10 名前、あるいは幸福を望むがゆえのもの。
「それで。ずいぶん楽しそうにデートしてたけど、必要な情報はそろったのかしら」
三手にわかれて行動した日の夕方、月照庵の食堂で夕食を採っていると、朱音がそう切り出した。早いうちに情報共有して翌日以降の行動を決めたいから合理的な話題選択なのだが、当の朱音はどこか機嫌が悪そうだ。
問責のニュアンスを含んだ語調にいぶかしく思いながら晴人が答える。どういう理由か、いくばくの言い訳がましさを含みながら。
「いやまあ、デートというわけではないけどね。必要な情報を教えてもらってただけで」
「それにしてはずいぶん長いこと街をまわってたようだけど」
「街を案内してもらったんだよ。思い返してみれば、僕は教会とギルドくらいしか行ったことがなかったからね。……というか、どうしてそれを知ってるんだ?」
「どうしてって、美波ちゃんが訓練してるあいだ暇だったから教会でマップを見てたのよ」
「マップ?」
「あれ? マップ機能って説明してなかったっけ。これよこれ」
そういいながら朱音は卓上の端末を人差し指でトントンする。
誰から連絡が来るわけでも、夕食の写真をSNSにアップできるわけでもないのに、食事中も端末を卓上に置いてしまう自分に苦笑いしながら、朱音が説明を続けた。
彼女の説明によれば、召喚された42人全員に渡された端末はかなりの高性能だった。もちろん現代におけるスマホなんかと比べればその機能数は圧倒的に劣るが、異世界要素満載の優れものである。
一つ目は、ステータス表示機能。端末の所有者のステータスを表示する機能である。基本能力から固有スキル、ひいては残HPに至るまで表示される。戦略を組むうえでは極めて有用だけれど、能力の優劣が明確に数値化されてしまうという意味ではひどく残酷なシステムである。
二つ目は、アイテム収納機能。所有者がアイテムを出し入れできる機能である。どのくらいの量が入るのかは分からないが、今のところ入りきらないということはない。謎空間に出し入れできるなら無際限に収容できて良さそうだが、とにかく入るうちは入れてよい
という判断で、晴人たちは存分に利用している。
そして、晴人の知らなかった三つ目がマップ機能である。マップといっても異世界ならではの不思議機能で、自分たちが認識した領域に限ってマップが解放されている。しかも、なぜかこの機能だけパーティで同期されているらしく、マップ上には6個の赤い点が動き、西の山近くのマップもちょこちょこと解放されていた。
プライバシーもなにもない機能であるが、これがなければパーティとはぐれたとき絶望するしかないから、ありがたいというべきだろう。まあ、パーティに隠し事をしようと思える状態にないというのが、晴人たちの実情なわけだが。
「ってなわけで、晴人の動きがわかったのよ。それで教会の近くに来たからちらっと見てみたら受付の人と楽しそうに歩いてたってわけ」
「なるほどね。にしてもパーティの位置がわかるのは便利な機能だね。戦闘にも生かせるだろうし」
「やましい行動への抑止力にもなるっすね」
「あとはこの解放されてない部分にある黒い点が何かわかればいいんだけどね」
よく見るとみ解放で真っ白な部分に黒い点が8つある。うち一つが他と比べてやや大きく、小さい点の一つは現在の東側、わりと近い位置にある。
「ああ、これが魔王石、天使が言ってた魔王の魔力源だと思う」
そういって、今度は晴人がミシェルさんから聴いた話を説明する。天使から聴いた話と組み合わせてわかったことも含めて。
「なんとなく天使の言ってたアドバイスの意味がわかってきたわね」
「そうだな。街に平和が訪れて、魔王のHPとかMPも削れて、しかも俺らはレベルアップする。これを無視して合流するって選択肢は、まあないわな」
この世界で自分の能力をあげようとすると、三つの方法がある。
まずはトレーニング。そりゃ筋肉が上がれば力強さが上がるし、体が軽くなれば俊敏性が上がる。身体の変化に応じて基礎能力が変化するのは、当然の話である。
あるいは、実戦経験。数値化できないセンスやら勘やら経験を獲得できる。すごく頑張れば応用能力のレベルが上がるが、そうでなくても事実上強くなっているのに変わりはない。
そして、魔石の破壊。魔物と動物を分ける唯一の要素は、その体内に魔石があるかどうか。魔物はその魔石に貯めた魔力を循環させて強力な身体を維持している。らしい。昨日ホーンラピットをさばいたときに出てきた魔石を破壊したらスキルポイントが増えた。おそらく魔石の破壊がスキルポイントにつながっているのだろう。たぶん。
そうだとしたらこの世界の冒険者はスキルだらけなんじゃと思って訊いてみたが、このあたりのことはミシェルさんもよくわからいようだった。まあ天使に不思議タブレットでも提示されないかぎりスキルポイントなんて考える機会もないわけで。
「と、まあ僕が収集してきた情報はこのくらいかな。具体的な動物や魔物の分布なんかもある程度聞いてきたけど、これはまあ細かい話だからそのときになったら話すね」
「情報収集に一日使った価値はあるわね」
「そうだな。明日以降の行動も決まるし、ゆくゆくの展望も見えてくる」
「そうね。明日以降の行動も決めちゃいたいわね。……そういえば、三人のほうはどうだったの? そっちの成果によっても何をすべきか変わってくるけど」
「オレらもちゃ
「よくぞ聞いてくれました! 私もついに初めての使い魔を手に入れたんですよ!」
嬉しそうに自分たちの成果を説明しようとした和眞の声が掻き消えるほどの勢いで、春歌が興奮気味に話し始める。
「じゃーん。ミー君です!」
満面の笑みとともに春歌が机の下から出してきたのは、小さなスライムだった。
春歌が両手で救うように持っていても形状が崩れないのを見るに、かなり固体感の強いスライムらしい。もちもちした大福の半透明版というのがわりと近い表現だろうか。べたべたした感じがないので嫌悪感を抱きにくい魔物である。
「木の根っこに隠れてたとこを見つけました! めちゃめちゃかわいいですよね」
「和眞が鑑定したところグリーンスライムという種族らしい」
机の真ん中に放たれたスライムをみんなが指でつつく。弱い刺激はスライムにとって快か不快か、体をふるふると震わせている。
「確かにかわいいわね」
「こんな魔物もいるんだね」
「ふ、ふるふるしててかわいいです」
人間の真ん中にいても攻撃してくる様子はないし、触れてもダメージがないことからすると、危険性のない魔物なのだろう。まあ、危ないものだったら春歌も安易に卓上にあげたりしないか。殺伐とした世界の、数少ない癒しを堪能した後、残酷な朱音が疑問を投げかける。
「グリーンスライムには何の仕事をさせるつもりなの?」
「……それは、確かにスライムは弱くて役に立たないですけど……、なんて言わないですよ」
「?」
「なんか詳しいことは難しくて忘れたんで飛ばしますけど、スライムを使って使い魔を増やせるらしいんですよ」
「よくわからないけど、それは便利だね」
「飛ばされた詳しいことが気になるわね」
「なんか、魔力に干渉した魔物が他の魔物に食べられると、その食べたほうに干渉できるようになって……みたいな話だったと思います」
「なるほど。まあ、確かに難しくてよくわからないけど、魔力まわりのことはそういうもんだと思ったほうがよさそうだね。……、それだとミー君食べられちゃうんじゃないの?」
ミー君が食べられるという言葉に真っ先に反応したのは、意外なことに美波だった。晴人たちがしゃべっているあいだもミー君をぷにぷにしているうちに、愛着がわいたのかもしれない。
そんな美波にほっこりしながら春歌が首を横に振る。
「ミー君は最初の使い魔だったしかわいかったから連れて帰ってきちゃいました。そのあと見つけた3匹くらいはそのまま山に放ってきたから、そのうち収穫があると思います」
「春歌、意外と残酷なことするわね」
「まあ、私は渋ったんですけど……」
「悪い、俺がお願いしたんだ。魔物を倒すことはできても捕まえるのは俺ら3人じゃムリそうだったからな。いい方法があるなら使わない手はないなと」
「結局放置しても食べられる運命みたいだったから、仕方がないですよね」
一匹目は保護して二匹目以降は釣り餌にする。その差別的取扱いに疑問を抱かない春歌ではなかったが、その辺りのわりきりはとてもよかった。あるいは、前日の狩りの経験が、なにかしらの影響を与えたのかもしれないが。
それにしても、と晴人は思う。使役魔法はかくも便利なものか、と。春歌が何匹まで使役できるのかも、どの程度強力な魔物まで完全に使役できるのかもわからないが。いずれにしても放置していれば徐々に強い魔物が指揮命令下に入ってくるのだ。
環境トップの魔物にまで行きついてしまえば、その地域についての安全は確保されたに等しい。自分に攻撃してこないよう誘導できるだけでも、通行人にとっては大きな利益だ。
おそらくは春歌のような高レベルだから実用化できるとか、そういう話だのだろうが。
そんなことを考えていると春歌の話は終わり、和眞の報告へと移っていた。
食卓にあった空の食器は、宿の人がすでに下げてくれている。女将さんの娘さんらしく、食堂の配給を仕切っていた。
時刻は夕方というには随分遅く、食堂でもお酒が注文され始める。食器をさげに来た娘さんが、何も注文しないんですか、というような表情でチラチラこちらをうかがう。
さすがに売り上げも伸びるだろうこの時間に何も注文しないで居座るというのも極まりが悪く、かといってお酒で酔っぱらうわけにもいかず、人数分のジュースと幾らかの料理を追加で注文した。
成人しているのにお酒を飲まない冒険者など珍しいらしく、いぶかしむように料理を運んでくれる。お酒が進むようにするためか、ずいぶんと塩味が強い。こちらの世界に味の薄さを感じていた晴人たちにとっては、懐かしい塩味である。
夕食に追加してジュースにつまみと、そんな贅沢をしていいのかと言えば、どうやら大丈夫なようだ。
心配を後輩に悟られないように朱音と晴人が目をあわせたが、貴洋はゆったりと構えて頷いている。
朝からの出来事を順番に話している和眞の声が弾んでいることからも、ある程度の収入があったのだろう。
「ってなわけで、これが今日の収入っす」
そういうと和眞がアイテムボックスから布袋を取り出し、机に置いた。その衝撃にびっくりしたのか、デロンとしたミー君が縦長になる。
袋 の中にはそれなりに多いコインが入っているだろう。問題は、それが何色か。日本のコインとは違って、どのコインもそこそこ大きくて重いので、持った感覚ではいくら入っているかわからない。
この国の商人は貨幣の持ち運びにどれだけの労力を無駄にしているのだろうか、なんていう疑問を奥にしまいつつ、その数が宣言されるのを待つ。
「なんと、600サリアっす」
「「おおー」」
想像以上の成果に、晴人と朱音が同時に声をあげる。
多少の足しになれば万々歳という感覚で一日を過ごしていただけに、二日分の生活費相当を得られたとあっては、驚かずにはいられないのも当然だろう。
和眞の話を聴く限り、アイテムボックスの貢献が大きいようである。それもそのはずで、植物の葉や根を持ち運ぼうと思ったら相応の鞄が必要になる。
運べないほど重くなるということは稀であるにしても、魔物に遭遇したら危険という程度の重さになるタイミングは、思ったより早く訪れる。
しかも、落とさないようにしなくてはいけない、傷がつくような衝撃を与えてはいけない、魔法などで熱が加わってもいけない。案外繊細な取り扱いを求めてくる薬草に対して、鮮度を保つことはできないにしても、かなり便利な輸送手段である。
なんにせよ、和眞たちが採取してきたのは値崩れしにくいものであるらしいし、それ以外にも果実やらキノコやら採取できるものはいくらでもある。加えて、今日は三人だったから慎重を期して山の深くには入らなかったが、それでもなお、ほとんど手つかずだったのだ。奥の方となればなおこと……。
明日以降もそれなりに安定した収入が得られるだろうと期待しても、そう間違いではないだろう。
「じゃあ、明日からは能力アップを図りつつ、お金になりそうな植物を採取するという感じで行動していこうか」
「そうね。……でもその前にもう一つ、決めときたいことがあるわ」
「?」
「パーティ名よ」
「ああ、まあ確かに考えてなかったけど、そんな重要なことかな」
「重要よ。ギルドでも教会でも名前があったほうが憶えてもらいやすいし、手続きも楽になるもの。いつまでも異世界の人たちって扱いってのは嫌でしょ?」
「まあ、この世界ではパーティ名を付けるのがふつうみたいだけど」
「それに何より、チーム感が出てモチベになるじゃない」
そうして6人はパーティ名の候補を出し合っては、どこはかとない恥ずかしさに首をひねり、日本っぽい名前を出しては宿の人に首をひねられる。
彼ら彼女らは真剣だった。この先、短くないあいだ背負っていくことになると信じていたから。彼女ら彼らは愉快だった。この数日で少なからず芽生えた仲間意識を感じていたから。
そう。少なくともこの時点では6人全員が疑わなかった。日本に帰るまでの時間を、この6人でずっと一緒に過ごすものだと。
気づけば10話ということで(11個めですが)、お読みいただいてありがたいかぎりです。
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