗っていたというのを思い出した。ぱっと見では人間と変わらないから、晴人は外国人くらいの感覚で話をしていたが、この世界の人はもう少しビビットに反応するらしい。
なるほど、ということは彼と対面した時点から、晴人が異世界人であることは薄々勘づかれていたということだろう。
「それに、貴殿の背中にある弓。遠距離攻撃もできようと思いましてね」
「なるほど。それはわかった。じゃあ、次。ここから放たれた君はどうするんだ? 人の街を襲うのか?」
「まさか。私たち魔族に人を襲うメリットは何一つありませんよ。そうですね……しばらく旅行でもしましょうかな。魔王に復讐しに行くのもいいですね」
どこか遠くを眺めながらそうつぶやくデリド。どれほど長いことをここにいたのかは知らないが、外の世界を待ち望んでいるようである。
にしても、人を襲わないというのは、少し直観に反する。
いわゆるファンタジー小説における魔族が人を襲いがちというのもあるが、それにとどまらない。もし人と魔族が共存できるのだとしたら、なぜ人は魔族を嫌悪するのか説明できないし、魔王を倒すなどという使命を僕たちが負っている理由もわからない。
目の前の魔族が、晴人を騙しに来ているという可能性は、どうやったってぬぐえない。
が。
嘘だとて、どうしろというのだ。
晴人たちが元の世界に帰るためには魔王を倒さなければならない。その生命力の源たる魔王石は破壊したほうが良いし、しなければならない可能性すらある。そうすると、必然的にデリドは世に解き放たれてしまう。
もちろん、ここでデリドを倒すという選択肢もないではない。
ルチアーノの怪我の仕方を見るに、相当強そうであるが、魔王を倒すのであればその配下に勝てなくてどうするという感もある。
もっとも、6人でデリドを倒せるのであれば、彼の話に乗っておいて、悪さをしようとしたら退治しに行くというのでもよいだろう。もし彼が本当に魔王を攻撃してくれるようなら、もはや同じ船である。
「ルチアーノを攻撃した奴に協力するのはかなり癪だが、僕たちは魔王石を破壊するよりほかに途がない。攻略法を教えてくれるというのであれば、それに乗らせてもらうことにする」
「異世界人が賢明であることを嬉しく存じます。それでは、詳しい作戦を練りましょう」
1時間後、晴人は昨日泊った拠点にまで戻ってきた。そこでは既に7人が休んでいる。
美波による治療は功を奏したらしく、ルチアーノも元気そうに輪の中にいた。
「おかえり。無事そうね」
「まあね。幸運なことにケガとかはないよ」
「魔族と出くわしたんだってな。倒したのか?」
「まさか。ふつうに巻いてきただけだよ」
「あ、途中で止まってたのは隠れてたんですね」
「ああ、うん。ついでにいくつかの情報も盗んできたよ」
晴人は、魔族と交渉してきたことも、そこで作戦を練ったことも、7人には打ち明けなかった。あるいは、パーティの5人しかないのであれば話は別だったかもしれないが。
少なくともこの世界の2人は魔族に対し一定の嫌悪感なり警戒心なりをもっているだろうから、晴人の話に乗ってくれなくなる可能性もある。
せっかく胃を痛めながら立てた計画だ、無為に流れるのは避けたい。
「なるほど、一定の範囲から出られないってわけね」
「それなら兄さんを攻撃したあと近づいてこなかったのも理解できます」
「だいぶ助かる情報……といいたいところですけど、うちらにはありがたくもなんともないですね」
「この拠点が安全ってわかるだけでも十分ありがたいですよ。強い魔族に見つかるかもしれないと思いながら夜を過ごすのは……しんどいですから」
美波のいうことはもっともである。ちゃんと休息を取れるということが翌日以降にもたらす影響はあまりに大きい。
しかも、ウルムに戻ろうと思えば比較的安全に戻れるというのも良い知らせである。退路が確保されていれば精神に多少のゆとりも生まれよう。
「とはいえ、魔王石のほうに行かないといけないのも事実っすよね」
「そうだな。晴人、その魔族は俺らが全員でかかれば倒せそうなのか?」
「どうだろう。逃げるのに全力だったからなあ。追いつかれずに隠れられたってことは、足はそんなに速くないんだろうけど、他の要素は未知数だね」
「魔族を倒せるようになるまでこの辺で鍛えるとかっすか?」
「それだとかなり長くかかっちゃいません?」
「どのくらい鍛えれば勝てるのかすらわからないからな……」
「けど、様子見とかいって戦いに行って重傷を負ったりでもしたら本当に笑えないわよ」
会話にどことなく停滞感というか閉塞感が漂う。
ここまで順調に進んできたがゆえに、現状では如何ともしがたいかもしれない敵、というのに、どう対処していいのかわからないのだ。
逆にこれが、どうあがいても勝てないということであれば、いったん諦めて、他のパーティと合流しに行くなり、それこそ長期的なレベル上げに入るなりできるのだろうが。晴人が逃げ切れたという事実は、彼らに一抹の希望を抱かせる。
「ひとつ。作戦がある。ここに帰ってくるあいだに思いついたんだけど」
頃合いとみて晴人が提案する。
もちろん、彼のなかではほとんど既定路線だったから、最初に打ち明けてしまっても良いのだが、変に勘ぐられたり、却下されては困る。
「聴かせてもらえるかしら」
「まず、僕らがあの魔族に勝っているのは、自由に動けるということと、数が多いということだ」
本当はさらに位置情報を共有できるという強みもあるが、ルチアーノたち2人がいるから、いまは触れない。
「しかも、おそらくあの魔族は僕以外のみんなを知らないし、僕のこともほとんど知られてない」
「まあ、そうでしょうね」
「そして、僕は火魔法を使える。まあオルネラが協力してくれれば、雷魔法もある」
その発言で、3人は晴人の作戦を理解した。
「ずいぶんと危ないことを考えるのね」
何を言っているのかわからない4人は不思議そうに首をかしげている。
「まあね。けど幸運なことに多分ほかに人はいない。長城と農地のおかげでウルムは安全だし」
「なるほどな。けどそれでも魔王石が残ったらどうするんだ? 結局届かないってオチじゃないのか?」
「いや、それは心配ない。これは僕が火魔法を憶えた理由の一つでもあるんだけど。“魔王石はよく燃える”。まあ、いざとなったら魔王石に届くまで僕の狙撃を鍛えるよ」
もちろん晴人にその心配はいらない。
魔王石が燃えやすいことは、他でもないデリドが教えてくれたことであるから。
ふつう生命力を宿すなら不燃性のものにするというか、自然には壊れないようなものにする気がするが。あるいは高エネルギーであることの帰結なのかもしれない。
ちなみに、デリドは火魔法が使えず、それゆえにこの場所での石守を任されているのだとか。
「火事に巻き込まれて魔族が倒されてくれるかもしれませんしね」
春歌のそのひとことで、ようやく残る4人に作戦が伝わった。
全部をいわなくても分かり合える関係に心地よさを感じる春歌であるが、指揮官としては全員に正しく作戦が伝わらないのは避けなければならない。
こういうときに、3年生3人の悪い癖を痛感する。
「というわけで、ざっくりとした作戦はこう。貴洋、朱音、和眞の3人と、可能ならルチアーノには、順々に魔族のテリトリーに入っては出てというのをして、魔族を引き付けてもらう。そのあいだに僕とオルネラが火をおこす」
「オレたちが引き付ける必要あるっすか?」
「まあ厳密にいえば、ない。から、ムリはしなくていい。着火ポイントにたどり着くまでのあいだにうっかり範囲内に入ったときのための予防、みたいな意味合いが強い。あとはあの魔族に消火させないためっていうのもあるけど」
あるいは自分だけならそんな必要はないかもしれない、というか自分の安全のために後輩に危険を押し付けたりしないだろうが、今回はオルネラがいる。
魔法を憶えるつもりのなかった晴人の魔力量では、一気に火をつけきれない可能性がそれなりにあるのだ。という結果の作戦である。
「森を燃やすって、いいんですか?」
「さあ」
「さあって」
「いやまあ、ウルムの街との関係では、それこそ長城があるから魔物が流れたりって心配もないし、大丈夫のはず。ただ、遠い将来への影響がどうなるかは、ちょっとわからない」
「けど、それを言い始めたら魔王石を破壊する影響だってわからないっすよね」
「と、いうことで作戦を提案した。まあ強い忌避感のある人がいれば再考するけど」
ここで手を上げる人はいない。目にみえた悪影響があるというのであれば異議を唱えやすいが、あるかどうかもわからないもののために魔王石を破壊して魔王を倒し日本に帰るという願望を劣後させることはできないだろう。
あるいは、魔王石が、魔王がいることによる悪影響のほうが大きいと、何となく考えているのかもしれないが。
「とくに異議もないみたいだし、じゃあ明日決行で」
「そうね。明日は走り回ることになりそうだから、今日はみんなゆっくり休んでね」
そういって、会議は解散となった。
とはいえ、やることはなくだらだらとおしゃべりに興じるのだが。
夕食の準備をする必要がある晴人だけが調理スペースへと離れ、ひとつため息をつく。
うまく作戦を通したという安堵感に、ひと匙の罪悪感を加えて。




