17.会議、あるいはすでに結論が決まっているもの。
およそ1週間後。
「今日はミーティングをしよう」
朝食をとり終えて、休日前の狩猟に出ようかというころ、晴人がようやくその提案をした。もちろんミーティングらしきことはしてきたわけで、彼がわざわざ切り出すということは、何か大きなことを決めようとしているのだと、5人はそれぞれ気づいた。
「奇遇ね。晴人が言わなければ私が言おうと思ってたところよ」
「別にさぼってたわけじゃないよ。今日明日で準備するのにちょうどいいかなと思って」
「責めてないわよ。私もこのタイミングだと思ってたし」
それは何か特別な感覚というわけではなく。この一週間、パーティ全体に共有されていた、そわそわとした雰囲気。宿題をせずに迎えた8月31日のように。あるいは、クリスマスを過ぎてなおテーブルにある年賀状のように。
「まあ、もったいぶることでもないから言うけど、来週から本格的に魔王石破壊の遠征に出るべきだと思ってる」
単刀直入なその発言に、驚く人は誰もいない。彼ら全員の当面の目標がそうである以上、早いか遅いかの差しかない。一刻も早く日本に帰りたい6人にとって、喜ばしいし、願っていたことだ。
「それは薄々気づいてたっすけど、何か改めて決めることあるんすか?」
「めちゃめちゃある。ざっくりいうと3つ。“誰が”“いつ”“どうやって”」
「てっきり晴人さんと朱音さんで決めるのかと思ってましたけど……」
「重要なことだからね。みんなにも考えてほしいし、納得してほしい」
重要なことと言われて少し身構える後輩組。
晴人に仕事を押し付けられている春歌は別として、2人は自分で何かを決めるという感覚に久しい。そのくらい先輩を信頼しているということだし、この世界での日々が順調だったということだ。
が、ここから先は、安定した生活の繰り返しというわけにはいかない。積極的に何かを決めるのなら、全員で。それが晴人たちの信条だった。
「わかりやすいところからいくと“どうやって”の問題」
「あー、確かに魔王石ってふつうに破壊できるんですかね」
「もちろんその問題もあるけど、それはまあ破壊できなかったらどうしようもないから行ったとこ勝負でいいかなって思ってて、むしろどうやってそこまで行くかのほうが問題かな」
「どうやってって、歩いていくしかないっすよね?」
「基本的にはそうかな。春歌の使い魔って僕たちが乗れたりしそう?」
「いやあ、難しいと思います。1人とかならいけると思うんですけど、さすがに6人は」
「空を飛ぶとかは?」
「それができたら普段から使ってますね」
「そうよね。じゃあ、歩いていくことになりそうね。あとはルートかしら」
「ああ、なんか長城を超えるか回るかしなきゃダメなのか。晴人がいつも使ってるけど、あれは俺らでも超えられるのか?」
「それは大丈夫。一定間隔で昇降用の階段があって、そこを使えば。安全に昇降したいのであれば、門から出てぐるっと東側にまわって、そこからまっすぐ進んだところのを使うことになるけど、まあ距離としては少し損になるね」
「でもそこに行くまでの道が安全なら時間的なロスは少ないですよね?」
「そうね。イデュルム大森林も全速力で抜けられるってわけじゃないもの」
「そういえば、やっぱり遠征ってなると途中はキャンプか?」
「だと思う。というか、そこが一番大事だと思ってる」
「キャンプですか、あんまり自信ないですね」
美波が不安そうにするのもムリはない。いくら近頃キャンプが流行っているといっても、ちゃんと整備された場所で安全にするレジャーとしてのそれだ。野生生物に囲まれながら一晩を明かす経験など、そうあるものじゃない。
「一般的な冒険者はどうしてるのかしら」
「ミシェルさんに訊いたら、森の中で野宿することはほとんどないらしい。遠征は街道沿いに移動することが多くて、街道には定期的にキャンプ用の拠点があるからそれを使うんだって。森の中に泊まるならそれこそ数十人単位で仮拠点を建設、解体って繰り返してゆっくり進むことになる」
「それで“誰が”の話になるってことか」
「まあそうだね。マップを見た感じどう頑張っても一日二日で行ける距離じゃないし、途中に使えそうな拠点もない。そうなると残された選択肢は2つ、ないし3つかなと。一つめが拠点建設要員を雇って大所帯で向かう。二つめが、安全な拠点を作りながらものすごく慎重に進む。正直どっちも現実的じゃないというか、コストが大きい」
「ってことはお前としては3つめが本命なわけだ」
「少なくとも僕は、一番妥当な案だと思ってる。けど、リスクもあるからみんなの意見を聞きたい」
「もったいぶってないで早くいいなさいよ」
「簡単にいうと、遠征で使えそうなスキルを獲得する」
晴人たちは冒険者として働いたこのひと月あまりで相当ステータスが上昇している。それは、基礎能力の値が増えているというのもあるが、同じようにスキルポイントも獲得している。
魔石を壊したときにもらえるポイントは変動するらしく、徐々にたまりにくくなっている。が、それでも120ポイントがたまっている。最初に能力を決めたときにわり振ったのが100ポイントであることを考えれば、あまりにも大きい。使わずに遊ばせておくにはあまりにも。
「今までは初期能力で不自由なかったから保留してきたけど、スキルポイントを使うならこのタイミングもいいのかなって」
「具体的には何を取るつもり?」
「僕が思いついたのは、建築。ちゃんとした家くらいの建物を即席で作れれば不自由しないかなあって。あとは朱音のもってる危機察知をみんなが取るとか。これなら普段から生かせそうだし。みんなは何か思いつく?」
「うちは遠征中でも清潔でいたいですね。欲をいえばお風呂に入りたいです」
「わ、私もお風呂は欲しいです」
「あとはご飯もちゃんと作りたいわね。何日かかるか知らないけど、ずっと保存食っていうのも嫌だし」
「オレは布団っすかね。市販の寝袋だと狭くてよく眠れないんすよ」
「そうなると、ちゃんと生活できるくらいの拠点を作る感じになりそうだな。それをまかなえるだけのスキルを俺たちで用意できるかって話か」
「そうだね。生活系スキルを取るだけの余裕があるのかっていう疑問と、生活スキルを取らなくてもこの先進めるのかっていう疑問に向き合う必要があるね」
調理にせよ建築にせよ、非戦闘スキルは文字通り戦闘に使うことはない。厳密にいえば戦闘中の建築で有利な地形を作り出すことはできるかもしれないが。いずれにしても魔物と、あるいは魔王と対峙しているときに役に立つのは戦闘スキルだろう。
が、これらのスキルが魔王討伐に役に立たないかと言われれば否となる。安全な拠点と十分な休息は勝率を高めるのに効果的だろう。
それに、遠征は今回だけではない。サークルのみんなと合流するために、他の魔王石を破壊しに行くために、あるいは魔王のもとに行くために。
そう考えると、そう高い出費ではない気もする。
「ほかに選択肢はない気がするわ。魔王がどこにいるのか知らないけれど、その手前まで安全な拠点があるとは思えないし、この街の人がそこまでついてきてくれる保証もないもの」
「うちもそう思います。それに、正直うちらは少人数でサクサク進む訓練はできてても、大人数で動くのも、ゆっくり進むのも、あんまり自信がないです」
春歌のその一言は、かなり説得力があった。戦闘の指揮をするにあたってパーティをよく観察しているし、あるいは他の5人にもその感はあったのだろう。
彼らは6人パーティといっても本隊は4人だし、もっと言ってしまえば2人だ。攻撃力と機動力は十分すぎるほど備わっているが、守備力は貴洋の盾一枚分しかない。
非戦闘員を増やすのは悪手だし、囲まれるリスクを背負ってゆっくり進行するのはもっと悪手だった。
「異議がなければ、建築と料理、あとはお風呂を作れそうなスキルを取るってことでいいかな?」
5人は首肯する。
ここまで来てあえて反論するほど悪い案ではなかったし、ほかに提案できるほど具体的な方法が浮かんでいる人もいない。
長引けば長引きそうな会議がわりと順調に進んでいている。晴人の要点を端的に指摘する進行と、その説得力ある説明に、流れるように会議が進む。
晴人の思考を少し信頼しすぎているきらいはあるが、議論がごちゃごちゃになって停滞するよりはよっぽどいいだろう。そう思ってか、5人の空気は緩みつつあった。
が。
「じゃあ。次。そのスキルを、誰が取るか」
少し間をあけて、そっと伺うように発せられたその言葉のあと、はっとしたように3人が緊張したような面持ちで息をのむ。
貴洋は、それが残酷な話し合いであることに気が付いたから。
美波は、それが一つめの分岐点であることに気が付いたから。
そして朱音は、その両方に気が付いたから。
「もってるポイントが同じならテキトーに安く済む人が取ればいいんじゃないっすか?」
「和眞。スキルは取った人しか使えないのよ?」
「そうっすけど、まあ結局パーティの誰かが使えればいいんじゃないっすかね」
そう。パーティの誰かが使えればいいのだ。非戦闘スキルは。
ちょっとした沈黙が続いた。誰がスキルを取るかという選択が“そういう”意味を持つことを、どう伝えていいか。それとも伝えずにいるべきか。
3人分の葛藤と、2人分の困惑から珍しく重苦しい空気に包まれるなか、その空気を作り出した張本人がゆっくりと口を開く。その責任を負うかのように。あるいは、最初からこの結論を用意していたかのように。
「まあ僕が取るよ。僕の提案だからね。たぶん魔法スキルは僕が一番コスト低いし、料理もいちおう自炊はしてたから。僕が取るのがたぶん合理的だと思う」
とっさに反論しそうになった朱音だが、その言葉は飲み込まざるを得なかった。少なくともみんなの前では。
戦闘のこともそれ以外も、だいぶざっくばらんに話せる関係になってきた6人でも、それでも気を使うということは、ある。仲がいいことと、相手を傷つけていいことは同義ではない。
「特に異議がないみたいだから、僕が今日中にその辺のスキルを調べて取っておくことにするね。で、まあ話の流れ的に“誰が”は僕たち6人が、“いつ”は明日からってことで大丈夫かな?」
晴人がテーブルを一周みまわすが、意見のある人はいなさそうだ。いや、言いたいことがありそうな人は何人かいたが、彼女らが何かを言うことはなさそうだ。
「思ったより早く決まったね。僕からは以上なんだけど、朱音、まだ話しとくことある?」
「……いえ、ないわ。今日は解散にしましょ。今日は明後日からの準備ってことで狩猟はお休みにするから、イデュルムの森にはいかないようにね」
そうして彼らの会議は終わった。滞りなく。あっさりと。
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