15.宴会、あるいは冗長なもの。
まじめな話題を切り上げて、楽しい休日らしい雑談するうちに彼らはギルドへと戻ってきた。
「ただいま戻りましたー。って朱音じゃん。ショッピング行ってきたんじゃないの?」
「行ってきたわよ?」
「? ギルドに戻ってきたの?」
「晴人を呼びに来たのよ」
「え、また何か用事? さすがに疲れたから宿に戻りたいけど」
「なんでそんな警戒するのよ。さっきみんなで外食しようって話になったから呼びに来ただけよ」
「なるほどね。まあ確かに外食は休日感あっていいね」
晴人たちが泊っている宿の食堂も夜は飲み屋をやっているから外食するのとそう変わらないと言ってしまえばその通りだが、そういう問題ではない。気分の話をしているのだ。
「じゃあ、手続きしてきちゃうわ」
ルチアーノとオルネラを連れて受付に行く。そこにいたのはミシェルではなかったが話は伝わっているらしく、滞りなく手続きを済ませる。
「あとは収穫物の精算ですね」
「ああ、それは二人で全部持って行っていいよ。換金作業も僕わからないから受付の人とかに訊いてもらって」
「え、いいんですか? ギルドの人がいうにはだいたいパーティで案分って話でしたけど」
「あ、そうなの? けどまあ、僕今日は休日だしなあ。それにお金の余裕があったほうが安全に冒険者できるから二人がとっときな」
「ありがとうございます」
「じゃあ僕はこれで。またね」
そういって受付前を離れて朱音に合流する晴人。
そのやり取りを聴いていた朱音は訝しそうな表情で尋ねる。
「あの二人は呼ばなくていいの? 仲良くなったみたいだけど」
「さすがに身内6人のなかに入るのは嫌じゃない? お互い気を遣うだろうし」
「? もともと6人じゃないわよ?」
「あ、そうなの?」
「ミシェルとアンネ、エアハルトも呼んどいた」
「ずいぶんと大所帯だね」
「逆歓迎会じゃないけど、まあ日頃の感謝も含めてって感じよ」
「なるほど、ナイスアイデアだね」
エアハルトというのはウルムの役所で朱音たちの担当をしてくれている人である。教会、ギルド、役所のそれぞれお世話になっている担当者を招こうということらしい。
とはいえ、朱音が休日をミシェルとのショッピングにあてるくらいだから仕事相手というよりは友達に近い、人もいる。
「じゃあ、二人にも声かけてみるよ」
晴人たち以上にウルムの街に来て日が浅いだろう兄妹にとってもいい機会になるだろうし、そうでなくとも一食浮くと思えば悪い話でもないだろう。この世界の若い人が飲み会みたいな場をどう思ってるのかはわからないが。
「ルチアーノ。これから僕らご飯に行くけど、二人もどう?」
「え、パーティのみなさんとですか?」
「まあそうだね。それ以外の人も来るみたいだけど」
「自分はぜひ行きたいですけど……」
「私のことは気にしないでください。隅っこでおとなしくしてるんで」
「まあルチアーノとセットでいられるようにするから、大丈夫だとは思うけど……。もしあれならご飯食べるだけ食べて抜けられるようにするし」
「ありがとうございます」
「じゃあその辺にいるから。終わったら声かけてね」
15分後、彼らの姿はとある飲み屋のなかにあった。
テーブルを囲む11人の男女。とはいえ、11人全員が席につけるテーブルはないらしく2つの塊に分けられている。当然、パーティだけのテーブルを作っては、みんなを呼んだ意味がないわけで。
晴人のテーブルには春歌、ミシェル、ルチアーノにオルネラの4人が同席している。朱音たちのテーブルがちょっと真面目なテーブルなのに対して、こちらは冒険者だけのお気楽な卓である。
「みなさん、お疲れ様です。“赤き来訪者”リーダーの朱音です。本日は突然のお誘いにもかかわらずお集まりいただきありがとうございます。
私たちがウルムに来てひと月近くが経過しました。何もわからず不安な日々でしたが、どうにか無事、安定した生活ができるようになりました。みなさんには様々なサポートをいただいたこと、重ねてお礼申し上げます。
パーティのなかにはまだ話をしたことがない人もいるかと思います。今日登録した冒険者の2人も交えて、この機会にぜひ交流を深めて、楽しんでいってください。
それでは早速、乾杯に移りたいと思いますので、グラスをお持ちください。
それでは、乾杯いたします。乾杯!」
「「「「「「「「「「乾杯」」」」」」」」」」
身内の飲み会といえばそうだし、よその人を招いた懇親会といえばそうでもあるというふわっとした会にふさわしく、ふわっとした乾杯の音頭によってスタートする。
こういう器用なことをできない晴人は、いつもであれば朱音のスキルに感心しているのだろうが、今は目の前の飲食のほうが優先である。なにせ彼は午後いっぱいを狩猟につかっていたのであるから。
「そういえば、この国って何歳からお酒飲んでいいんですか?」
当然のように穀物酒を注文し、1杯めを飲み干さんが勢いで呷った晴人が尋ねる。その問いに答えられそうなのが自分しかいないことを確認したのか、少し間が空いたあとミシェルさんが返答した。
「とくに年齢制限はありませんね。まあ家で飲むようなものではありませんから、独り立ちするくらいの年齢までは飲むことは稀でしょうが」
「なるほどね。ルチアーノたちも普段から飲むの?」
「お酒は造るのが大変なうえに持ち運びにも適しませんから、村に住む人はほとんど飲みません。自分も今日が初めてです」
「そうなんだ、ムリして飲まなくて大丈夫だからね」
「? そりゃムリしてまで飲まないですよ」
無意識にでてきた晴人の気づかいに、ルチアーノは首をかしげる。この世界ではお酒を飲んだほうがいいという奇妙な文化はないらしい。
現にオルネラはソフトドリンクをちびちび飲んでいる。晴人たちはてっきり年齢制限のためかと思ったが、それとは関係なく気が進まなければ飲まないというだけの話なのだろう。
「晴人さん。うちもお酒飲んでみてもいいですか?」
「ぜんぜん好きにしていいよ。飲んでみて嫌なら僕がもらうし」
「ありがとうございます」
「ていうか飲んだことなかったんだ」
「真面目でピュアな1女なんで」
日本では20歳未満が飲酒できないことも、こっそりお酒を嗜んでいる20歳未満の大学生がいることも知らない3人にはピンとこない会話らしく、きょとんとしている。あるいは、公然と秘密を共有する男女に見えて、何か勘ぐってしまいたかったかもしれない。
「そういえば、ハルカさんはルチアーノさんたちとは初対面ですよね」
「そうですね。というか、ミシェルさん以外は初めましてです」
そういうと、今度は春歌とルチアーノたちが挨拶を始める。初対面がお酒の場というのがいいのか悪いのか、とくにぎこちないという様子もない。
春歌はポジション的に人と接する機会が少ないというだけで、社交的じゃないわけではない。というよりむしろ、他人との距離の詰め方はうまいほうだろう。それゆえに晴人や貴洋とも自然にコミュニケーションをとれているわけで。前期や夏休みのサークルでも遺憾なく発揮されていたといえよう。
あるいは、その明るめな髪色や人懐っこそうな大きい瞳がこの世界の人に馴染みやすいのかもしれない。少なくとも真っ黒い髪の毛が目にかかるくらいに伸びている晴人よりは、とっつきやすいだろう。
「お待たせしました」
配給の人が春歌の注文したお酒を届けてくれる。晴人やミシェルが飲んでいるのと同じもので、この世界での居酒屋の定番のようなものらしい。
「いただきます。…………苦いですね」
口に含んで味わうようにして一口めを飲んだ春歌が、顔をしかめながら感想を言う。
それは、はじめてビールを飲んだ大学生と全く同じで、思わず晴人は笑ってしまった。
「あんまり美味しくないです。ビールもこんな感じだったんですか?」
「まあ、よく似てるね。もう少し炭酸が強かった気がするけど」
「よくこんな苦いのを毎日のように飲んでましたね」
「そういわれると、そうだけど……。コーヒーなんかも苦いし、そういうもんなんじゃない?」
「ミシェルさんもこれ好きなんですか?」
「そうですね。いつのまにか慣れちゃいましたね。最初は苦いって思ってたんですけど、これ以外のお酒は度数が高いか値段が高いかで。ギルドの付き合いで飲むくらいでしたし」
冒険者以外の職業の人がお酒を飲んでいるイメージがないというのもそうだが、とくにギルド職員に懇親会みたいなものがあるのは意外であった。
ギルドの人たちも仕事上は冒険者に対してサバサバと対応するが、その実は気さくで人付き合いのいい人たちなのかもしれない。現にミシェルは今日来てくれているわけだし。
あるいは単にギルド幹部がお酒好きで、職員の人が半ば強制的に参加させられているだけかもしれないが。
「ルチアーノ君も今日がビール初めてなんですよね? 苦くないですか?」
「ビール?」
「あ、ごめん、このお酒」
「そうですね……、まあ苦いといえば苦いですが、おいしいですよ」
「ええ、私はちょっと苦手です……。晴人さんこれあげます」
「じゃあまあ遠慮なく。春歌は何か好きなの頼んでいいよ。ソフドリでもいいし、甘いお酒を教えてもらってもいいし」
「そうですね、ミシェルさんおすすめはありますか?」
そんなこんなで、お酒をはじめて飲む人がいる飲み会に特有の会話が続いていく。
春歌は酔うと静かになるタイプらしく、1杯めを飲み終えたくらいから終始にこにこと話を聞いている。これとは対照的に、ミシェルはずいぶん口数が増えるようで、仕事と恋愛の愚痴を繰り広げる。
「ったく、なんで冒険者ってこう、デリカシーがないのよ。スタイルが良くないことくらいわったってるっての。そのくせ報酬は多めにほしいって、あGらWけないでしょ。私は絶対あいつらとは結婚しないから!」
冒険者が日々の活動の中で生命の危機やら、上級冒険者への劣等感を抱くとして、そのストレスはどうやらギルドの受付に押し付けられてしまっているらしい。
ギルド職員同士で飲みに行くにしたって上司の前でこんな話をできるわけもなく、日々積もっていた鬱憤が表れてしまったのだろう。
周囲で冒険者が飲んでいないか気にしつつミシェルのストレスを気の毒に思う晴人は、自分も冒険者でありながらどこか他人事のようである。ちなみにこんな愚痴も春歌はにこにこと訊いているだけである。
5人のテーブルが騒がしくなってきたことに気が付いたらしい朱音が静かに近づいてきた。飲み始めて1時間半くらいは経過していて、解散しても良いころ合いだと思ったのかもしれない。
「ずいぶん盛り上がってるわね」
「まあ、彼女が特にね」
「いい時間だからそろそろお開きにしようと思うけどどうかしら」
「そっちのテーブルがいいならいいんじゃない? 僕もルチアーノたちを帰すタイミングをうかがってたところだし」
「そう。じゃあ、挨拶しちゃうわね」
朱音は自席に戻るとエアハルトとアンネに耳打ちしたのち、簡素な挨拶をする。この世界には、乾杯の文化はあっても手締めの文化はないらしい。
めいめいが席を立ち始める。会計云々の話が出ないのは貴洋が済ませてくれているのだろう。見渡すと姿がない。
「朱音。ミシェルさんはだいぶ酔ってるみたいだから、僕が送っていこうか?」
店の予約から会計まで何もかもを任せてしまっていることに気が付いた晴人が、所在なさそうにそう提案する。
「それでもいいけど、彼女の家知ってるの?」
「あー、確かに」
「なら私も行くわ。春歌は貴洋たちに任せるわ」
「エアハルトさんたちは?」
「こっちのテーブルはそこまで飲んでないもの。一人で帰れるでしょ」
「まあそれもそうか。ルチアーノたちも大丈夫みたいだし」
そういって二人はミシェルを連れて店を出る。足元がおぼつかないミシェルだが意識ははっきりしているらしく、晴人の肩を借りながら見慣れた街を歩く。先ほどまでのご機嫌斜めな様子とは一転して、どこか楽しそうな様子で。
お酒を飲んだあとの夜道は、いくぶん楽しいものである。
家についた彼女は名残惜しそうにしていたが、お互いに明日は仕事である。朱音と晴人はおやすみを言って、彼らの帰路に就いた。




