19.建築、あるいは理想と現実の交差するもの。
「はい、ということで、今回は仮拠点のほうを建てていきたいと思います」
動画配信者よろしくしゃべりながら仮拠点の建築に取り掛かる晴人。
「……どうしたんですか急に?」
当然、近くで見ている側としては訝しく思うわけで、美波がうかがうようにいう。
「いやまあ、それっぽいことするし、真似してみようかなと」
「そ、そうですか」
ちょっと冗談のつもりというか、黙々と作業して一人にするのも悪いかなと思っただけのことであって、そこまで冷たい反応をされると、さすがの晴人でも少しは傷つく。
その小さなショックに気づいたのか美波は申し訳なさそうにし、それが余計に場を冷ややかにするのだが。
「あ、その辺だと土で汚れちゃうかもだから階段にいたほうがいいかも」
「わかりました」
美波が十分な距離に行ったのを確認して、晴人は作業を始める。
「【軟化】」
まずは土魔法を使って、周囲の土を柔らかくしたうえで、アイテムボックスからスコップを取り出す。当然、足元の土を掘りだすために。
「意外と原始的なんですね」
「なんかスキルレベル1だと柔らかくするのと固くするのしかできなかったからね。動かすのがどのくらいでできるかわからない以上は、仕方ないね」
美波は手伝いを申し出ようかとも思ったが、直前に距離を取るよう言われていたことを思い出す。汚れないよう気を使われているのかもしれないが、建築スキルを持たない自分が手を出すと面倒なのかもしれない。一瞬の逡巡をして、声は出なかった。
晴人は6メートル四方、深さ2メートルくらいの穴を作り出したのち、今度は【硬化】で穴の中の土を固める。
「次は、【炎】」
と思ったら、火魔法を使っていま固めた土を焼いていく。
いつの間にかアイテムボックスから本を取り出して読んでいた美波が、その声に顔をあげて反応する。
「火魔法も覚えたんですか?」
「そうだね。料理のために憶えたんだけど、まあ家づくりにも使えるかなと」
「土を焼くなんて初めて見ました」
「僕も建築スキルを習得して知ったから、そんなもんじゃない? それこそDIY動画でも見てないかぎり触れる機会ないし」
よくよく考えればレンガなんかもざっくりいえば土を焼いているわけで、知る由もないということはないだろうが、身近でないことは確かだろう。少なくとも都会に住んでいた彼らにとっては。
そうこうしているうちに地面部分の工程は終わったらしく、晴人はアイテムボックスから数本の細い木と葉のついた枝、それと多くのヒモを取り出す。この材木の調達こそ全工程のなかで一番苦労した部分なのだが、アイテムボックスから取り出してしまうと一瞬である。まあ、そのぶん楽できているということなので文句は言わないが。
土魔法も駆使しながら比較的太めの木を斜めに地面にさして、固める。安定性を出すために垂直に刺したものとヒモで結んで、円錐上の骨格をくみ上げていく。
ここまでの経過をみたところで何を造ろうとしているのか美波にも分かったらしい。
「竪穴式住居、ですか?」
「そう。よくわかったね」
「共通試験で日本史選択だったので」
「なるほどね」
「でも意外です。建築スキルで簡単に作れちゃうのかと思ってました」
「いやあ、僕もそう思ってたんだけどね。建築方法が何となくわかるってだけで、勝手に完成してくれたりはしないみたい」
実際、数日前までの晴人は建築に関してかなり楽観的だった。魔法があるくらいだから建築スキルで建物ができてもおかしくはないだろう、と。
が、そう都合のいい話ではなかった。よく考えれば弓スキルを使っても弓が出てくるわけではないからおかしくはないんだけど。そうなると魔法とスキルの違いが気になってくるが、今考えるべきはどうやって仮拠点を作るかであった。
「今度からは時間のあるときに資材とか素材とかを買っとくことにしよう」
そう、木材も石材もレンガも不足していた。もちろん森に行けば材料はあるのだが、いかんせん製材するのに時間がかかる。それらの工程をすっ飛ばせるだけの魔法を憶えようと思ったらどれほどのスキルポイントが必要かわからない。
ということで、街で買えるもので造れるぎりぎりの拠点を造るよりほかなかった。
「そうですね。ありがたいことにお金には困らなくなってきましたからね」
「アイテムボックスがあるのも大きいね、重さとかを気にしなくていいから」
「普通の冒険者は大変ですよね」
「そう考えると街の東にある農地はもっと使われてもいい気がするけど違うんだろうか」
「確かにそうですね。何でしょう。生産効率が悪いとかですかね」
「どうだろ。まあウルム以外の街に行ってみたら何かわかるかも」
「……ですね」
それからしばらく沈黙の時間が続いた。晴人は日没までに作業を終わらせる必要があるから集中しがちだし、美波も本がある以上はわざわざ話しかける必要もない。
そして、気が付けば同じサイズの建築物が2つ、隣接して完成していた。2時間ほどで完成しているあたり、スキルと魔法は偉大である。テントのように、とは言えずとも、かなり楽できている。知識を授ける以外の効果も、あるいはあったのかもしれない。
「とりあえずこんなもんかな」
「おお、すごいですね」
「まあ最初にしてはだいぶ頑張った気がする。ちゃんと頑丈だし」
「はい。なかも広そうだしいい感じです。お疲れ様でした」
「ありがとう。とはいえ、もうちょっとやることがある」
そういって晴人は、アイテムボックスから木でできた桶を取り出す。頑張れば人ひとりが入れそうなサイズの。
「お風呂ですか」
「そう。まあサイズが小さくて一人がぎりぎり入れるくらいなんだけど」
「街で見つけてきたんですか?」
「いや、ムリを言って作ってもらった。正確には貴洋が頼んだんだけど」
「そうなんですね」
ウルムの街には家庭用の浴槽というものが売っていなかった。この街にないだけなのか、この世界に浸透していない概念なのかはわからないが。
街に銭湯がある以外には、宿に風呂が設置されていることは稀らしいし、住宅にもほとんどないらしい。水を引くのも、湯を沸かすのもコストであり、それだけの経済的余裕があるならば銭湯に行けばよい。実際、『月照庵』の隣にある銭湯も、時間によってはそれなりの冒険者が利用している。
「そういえばあの銭湯はどうやってお湯を張ってるんですかね」
「それも聞いてきたんだけど。どうやら地下から熱湯が湧き出てるらしい」
「え、じゃあ温泉ですね」
「そうなるね」
「ただの水ではなさそうですけど、何か入れてるんだと思ってました」
そう、どうやらウルムには温泉が湧いているらしい。日本人的感覚でいえば温泉地ならもっと賑わっていてもいいような気がするが、この世界ではそうではないようだ。移動にも危険が伴うと思えば、うかうか遠くの街に行くなど難しかろう。
「でもこんな開けた場所でお風呂入るのはさすがに嫌ですよ」
「それはそう。というわけで、いまからこれを使って壁を作ります」
晴人が手に持っているのはスコップ。なるほど、地面を掘って余った土を壁として利用するということらしい。確かに、こんもりとある土を使えば一周囲えそうである。
また黙々と作業を始めた晴人をしばらく眺めた後、美波もまた手元の本に視線を落とすのだった。
「ただいまー」
しばらくすると狩猟に出ていた4人が戻ってくる。今日明日の食料調達のためでもあり、夜の安全確保のためでもある。魔物を倒せば一定時間は現れないらしいということを、このひと月で何となく知っていた。
「長城のほうに入口があるから、頑張って入ってきて」
そう、拠点の周囲には土の壁が築かれており、さらにその外周の堀と合わせて防衛のための構造が出来上がっている。もちろん入れないと困るので、壁のほうに人ひとりが通れるくらいの隙間があいていて、そこから出入りする仕様である。
「この短時間でこの広さはすごいっすね」
「まあ欲をいえば木造の家みたいな建物が欲しかったけどな」
「そうね。竪穴住居って、丈夫なのはわかるけどちょっと原始的な気もするわね」
「そうっすか? オレは異世界って感じでテンションあがるっすけど」
「まあ日本で造られてたものなんですけどね。とはいえテンション上がるのはわかります」
「ふたりともモノ好きね」
めいめいが拠点を見た感想を口にする。
現代人からすれば心もとないというか、少なくとも馴染みあるものではない。他方で、何もない森の端に造ったと思えばかなり立派なものである。そういう意味では、建築スキルに対する期待度の違いを反映した感想なのだろう。
「あ、あの」
「どうしたの?」
「この拠点、晴人さんがひとりでつくったんですよ」
「そうなんだ。てっきり2人で協力したのかと」
「僕も最初はそのつもりだったんだけど、意外とスキルの使い勝手が悪くてね」
「でも、それがどうかしたの?」
「い、いえ。その……」
言葉が出ないのか、トーンダウンしていって、ついには俯いてしまう美波。しかし、何を言いたいのか、春歌には伝わったようで。
「朱音さんも貴洋さんも、せっかく晴人さんが作ってくれた拠点なんですから、悪くいったらよくないですよ」
なるほど、晴人の重労働に対して第一声は感謝であるべきで、落胆の表現は失礼だろうと、そういうことらしい。まあ言われてみればその通りで、至極まっとうな指摘であろう。
とはいえ落胆の裏には期待があるわけで。晴人が建築スキルを取るといった以上は、彼がひとりで拠点づくりを請け負った以上は、すごいものを作るんじゃないかという期待があったのだろう。それが異世界現実的かどうかはともかくとして。
「いやまあ、僕もほんとは貴洋がいったような木造にしたかったから、大丈夫だよ。感謝されたくてやってるわけでもないしね」
「そ、それでも、です。内田さんは、頑張ってました。近くにいて何もしなかった私がいうのも筋違いかもしれませんが、もっと労われてほしいです」
労われるべき、とは言わなかった。そこに込められた懸命な願いを無視できるほど無情な先輩ではない。
「すまんな、晴人」
「そうね。ありがとう。実際、晴人がいなかったら夜を安心して越せないのも事実だもの。美波ちゃんの言うとおりだわ」
「あ、いや。改まって言われるとこうね、恥ずかしいというかね」
こんなにもわかりやすく照れている晴人は新鮮で、後輩たち3人は少し驚く。
「晴人さんって照れるんですね」
春歌の素直な感想は、しかしどこか滑稽だった。少なくとも、和眞が吹き出してしまうくらいには。
「とはいえ、宿問題は何とかしたいと思ってるよ。もう少し豊富に木材と時間があれば、わりと家っぽい家は造れそうなんだけど」
「あらかじめ造っておいてアイテムボックスで持ち運ぶとかはできないの?」
「さすがにムリかなあ。建築スキルの知識にアイテムボックスなんてないし、下手に我流でやったら普通に崩れる気しかしない」
「まあ、晴人がやってないってことはできないってことだろうな」
「そうだね。で、さっき岩原さんとも話したんだけど、資材を見つけたら都度買っていったほうがいいよねって」
「都会のほうに行ったら大きなお店も多いかもしれないっすからね」
「異世界だけど、お話のように簡単にはいかないってことね」
「まあ、アイテムボックスとかスキルの時点で、十分楽させてもらえてるから」
「それもそうね」
そういうと彼らは、各々の部屋へと戻っていく。
「あ、そうだ。お風呂あるけど一人ずつしか入れないから、順々に入ってね。あと、鉄のパイプはすごく熱いから絶対に触らないように」
「晴人、取ってきた獲物はどうしたらいい?」
「みんなが入ってるうちに料理しちゃうからその辺に置いといて」
「じゃあオレが持ってる山菜もおいとくっすね」
料理、といっても外でできる料理など知れている。焼くか煮るかしかできないだろう。それは調理スキルを持っていたとしても変わらない。あるいは十分広くて設備の整った家を建てることができて、調理器具を何種類も取り揃えて、調味料も豊富に入手できたのならその限りではないかもしれないが、少なくとも現在の彼らには、そのどれもがない。
彼らの本懐は魔王石の破壊であり、魔王の討伐であり、日本への帰還である。もし今回の遠征ですんなり魔王石を破壊できるようであれば、それらが必要ないまま終われるかもしれない。
この世界での生活を充実させるために日本への帰還が遠のくようでは本末転倒である。そう考えると、この拠点を異世界っぽいと評した和眞の言葉は、そう的外れなものでもないのだろう。
快適な生活という理想と、遠征という現実。日本に帰るという理想と、遠征という現実。
とにもかくにも、彼らがお風呂に入って汗を洗い流し、空腹を満たすだけの夕食を食べて、朝まで眠る。それが彼らの現実だった。
明日も前進できるだけの、十分な現実。




