13.後輩、あるいは未来あるもの。
図書館を出て、ついにやることが思いつかなくなった晴人は、ギルドに行くことにした。朝の会話で和眞が部屋を使うと言っていたから、まだ戻るわけにもいかない。
ギルドに行ったところでそこに何があるというわけでもないが、他に行く当てもなかったのだ。少なからず人がいる場所だから、行けば何か面白いことが起きるかもしれない、そういう考えもあった。
「こんにちはー。って朱音じゃん」
晴人がギルドの戸を開けると、正午前という時間のせいか室内は数人がいるのみでガランとしていた。だからこそ容易に気づくことができた、そこに朱音がいることに。
「ああ、晴人。いいとこに来た。あんたいま暇よね?」
朱音が晴人にそうやって尋ねるときは、決まって何か仕事を頼もうとしている。そのことを知っている晴人だが、しかし暇ではないといえば嘘になる。頼まれる何かが面倒なものではないことを願いつつ、彼は肯定する。
「まあ、とくにやることはないね」
「ちょうどよかった。頼まれごとしてくれない?」
「まあ、そんなに面倒なことじゃないなら」
「助かるわ。詳しいことはミシェルたちに訊いて」
そういって視線でミシェルさんたちのいる受付の方へと誘導する。カウンターをはさんでミシェルさんと冒険者と思しき二人組がしゃべっているようである。
冒険者のあいだを割って入るわけにもいかず、横から様子をうかがっていると、ミシェルさんが晴人に気が付いたようで手を小さく上げた。
「ハルトさん! いいところに!」
「どうも。朱音から頼まれごとを頼まれて、詳しい説明はミシェルさんに訊けと言われたんですが……?」
「そうですか。ありがとうございます」
「いやまあ、まだ受けると決めたわけでもないんですが、一応内容くらいは聴こうかと」
「そ、そうですよね。えっと、まず、ここにいる二人、今日登録したばかりの冒険者なんですけど……」
あらためて冒険者たちを見ると、確かに見覚えがない。まだキレイでどこか頼りない装備を見れば、確かに新人といわれて納得がいく。
彼らは晴人を晴人と知ってか知らずか、話題に出たところで軽く会釈をする。トラブルに巻き込まれたかと思ったが、そういうわけでもないらしい。
「いまから初めての狩猟に行くということで、チューターを探していたんです」
「チューターですか? 僕らのときはそういうのなかった気がするんですが……」
「そう……ですね。ハルトさんたちのときは職員に何も言わずに行ってしまったので……。それで問題なかったから、まあ二回目以降も不要だろうということで」
「あー、確かに依頼を受けるとかでもなかったですからね……。まあ、いいや。それで、具体的には何をすればいいんですか?」
「ふつうは、個人で登録した新人が慣れるまで先輩冒険者のパーティについて行くんですが、今回は二人同時に登録だったので……。彼らについて行って危なそうなら手助けするという感じでお願いします。行先は比較的安全な北の森の浅いところまでということにしますので」
「ずいぶん緩いんですね。明日まで待ってもらって一人ずつ別のパーティに組み込んだ方が安全な気がしますが」
「そうなんですが……、まあハルトさんならお任せできるだろうということで。それにウルムには後輩の指導をできそうなパーティがあんまりいないんですよ。それに彼らも今日から稼ぎたいと言ってますし……」
一日でも早く仕事をはじめてお金を稼ぎ生活を安定させたい、その気持ちは晴人も痛いほどわかる。お金を貸して生活保障するほうが優しいのだろうが、どこの誰にもそんな余裕はないし、ギルドにだってそんな義理はない。
自分一人で二人の面倒を見れるか。それが最大の問題である。正直、晴人はパーティのなかにいて助け合うような戦い方をしてこなかったし、武器の性質上、近接戦になったらふつうに負ける。
それこそ貴洋や和眞にこそ向いている仕事だとは思うが、休日に彼らを呼んできて頼むというのも違う気がする。
「朱音、君の弓借りていってもいい?」
「もちろんいいわよ」
「ありがとう。……というか、朱音がチューターをやればよかったんじゃない? 僕よりも適任でしょ」
「そうかしら? 私は晴人の方が適任だと思うけど。それに、私は今からミシェルとショッピングに行くからどちらにせよムリよ」
「ショッピングって……、僕が来なかったらどうするつもりだったんだ」
「さあ。どうせあんたは来たもの」
「なにそれ。まあいいや。ミシェルさん、その仕事受けますよ。どちらにしてもやることなかったんで」
「ありがとうございます! そうですね、それじゃあ北の森にいって、一時間くらい狩猟や採取をして帰ってくるというくらいでお願いします。モンティーリョさんたちも、ハルトさんのいうことは絶対に従って、安全第一で行動してください。問題行動は登録抹消事由になりますから、くれぐれも注意してくださいね」
そういうと、契約用の紙を取り出して、各々が署名していく。指導者のところには無報酬であることと、事故があっても免責されることが記載されていた。もし自分が若い芽を摘もうという悪い先輩だったらどうするつもりなんだろうか、などと思いつつ晴人も署名する。まあ、そういう人間でないと思われているからこそ頼まれているのだろうが。
「と、いうわけで。僕がハルトです。詳しい自己紹介なんかは歩きながらするとして、僕は弓を取りに行かないといけないので、先に西の門に向かっていてください。そこで合流しましょう」
「わ、わかりました。よ、よろしくお願いします」
すらっと背の高い男性が代表して頭を下げる。冒険者を志望する人にしてはずいぶん律儀な人だなあなどと思いつつ、晴人は朱音を連れ立ってギルドを後にした。
本当は弓など取りに行く必要はなくて、朱音がアイテムボックスから取り出して晴人に渡せば済む話なのだが、人前でそれをするのはいろいろとまずい。ミシェルさんは彼らの運ぶ素材の量から薄々気づいているのだろうからいいとしても、新人の冒険者の前である。
一緒に嘘をついているという感覚に、子供じみた楽しさを感じつつ、2人は宿へと走っていく。2人の走力でもってすれば、ギルドと宿は目と鼻の先で、間もなく目的地に到着した。
念のため部屋の前の廊下まで行って、アイテムボックスから弓と矢を取り出し晴人へと渡す。朱音が動き回りながら使えるように買ったそれは晴人の手にはずいぶん小さかったが、その有用性は彼も良く知っている。頼りなさは感じない。
「ありがとう」
晴人はついでにポーションやら携帯食やらが入った袋を用意した。手ぶらで移動できることのありがたみを感じながら、宿を後にする。
南北の通りと東西の通りが交差する場所で、朱音が突然足を止めた。晴人はここで左折し西の門に向かうが、朱音はまっすぐ行けばギルドに戻れるはずである。
「晴人」
「ん?」
「ありがと」
「なにそれ」
「別に。じゃ、気を付けてね」
そう言い残して、彼女は走り去ってしまった。晴人はよりいっそう首を傾けながら、後輩たちの待つ西の門へと走り始めた。
ウルムの街の門より出て北へとのびる、名もなき街道。以前は往来も多かったのだろうか、道幅はひろく、かつての轍もうっすらと残っている。両脇に茂る道草は、街道にあわせて刈り取られており、人類の自然に対する抵抗がわずかに見て取れた。
視界を遮るものはなく、ずいぶん遠くまで見渡せるのに、向こうから来る人の姿はまるで見えない。ときおり山の方から聞こえてくる音は、街の冒険者か動物か。
少し強い日差しも相まって牧歌的な休日であるが、そんな平和な空気とは裏腹に、ずいぶん緊張した面持ちの男女が歩いていた。のんきな顔をした晴人も含めれば三人だが。
「あらためて自己紹介すると、僕は晴人です。専ら弓を使うので、近接戦は期待しないでください。ただ、逃げ足だけは早いのでいざとなったら僕が敵を引き付けます」
「は、ハルトさんってあの“朱き来訪者”のハルトさんですよね?」
「そうなんですが、あんまりパーティ名はいわないでください」
「どうしてですか? ウルムじゃあすごい有名ですよ。一週間でCランクに到達したって」
なるほど、彼らの緊張感は初めての冒険だからというよりも、あの有名なハルトと一緒にいるからということらしい。経験したことのない反応に晴人は戸惑う。
実際、“朱き来訪者”の名前はウルム中にとどろいている。冒険者にかぎらず、商店街の人をランダムで選んできても知っているくらいには。
が、晴人たちがそうであることを知っている人は少ない。数日前に自分たちで決めたパーティ名で、利便性の観点から採用はしたものの、翌朝になってみればやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
一応ギルド職員には提出したからそのパーティ名と構成員の名前、そして華々しい活躍だけが伝わっていく。が、写真のないこの世界では、街を歩く冒険者の誰が“そう”であるかなど、わかりようもない。
正体の知れないスーパールーキー、噂だけが独り歩きしても当然の環境であろう。
「まあ、僕のことは知ってもらっているということで、詳しい説明は省くとして、次は君たちのこと教えてもらえますか? 一応サポートする上で知っておきたいので」
「あ、あの……。ハルトさんに敬語を使われると、違和感がすごいと言いますか、恐れ多いと言いますか……」
「え、あ、そう。じゃあまあやめるけど。君たちはどっちでも好きにしていいよ」
「ありがとうございます。……自分はルチアーノです。専門は双剣ですが、タンクの意味合いも含めて大剣を使っています。それで、こっちが妹のオルネラです。ほら、挨拶して」
ルチアーノと名乗った彼は、彼の後ろに隠れるかのようについてきていた女の子に発言を促す。促されたほうは一瞬嫌そうな表情をしたのち、仕方なく口を開いた。
「オ、オルネラです。い、いちおう魔法使いで、専門は雷です。いちおう水も使えます」
「よろしく」
「すいません、オルネラはちょっと人見知りなところがあって……。戦闘になれば連携はできるのでそこは安心してください」
「それはまあ、知らない冒険者相手なら緊張するわな」
正直なことをいってしまえば晴人もまた緊張していた。数日の差しかないとはいえ、先輩冒険者らしく振舞おうとして表に出していないだけで。
あるいは、年下であろう二人の見た目としゃべり方から幾分かの責任感が上乗せされているのかもしれないが。
そういう意味でいえば、年上の、先輩の、しかも有名な冒険者に、ちゃんと話せているルチアーノのほうが珍しいともいえよう。
「そういえば、専門があるってことはある程度は戦闘経験があるってことでいいの?」
「そうですね。自分たちは村出身なので、小さい頃からほとんどずっと戦闘でしたね」
「あ、じゃあ戦闘って意味では僕らより先輩だね」
小さい頃から戦闘というフレーズに戦々恐々とする晴人。平和な国でぬくぬくと成人を迎えた彼にとって、その過酷な生い立ちは想像だにできない。と、同時に、先輩らしく振舞おうとしていた自分に多少の恥ずかしさを覚える。先輩風吹かしてなくてよかったと、心底感じていた。
「ところで、訊かいないほうがいいことだったら申し訳ないんだけど、その村っていうのはウルムから遠いの?」
「遠い……ことがほとんどだったと思います。正確なことはわからないですが」
「? 村を転々としてたの?」
「? 村は転々とするものですが」
ルチアーノの話によれば、この世界で村という言葉は移動集落のことを意味するのだとか。これに対して外壁で囲って一定の広さと人口を確保した定住集落を街と呼ぶ。したがって、ウルムは田舎の、比較的小さな集落だが、定住用の外壁が作られている以上は街と呼ばれることになる。
転移に伴う不思議パワーの一つでこの世界の言葉が支障なく使えている晴人たちだが、日本語にないニュアンスはどうしても近しい言葉で代用するか、固有名詞として処理されるらしい。
「なるほどね。じゃあ、山とか森の動き方も僕よりずっと知ってそうだね。もはや僕が付いてくる必要なかった気もするけど」
「自分たちは最近ずっと二人だったんで、近い年代の冒険者さんと一緒にいられるのは、それだけでありがたいですけどね」
「そういえば僕もほとんどパーティとしか喋ってないかも」
ルチアーノの発言の何割が本音で、何割がお世辞なのかはわからなかったが、その感覚には心当たりがあった。
よくよく思い返してみると、晴人はパーティのなかでもとくに外部との交流が少ない。代表である朱音がギルドやら役所やらに行くのは当然として、その護衛的な意味で貴洋がついていく。和眞は採取した薬草の売却をするために頻繁に薬屋に行くし、美波も足繫く教会に通っていてイデュルム大森林に来ないことすらあるくらいだ。
晴人と春歌はその日の戦闘の振り返りと次の行軍予定を組むのに忙しいから仕方がない。とはいえ、もう少し社会との接点があったほうがいいな、などと心の中でひっそりと反省する。
「ここだね」
そうやって必要か不要か微妙な雑談をしながら歩いているうちに、目的としていた場所にたどり着いた。そこは、冒険者登録したばかりの晴人たちが来た、まさにその場所である。
獣道ならぬ冒険者道をたどって、3人は狩猟を開始するのだった。




